勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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縁の決戦編

揺れるセレスティナ

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 時は少し遡り――バニッシュたちがミスティリアへと転移していった、その直後。

 拠点の奥、静まり返った一室で、セレスティナは一人、机に向かっていた。
 バニッシュの代わりに任された書類整理。開拓地の報告書、物資の一覧、各種申請書類。どれも重要だが、慣れない作業に加え、延々と続く文字の列は、容赦なく彼女の集中力を削っていく。

「……ふぅ」

 小さく息を吐き、セレスティナは指先で目頭を押さえた。
 じんわりとした疲労が、視界の奥に滲む。

(今頃……向こうは、どうしているのかしら)

 ふと、思考が逸れる。
 転移していった彼の背中と仲間たちの気配はもう、この部屋にはない。

 セレスティナは顔を上げ、ゆっくりと部屋を見渡した。
 ここは、バニッシュの私室。必要最低限の家具しかないが、どれも彼らしい実用本位の配置だ。

 そして――視線が、自然とベッドに止まる。
 無意識のまま、誘われるようにベッドの方に足が動いた。

「……」

 ポフッ、と小さな音を立てて、セレスティナは枕に顔を埋めた。
 柔らかな感触と、微かに残る彼の匂い。
 そのまま、しばらく動けずに――セレスティナは、静かに目を閉じた。

 セレスティナは、枕に顔を埋めたまま――そこに残る、かすかな匂いを確かめるように。

 すぅ――と小さく息を吸い込んだ。
 胸の奥に、じんわりと温かいものが広がる。

 遠く離れているはずなのに、それでも確かに感じられる存在に、セレスティナの心臓はどくり、と強く脈打った。
 鼓動が早まり、熱が一気に頬へと集まる。

「……っ」

 自覚した瞬間、さらに恥ずかしさが増していく。

 その時――コンコンと突然のノック音が部屋に響く。

「ひゃっ!?」

 セレスティナはガバッと勢いよく起き上がった。

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 完全に裏返った声が、部屋に響く。
 直後、扉が開き――

「ちょっとええか?」

 そう言って、顔を覗かせたのはツヅラだった。

「つ、ツヅラさん!? ど、どうしたんですか!?」

 セレスティナは慌てて枕から離れ、意味もなく変な体勢で立ち上がる。
 顔は真っ赤にして視線は泳ぎ、明らかに挙動不審だった。

「……?」

 ツヅラは一瞬その様子を見てから、視線をふらりと室内へ巡らせる。

「……なるほどなぁ」

 何かを察したように、ツヅラは口元を吊り上げた。

「お楽しみやったんか」

「お、お楽しみって……! な、なんのことですか!?」

 セレスティナは勢いよく首を振る。
 否定の言葉とは裏腹に、顔の赤さは増す一方だった。

「いやいや、ええんよ、ええんよ」

 ツヅラは片手をひらひらさせながら、含みのある笑みを浮かべる。

「黙っといたるわ。しかしまぁ……見かけによらず、大胆やなぁ」

「ち、違います! 違いますからっ!」

 必死に否定するセレスティナ。
 だが、その必死さが逆に何かあったと物語っているようで――ツヅラは楽しそうに、にやりと笑った。

「……そ、それより……!」

 セレスティナは、話題を無理やり切り替える。

「ツヅラさんの用件は、何なんですか……!?」

 語尾が少し裏返り、どこか必死だ。
 ツヅラはその様子を見て、まだ面白がるように肩を揺らしながら歩み寄ってくる。

「はいはい、分かった分かった」

 からかうような笑みを浮かべつつ、ツヅラは懐から一枚の紙を取り出した。

「これや。目ぇ通しといてや」

 差し出された紙を、セレスティナは反射的に受け取る。

「……わかりました!」

 そう答え、すぐに視線を走らせた――が、読み進めるにつれて、セレスティナの表情は次第に強張っていく。
 さっきまでの赤みは引き、代わりに陰りが落ちた。
 その変化を見逃さず、ツヅラは扇で口元を隠す。

「……ま、これは強制するもんやあらへん」

 軽い口調だが、どこか慎重さが混じる。

「あの堅物フィリアが、なんでこんなもん出してきたんかは、正直わからへんけどな」

 セレスティナは答えず、ただ紙に視線を落としたまま。
 指先に力が入り、紙はしわができるほど、ぎゅっと握り締められていた。

「エルフには……色んなしがらみがあるんやろ?」

 ツヅラの声は、少しだけ低くなる。

「あとは……アンタ次第や」

 金の瞳が細められ、試すように、探るように、セレスティナを見据える。
 その視線を受けながら、セレスティナは唇を噛み締めた。
 胸の奥で、何かが軋む音がする。

「……少し」

 かすれた声で、彼女は答える。

「少し……考えさせてください」

 俯いたままのその姿は、先ほどの慌てた様子とは違い、重い選択を前に立ち尽くす者の影を帯びていた。

 ふぅ……とツヅラは小さく息を吐き、踵を返した。

「ちなみにやけどな」

 扉の前で足を止め、振り返らずに言葉を残す。

「その堅物なら……今日は屋敷に居ると思うで」

 それだけ告げると、ツヅラは静かに部屋を後にした。
 扉が閉じた瞬間、先ほどまで漂っていた甘酸っぱい空気は、嘘のように消え去る。
 残ったのは、しんと張り詰めた静寂だけだった。
 セレスティナは、しばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて小さく首を振る。

