勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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縁の決戦編

新たな真実

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「……我々は、変わらねばならない」

 フィリアの声は、はっきりとしていた。

「失った者たちのためにも……そして、これから訪れる未来のためにも、だ」

 眼鏡の奥の瞳には、迷いはない。
 そこに宿っているのは、長い葛藤の末に辿り着いた決意と――かすかだが、確かな希望だった。
 その想いを受け止めるように、セレスティナは静かに息を吸う。

「……変わりましたよ」

 呟くような、けれど確かな声。

「今まででしたら……たとえ多くの犠牲が出ようとも、エルフェインの里を取り戻すために、迷わず進んでいたでしょう」

 それは、責める言葉ではない。
 事実を、静かに見つめ直す言葉だった。

「でも、今は違う」

 セレスティナは、まっすぐにフィリアを見る。

「あなたは……みんなのために。エルフだけでなく、ここに集った人たち全員のために……そして、これから生まれる未来のために、ここでの共存を、選んでくれました」

 フィリアの瞳が、わずかに細まる。
 その言葉が、確かに胸に届いた証だった。

「……正直に言えば」

 セレスティナは、そっと言葉を続ける。

「なぜ、私を側近に指名したのか……疑問でした」

 追放され、一度は切り捨てられた存在。

「でも……今は、少しだけ分かった気がします」

 セレスティナは、胸に手を当てる。

「あなたが見ているのは、過去ではなく……これから、どう変わっていくかなのだと」

 そして、静かに、しかしはっきりと告げる。

「……けれど、私は……まだ、みんなの元にいたい」

 一瞬だけ、迷いの色が滲む。
 拠点での日々があった。
 バニッシュたちと過ごした温かな日常が脳裏を過る。

「バニッシュたちの力になりたいのです」

 最初は、心を閉ざし、信じることが出来なかった。
 そんな、自分を受け入れ、迎え入れてくれた初めての自分の居場所を守りたいというセレスティナの想いが込められていた。

 部屋に、再び静寂が訪れる。
 変化を受け入れた者同士が、次の一歩を探すための――静かな間だった。
 フィリアは、ゆっくりと目を閉じ、そして、再びセレスティナを見つめる。

 「……そうか……」

 フィリアは、ふっと小さく笑った。
 それは嘲りでも諦観でもなく――最初から、この結論に辿り着くと知っていたかのような、悟る者の表情だった。
 紅茶を一口、静かに喉へと流し込み。

「私は……振られてしまったのだな」

 淡々と、しかしどこか可笑しみを含んだ声音。

「そ、そんな……振るだなんて……」

 セレスティナは慌てて言葉を返すが、フィリアは首を振る。

「気にするな」

 そう言って、すっと立ち上がった。
 フィリアは執務室の棚へ向かい、奥の方――普段はあまり使われていない場所から、ひとつの小箱を取り出してくる。
 それは、掌に収まるほどの大きさで、木とも金属ともつかぬ素材。
 表面には淡く光を反射する紋様が刻まれ、近づくだけで、空気がわずかに澄むのを感じさせる――神秘的な雰囲気を放っている。
 フィリアはその小箱を、静かにテーブルの上へ置いた。

「……君に、渡したい物がある」

 そう告げ、フィリアは小箱の上に手をかざす。
 次の瞬間――淡い光が広がり、空中に魔法陣が展開された。
 幾何学的でありながら、有機的にも見える複雑な紋――魔法刻印。
 フィリアの指先が、空をなぞるように動くたび、刻印が一つ、また一つと重ねられていく。

 ――カチリ。

 小箱の鍵が、確かに開いた音が、部屋に響いた。
 セレスティナは、息を呑み、その小箱を見つめる。
 この中に収められているものが、今の自分にとって、そしてこれからの道にとって――ただならぬ意味を持つことを、直感的に感じ取っていた。

 小箱の中には――丁寧に収められた、一巻の巻物が入っていた。
 淡い古色を帯びた紙。
 触れずとも分かる、長い時を越えてきた重み。

 それを目にした瞬間、セレスティナの胸に、ちくりとした既視感が走る。

「……これは……?」

 セレスティナは、ゆっくりと顔を上げ、フィリアを見る。
 フィリアは静かに頷いた。

「古代魔法の原理……その続きだ。君の父が持っていたものは、古代魔法の――ほんの一部でしかない」

「――っ」

 セレスティナの目が、大きく見開かれる。

「ど、どうして……そんなものを……」

 驚愕に、声が震えた。
 フィリアは、淡々と、だが誇りを滲ませて語る。

「これでも私は……エルフェインの長を務めていた」

 巻物から目を離さず、続ける。

「古代魔法は、単なる一系統の魔法ではない。魔法という概念そのものの根幹に関わるものだ。故に――それは、三つの書に分けられ保管していたのだ」

 セレスティナは、息を呑む。

「一つは……君の父の元に、一つは……私が管理している。そして……もう一つは、行方が知れていない」

 静かな声で告げられたその事実は、重く、深く、空気に沈んだ。
 セレスティナは、驚きのあまり、再び巻物へと視線を落とす。
 指先が、無意識にその縁へ伸びかけ――止まる。

