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追憶編
バニッシュ=クラウゼン
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祭り初日の警備は、夜更けまで続いた。
酔っ払いの乱闘、スリや小さな窃盗――だが、どれも大事には至らず、カイルとバニッシュは冷静に対処していった。
やがて夜が更け、広場の喧騒が静まるころ。
宿屋の酒場では、冒険者たちが疲れを癒すように笑い声を上げていた。
「お疲れさま」
カイルがジョッキを掲げる。
「おう。……初日にしては上出来だったな」
バニッシュも軽くぶつけ返し、泡が飛ぶ。
「
「二人とも、今日は本当にありがとうございます」
ミレイユは頬を少し赤くしながら、嬉しそうに微笑んだ。
「ははっ、あんたが無事で何よりだよ」
バニッシュは笑い、ジョッキを一気に飲み干す。
カイルは静かに酒を口に含み、ちらりと窓の外を見る。
夜空には無数の灯りが瞬き、祭りの残り火が風に揺れていた。
ジョッキを飲み干し、喉を鳴らしてから――バニッシュは串に刺さったつまみを一口かじり、ちらりとカイルの方へ視線を向けた。
「で、どうするつもりなんだ?」
わざとらしく間を空けて、にやりと口角を上げる。
「その~……ミレイユさんは?」
その言葉に、ミレイユは手を止め、小さく身をすくめる。
不安げな瞳でカイルを見上げ、指先でグラスの縁をなぞった。
カイルは少しだけ考えるように視線を落とし――すぐに、いつもの爽やかな笑顔を浮かべる。
「もちろん、パーティーとして加えるさ」
その言葉は、迷いのない、真っすぐな声だった。
「そう言うと思ったよ」
バニッシュは呆れたように笑いながらも、どこか嬉しそうにジョッキを追加する。
「で、でも……いいんですか? 私なんか……魔導士なのに魔法もほとんど使えないし……」
ミレイユは俯き、両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。
カイルはその不安を包み込むように、柔らかい笑みを浮かべる。
「関係ないさ。俺が――君を仲間にしたいと思ったんだ」
その笑顔は、どこか光そのもののようで、ミレイユの頬を瞬く間に朱に染める。
「……ありがとうございます……!」
ミレイユは潤んだ瞳でカイルを見上げ、声を震わせて頭を下げた。
バニッシュはその様子を見て、苦笑いしながらジョッキを持ち直す。
「まったく……見てるこっちが照れるぜ」
「それに、ここにいるバニッシュだって補助魔法以外はほとんど使えないしな」
カイルが冗談めかして言うと、バニッシュは間髪入れずに噛みつく。
「う、うるせーやい!」
その声に、ミレイユがくすっと笑い、酒場の空気がふっと柔らかく和む。
「――まあ、こうして新しい仲間も増えたことだし乾杯だ!」
カイルが笑いながらジョッキを掲げる。
「これから、よろしくお願いします!」
ミレイユも笑顔を返し、グラスを軽く上げた。
「よろしくな」
バニッシュが短く答える。
三つの杯が、軽やかな音を立ててぶつかり合う。
その音は、まるで新しい物語の始まりを告げる鐘のように――祭りの夜に、静かに響いた。
翌日、朝靄の残る街路に、祭りの準備のざわめきが漂っていた。
焼き串の香ばしい匂いと、職人たちの威勢のいい掛け声が入り混じり、徐々に祭りの気配が息づいていく。
バニッシュたちは、まだ客の少ない第6区画に足を踏み入れた。
露店の並ぶ通りの奥では、飾り紐を結び直す者、看板を磨く者、料理の仕込みを急ぐ者――それぞれの今日が、もう動き始めていた。
