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追憶編
英雄になれないおっさん
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呪鍾の暴走が鎮まり、街に再び朝日が差し込んだ翌日――。
だが、心の底から祝える者はほとんどいなかった。
祭りは完全に中止となり、街中の後片付けと負傷者の救護に丸一日を費やしたからだ。
広場の奥には、元々祭りの舞台として設営されていた大きなステージ。
その上に、王族と貴族たちが並び立つ。
王族は気品を纏い、貴族たちは仰々しいほど威厳を示して座っている。
広場には、街中の人々がぎっしりと詰めかけていた。
その前に――今回の騒乱を収めた三人が並び立つ。
カイル、ミレイユ、そしてセリナ。
カイルは包帯を巻きながらも背筋を伸ばし、ミレイユは緊張から杖を握る手が震えている。
セリナは祈りの光を放った反動でまだ顔色が優れず、タリズに支えられていた。
だが、そこに――ひとりの姿がなかった。
バニッシュの姿が。
王族と貴族は、カイルたち三名だけを前に進めるよう、侍従に合図する。
「此度の騒乱を収め、街を救った三名よ。その勇気と献身に、我ら王家は深き感謝を示す――」
高らかな声で王族の一人が宣言する。
広場の人々から拍手が起こる。
広場の中央では、王族と貴族たちの荘厳な声が響き、カイルたち三人が人々の前で栄誉を授かっていた。
その喧騒から少し離れた、舞台の影となる石壁の片隅。
バニッシュはそこに背を預け、腕を組むでもなく、ただ静かに立っていた。
人混みの向こう、光に照らされるカイルたちを――誇らしげな笑みで眺めながら。
「よう、英雄さん」
明るい声と共に、エルフがひょいと片手を上げながら現れた。
いつもの皮肉まじりの笑みを浮かべながら、にかっと歯を見せる。
「なんだ、アンタか」
バニッシュは肩を揺らし返す。
「へっ。元気そうでなによりだ」
そう言って隣に立ったエルフは、ふと視線を舞台の方へ向ける。
栄光の中心にいるカイル、ミレイユ、セリナ。
その姿をしばらく眺め、小さく鼻で笑った。
「しかしよ……お前も相当頑張ったってのに。仲間外れとは、つれねぇよな」
その言葉には、怒りも哀れみもなかった。
ただ、バニッシュの苦労を知る者としての真っ当な感情だった。
だが、バニッシュはふっと口元を緩める。
「別に栄誉が欲しくてやったわけじゃないさ。それに、実際にグレオを倒し、呪鍾を叩き壊したのはカイルたちだ」
淡々とした口調だった。
だが、その声の奥底には温かさがあった。
バニッシュがしてきたこと――命を削った結界の改良も、セリナの祈りを繋ぐ術式も、呪鍾の呪いを食い止めたあの賭けも。
それを知る者は、ほんのわずか。
舞台袖で見守っていたエルフと、倒れるまで介抱に当たったタリズだけだ。
エルフはバニッシュの横顔を見て、目を丸くする。
「……謙虚なやつだな、お前は」
「そんな大層なもんじゃないさ」
バニッシュはふっと笑い、背中で石壁を押し返すように少し身を起こす。
「ただ――ああいう場所に立つのは、俺みたいなおっさんより、アイツらみたいに輝いてる連中のほうが似合ってるだろ?」
その言葉には一片の羨望もない。
ただ、仲間を誇りに思う者の、満ち足りた笑顔だった。
舞台の上で光を受けるカイルたち。
舞台の影で、静かに笑むバニッシュ。
エルフは、さきほどまでの軽口とは違う、どこか真剣な声音で問いかけた。
「お前……あの術式、自分で組んだのか?」
バニッシュは一瞬だけ目を瞬かせたあと、気恥ずかしそうに後頭部をかきながら笑う。
「ああ。昔な、結界を色々いじって遊んでた頃があってさ。まさか本当に上手くいくとは思わなかったが……はは」
