勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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縁の決戦編

過去と向き合うとき

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 勇気を出して、一歩前に進んだフォルの背中。
 その姿を見つめながら、セレスティナは胸の奥で静かに思う。

 逃げずに向き合うこと。
 気持ちを言葉にすること。

 それが、どれほど怖くても――それでも前に進んだあの小さな背中は、確かに答えを示していた。

(私も……勇気を出さなくては)

 心につかえていたものを見ないふりをしてきた違和感。
 そして、あの紙に記されていた内容。
 それらから目を逸らすのを、もうやめようとセレスティナは、静かに息を整え、決意を胸に刻むと――その足で、フィリアの屋敷へと向かった。

 

 フィリアの屋敷は、エルフ側の中でもひときわ整然としている。
 無駄を嫌う彼女らしく、装飾は少なく、機能性を重視した造りだ。
 その静けさの中、セレスティナは立ち止まり――胸の前で、ぎゅっと両手を握りしめた。

(……大丈夫)

 自分に言い聞かせるように、一度だけ深呼吸をする。

 そして、執務室の前へ行き、控えめなノックする。

「……入れ」

 扉の向こうから、落ち着いたフィリアの声が返ってくる。
 セレスティナは扉を開け、中へと足を踏み入れた。

 執務室の中央には、大きな机。
 その向こうでフィリアは椅子に座り、書類に向かって何やら書き物をしている。
 羽根ペンを走らせる音だけが、静かな室内に響いていた。
 やがて――セレスティナの入室に気づいたのか、フィリアはちらりと視線を上げる。

 そのまま、ペンを置き、手を止め、フィリアの瞳が、静かにセレスティナを捉える。

「……君か」

 フィリアは眼鏡の奥から、静かにセレスティナを見据えた。
 その視線には感情の揺らぎはなく、ただ状況を把握するための冷静さだけがある。

「失礼します」

 セレスティナは一礼し、部屋へと足を踏み入れる。
 背後で扉を閉めると――カチャリ、と小さな音がして。

 その瞬間、二人の間に、張り詰めた沈黙が落ちた。
 フィリアはすっと立ち上がり、机の前から離れる。

「……まあ、座りたまえ」

 そう言って、視線だけで応接用のソファを示した。

「はい……」

 セレスティナは小さく頭を下げ、勧められるままソファへ腰を下ろす。
 背筋は自然と伸び、膝の上で手を重ねた。
 フィリアは何も言わず、棚の方へ向かう。
 慣れた動作で茶葉を用意し、湯を注ぐ。

「……君の用件は」

 カップに紅茶を注ぎながら、静かな声が響く。

「だいたい、察しがつく」

 湯気とともに、ほのかな香りが室内に広がった。
 フィリアは二つのカップを手に取り、ひとつをセレスティナの前へ置く。
 そしてもうひとつを持ち、自らもソファの対面に腰を下ろした。
 軽く一口、紅茶を口に含む。
 カップを置き、再びセレスティナを見るその眼差しは、静かに見据えるように光を帯びていた。

「……さて」

 そして、眼鏡の奥から――真っ直ぐに、セレスティナを見据える。

「君がここに来た理由は……例の件だろう?」

 声は穏やかだが、その目線の奥で――瞳だけが、にっと細められる。
 含みを持たせたその視線に、セレスティナの胸がわずかに強く脈打つ。
 ツヅラが持ってきた、一通の紙。
 そこに書かれていた内容が、否応なく脳裏に浮かんだ。

 ――セレスティナを、フィリアの側近として指名する。

 フィリアには、かつて側近がいた。
 エルフェインにいた頃、常に彼女の傍に仕え、補佐していた存在――ファルン。
 だが、魔王軍の侵攻によって、彼は命を落とした。
 それ以来、フィリアの隣に立つ者はいない。