「昨日、回ってみたが……やっぱり範囲が広いな」
腕を組んで通りを見渡しながら、カイルが小さく息をつく。
「だな。固まって回ってたんじゃ効率が悪いな」
バニッシュも肩をすくめ、朝の風に髪を揺らした。
カイルは真剣な眼差しで地図を開き、的確に指示を出す。
「今日は二手に分かれて巡回しよう」
「そうだな。なら――ミレイユはカイルと一緒に行ってくれ」
バニッシュは口の端を上げ、どこかニヤついたように言う。
「そうだな、それでいいか?」
カイルが穏やかに問いかけると、ミレイユは杖を握りしめて、少し焦り気味に答える。
「あ、は、はい! よ、よろしくお願いしますっ!」
その初々しい様子に、バニッシュはついからかいたくなる。
「じゃあ俺とミレイユは北から、バニッシュは南から巡回して――昼頃にここで落ち合おう」
カイルがそう締めくくると、バニッシュは軽く伸びをして手を振った。
「よし、じゃあ俺は行くからな。……あんまり、いちゃつくなよ?」
にやりと笑いながら言い残すと、ミレイユの顔は一瞬で真っ赤に染まる。
「そ、そんなこと……!」
小声で否定する彼女に、カイルは苦笑して首を振る。
「お前こそ、買い食いばっかりしてサボるなよ」
「へいへい」
軽口を交わしながらも、それぞれの足取りには確かな責任感が宿っていた。
朝の光が石畳を照らし出す中――こうして3人は、それぞれの方角へと歩み出す。
祭りの喧騒が次第に熱を帯び始めていた。
色とりどりの旗が風に翻り、露店からは香ばしい匂いと笑い声が溢れ出す。
通りの両脇には人、人、人――肩がぶつかるたび、どこかで「すまない」「気をつけて」と声が交わされる。
「流石にこの時間になると人が凄いな……」
バニッシュは人波を縫いながら、周囲に気を配って歩いていた。
祭りが賑わうほど、トラブルも増える。それが世の常だ。
ふと、耳に届く――子供の泣き声。
「ん?」
声のする方へ足を向けると、道の隅で小さな男の子がうずくまって泣いていた。
「……迷子か?」
バニッシュは辺りを見回す。親らしき人物は見当たらない。
仕方ないなと呟き、しゃがみ込んで男の子の目線まで下がった。
「どうした? 迷子か?」
穏やかな声で問いかけながら、にっと笑ってみせる。
しかし、男の子は一瞬バニッシュを見ただけで――再びわんわんと泣き出した。
「お、おいおい、そんな怖い顔してたか俺……?」
困ったように頭をかくバニッシュ。
「ええっと……こういうときは……」
懐をまさぐり、ポーチの中を探ると、指先に何か固い感触が触れる。
取り出してみると、それは――四つのガラスのおはじき。赤、青、緑、黄。
「おお、教会で子供たちと遊んだときのやつか」
そう呟くと、バニッシュは小さく笑い、男の子の前におはじきを見せる。
「なあ、ほら、これを見てみろ」
左手でおはじきを縦に摘み上げ、右手を軽くかざす。
「――光」
掌に小さな光が灯り、ビー玉ほどの柔らかな光源が浮かぶ。
光はおはじきに反射し、赤と青と緑と黄の光が重なり合い、子供の顔の前で虹のようにきらめいた。
「わぁ……」
男の子は思わず泣き止み、涙で濡れた頬を光の粒が照らす。
「きれい……」
小さな声で呟き、手を伸ばしておはじきに触れた。
「だろ?」
バニッシュは優しく笑い、光の角度を変えてやる。
おはじきはきらきらと輝きを増し、まるで夜空の星が掌に宿ったかのようだった。
男の子の瞳には、もう涙の代わりに光が映っていた。
――ほんの一瞬。
だが、そこには冒険者ではない、一人の大人としてのバニッシュの優しさがあった。
「よし……泣き止んだな」
