勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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追憶編

光と影の幕開け

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 翌日――王国最高の威光が集まる玉座の間は、凛とした空気に満ちていた。
 白大理石の床に陽光が差し込み、巨大なステンドグラスが七色の光を落とす。
 赤い絨毯がまっすぐ玉座へと続き、その先で国王アークレイ=グランヴァルが威厳をまとい座している。
 左右には大臣、重鎮たる近衛騎士団長、そして整列した近衛兵。
 後方には名だたる特級階級の貴族たちが参列していた。

 ――その端に、ひっそりと混じる一人の男。
 バニッシュだ。
 彼の視線は、ただ真っ直ぐ前に並ぶ三人を見つめていた。

 カイル、ミレイユ、セリナは王の前で膝をつき、深く頭を垂れている。

「此度の活躍、誠に見事であった」

 国王の低い声が玉座の間に響く。
 その声には迷いや疑念など一切なく、ただ揺るぎない王の威厳があった。

「貴殿らの働きに、我が国から褒美を授けよう。望みがあるなら、申してみるがよい」

 凛とした言葉と共に、国王の鋭い眼差しがカイルへ向けられる。
 カイルは顔を上げた。
 強い光を宿す瞳のまま、一歩も引くことなく国王を見返す。

「はい。私の望みは――神聖なるルミナ神殿への入殿許可をいただきたいと思います」

 玉座の間がざわついた。

「ルミナ神殿だと……?」

「まさか」

「だが、あそこは……!」

 ――女神ルミナ=リュミエールの加護を与える神殿。
 その資格を得られる者は限られている。

 勇者の素質、そして女神の導き――どちらが欠けても扉は開かない。
 国王の隣で、大臣が耳元に囁く。

「陛下、神殿の司祭からは――導きの光の報告は届いておりませぬ」

 国王は何も言わない。
 ただ、鋭い光を帯びた視線でカイルを射抜く。

「そなた――件の戦いで聖女の放つ光を剣に纏わせたと聞いたが、真実か?」

 重圧にも似た言葉。
 しかしカイルは微動だにしない。

「はい。聖なる光が私の剣に宿りました。その力をもって呪鐘を断ち切りました」

 その眼差しには、虚飾も恐れもない。
 ただ、ひたすらに前を見つめる真っ直ぐな勇者の瞳。

 国王は目を閉じ、しばし沈黙した――そして、静かに口を開く。

「よかろう。ルミナ神殿への許可を与えよう」

「陛下――!」

 大臣が驚き声を漏らす。

「よい」

 国王は一閃するように制した。

「そなたには勇者としての素質がある。それに、聖女と巡り会った。これもまた――女神ルミナ=リュミエール様の導きなのだろう」

 ざわめきが止む。
 会場を支配するのは、ただ王の言葉の重さだけ。

「ありがとうございます」

 カイルは深く、深く頭を垂れる。
 その姿を、バニッシュは遠い場所から静かに見ていた。

 玉座の間に再び静寂が落ちた。
 カイルの願いが認められた余韻が、まだ人々の胸に残っている。

「それで――そなたは何を望む?」

 国王の視線が、今度はミレイユへと移る。

「ひゃっ、ひゃいっ!?」

 ミレイユの肩が跳ね上がり、情けない悲鳴が玉座の間に微かに響く。
 周囲の貴族たちが小さく含み笑いを漏らし、ミレイユは顔を真っ赤に染めてうつむいた。

「わ、私は……その……」

 喉が震え、声が掠れる。
 視線は宙を漂い、言葉にならない。

 ――しかし、昨夜の夜会で見た、あの背中が頭をよぎった。
 バニッシュとセリナの話を聞き、まるで敗北者のようにその場を去るカイルの背中を。
 自分では、そんな彼を支えてやれない。
 だからこそ――とミレイユは心から思ったのだった。

(……変わりたい)