 なぜ、かつて追放された自分を。
 なぜ、今になって――。

 セレスティナは唇を開く。

「私は――」

 言いかけた、その瞬間。

「君は」

 フィリアの声が、静かに、しかし確実に重なった。

「……我々を、恨んでいるか?」

 遮るように放たれた、その問いは一切の感情を排した声音。
 けれど、それは逃げ場を与えない鋭さを帯びていた。

 セレスティナの言葉は、喉元で止まる。

「……恨むなんて……」

 セレスティナの唇から、かすれた声が零れた。
 その言葉を受け止めるように――フィリアは、静かに続ける。

「我々は……君の父が広めようとしていた古代魔法を排してきた」

 淡々とした口調だが、その一言一言には、長い年月と重い決断が滲んでいる。

「掟を守るためだ。エルフの里を、崩壊から守るために――」

 フィリアは一度、言葉を切る。

「君の父を……そして、古代魔法を受け継ぐ君を……我々は追放した」

 その事実は、今も変わらない。
 正義でも、必要悪でもなく――ただの選択だった。

「……追放されたあと」

 フィリアの声は、ほんのわずかに低くなる。

「君が、どれほどつらい思いをしたか……それは、容易に想像がつく」

 セレスティナは、ゆっくりと目を伏せた。

 ――エルフェインを追放された日。
 行き場を失い、生きるために冒険者になるしかなかった。
 しかし、パーティーを組んでも、心はどこか噛み合わず、信じきれず、常に孤独が付きまとっていた。

 やがて――仲間に見捨てられ、絶望と孤独が支配したあの日、胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
 けれど、同時に、別の記憶が浮かぶ。
 この拠点に辿り着き――バニッシュと出会い、みんなに出会えた。
 
 不器用で、優しくて、温かな人たち。
 共に食事をし、笑い合い、役に立てる場所があると、初めて思えた日々。

 楽しいとその感情を、自分が確かに抱いていることに――セレスティナは、今さらながら気づいていた。
 目を伏せたまま、セレスティナの胸の内では、過去と現在が、静かに交錯していた。

 セレスティナは、ゆっくりと目を開けた。
 そして――逃げずに、真っ直ぐにフィリアを見つめる。

「……恨みがないと言えば」

 一度、言葉を選ぶように息を吸い。

「……嘘になります」

 取り繕いも、否定もない思い。
 けれど――そのまま、胸の前にそっと手を添え、穏やかに微笑む。

「でも……それ以上に、私は……ここに来て、みんなと出会えて……本当に、幸せなんです」

 フィリアの瞳が――ほんの一瞬、わずかに揺れる。
 眼鏡の奥で目を細め、まるで何かを確かめ、そして受け入れるようにセレスティナを見つめる。

「……そうか」

 短く、しかし深く、悟るようにフィリアは、ふっと視線を遠くへ向ける。

「私はな……」

 過去を辿るように、静かに語り始める。

「君が、彼らと共に精霊石を求めて、エルフェインに来た時……正直、驚いたのだよ」

 机の上ではなく、窓の外でもなく――ただ、記憶の彼方を見る目で語る。

「エルフは、種族の情報を他者に漏らさない。それは……例え、追放された者であっても同じだ」

 掟、それは、ある種の呪いのようなもの。
 それは確かに、里を守っていたのかもしれない。
 しかし、同時に彼女たちを枷のように縛り付け、動けなくさせていた。

「だが、君は違った」

 フィリアの視線が、再びセレスティナへ戻る。

「君は……彼らを信じた。仲間のために……導いた。君は、彼らと共に過ごすことで……変わったのだ」

 その言葉には、評価ではなく――理解があった。

「……そして」

 ほんの僅か、声が低くなる。

「ファルンも、だ」

 遠くを見る目が、さらに深くなる。

「彼もまた……君らと、ほんの僅かな時間ではあったが……共に行動することで、変わっていた」

 思い出すように、静かに目を伏せる。
 幼馴染で一番近くでフィリアを守っていた側近。
 誰よりも掟に忠実で、掟に苦しみ散っていった男。

「私は……それを、見ていた」

 沈黙が落ちる。
 だが、それは重苦しいものではなく――過去を静かに弔い、未来へ向かうための間だった。
 フィリアは、ゆっくりとセレスティナを見据える。
 
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