バニッシュは安堵したように笑い、おはじきをくるくると指先で転がすと――そのまま小さな手のひらに差し出した。
「これはお前にやる」
男の子はぱちぱちと瞬きをし、驚いたようにバニッシュを見上げた。
「え? いいの……?」
「ああ、受け取れ」
バニッシュはにっと笑い、男の子の小さな手におはじきをそっと握らせる。
男の子は目を丸くしながらも、透き通るガラス玉を見つめて――「ありがとう!」と顔をほころばせた。
その声にはもう、さっきまでの涙の影はなかった。
「で、パパかママはどこにいるんだ?」
バニッシュは優しい声で尋ねる。
男の子は握ったおはじきを見つめながら、しゅんと肩を落とす。
「……わかんない。はぐれちゃった」
「そうか……」
バニッシュは腕を組み、少し考えてから、ぽんと手を叩いた。
「なら、俺と一緒に探すか!」
「……いいの?」
男の子――レリオは一瞬明るい表情を見せたが、すぐに俯く。
「でも……知らないおじさんについていっちゃダメだって、ママが……」
「ん~~、なるほどなぁ……」
バニッシュは腕を組んで唸り、困ったように眉をしかめる。
そして次の瞬間、にかっと笑って片手を差し出した。
「俺の名前はバニッシュ。君の名前は?」
男の子は少し迷ったあと、小さな声で答えた。
「……れ、レリオ」
「レリオか! いい名前だな!」
バニッシュは満足げに頷き、親指をぐっと立てる。
「これでお互い名前も知ってるし――おはじきもあげた仲だ。つまり、俺たちはもう友達だな!」
にっと笑うバニッシュの言葉に、レリオは一瞬きょとんとした後――ぱっと笑顔になり、同じように親指を立てて言った。
「う、うん! ともだち!」
祭りの喧騒の中、二人の笑い声がほんの一瞬、周囲の喧噪を包み込んだ。
「ほら、乗れ」
バニッシュは軽く屈み、背を向けた。
レリオは一瞬きょとんとしたあと、すぐに笑顔になり――「うんっ!」と元気よく返事をして、よじ登るようにしてバニッシュの背に乗った。
「よーし、しっかりつかまってろよ!」
ぐんっ――と力強く立ち上がると、レリオの身体がふわりと持ち上がる。
「わあぁ~!」
少年の歓声が祭りの喧騒に溶けた。
肩車されたレリオの目に、賑わう祭りの全景が広がる。
人波の向こう、鮮やかな飾りと色とりどりの旗。
太鼓の音が遠くから響き、露店の煙が空にのぼっていた。
「よし、行くぞ!」
バニッシュは笑いながら人混みの中を進み始める。
「レリオのお父さん、お母さんいませんか~!」
通りすがりの人々に声をかけると、肩の上でレリオも元気に叫ぶ。
「パパー! ママー!」
その声は祭りの喧騒の中でもよく通り、人々が振り返り、微笑みを向ける。
探す途中、重そうな荷物を抱えるおばあさんを見かければ――「持ちますよ」と声をかけて手伝い、迷って立ち往生している親子には「この道をまっすぐ行けば広場だ」と道を教える。
レリオの親を探すついでに、いつの間にか困っている人たちを助ける祭りの警備員の役割も担っていた。
そのとき――レリオの腹が「きゅ~」と可愛らしい音を立てた。
「おっと……腹減ったのか?」
バニッシュが問いかけると、レリオは小さな手でお腹を押さえ、しゅんと俯いた。
「うん……」
「よし、ちょっと待ってろ」
バニッシュは周囲を見渡す。
すぐ近くに、湯気を上げる饅頭の屋台が目に入った。
「おっちゃん、これ一つくれ」
「へい、まいど!」
笑顔の店主から饅頭を受け取り、代金を払うと――バニッシュはそれをレリオに差し出す。
「ほら、食え」
「ありがとう!」
レリオは目を輝かせ、両手で饅頭を受け取ると、嬉しそうにかぶりついた。
湯気の中から甘い餡の香りがふわりと漂う。