(父が……これを……)

 はっとして、顔を上げた。

「……では……どうして……父は、その一つを……持っていたのですか?」

 フィリアは、その問いにすぐには答えなかった。
 一度、目を伏せる。
 過去を掘り起こすような、長い沈黙。

 やがて――静かに、語り出す。

「君の父が……どうやって書を手に入れたのかは、分からない。だが……」

 視線を上げ、まっすぐにセレスティナの目を見て話す。

「本来、手に入るはずのない古代魔法の原理の一部を入手し――それを扱える域にまで至ったのは、紛れもない事実だ」

 セレスティナの喉が、鳴る。

「……そして、私が……君と、君の父を追放したのは――それが、大きな理由でもある」

 フィリアの声が、わずかに低くなる。
 掟を破り古代魔法に手を出した。
 何よりも入手困難なはずの古代魔法の原理の書を手にし、それを広めようとしていた。
 そしてそれは――制御できぬ可能性を、世界に解き放つことを恐れたからだった。
 部屋に、重い静寂が落ちる。

 セレスティナは、驚愕と困惑に囚われたまま――瞳を揺らし、肩を小さく震わせていた。
 頭が、うまく働かない。
 理解しようとする思考と、拒もうとする感情が、胸の奥で絡み合う。
 そんな彼女を静かに見つめながら、フィリアは口を開く。

「……君が、真実を知りたいのであれば」

 そう言って、テーブルの上に置かれた巻物を、そっとセレスティナの前へと差し出した。

「これを……持っていくといい」

 差し出されるそれを見つめたまま、セレスティナは、まだ動けない。
 混乱の渦の中で、脳裏に浮かんだのは――父の笑顔。

 幼い頃、手を引いてくれた温もり、穏やかな声、信じて疑わなかった、あの背中。
 けれど、その記憶に――ほんの、わずかな陰りが差す。

 今まで見えなかった影、知らずにいた何か確かに感じ取った。
 セレスティナは、ぎゅっと唇を結び――一度、瞳を閉じた。
 すぅ……と、深く息を吸う。
 胸の奥に散らばった感情を、ゆっくりと一つにまとめるように。

 そして――覚悟を決めるように、瞳を開いた。
 セレスティナは、静かに手を伸ばし、巻物を取る。

「……私は、知りたいです。父の……思いを、何を考え……そして……どこにいるのかを」

 その言葉に、フィリアは目を細める。

「……その先に、辛い結末が、待っているかもしれないぞ」

 それはある種の予感からくるフィリアなりの警告のようなものだった。
 だが――セレスティナは、迷わなかった。

「……それでも」

 巻物を胸に抱き、微笑む。
 瞳には、涙が滲んでいたが――その表情は、確かに前を向いていた。

「私は……知りたいんです。だって……私は……娘なんですから」

 声に、揺るぎない想いを込めていうその頬に一粒、涙が伝う。

「……」

 その微笑みは、弱さではない。
 血を受け継ぐ者としての、誇りと覚悟だった。

 フィリアは、その姿を見つめ――何も言わず、ただ静かに、頷いた。
 こうして――セレスティナは、父の真実へと繋がる一歩を、確かに踏み出すことを決めた。
 それが、どれほど痛みを伴う道であったとしても。



「……ありがとうございます」

 セレスティナは深く頭を下げ、静かに部屋を出て行く。
 フィリアの屋敷を出ると、外の空気が胸いっぱいに流れ込んでくる。
 少し前まで胸を塞いでいた重さが、嘘のように和らいでいた。

 父について――生まれた謎は知れば知るほど、簡単ではない真実が待っているのだろう。
 セレスティナは、心の中でそっと呟く。

(それでも、バニッシュたちと一緒なら……きっと、解決できます)

 孤独ではない。
 信じ合える仲間がいる。
 その事実が、彼女の心を強く支えていた。

 手には、フィリアから託された巻物が、ずしりとした重みは、責任であり、希望でもある。

「……頑張りましょう」

 自分自身に言い聞かせるように、静かに微笑む。
 残してきた書類整理を片づけようと、通りを歩いていると――ふと、見覚えのある巨体が視界に入った。

「……あ」

 そこには――未だに、先ほどの衝撃から立ち直れず、まるで石像のように固まったままのドルガがいた。

 目は虚空を見つめ、口はあんぐりと開いたまま魂が、どこか遠くへ旅立ったまま戻ってきていない。

(……まだ、このままなんですね)

 セレスティナは、くすりと小さく苦笑し――同時に、申し訳なさが胸をよぎった。

(……今は、そっとしておきましょう)

 セレスティナは足音を殺すように、その場をそっと通り過ぎる。


 こうして――決意を胸に刻みながら。
 そして、少しばかりの優しさと、ほんの少しの気まずさを背に抱えながら。
 セレスティナは、再び日常へと戻っていった。
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