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追憶編
光と影の幕開け
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翌日――王国最高の威光が集まる玉座の間は、凛とした空気に満ちていた。
白大理石の床に陽光が差し込み、巨大なステンドグラスが七色の光を落とす。
赤い絨毯がまっすぐ玉座へと続き、その先で国王アークレイ=グランヴァルが威厳をまとい座している。
左右には大臣、重鎮たる近衛騎士団長、そして整列した近衛兵。
後方には名だたる特級階級の貴族たちが参列していた。
――その端に、ひっそりと混じる一人の男。
バニッシュだ。
彼の視線は、ただ真っ直ぐ前に並ぶ三人を見つめていた。
カイル、ミレイユ、セリナは王の前で膝をつき、深く頭を垂れている。
「此度の活躍、誠に見事であった」
国王の低い声が玉座の間に響く。
その声には迷いや疑念など一切なく、ただ揺るぎない王の威厳があった。
「貴殿らの働きに、我が国から褒美を授けよう。望みがあるなら、申してみるがよい」
凛とした言葉と共に、国王の鋭い眼差しがカイルへ向けられる。
カイルは顔を上げた。
強い光を宿す瞳のまま、一歩も引くことなく国王を見返す。
「はい。私の望みは――神聖なるルミナ神殿への入殿許可をいただきたいと思います」
玉座の間がざわついた。
「ルミナ神殿だと……?」
「まさか」
「だが、あそこは……!」
――女神ルミナ=リュミエールの加護を与える神殿。
その資格を得られる者は限られている。
勇者の素質、そして女神の導き――どちらが欠けても扉は開かない。
国王の隣で、大臣が耳元に囁く。
「陛下、神殿の司祭からは――導きの光の報告は届いておりませぬ」
国王は何も言わない。
ただ、鋭い光を帯びた視線でカイルを射抜く。
「そなた――件の戦いで聖女の放つ光を剣に纏わせたと聞いたが、真実か?」
重圧にも似た言葉。
しかしカイルは微動だにしない。
「はい。聖なる光が私の剣に宿りました。その力をもって呪鐘を断ち切りました」
その眼差しには、虚飾も恐れもない。
ただ、ひたすらに前を見つめる真っ直ぐな勇者の瞳。
国王は目を閉じ、しばし沈黙した――そして、静かに口を開く。
「よかろう。ルミナ神殿への許可を与えよう」
「陛下――!」
大臣が驚き声を漏らす。
「よい」
国王は一閃するように制した。
「そなたには勇者としての素質がある。それに、聖女と巡り会った。これもまた――女神ルミナ=リュミエール様の導きなのだろう」
ざわめきが止む。
会場を支配するのは、ただ王の言葉の重さだけ。
「ありがとうございます」
カイルは深く、深く頭を垂れる。
その姿を、バニッシュは遠い場所から静かに見ていた。
玉座の間に再び静寂が落ちた。
カイルの願いが認められた余韻が、まだ人々の胸に残っている。
「それで――そなたは何を望む?」
国王の視線が、今度はミレイユへと移る。
「ひゃっ、ひゃいっ!?」
ミレイユの肩が跳ね上がり、情けない悲鳴が玉座の間に微かに響く。
周囲の貴族たちが小さく含み笑いを漏らし、ミレイユは顔を真っ赤に染めてうつむいた。
「わ、私は……その……」
喉が震え、声が掠れる。
視線は宙を漂い、言葉にならない。
――しかし、昨夜の夜会で見た、あの背中が頭をよぎった。
バニッシュとセリナの話を聞き、まるで敗北者のようにその場を去るカイルの背中を。
自分では、そんな彼を支えてやれない。
だからこそ――とミレイユは心から思ったのだった。
(……変わりたい)
ミレイユは、ぎゅっと拳を握った。
そして顔をあげる。
「私は――化粧品が欲しいです!」
玉座の間に、やや場違いな願いが響いた。
国王は眉一つ動かさず、ただ静かに問うた。
「何故そのような物を?」
問いかけは、ミレイユの心の底を見透かすようだった。
ミレイユは一度俯き、唇を噛みしめ――そして強く顔を上げた。
「変わりたいからです!」
震える声だった。
だが、その瞳は揺らがない。