そのとき――
「……あっ! ママだ!!」
レリオが叫び、饅頭を持ったまま前を指さした。
バニッシュは驚いてそちらに目を向ける。
人混みの向こう、心配そうに辺りを見回している男女の姿。
母親らしき女性が涙ぐみながら「レリオ……?」と呟いた瞬間――レリオの声が、再び祭りの空に響いた。
「ママーー!!!」
それは、祭りの喧騒をも貫くほど、まっすぐで力強い声だった。
バニッシュは小さく息を吐くと、そっと屈み――
「ほら、降りろ」
肩の上からレリオを優しく下ろした。
レリオは地面に降りるなり、「ママー! パパー!」と元気いっぱいに駆け出していく。
少し離れた場所で、人混みの中を探していた夫婦が、その声に気づいた。
「レリオ!」
母親が叫ぶと、父親も驚いたように顔を上げ、2人して駆け寄る。
「ママ! パパ!」
レリオが飛び込むように二人の胸に抱きつく。
母親はその小さな体をしっかりと抱きしめ――「よかった……本当に心配したんだから……!」と涙をこぼした。
「おじちゃんがね、連れてきてくれたんだよ!」
レリオが無邪気に笑ってバニッシュを指差す。
夫婦はその方向を振り向き、バニッシュの姿を見つけると――深く頭を下げた。
「本当に……ありがとうございます!」
「息子を見つけてくださって……感謝してもしきれません!」
「いやいや、大したことはしてませんよ」
バニッシュは照れくさそうに笑い、片手を軽く振る。
「それより、見つかってよかった。……お祭り、楽しんでください」
そう言って立ち上がり、背を向ける。
「レリオ、もう逸れるなよ」
「うん!」とレリオは力強く頷き、「おじちゃん、ありがとう! バイバーイ!」と両手を振った。
バニッシュは笑って片手を上げ、そのまま人混みの中へと消えていく。
祭囃子と香ばしい屋台の匂いが漂う中――レリオの小さな声が、いつまでもバニッシュの背中を追いかけていた。
酔っ払いの乱闘、スリや小さな窃盗――だが、どれも大事には至らず、カイルとバニッシュは冷静に対処していった。
やがて夜が更け、広場の喧騒が静まるころ。
宿屋の酒場では、冒険者たちが疲れを癒すように笑い声を上げていた。
「お疲れさま」
カイルがジョッキを掲げる。
「おう。……初日にしては上出来だったな」
バニッシュも軽くぶつけ返し、泡が飛ぶ。
「
「二人とも、今日は本当にありがとうございます」
ミレイユは頬を少し赤くしながら、嬉しそうに微笑んだ。
「ははっ、あんたが無事で何よりだよ」
バニッシュは笑い、ジョッキを一気に飲み干す。
カイルは静かに酒を口に含み、ちらりと窓の外を見る。
夜空には無数の灯りが瞬き、祭りの残り火が風に揺れていた。
ジョッキを飲み干し、喉を鳴らしてから――バニッシュは串に刺さったつまみを一口かじり、ちらりとカイルの方へ視線を向けた。
「で、どうするつもりなんだ?」
わざとらしく間を空けて、にやりと口角を上げる。
「その~……ミレイユさんは?」
その言葉に、ミレイユは手を止め、小さく身をすくめる。
不安げな瞳でカイルを見上げ、指先でグラスの縁をなぞった。
カイルは少しだけ考えるように視線を落とし――すぐに、いつもの爽やかな笑顔を浮かべる。
「もちろん、パーティーとして加えるさ」
その言葉は、迷いのない、真っすぐな声だった。
「そう言うと思ったよ」
バニッシュは呆れたように笑いながらも、どこか嬉しそうにジョッキを追加する。
「で、でも……いいんですか? 私なんか……魔導士なのに魔法もほとんど使えないし……」
ミレイユは俯き、両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。