その肩の力の抜けた笑みを、エルフは横目で見た。
細められた瞳に、どこか納得するような色が浮かぶ。
「……なるほどな。やっぱりな――」
ふっと口角を上げる。
その時――
「おっさーん!!」
広場の喧騒の中でもよく通る、澄んだ子供の声が響いた。
振り返ると、教会の子供たちが元気いっぱいに駆け寄ってくる。
顔をほころばせながら手を振り、バニッシュの元に飛びつく勢いで集まった。
「おう、お前ら!無事でよかったな!」
バニッシュは自然と笑みを広げ、しゃがんで子供たちに視線を合わせた。
「あの!おっさん……助けてくれて、ありがとう! かっこよかった!」
恥ずかしそうに頬を赤くしながら、小さな男の子が差し出したのは――手摘みの花束。
続いて、他の子供たちも
「ありがとうー!!」
笑顔と一緒に花束を差し出す。
「へ……お、おう……」
不意のことにバニッシュは目を丸くしたが――すぐに柔らかく微笑み、ひとつひとつ丁寧に受け取った。
「ああ。ありがとうな」
大きな手が子供たちの頭を優しく撫でていく。
子供たちは誇らしげに胸を張り、嬉しそうに跳ね回った。
その光景を、エルフは腕を組みながら微笑んで眺める。
そしてふと、視線をステージへ向けた。
そこでは――王族や貴族に囲まれ、盛大な拍手と称賛を受けるカイルたち。
人々の喝采が降り注ぎ、まさに英雄として讃えられている。
一方、舞台裏の片隅では――子供たちから寄せられる、ささやかだが確かなありがとうを受け取るバニッシュ。
まるで、二本の道が同じ場所で分岐していくように。
エルフは舞台とバニッシュを静かに見比べ、ぽつりと呟いた。
「……運命は、別れたか」
その声は、どこか寂しさと、どこか温かさを含んでいた。
子供たちの頭を優しく撫でていたバニッシュは、背後から聞こえたエルフの声に振り返る。
「じゃあな。俺は行くぜ」
ひらりと手を上げ、立ち去ろうと背を向けるエルフ。
バニッシュは花束を片腕に抱えたまま、少し眉をひそめて声をかけた。
「なんだよ、この後お祝いするらしいぞ?来ないのか?」
エルフは歩みを止めずに、軽く肩をすくめて答える。
「ああ。俺の目的はもう済んだしな。俺の分まで楽しんでくれ」
いつもの不敵な笑みを浮かべた横顔。
――そして、ふと何かを思い出したように動きを止める。
「……ああ、そうだ」
懐を探り、何かをごそごそと掴み出すと、躊躇いもなくバニッシュへ投げてよこした。
「ほいっ」
「うおっ!?……なんだこれ」
バニッシュは受け取ったそれを両手で確かめる。
掌に収まるサイズの、古びた小さな巻物。
紐を解いて広げると――見慣れない文字列と、複雑な魔方陣のような図がびっしりと記されていた。
「おいおい、なんだよこれ?」
するとエルフは歩きながら振り返り、人差し指でバニッシュを指しながらニヤリと笑った。
「お前には素質がない」
「は? なんだよ急に――」
「だがな。――素質がある」
言葉は二つだが、意味はまるで矛盾している。
だがエルフはその矛盾を楽しむように、悪戯っぽく片目を細める。
「誰かの役に立ちたいってんなら、その巻物で勉強してみろ。きっとお前には必要になる」
片手を軽く挙げ、背中越しに手を振る。
「じゃあな、英雄にはなれないおっさん」
その声は、まるで本当は期待しているような――そんな、不思議な色を帯びていた。
残されたバニッシュは巻物を手にしたまま、唖然とした顔で遠ざかっていくエルフの背中を見送った。
「……素質がないのに、素質がある……? なんだそりゃ」
呆れたように呟きつつも、巻物を胸元に抱えたバニッシュの表情には――ごく僅かだが、新しい道が開いたことに気づいたような光が宿っていた。
カイルたちへ送られる歓声が、まだ街の中心から響いていた。