「私は……もっと強くなりたい。もっと綺麗になりたい。誰かを支えられるくらい、ずっとそばにいられるように……変わりたいんです!」
玉座の間が静まり返る。
先ほどまでミレイユを笑っていた貴族たちも言葉を失った。
国王はしばし彼女を見つめ――ゆっくりと頷く。
「よかろう」
その一言には、先ほどとは違う温かみがあった。
「ならば、この国最高峰の化粧品をそなたに与えよう。それが、そなたの望みであるならば」
「ありがとうございます!!」
ミレイユは大きく頭を下げた。
ただ、真っ直ぐな少女の――祝福への礼だった。
玉座の間に三度、緊張が満ちた。
「――最後に、聖女セリナ。そなたの望みを聞こう」
国王の視線が、静かにセリナへと向けられる。
「はい」
セリナはゆっくりと顔を上げた。
その表情は凛としていて、清らかな気高さを含んでいる。
「私が望むものは――王都にある中央大書蔵庫の書物を、一冊頂きたいです」
玉座の間がざわついた。
宝石でも宝物でもなく、ただの書物。
その場にいた全員が、思わず耳を疑った。
「な、そんな物――!」
大臣が思わず声を荒らげる。
「僭越ながら、あなたほどの功績があれば、他にもっと相応しき物が――」
「黙れ」
国王は片手を振って、大臣を一喝した。
王の瞳が、真っ直ぐセリナを射抜く。
「大臣の言う通りだ。そなたは王族、貴族のみならず、街の多くの民を救った。それに値する褒美を与えるつもりでいた」
そして問う。
「それでもなお――書物を望むのか?」
「はい」
迷いなど微塵も感じさせない声音だった。
国王の瞳が細められる。
「何故だ? 何故、そのようなものを望む?」
セリナは一度、そっと視線を伏せた。
――教会の子供たちの笑顔。
――タリズの優しい笑顔。
――そして、不器用に笑うあの男の姿。
胸の奥から浮かぶ大切なものたちを抱きしめるように、セリナは目を開き、王を見返す。
「それが……誰かの役に立つと思うからです」
その一言は、飾り気のない――それでいて強い意志のこもった言葉だった。
玉座の間が静まる。
国王はしばしセリナを見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……よかろう」
その声には、僅かな降参の響きがあった。
「中央大書蔵庫より、好きな書物を持っていくが良い」
「ありがとうございます」
深く頭を下げるセリナ。
式典が終わると同時に、玉座の間には貴族や王族たちの盛大な拍手が響き渡った。
その音は、まるで未来への祝福を告げる鐘の音のようでもあった。
その後――。
カイルは王城の奥、聖域へと案内される。
白銀の神殿、その中心に立つ女神ルミナ=リュミエール。
『貴方に――世界を救う力を』
祝福の光が降り注ぎ、カイルの体に宿る。
聖剣を持たずとも、彼は正真正銘の勇者となった。
ミレイユは王族婦人から高級な化粧品を受け取り、セリナは中央大書蔵庫で、古代文字を記した貴重な書物を手にする。
王都は新たな勇者一行を認め、ここから四人の冒険は加速していった。
魔族討伐、領土を脅かす魔物の大襲撃、各地で起きた災厄。
カイルは剣で道を切り開き、ミレイユは魔術師として頭角を現し、セリナは癒しの光で仲間と民を救ってきた。
その横で――誰よりも貪欲に基礎魔法を磨き続ける男がいた。
バニッシュ。
彼は夜を徹して術式を書き、昼にはミレイユの魔法修行に付き合い、空き時間には古代文字の解読を進めた。
セリナが与えた書物と、エルフから受け取った巻物。
その双方が、バニッシュの魔法理論を確固たるものに変えていった。
最初はたった一文字すら意味が取れなかった古代文字は、今では文脈を読み、術式へ応用できるまでに理解が進んでいた。
――そして、三年後。
ある夜、王都の片隅の宿舎で、バニッシュは仲間を集めた。
「――ついに完成した」
「魔法理論が、か?」
カイルが怪訝そうに眉を上げる。
ミレイユは胸を高鳴らせ、セリナは静かに微笑む。
バニッシュは机の上に広げられた書物や巻物を片付け、ゆっくりと立ち上がる。
「やっとだ。三年かかった」
静かな声だった。だが、確かな自負がそこにあった。
「解いたんだ。古代文字も、魔法式も。それから俺の経験も全部混ぜた」