カイルはその不安を包み込むように、柔らかい笑みを浮かべる。
「関係ないさ。俺が――君を仲間にしたいと思ったんだ」
その笑顔は、どこか光そのもののようで、ミレイユの頬を瞬く間に朱に染める。
「……ありがとうございます……!」
ミレイユは潤んだ瞳でカイルを見上げ、声を震わせて頭を下げた。
バニッシュはその様子を見て、苦笑いしながらジョッキを持ち直す。
「まったく……見てるこっちが照れるぜ」
「それに、ここにいるバニッシュだって補助魔法以外はほとんど使えないしな」
カイルが冗談めかして言うと、バニッシュは間髪入れずに噛みつく。
「う、うるせーやい!」
その声に、ミレイユがくすっと笑い、酒場の空気がふっと柔らかく和む。
「――まあ、こうして新しい仲間も増えたことだし乾杯だ!」
カイルが笑いながらジョッキを掲げる。
「これから、よろしくお願いします!」
ミレイユも笑顔を返し、グラスを軽く上げた。
「よろしくな」
バニッシュが短く答える。
三つの杯が、軽やかな音を立ててぶつかり合う。
その音は、まるで新しい物語の始まりを告げる鐘のように――祭りの夜に、静かに響いた。
翌日、朝靄の残る街路に、祭りの準備のざわめきが漂っていた。
焼き串の香ばしい匂いと、職人たちの威勢のいい掛け声が入り混じり、徐々に祭りの気配が息づいていく。
バニッシュたちは、まだ客の少ない第6区画に足を踏み入れた。
露店の並ぶ通りの奥では、飾り紐を結び直す者、看板を磨く者、料理の仕込みを急ぐ者――それぞれの今日が、もう動き始めていた。
「昨日、回ってみたが……やっぱり範囲が広いな」
腕を組んで通りを見渡しながら、カイルが小さく息をつく。
「だな。固まって回ってたんじゃ効率が悪いな」
バニッシュも肩をすくめ、朝の風に髪を揺らした。
カイルは真剣な眼差しで地図を開き、的確に指示を出す。
「今日は二手に分かれて巡回しよう」
「そうだな。なら――ミレイユはカイルと一緒に行ってくれ」
バニッシュは口の端を上げ、どこかニヤついたように言う。
「そうだな、それでいいか?」
カイルが穏やかに問いかけると、ミレイユは杖を握りしめて、少し焦り気味に答える。
「あ、は、はい! よ、よろしくお願いしますっ!」
その初々しい様子に、バニッシュはついからかいたくなる。
「じゃあ俺とミレイユは北から、バニッシュは南から巡回して――昼頃にここで落ち合おう」
カイルがそう締めくくると、バニッシュは軽く伸びをして手を振った。
「よし、じゃあ俺は行くからな。……あんまり、いちゃつくなよ?」
にやりと笑いながら言い残すと、ミレイユの顔は一瞬で真っ赤に染まる。
「そ、そんなこと……!」
小声で否定する彼女に、カイルは苦笑して首を振る。
「お前こそ、買い食いばっかりしてサボるなよ」
「へいへい」
軽口を交わしながらも、それぞれの足取りには確かな責任感が宿っていた。
朝の光が石畳を照らし出す中――こうして3人は、それぞれの方角へと歩み出す。
祭りの喧騒が次第に熱を帯び始めていた。
色とりどりの旗が風に翻り、露店からは香ばしい匂いと笑い声が溢れ出す。
通りの両脇には人、人、人――肩がぶつかるたび、どこかで「すまない」「気をつけて」と声が交わされる。
「流石にこの時間になると人が凄いな……」
バニッシュは人波を縫いながら、周囲に気を配って歩いていた。
祭りが賑わうほど、トラブルも増える。それが世の常だ。
ふと、耳に届く――子供の泣き声。
「ん?」
声のする方へ足を向けると、道の隅で小さな男の子がうずくまって泣いていた。
「……迷子か?」