その喧騒を背に、エルフはゆっくりと街道を歩いていく。
陽光に照らされる背中はどこか軽く、そして――どこか寂しさを秘めていた。
「……ま、悪くねぇ時間だったな」
ぽつりと呟く。
思い返すのは、必死で戦い、必死で守り、必死で祈った彼らの姿。
バニッシュの不器用な優しさ。
カイルの真っ直ぐな瞳。
ミレイユの震えながらも前を向く姿。
そして、光を呼び寄せた少女セリナ――。
ふっと、自然と口元が緩む。
その時である。
「ずいぶん、楽しんでいたようですね」
岩陰から、柔らかく、しかし確かに愉悦を含んだ声がした。
エルフは振り返らない。
ただ、背中越しに淡々と答える。
「……お前か」
音もなく、影がにじむように姿を現す。
フードを深く被った男――ヴェイル=ラグレス。
「それで、どうでしたか?」
フードの奥に浮かぶのは笑みか、あるいは狂気か。
不気味にゆらめく気配が岩影に満ちる。
エルフは目を細め、視線だけをヴェイルへ流した。
「聖女の力は開花した。それと……勇者の素質を持つ者も見つかった」
「ほう……」
「名は、カイルだ」
その名を口にした瞬間、ヴェイルのフードの奥で、にたぁ……と、ねっとりとした笑みが浮かぶ気配が広がる。
「ふふ……そうですか。実に、実のある収穫でしたね」
エルフは表情を変えぬまま、淡々と告げる。
「これで、お前の計画に必要なもんは揃ったろ」
「ええ。ご協力に感謝しますよ――」
そしてヴェイルは、ひと呼吸おいてその名を呼んだ。
「七魔将の一人、砕射王 エリダス=エルグレア」
その声は愉悦と期待に満ち、黒い霧がヴェイルの足元から渦巻くように立ち昇る。
エルフは目を閉じ、一度だけ小さく息を吐く。
言葉を発する代わりに、ただ微かに口角を上げただけだった。
次の瞬間――ヴェイルの姿は黒い霧とともに掻き消えた。
静寂が戻る街道には、エルフだけが残される。
「……さて、この運命、乗り越えられるか――バニッシュ=クラウゼン」
彼はひとり呟き、風の中へとその姿を消すように歩き出すのだった。
だが、心の底から祝える者はほとんどいなかった。
祭りは完全に中止となり、街中の後片付けと負傷者の救護に丸一日を費やしたからだ。
広場の奥には、元々祭りの舞台として設営されていた大きなステージ。
その上に、王族と貴族たちが並び立つ。
王族は気品を纏い、貴族たちは仰々しいほど威厳を示して座っている。
広場には、街中の人々がぎっしりと詰めかけていた。
その前に――今回の騒乱を収めた三人が並び立つ。
カイル、ミレイユ、そしてセリナ。
カイルは包帯を巻きながらも背筋を伸ばし、ミレイユは緊張から杖を握る手が震えている。
セリナは祈りの光を放った反動でまだ顔色が優れず、タリズに支えられていた。
だが、そこに――ひとりの姿がなかった。
バニッシュの姿が。
王族と貴族は、カイルたち三名だけを前に進めるよう、侍従に合図する。
「此度の騒乱を収め、街を救った三名よ。その勇気と献身に、我ら王家は深き感謝を示す――」
高らかな声で王族の一人が宣言する。
広場の人々から拍手が起こる。
広場の中央では、王族と貴族たちの荘厳な声が響き、カイルたち三人が人々の前で栄誉を授かっていた。
その喧騒から少し離れた、舞台の影となる石壁の片隅。
バニッシュはそこに背を預け、腕を組むでもなく、ただ静かに立っていた。
人混みの向こう、光に照らされるカイルたちを――誇らしげな笑みで眺めながら。
「よう、英雄さん」
明るい声と共に、エルフがひょいと片手を上げながら現れた。
いつもの皮肉まじりの笑みを浮かべながら、にかっと歯を見せる。
「なんだ、アンタか」
バニッシュは肩を揺らし返す。
「へっ。元気そうでなによりだ」
そう言って隣に立ったエルフは、ふと視線を舞台の方へ向ける。
栄光の中心にいるカイル、ミレイユ、セリナ。