バニッシュは掌を開く。
「完成した。七属性すべての基礎を極めた新しい魔法理論――」
バニッシュの掌で、小さな灯が生まれる。
「まずは、核となる――火の魔法」
燃え盛るのではない。
ふわりと温もりを帯びた、安定した熱量。
直径三十センチほどの火球。
赤く、柔らかい紅蓮の灯り――小さな太陽。
「次に――外殻となる土の魔法」
砂が寄せ集まり、火球の周囲を包む。
岩盤の球体が、火を閉じ込めて形を成す。
動くたびに、内部の火球が紅く揺らめき、光を放つ。
「さらに――水の魔法」
蒸気が立ち上り、瞬く間に冷却される。
透明な水の層が球体を覆い、重力を無視して浮遊する。
それは小さな海。
水面がわずかに波を立てる。
「風と雷だ」
空気が震え、風が渦を巻き始める。
微細な雷光が走り、雲が生まれ、明滅しながら巡る。
「そして――光と闇」
右手に昼、左手に夜。
光球と闇の結界が交互に照らし合う。
その瞬間――世界が誕生した。
火を内包し、大地を持ち、海を抱き、雲は流れ、雷光が走り、太陽と夜が巡る。
極小の惑星が宙に浮かび、静かに回転する。
「……完成だ」
バニッシュはぽつりと言った。
「全部、基礎だけで組んだ。応用なんて一切使ってない」
カイルが息を呑む。
ミレイユは言葉を失い、手を口に当てる。
セリナはただ、震える声で呟く。
「こんなの……教会でも王国でも見たことない……」
――魔法の常識ではあり得ない。
七属性を扱うだけでも神業。
だが彼は、複雑な術式も高等魔法も使っていない。
ただ、基礎を極めただけ。
浮かび上がった惑星は――まるで命を宿しているかのようだった。
火が鼓動し、土が形を保ち、水が流れ、風が巡り、雷が生まれ、光と闇が昼夜を描く。
「すごい! 本当にすごいよ、バニッシュ!」
セリナが弾かれたように駆け寄り、両手を胸に当て瞳を輝かせる。
バニッシュは肩をすくめ、照れくさそうに頭をかいた。
「いや、セリナが古代文字の本をくれたからだ。あれがなかったらここまで来れなかった」
「……ふふ。バニッシュの役に立ててよかった」
ほんのりと頬を染め、微笑み返すセリナ。
そのすぐ傍で――カイルは動けずにいた。
目の前に浮かぶこの現象。
誰も成し遂げられなかった七属性の基礎を極めた魔法理論。
(……また、だ)
三年前のロウメリアの呪鐘騒ぎでも、結界を変換して道を切り開いた。
いつだってバニッシュは、カイルの想像を軽く超えていく。
王族から称賛されるのはカイルだ。
断罪される罪人を救ったのもカイルだ。
勇者の加護を得て、名声も力も手にした。
なのに――背筋を粟立たせるほどのこの才能を前にすると、胸の奥がざわつく。
(お前は……)
握った拳から血がにじんだ。
カイルは無言のまま身を翻す。
「カイル、どこいくんだ?」
呼び止める声が背に刺さる。
だが振り向かない。
「……ああ、ちょっとな」
低い声を残し、闇の中へと消える。
セリナはその背に何かを感じたが――踏み出さなかった。
誰よりも、その気配に敏感な者がいたから。
ミレイユだ。
そっと立ち上がり、気づかれぬよう後を追う。
王都郊外――黒い湖面に月が揺らぐ静かな泉。
カイルは拳を木へ叩きつけた。
ドンッ――。
その音は水面を揺らし、夜気を震わせる。
(まただ……)
自分では追いつけないほどの光。
手を伸ばせば届くはずなのに――いつの間にか先へ行かれている。
あの日の夜会で胸を焼いた焦燥が、再び姿を現す。
「カイル……」
そっと声が届く。
気づけばミレイユが背へ寄り添っていた。
その表情は、壊れ物を扱うように繊細で、切なかった。
「私は、ずっとあなたの傍にいるわ。ずっと……」
泉よりも静かな声。
夜風よりも優しい囁き。
カイルはゆっくりと振り向き――言葉を失う。
ミレイユは震える手で、そっと彼の胸に触れた。
「大丈夫。あなたは弱くなんかない。誰よりも強い。それを私は知ってる」
カイルはもう耐えられなかった。
唇を噛んだまま、ミレイユを強く抱きしめる。
女神の加護も、勇者の名も、誇りもいらない。
ただこの瞬間だけは、弱いままの自分でいたいとカイルは思う。