バニッシュは辺りを見回す。親らしき人物は見当たらない。
仕方ないなと呟き、しゃがみ込んで男の子の目線まで下がった。
「どうした? 迷子か?」
穏やかな声で問いかけながら、にっと笑ってみせる。
しかし、男の子は一瞬バニッシュを見ただけで――再びわんわんと泣き出した。
「お、おいおい、そんな怖い顔してたか俺……?」
困ったように頭をかくバニッシュ。
「ええっと……こういうときは……」
懐をまさぐり、ポーチの中を探ると、指先に何か固い感触が触れる。
取り出してみると、それは――四つのガラスのおはじき。赤、青、緑、黄。
「おお、教会で子供たちと遊んだときのやつか」
そう呟くと、バニッシュは小さく笑い、男の子の前におはじきを見せる。
「なあ、ほら、これを見てみろ」
左手でおはじきを縦に摘み上げ、右手を軽くかざす。
「――光」
掌に小さな光が灯り、ビー玉ほどの柔らかな光源が浮かぶ。
光はおはじきに反射し、赤と青と緑と黄の光が重なり合い、子供の顔の前で虹のようにきらめいた。
「わぁ……」
男の子は思わず泣き止み、涙で濡れた頬を光の粒が照らす。
「きれい……」
小さな声で呟き、手を伸ばしておはじきに触れた。
「だろ?」
バニッシュは優しく笑い、光の角度を変えてやる。
おはじきはきらきらと輝きを増し、まるで夜空の星が掌に宿ったかのようだった。
男の子の瞳には、もう涙の代わりに光が映っていた。
――ほんの一瞬。
だが、そこには冒険者ではない、一人の大人としてのバニッシュの優しさがあった。
「よし……泣き止んだな」
バニッシュは安堵したように笑い、おはじきをくるくると指先で転がすと――そのまま小さな手のひらに差し出した。
「これはお前にやる」
男の子はぱちぱちと瞬きをし、驚いたようにバニッシュを見上げた。
「え? いいの……?」
「ああ、受け取れ」
バニッシュはにっと笑い、男の子の小さな手におはじきをそっと握らせる。
男の子は目を丸くしながらも、透き通るガラス玉を見つめて――「ありがとう!」と顔をほころばせた。
その声にはもう、さっきまでの涙の影はなかった。
「で、パパかママはどこにいるんだ?」
バニッシュは優しい声で尋ねる。
男の子は握ったおはじきを見つめながら、しゅんと肩を落とす。
「……わかんない。はぐれちゃった」
「そうか……」
バニッシュは腕を組み、少し考えてから、ぽんと手を叩いた。
「なら、俺と一緒に探すか!」
「……いいの?」
男の子――レリオは一瞬明るい表情を見せたが、すぐに俯く。
「でも……知らないおじさんについていっちゃダメだって、ママが……」
「ん~~、なるほどなぁ……」
バニッシュは腕を組んで唸り、困ったように眉をしかめる。
そして次の瞬間、にかっと笑って片手を差し出した。
「俺の名前はバニッシュ。君の名前は?」
男の子は少し迷ったあと、小さな声で答えた。
「……れ、レリオ」
「レリオか! いい名前だな!」
バニッシュは満足げに頷き、親指をぐっと立てる。
「これでお互い名前も知ってるし――おはじきもあげた仲だ。つまり、俺たちはもう友達だな!」
にっと笑うバニッシュの言葉に、レリオは一瞬きょとんとした後――ぱっと笑顔になり、同じように親指を立てて言った。
「う、うん! ともだち!」
祭りの喧騒の中、二人の笑い声がほんの一瞬、周囲の喧噪を包み込んだ。
「ほら、乗れ」
バニッシュは軽く屈み、背を向けた。
レリオは一瞬きょとんとしたあと、すぐに笑顔になり――「うんっ!」と元気よく返事をして、よじ登るようにしてバニッシュの背に乗った。
「よーし、しっかりつかまってろよ!」