その姿をしばらく眺め、小さく鼻で笑った。
「しかしよ……お前も相当頑張ったってのに。仲間外れとは、つれねぇよな」
その言葉には、怒りも哀れみもなかった。
ただ、バニッシュの苦労を知る者としての真っ当な感情だった。
だが、バニッシュはふっと口元を緩める。
「別に栄誉が欲しくてやったわけじゃないさ。それに、実際にグレオを倒し、呪鍾を叩き壊したのはカイルたちだ」
淡々とした口調だった。
だが、その声の奥底には温かさがあった。
バニッシュがしてきたこと――命を削った結界の改良も、セリナの祈りを繋ぐ術式も、呪鍾の呪いを食い止めたあの賭けも。
それを知る者は、ほんのわずか。
舞台袖で見守っていたエルフと、倒れるまで介抱に当たったタリズだけだ。
エルフはバニッシュの横顔を見て、目を丸くする。
「……謙虚なやつだな、お前は」
「そんな大層なもんじゃないさ」
バニッシュはふっと笑い、背中で石壁を押し返すように少し身を起こす。
「ただ――ああいう場所に立つのは、俺みたいなおっさんより、アイツらみたいに輝いてる連中のほうが似合ってるだろ?」
その言葉には一片の羨望もない。
ただ、仲間を誇りに思う者の、満ち足りた笑顔だった。
舞台の上で光を受けるカイルたち。
舞台の影で、静かに笑むバニッシュ。
エルフは、さきほどまでの軽口とは違う、どこか真剣な声音で問いかけた。
「お前……あの術式、自分で組んだのか?」
バニッシュは一瞬だけ目を瞬かせたあと、気恥ずかしそうに後頭部をかきながら笑う。
「ああ。昔な、結界を色々いじって遊んでた頃があってさ。まさか本当に上手くいくとは思わなかったが……はは」
その肩の力の抜けた笑みを、エルフは横目で見た。
細められた瞳に、どこか納得するような色が浮かぶ。
「……なるほどな。やっぱりな――」
ふっと口角を上げる。
その時――
「おっさーん!!」
広場の喧騒の中でもよく通る、澄んだ子供の声が響いた。
振り返ると、教会の子供たちが元気いっぱいに駆け寄ってくる。
顔をほころばせながら手を振り、バニッシュの元に飛びつく勢いで集まった。
「おう、お前ら!無事でよかったな!」
バニッシュは自然と笑みを広げ、しゃがんで子供たちに視線を合わせた。
「あの!おっさん……助けてくれて、ありがとう! かっこよかった!」
恥ずかしそうに頬を赤くしながら、小さな男の子が差し出したのは――手摘みの花束。
続いて、他の子供たちも
「ありがとうー!!」
笑顔と一緒に花束を差し出す。
「へ……お、おう……」
不意のことにバニッシュは目を丸くしたが――すぐに柔らかく微笑み、ひとつひとつ丁寧に受け取った。
「ああ。ありがとうな」
大きな手が子供たちの頭を優しく撫でていく。
子供たちは誇らしげに胸を張り、嬉しそうに跳ね回った。
その光景を、エルフは腕を組みながら微笑んで眺める。
そしてふと、視線をステージへ向けた。
そこでは――王族や貴族に囲まれ、盛大な拍手と称賛を受けるカイルたち。
人々の喝采が降り注ぎ、まさに英雄として讃えられている。
一方、舞台裏の片隅では――子供たちから寄せられる、ささやかだが確かなありがとうを受け取るバニッシュ。
まるで、二本の道が同じ場所で分岐していくように。
エルフは舞台とバニッシュを静かに見比べ、ぽつりと呟いた。
「……運命は、別れたか」
その声は、どこか寂しさと、どこか温かさを含んでいた。
子供たちの頭を優しく撫でていたバニッシュは、背後から聞こえたエルフの声に振り返る。
「じゃあな。俺は行くぜ」
ひらりと手を上げ、立ち去ろうと背を向けるエルフ。
バニッシュは花束を片腕に抱えたまま、少し眉をひそめて声をかけた。
「なんだよ、この後お祝いするらしいぞ?来ないのか?」
エルフは歩みを止めずに、軽く肩をすくめて答える。