白大理石の床に陽光が差し込み、巨大なステンドグラスが七色の光を落とす。
赤い絨毯がまっすぐ玉座へと続き、その先で国王アークレイ=グランヴァルが威厳をまとい座している。
左右には大臣、重鎮たる近衛騎士団長、そして整列した近衛兵。
後方には名だたる特級階級の貴族たちが参列していた。
――その端に、ひっそりと混じる一人の男。
バニッシュだ。
彼の視線は、ただ真っ直ぐ前に並ぶ三人を見つめていた。
カイル、ミレイユ、セリナは王の前で膝をつき、深く頭を垂れている。
「此度の活躍、誠に見事であった」
国王の低い声が玉座の間に響く。
その声には迷いや疑念など一切なく、ただ揺るぎない王の威厳があった。
「貴殿らの働きに、我が国から褒美を授けよう。望みがあるなら、申してみるがよい」
凛とした言葉と共に、国王の鋭い眼差しがカイルへ向けられる。
カイルは顔を上げた。
強い光を宿す瞳のまま、一歩も引くことなく国王を見返す。
「はい。私の望みは――神聖なるルミナ神殿への入殿許可をいただきたいと思います」
玉座の間がざわついた。
「ルミナ神殿だと……?」
「まさか」
「だが、あそこは……!」
――女神ルミナ=リュミエールの加護を与える神殿。
その資格を得られる者は限られている。
勇者の素質、そして女神の導き――どちらが欠けても扉は開かない。
国王の隣で、大臣が耳元に囁く。
「陛下、神殿の司祭からは――導きの光の報告は届いておりませぬ」
国王は何も言わない。
ただ、鋭い光を帯びた視線でカイルを射抜く。
「そなた――件の戦いで聖女の放つ光を剣に纏わせたと聞いたが、真実か?」
重圧にも似た言葉。
しかしカイルは微動だにしない。
「はい。聖なる光が私の剣に宿りました。その力をもって呪鐘を断ち切りました」
その眼差しには、虚飾も恐れもない。
ただ、ひたすらに前を見つめる真っ直ぐな勇者の瞳。
国王は目を閉じ、しばし沈黙した――そして、静かに口を開く。
「よかろう。ルミナ神殿への許可を与えよう」
「陛下――!」
大臣が驚き声を漏らす。
「よい」
国王は一閃するように制した。
「そなたには勇者としての素質がある。それに、聖女と巡り会った。これもまた――女神ルミナ=リュミエール様の導きなのだろう」
ざわめきが止む。
会場を支配するのは、ただ王の言葉の重さだけ。
「ありがとうございます」
カイルは深く、深く頭を垂れる。
その姿を、バニッシュは遠い場所から静かに見ていた。
玉座の間に再び静寂が落ちた。
カイルの願いが認められた余韻が、まだ人々の胸に残っている。
「それで――そなたは何を望む?」
国王の視線が、今度はミレイユへと移る。
「ひゃっ、ひゃいっ!?」
ミレイユの肩が跳ね上がり、情けない悲鳴が玉座の間に微かに響く。
周囲の貴族たちが小さく含み笑いを漏らし、ミレイユは顔を真っ赤に染めてうつむいた。
「わ、私は……その……」
喉が震え、声が掠れる。
視線は宙を漂い、言葉にならない。
――しかし、昨夜の夜会で見た、あの背中が頭をよぎった。
バニッシュとセリナの話を聞き、まるで敗北者のようにその場を去るカイルの背中を。
自分では、そんな彼を支えてやれない。
だからこそ――とミレイユは心から思ったのだった。
(……変わりたい)
ミレイユは、ぎゅっと拳を握った。
そして顔をあげる。
「私は――化粧品が欲しいです!」
玉座の間に、やや場違いな願いが響いた。
国王は眉一つ動かさず、ただ静かに問うた。
「何故そのような物を?」
問いかけは、ミレイユの心の底を見透かすようだった。
ミレイユは一度俯き、唇を噛みしめ――そして強く顔を上げた。
「変わりたいからです!」
震える声だった。
だが、その瞳は揺らがない。
「私は……もっと強くなりたい。もっと綺麗になりたい。誰かを支えられるくらい、ずっとそばにいられるように……変わりたいんです!」
玉座の間が静まり返る。
先ほどまでミレイユを笑っていた貴族たちも言葉を失った。
国王はしばし彼女を見つめ――ゆっくりと頷く。
「よかろう」
その一言には、先ほどとは違う温かみがあった。
「ならば、この国最高峰の化粧品をそなたに与えよう。それが、そなたの望みであるならば」