ぐんっ――と力強く立ち上がると、レリオの身体がふわりと持ち上がる。
「わあぁ~!」
少年の歓声が祭りの喧騒に溶けた。
肩車されたレリオの目に、賑わう祭りの全景が広がる。
人波の向こう、鮮やかな飾りと色とりどりの旗。
太鼓の音が遠くから響き、露店の煙が空にのぼっていた。
「よし、行くぞ!」
バニッシュは笑いながら人混みの中を進み始める。
「レリオのお父さん、お母さんいませんか~!」
通りすがりの人々に声をかけると、肩の上でレリオも元気に叫ぶ。
「パパー! ママー!」
その声は祭りの喧騒の中でもよく通り、人々が振り返り、微笑みを向ける。
探す途中、重そうな荷物を抱えるおばあさんを見かければ――「持ちますよ」と声をかけて手伝い、迷って立ち往生している親子には「この道をまっすぐ行けば広場だ」と道を教える。
レリオの親を探すついでに、いつの間にか困っている人たちを助ける祭りの警備員の役割も担っていた。
そのとき――レリオの腹が「きゅ~」と可愛らしい音を立てた。
「おっと……腹減ったのか?」
バニッシュが問いかけると、レリオは小さな手でお腹を押さえ、しゅんと俯いた。
「うん……」
「よし、ちょっと待ってろ」
バニッシュは周囲を見渡す。
すぐ近くに、湯気を上げる饅頭の屋台が目に入った。
「おっちゃん、これ一つくれ」
「へい、まいど!」
笑顔の店主から饅頭を受け取り、代金を払うと――バニッシュはそれをレリオに差し出す。
「ほら、食え」
「ありがとう!」
レリオは目を輝かせ、両手で饅頭を受け取ると、嬉しそうにかぶりついた。
湯気の中から甘い餡の香りがふわりと漂う。
そのとき――
「……あっ! ママだ!!」
レリオが叫び、饅頭を持ったまま前を指さした。
バニッシュは驚いてそちらに目を向ける。
人混みの向こう、心配そうに辺りを見回している男女の姿。
母親らしき女性が涙ぐみながら「レリオ……?」と呟いた瞬間――レリオの声が、再び祭りの空に響いた。
「ママーー!!!」
それは、祭りの喧騒をも貫くほど、まっすぐで力強い声だった。
バニッシュは小さく息を吐くと、そっと屈み――
「ほら、降りろ」
肩の上からレリオを優しく下ろした。
レリオは地面に降りるなり、「ママー! パパー!」と元気いっぱいに駆け出していく。
少し離れた場所で、人混みの中を探していた夫婦が、その声に気づいた。
「レリオ!」
母親が叫ぶと、父親も驚いたように顔を上げ、2人して駆け寄る。
「ママ! パパ!」
レリオが飛び込むように二人の胸に抱きつく。
母親はその小さな体をしっかりと抱きしめ――「よかった……本当に心配したんだから……!」と涙をこぼした。
「おじちゃんがね、連れてきてくれたんだよ!」
レリオが無邪気に笑ってバニッシュを指差す。
夫婦はその方向を振り向き、バニッシュの姿を見つけると――深く頭を下げた。
「本当に……ありがとうございます!」
「息子を見つけてくださって……感謝してもしきれません!」
「いやいや、大したことはしてませんよ」
バニッシュは照れくさそうに笑い、片手を軽く振る。
「それより、見つかってよかった。……お祭り、楽しんでください」
そう言って立ち上がり、背を向ける。
「レリオ、もう逸れるなよ」
「うん!」とレリオは力強く頷き、「おじちゃん、ありがとう! バイバーイ!」と両手を振った。
バニッシュは笑って片手を上げ、そのまま人混みの中へと消えていく。
祭囃子と香ばしい屋台の匂いが漂う中――レリオの小さな声が、いつまでもバニッシュの背中を追いかけていた。
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