 ミレイユは、ぎゅっと拳を握った。
 そして顔をあげる。

「私は――化粧品が欲しいです!」

 玉座の間に、やや場違いな願いが響いた。
 国王は眉一つ動かさず、ただ静かに問うた。

「何故そのような物を?」

 問いかけは、ミレイユの心の底を見透かすようだった。
 ミレイユは一度俯き、唇を噛みしめ――そして強く顔を上げた。

「変わりたいからです!」

 震える声だった。
 だが、その瞳は揺らがない。

「私は……もっと強くなりたい。もっと綺麗になりたい。誰かを支えられるくらい、ずっとそばにいられるように……変わりたいんです!」

 玉座の間が静まり返る。
 先ほどまでミレイユを笑っていた貴族たちも言葉を失った。
 国王はしばし彼女を見つめ――ゆっくりと頷く。

「よかろう」

 その一言には、先ほどとは違う温かみがあった。

「ならば、この国最高峰の化粧品をそなたに与えよう。それが、そなたの望みであるならば」

「ありがとうございます!!」

 ミレイユは大きく頭を下げた。
 ただ、真っ直ぐな少女の――祝福への礼だった。

 玉座の間に三度、緊張が満ちた。

「――最後に、聖女セリナ。そなたの望みを聞こう」

 国王の視線が、静かにセリナへと向けられる。

「はい」

 セリナはゆっくりと顔を上げた。
 その表情は凛としていて、清らかな気高さを含んでいる。

「私が望むものは――王都にある中央大書蔵庫の書物を、一冊頂きたいです」

 玉座の間がざわついた。
 宝石でも宝物でもなく、ただの書物。
 その場にいた全員が、思わず耳を疑った。

「な、そんな物――!」

 大臣が思わず声を荒らげる。

「僭越ながら、あなたほどの功績があれば、他にもっと相応しき物が――」

「黙れ」

 国王は片手を振って、大臣を一喝した。
 王の瞳が、真っ直ぐセリナを射抜く。

「大臣の言う通りだ。そなたは王族、貴族のみならず、街の多くの民を救った。それに値する褒美を与えるつもりでいた」

 そして問う。

「それでもなお――書物を望むのか?」

「はい」

 迷いなど微塵も感じさせない声音だった。
 国王の瞳が細められる。

「何故だ? 何故、そのようなものを望む?」

 セリナは一度、そっと視線を伏せた。

 ――教会の子供たちの笑顔。
 ――タリズの優しい笑顔。
 ――そして、不器用に笑うあの男の姿。

 胸の奥から浮かぶ大切なものたちを抱きしめるように、セリナは目を開き、王を見返す。

「それが……誰かの役に立つと思うからです」

 その一言は、飾り気のない――それでいて強い意志のこもった言葉だった。
 玉座の間が静まる。
 国王はしばしセリナを見つめ、ゆっくりと息を吐いた。

「……よかろう」

 その声には、僅かな降参の響きがあった。

「中央大書蔵庫より、好きな書物を持っていくが良い」

「ありがとうございます」

 深く頭を下げるセリナ。


 式典が終わると同時に、玉座の間には貴族や王族たちの盛大な拍手が響き渡った。
 その音は、まるで未来への祝福を告げる鐘の音のようでもあった。

 その後――。

 カイルは王城の奥、聖域へと案内される。
 白銀の神殿、その中心に立つ女神ルミナ=リュミエール。

『貴方に――世界を救う力を』

 祝福の光が降り注ぎ、カイルの体に宿る。
 聖剣を持たずとも、彼は正真正銘の勇者となった。

 ミレイユは王族婦人から高級な化粧品を受け取り、セリナは中央大書蔵庫で、古代文字を記した貴重な書物を手にする。
 王都は新たな勇者一行を認め、ここから四人の冒険は加速していった。