「ありがとうございます!!」
ミレイユは大きく頭を下げた。
ただ、真っ直ぐな少女の――祝福への礼だった。
玉座の間に三度、緊張が満ちた。
「――最後に、聖女セリナ。そなたの望みを聞こう」
国王の視線が、静かにセリナへと向けられる。
「はい」
セリナはゆっくりと顔を上げた。
その表情は凛としていて、清らかな気高さを含んでいる。
「私が望むものは――王都にある中央大書蔵庫の書物を、一冊頂きたいです」
玉座の間がざわついた。
宝石でも宝物でもなく、ただの書物。
その場にいた全員が、思わず耳を疑った。
「な、そんな物――!」
大臣が思わず声を荒らげる。
「僭越ながら、あなたほどの功績があれば、他にもっと相応しき物が――」
「黙れ」
国王は片手を振って、大臣を一喝した。
王の瞳が、真っ直ぐセリナを射抜く。
「大臣の言う通りだ。そなたは王族、貴族のみならず、街の多くの民を救った。それに値する褒美を与えるつもりでいた」
そして問う。
「それでもなお――書物を望むのか?」
「はい」
迷いなど微塵も感じさせない声音だった。
国王の瞳が細められる。
「何故だ? 何故、そのようなものを望む?」
セリナは一度、そっと視線を伏せた。
――教会の子供たちの笑顔。
――タリズの優しい笑顔。
――そして、不器用に笑うあの男の姿。
胸の奥から浮かぶ大切なものたちを抱きしめるように、セリナは目を開き、王を見返す。
「それが……誰かの役に立つと思うからです」
その一言は、飾り気のない――それでいて強い意志のこもった言葉だった。
玉座の間が静まる。
国王はしばしセリナを見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……よかろう」
その声には、僅かな降参の響きがあった。
「中央大書蔵庫より、好きな書物を持っていくが良い」
「ありがとうございます」
深く頭を下げるセリナ。
式典が終わると同時に、玉座の間には貴族や王族たちの盛大な拍手が響き渡った。
その音は、まるで未来への祝福を告げる鐘の音のようでもあった。
その後――。
カイルは王城の奥、聖域へと案内される。
白銀の神殿、その中心に立つ女神ルミナ=リュミエール。
『貴方に――世界を救う力を』
祝福の光が降り注ぎ、カイルの体に宿る。
聖剣を持たずとも、彼は正真正銘の勇者となった。
ミレイユは王族婦人から高級な化粧品を受け取り、セリナは中央大書蔵庫で、古代文字を記した貴重な書物を手にする。
王都は新たな勇者一行を認め、ここから四人の冒険は加速していった。
魔族討伐、領土を脅かす魔物の大襲撃、各地で起きた災厄。
カイルは剣で道を切り開き、ミレイユは魔術師として頭角を現し、セリナは癒しの光で仲間と民を救ってきた。
その横で――誰よりも貪欲に基礎魔法を磨き続ける男がいた。
バニッシュ。
彼は夜を徹して術式を書き、昼にはミレイユの魔法修行に付き合い、空き時間には古代文字の解読を進めた。
セリナが与えた書物と、エルフから受け取った巻物。
その双方が、バニッシュの魔法理論を確固たるものに変えていった。
最初はたった一文字すら意味が取れなかった古代文字は、今では文脈を読み、術式へ応用できるまでに理解が進んでいた。
――そして、三年後。
ある夜、王都の片隅の宿舎で、バニッシュは仲間を集めた。
「――ついに完成した」
「魔法理論が、か?」
カイルが怪訝そうに眉を上げる。
ミレイユは胸を高鳴らせ、セリナは静かに微笑む。
バニッシュは机の上に広げられた書物や巻物を片付け、ゆっくりと立ち上がる。
「やっとだ。三年かかった」
静かな声だった。だが、確かな自負がそこにあった。
「解いたんだ。古代文字も、魔法式も。それから俺の経験も全部混ぜた」
バニッシュは掌を開く。
「完成した。七属性すべての基礎を極めた新しい魔法理論――」
バニッシュの掌で、小さな灯が生まれる。
「まずは、核となる――火の魔法」
燃え盛るのではない。
ふわりと温もりを帯びた、安定した熱量。
直径三十センチほどの火球。
赤く、柔らかい紅蓮の灯り――小さな太陽。