 気分を変えないと、そう思い立ち、部屋を出た。

 

 昼時の拠点は、以前とは見違えるほど賑やかになっていた。
 エルフと獣人たちが加わったことで、拠点そのものが大きく様変わりしている。

 中でも、最も象徴的なのが――大きな食堂だ。

 以前は簡素な炊事場だった場所が拡張され、今では多くの人が一度に食事を取れる空間になっていた。
 料理長を務めるのはメイラ。
 彼女を中心に、エルフや獣人の数名が交代で厨房に立ち、皆の食事を賄っている。

 漂ってくる温かい匂い、鍋の音、食器の触れ合う音。
  セレスティナは列に並び、壁に掲げられた札を見上げる。

「……日替わり、ください」

 受け取った盆を持ち、席に着くと――思わず、また小さく息が漏れた。

「はぁ……」

「どうしたの?」

 その声に、セレスティナは顔を上げる。

「セレスがため息なんて、珍しいね」

 そう言って微笑んだのは、食堂の手伝いをしていたライラだった。
 盆を抱え、自然な足取りで隣まで来る。

「何かあった?」

 気遣うようなその問いかけに、セレスティナは一瞬言葉に詰まった。
 湯気の立つ料理を前にしながら、彼女の胸の奥では、まだ答えの出ない想いが、静かに揺れていた。

「うん……ちょっと……」

 セレスティナは曖昧にそう答え、視線を湯気の立つ料理へ落とした。
 深く踏み込まれたくない、けれど誤魔化しきれない――そんな声音だった。
 それから、ふと思い出したように顔を上げる。

「それより……さっき、フォルとすれ違ったんですけど……大丈夫なんですか?」

 ライラの方を見る、その瞳にはわずかな心配が滲んでいた。

「なんだか……元気なさそうでした。挨拶したんですけど、反応もなくて……」

 食堂へ向かう途中、前からトボトボと歩いてくる小さな背中が見え声をかけても、ちらりと視線を向けただけで、そのまま通り過ぎていった少年。
 その様子が、セレスティナの胸に引っかかっていた。

「あー……」

 ライラは少し困ったように眉を下げ、軽く肩をすくめる。

「気にしなくていいよ」

 そう前置きしてから、穏やかに続けた。

「最近、エルフと獣人が来て、子供も増えたでしょ? それで友達作って、よく一緒に遊んでたんだけどね」

 一瞬だけ視線を逸らし、続ける。

「その仲いい子の一人と……喧嘩しちゃったみたいなの」

「……そうなんですね」

 セレスティナは小さく頷いた。

「子供同士の喧嘩だし……」

 ライラはそう言って、ふぅっと息を吐く。

「私たちが口を挟むわけにもいかないしね」

 その言葉には、理解と同時に、どうしようもなさが滲んでいた。

「ライラ―、これお願いー!」

 食堂に、メイラのよく通る声が響いた。

「はーい!」

 ライラはすぐに返事をし、セレスティナの方へ向き直る。

「ごめん、もう行かなくちゃ」

 そう言って両手を合わせ、少しおどけたように、てへっと笑う。

「ええ。頑張ってください」

 セレスティナは柔らかく微笑み、そう返した。

「ありがと!」

 ライラは片手でひらひらと手を振り、そのまま軽やかな足取りで厨房へ戻っていく。
 再び食堂には、鍋の音と人々の声が混ざり合う、活気ある空気が満ちた。

 

 食事を終えたセレスティナは、盆を返却すると、気分転換も兼ねて拠点の中を少し散歩することにした。
 外に出ると、昼下がりの穏やかな光が広がっている。
 拠点の中央にある広場では、子供たちが元気いっぱいに走り回っていた。
 その様子を眺めながら、セレスティナは自然と目を細め、穏やかな微笑みを浮かべる。

 ――だが、ふと、その笑顔の中に、先ほどの少年の姿が重なった。

(フォル……)

 頭をよぎる、小さくうなだれた背中。
 挨拶にも応えず、通り過ぎていったあの様子。

 気づけば、セレスティナの視線は、広場の端へと向いていた。
 そこに――丸太を切り出して作られた簡素な椅子があり。
 その上で、肩を落とし、身体を小さく縮こまらせるフォルの姿があった。

 元気に走り回る子供たちから少し離れ、まるで世界から取り残されたように、静かに座り込んでいる。
 セレスティナは、その背中を見つめたまま、そっと一歩、彼の方へと足を向けた。
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