 魔族討伐、領土を脅かす魔物の大襲撃、各地で起きた災厄。

 カイルは剣で道を切り開き、ミレイユは魔術師として頭角を現し、セリナは癒しの光で仲間と民を救ってきた。

 その横で――誰よりも貪欲に基礎魔法を磨き続ける男がいた。

 バニッシュ。

 彼は夜を徹して術式を書き、昼にはミレイユの魔法修行に付き合い、空き時間には古代文字の解読を進めた。

 セリナが与えた書物と、エルフから受け取った巻物。
 その双方が、バニッシュの魔法理論を確固たるものに変えていった。

 最初はたった一文字すら意味が取れなかった古代文字は、今では文脈を読み、術式へ応用できるまでに理解が進んでいた。



 ――そして、三年後。

 ある夜、王都の片隅の宿舎で、バニッシュは仲間を集めた。

「――ついに完成した」

「魔法理論が、か?」

 カイルが怪訝そうに眉を上げる。
 ミレイユは胸を高鳴らせ、セリナは静かに微笑む。
 バニッシュは机の上に広げられた書物や巻物を片付け、ゆっくりと立ち上がる。

「やっとだ。三年かかった」

 静かな声だった。だが、確かな自負がそこにあった。

「解いたんだ。古代文字も、魔法式も。それから俺の経験も全部混ぜた」

 バニッシュは掌を開く。

「完成した。七属性すべての基礎を極めた新しい魔法理論――」

 バニッシュの掌で、小さな灯が生まれる。

「まずは、核となる――火の魔法」

 燃え盛るのではない。
 ふわりと温もりを帯びた、安定した熱量。

 直径三十センチほどの火球。
 赤く、柔らかい紅蓮の灯り――小さな太陽。

「次に――外殻となる土の魔法」

 砂が寄せ集まり、火球の周囲を包む。
 岩盤の球体が、火を閉じ込めて形を成す。

 動くたびに、内部の火球が紅く揺らめき、光を放つ。

「さらに――水の魔法」

 蒸気が立ち上り、瞬く間に冷却される。
 透明な水の層が球体を覆い、重力を無視して浮遊する。

 それは小さな海。
 水面がわずかに波を立てる。

「風と雷だ」

 空気が震え、風が渦を巻き始める。
 微細な雷光が走り、雲が生まれ、明滅しながら巡る。

「そして――光と闇」

 右手に昼、左手に夜。
 光球と闇の結界が交互に照らし合う。

 その瞬間――世界が誕生した。

 火を内包し、大地を持ち、海を抱き、雲は流れ、雷光が走り、太陽と夜が巡る。
 極小の惑星が宙に浮かび、静かに回転する。

「……完成だ」

 バニッシュはぽつりと言った。

「全部、基礎だけで組んだ。応用なんて一切使ってない」

 カイルが息を呑む。
 ミレイユは言葉を失い、手を口に当てる。
 セリナはただ、震える声で呟く。

「こんなの……教会でも王国でも見たことない……」

 ――魔法の常識ではあり得ない。

 七属性を扱うだけでも神業。
 だが彼は、複雑な術式も高等魔法も使っていない。
 ただ、基礎を極めただけ。

 浮かび上がった惑星は――まるで命を宿しているかのようだった。
 火が鼓動し、土が形を保ち、水が流れ、風が巡り、雷が生まれ、光と闇が昼夜を描く。

「すごい! 本当にすごいよ、バニッシュ!」

 セリナが弾かれたように駆け寄り、両手を胸に当て瞳を輝かせる。
 バニッシュは肩をすくめ、照れくさそうに頭をかいた。

「いや、セリナが古代文字の本をくれたからだ。あれがなかったらここまで来れなかった」

「……ふふ。バニッシュの役に立ててよかった」

 ほんのりと頬を染め、微笑み返すセリナ。

 そのすぐ傍で――カイルは動けずにいた。
 目の前に浮かぶこの現象。
 誰も成し遂げられなかった七属性の基礎を極めた魔法理論。

(……また、だ)

 三年前のロウメリアの呪鐘騒ぎでも、結界を変換して道を切り開いた。
 いつだってバニッシュは、カイルの想像を軽く超えていく。

 王族から称賛されるのはカイルだ。
 断罪される罪人を救ったのもカイルだ。
 勇者の加護を得て、名声も力も手にした。

 なのに――背筋を粟立たせるほどのこの才能を前にすると、胸の奥がざわつく。

(お前は……)

 握った拳から血がにじんだ。
 カイルは無言のまま身を翻す。

「カイル、どこいくんだ?」

 呼び止める声が背に刺さる。
 だが振り向かない。

「……ああ、ちょっとな」

 低い声を残し、闇の中へと消える。
 セリナはその背に何かを感じたが――踏み出さなかった。
 誰よりも、その気配に敏感な者がいたから。

 ミレイユだ。
 そっと立ち上がり、気づかれぬよう後を追う。




 王都郊外――黒い湖面に月が揺らぐ静かな泉。
 カイルは拳を木へ叩きつけた。

 ドンッ――。

 その音は水面を揺らし、夜気を震わせる。

(まただ……)

 自分では追いつけないほどの光。
 手を伸ばせば届くはずなのに――いつの間にか先へ行かれている。
 あの日の夜会で胸を焼いた焦燥が、再び姿を現す。

「カイル……」

 そっと声が届く。
 気づけばミレイユが背へ寄り添っていた。
 その表情は、壊れ物を扱うように繊細で、切なかった。

「私は、ずっとあなたの傍にいるわ。ずっと……」

 泉よりも静かな声。
 夜風よりも優しい囁き。

 カイルはゆっくりと振り向き――言葉を失う。
 ミレイユは震える手で、そっと彼の胸に触れた。

「大丈夫。あなたは弱くなんかない。誰よりも強い。それを私は知ってる」

 カイルはもう耐えられなかった。
 唇を噛んだまま、ミレイユを強く抱きしめる。

 女神の加護も、勇者の名も、誇りもいらない。

 ただこの瞬間だけは、弱いままの自分でいたいとカイルは思う。
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