「次に――外殻となる土の魔法」
砂が寄せ集まり、火球の周囲を包む。
岩盤の球体が、火を閉じ込めて形を成す。
動くたびに、内部の火球が紅く揺らめき、光を放つ。
「さらに――水の魔法」
蒸気が立ち上り、瞬く間に冷却される。
透明な水の層が球体を覆い、重力を無視して浮遊する。
それは小さな海。
水面がわずかに波を立てる。
「風と雷だ」
空気が震え、風が渦を巻き始める。
微細な雷光が走り、雲が生まれ、明滅しながら巡る。
「そして――光と闇」
右手に昼、左手に夜。
光球と闇の結界が交互に照らし合う。
その瞬間――世界が誕生した。
火を内包し、大地を持ち、海を抱き、雲は流れ、雷光が走り、太陽と夜が巡る。
極小の惑星が宙に浮かび、静かに回転する。
「……完成だ」
バニッシュはぽつりと言った。
「全部、基礎だけで組んだ。応用なんて一切使ってない」
カイルが息を呑む。
ミレイユは言葉を失い、手を口に当てる。
セリナはただ、震える声で呟く。
「こんなの……教会でも王国でも見たことない……」
――魔法の常識ではあり得ない。
七属性を扱うだけでも神業。
だが彼は、複雑な術式も高等魔法も使っていない。
ただ、基礎を極めただけ。
浮かび上がった惑星は――まるで命を宿しているかのようだった。
火が鼓動し、土が形を保ち、水が流れ、風が巡り、雷が生まれ、光と闇が昼夜を描く。
「すごい! 本当にすごいよ、バニッシュ!」
セリナが弾かれたように駆け寄り、両手を胸に当て瞳を輝かせる。
バニッシュは肩をすくめ、照れくさそうに頭をかいた。
「いや、セリナが古代文字の本をくれたからだ。あれがなかったらここまで来れなかった」
「……ふふ。バニッシュの役に立ててよかった」
ほんのりと頬を染め、微笑み返すセリナ。
そのすぐ傍で――カイルは動けずにいた。
目の前に浮かぶこの現象。
誰も成し遂げられなかった七属性の基礎を極めた魔法理論。
(……また、だ)
三年前のロウメリアの呪鐘騒ぎでも、結界を変換して道を切り開いた。
いつだってバニッシュは、カイルの想像を軽く超えていく。
王族から称賛されるのはカイルだ。
断罪される罪人を救ったのもカイルだ。
勇者の加護を得て、名声も力も手にした。
なのに――背筋を粟立たせるほどのこの才能を前にすると、胸の奥がざわつく。
(お前は……)
握った拳から血がにじんだ。
カイルは無言のまま身を翻す。
「カイル、どこいくんだ?」
呼び止める声が背に刺さる。
だが振り向かない。
「……ああ、ちょっとな」
低い声を残し、闇の中へと消える。
セリナはその背に何かを感じたが――踏み出さなかった。
誰よりも、その気配に敏感な者がいたから。
ミレイユだ。
そっと立ち上がり、気づかれぬよう後を追う。
王都郊外――黒い湖面に月が揺らぐ静かな泉。
カイルは拳を木へ叩きつけた。
ドンッ――。
その音は水面を揺らし、夜気を震わせる。
(まただ……)
自分では追いつけないほどの光。
手を伸ばせば届くはずなのに――いつの間にか先へ行かれている。
あの日の夜会で胸を焼いた焦燥が、再び姿を現す。
「カイル……」
そっと声が届く。
気づけばミレイユが背へ寄り添っていた。
その表情は、壊れ物を扱うように繊細で、切なかった。
「私は、ずっとあなたの傍にいるわ。ずっと……」
泉よりも静かな声。
夜風よりも優しい囁き。
カイルはゆっくりと振り向き――言葉を失う。
ミレイユは震える手で、そっと彼の胸に触れた。
「大丈夫。あなたは弱くなんかない。誰よりも強い。それを私は知ってる」
カイルはもう耐えられなかった。
唇を噛んだまま、ミレイユを強く抱きしめる。
女神の加護も、勇者の名も、誇りもいらない。
ただこの瞬間だけは、弱いままの自分でいたいとカイルは思う。
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勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
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