「ああ。俺の目的はもう済んだしな。俺の分まで楽しんでくれ」
いつもの不敵な笑みを浮かべた横顔。
――そして、ふと何かを思い出したように動きを止める。
「……ああ、そうだ」
懐を探り、何かをごそごそと掴み出すと、躊躇いもなくバニッシュへ投げてよこした。
「ほいっ」
「うおっ!?……なんだこれ」
バニッシュは受け取ったそれを両手で確かめる。
掌に収まるサイズの、古びた小さな巻物。
紐を解いて広げると――見慣れない文字列と、複雑な魔方陣のような図がびっしりと記されていた。
「おいおい、なんだよこれ?」
するとエルフは歩きながら振り返り、人差し指でバニッシュを指しながらニヤリと笑った。
「お前には素質がない」
「は? なんだよ急に――」
「だがな。――素質がある」
言葉は二つだが、意味はまるで矛盾している。
だがエルフはその矛盾を楽しむように、悪戯っぽく片目を細める。
「誰かの役に立ちたいってんなら、その巻物で勉強してみろ。きっとお前には必要になる」
片手を軽く挙げ、背中越しに手を振る。
「じゃあな、英雄にはなれないおっさん」
その声は、まるで本当は期待しているような――そんな、不思議な色を帯びていた。
残されたバニッシュは巻物を手にしたまま、唖然とした顔で遠ざかっていくエルフの背中を見送った。
「……素質がないのに、素質がある……? なんだそりゃ」
呆れたように呟きつつも、巻物を胸元に抱えたバニッシュの表情には――ごく僅かだが、新しい道が開いたことに気づいたような光が宿っていた。
カイルたちへ送られる歓声が、まだ街の中心から響いていた。
その喧騒を背に、エルフはゆっくりと街道を歩いていく。
陽光に照らされる背中はどこか軽く、そして――どこか寂しさを秘めていた。
「……ま、悪くねぇ時間だったな」
ぽつりと呟く。
思い返すのは、必死で戦い、必死で守り、必死で祈った彼らの姿。
バニッシュの不器用な優しさ。
カイルの真っ直ぐな瞳。
ミレイユの震えながらも前を向く姿。
そして、光を呼び寄せた少女セリナ――。
ふっと、自然と口元が緩む。
その時である。
「ずいぶん、楽しんでいたようですね」
岩陰から、柔らかく、しかし確かに愉悦を含んだ声がした。
エルフは振り返らない。
ただ、背中越しに淡々と答える。
「……お前か」
音もなく、影がにじむように姿を現す。
フードを深く被った男――ヴェイル=ラグレス。
「それで、どうでしたか?」
フードの奥に浮かぶのは笑みか、あるいは狂気か。
不気味にゆらめく気配が岩影に満ちる。
エルフは目を細め、視線だけをヴェイルへ流した。
「聖女の力は開花した。それと……勇者の素質を持つ者も見つかった」
「ほう……」
「名は、カイルだ」
その名を口にした瞬間、ヴェイルのフードの奥で、にたぁ……と、ねっとりとした笑みが浮かぶ気配が広がる。
「ふふ……そうですか。実に、実のある収穫でしたね」
エルフは表情を変えぬまま、淡々と告げる。
「これで、お前の計画に必要なもんは揃ったろ」
「ええ。ご協力に感謝しますよ――」
そしてヴェイルは、ひと呼吸おいてその名を呼んだ。
「七魔将の一人、砕射王 エリダス=エルグレア」
その声は愉悦と期待に満ち、黒い霧がヴェイルの足元から渦巻くように立ち昇る。
エルフは目を閉じ、一度だけ小さく息を吐く。
言葉を発する代わりに、ただ微かに口角を上げただけだった。
次の瞬間――ヴェイルの姿は黒い霧とともに掻き消えた。
静寂が戻る街道には、エルフだけが残される。
「……さて、この運命、乗り越えられるか――バニッシュ=クラウゼン」
彼はひとり呟き、風の中へとその姿を消すように歩き出すのだった。
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