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縁の決戦編
ギルドの裁定
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屋台をすべて解体し終えたバニッシュたちは、ミスト・コネクションへと戻ってきていた。
受付にて借りていた仮設屋台一式を返却し、最後の精算に入る。
ポンは懐から水晶製の手形を取り出し、静かに職員の前へ差し出した。
「こちらで、ツケの精算をお願いいたします」
はい、と職員は慣れた手つきで水晶の手形を受け取り、別の帳簿へと照合を始める。
商会手形によるツケは、いったんギルド側が立て替え、後日まとめて精算される仕組みになっている。
複雑なようでいて、商人にとっては実に合理的な制度だった。
ほどなくして職員は頷き、問題ありません、と事務的に告げる。
手続きは滞りなく完了した。
「それでは――」
ポンは柔らかな笑みを浮かべ、バニッシュたちの方へ振り返る。
「買い出しに行きましょか」
その瞬間だった。
背後から、空気が変わる。
ギルドの奥、普段は関係者以外立ち入らない通路の方から、黒い執事服に身を包んだ者たちが静かに現れた。
人数は十数名。無駄のない動きで、瞬く間にバニッシュたちを半円状に囲む。
「……っ!」
突然の事態に、バニッシュ、リュシア、ザイロは即座に反応した。
ポンとゴンタを庇うように一歩前へ出て、身構える。
リュシアの表情が強張り、ザイロの体がわずかに前傾する。
「そう身構えなくても大丈夫ですよ」
穏やかな声が響いた。
一歩前に出てきたのは、初老の執事だった。
皺の刻まれた顔には余裕のある微笑が浮かび、背筋は驚くほど伸びている。
「なんだ、アンタたちは」
バニッシュは警戒を解かぬまま、低く問いかける。
初老の執事は一度、バニッシュたちを値踏みするように眺め、ゆっくりと口を開いた。
「当ギルドの――ギルド長が、貴方方にお話があるとのことです」
その言葉と同時に、執事はさりげなく周囲へ視線を走らせた。
気づけば、近くにいた商人たちがこちらを見てざわめいている。
好奇と警戒が入り混じった視線が、ひしひしと突き刺さる。
「ここでは、他の方々のご迷惑になりますので」
初老の執事は一歩横へと身を引き、奥へと続く通路を示した。
「どうぞ、奥へ」
言葉遣いは丁寧。
だが、その声には有無を言わせぬ圧が確かに含まれていた。
バニッシュは一瞬だけ歯を噛みしめる。
「……行こう」
短くそう告げ、バニッシュは身構えを解いた。
リュシアとザイロもそれに倣い、ポンとゴンタを挟む形で歩き出す。
黒衣の執事たちに囲まれながら、彼らはミスト・コネクションの奥へと足を踏み入れていった。
バニッシュたちが案内されたのは、ミスト・コネクションの奥深くにある応接室だった。
商業ギルドの応接室だけあって、内装は一目で分かるほど格が違う。
床には深い藍色の絨毯が敷かれ、壁には波紋を思わせる精緻な装飾が施されている。
天井から吊るされた水晶灯は淡い光を放ち、室内を落ち着いた雰囲気で満たしていた。
「こちらでお待ちください」
初老の執事はそう言って、手のひらでソファを示す。
それに従い、バニッシュ、ポン、ゴンタの三人が横並びで三人掛けのソファに腰を下ろす。
一人掛けのソファにはリュシアが座り、背筋を伸ばして周囲を見渡していた。
ザイロは座らずにいつでも動けるように――いや、何かあれば即座に前に出られるように。
バニッシュの背後、ソファの後ろに立ち、腕を組んで静かに空気を張り詰めさせている。
応接室には数人の執事が残り、無言のまま壁際に控えた。
初老の執事は一礼すると、そのまま部屋を後にする。
「な、何があったでやんすかね……」
ゴンタが小さく声を震わせる。
先ほどまでの軽口や商人特有の愛嬌は影を潜め、肩をすくめて落ち着きなく視線を彷徨わせていた。
ポンも表情は穏やかなままだが、膝の上で組んだ指先がわずかに強張っている。
「わからないな……」
バニッシュは低くそう答えた。
少なくともただの呼び出しではないことだけは分かる。
「だがな、アンタたちのことは、俺たちが守る」
バニッシュは視線を前に向けたまま、はっきりと言葉を続ける。
ポンとゴンタは一瞬きょとんとし、それからゆっくりとバニッシュを見る。
「……へへ、心強いでやんすね」
ポンも静かに微笑み、深く頷く。
「ありがとうございます、バニッシュさん」
――しばらくの沈黙ののち。
重厚な扉が、静かに開かれた。
まず足を踏み入れたのは、先ほどの初老の執事だった。
彼は一歩中へ入ると扉を押さえ、胸に手を当てて恭しく一礼する。
続いて、一人の少女が現れた。
年の頃は、せいぜい十代半ばほど。
白磁のように整った顔立ちに、感情の起伏を感じさせない無表情。
淡く波打つような色合いの髪が肩口まで流れ、深海を思わせる瞳が静かに室内を見渡す。
その一歩後ろには、一人の少年。
少女は何も言わず、迷いもなくバニッシュたちの正面――対面するソファへと腰を下ろす。
少年はその右隣に立ち、扉を閉めた初老の執事は、少女の左隣へと静かに位置取った。
初老の執事が一歩前に出て、低く、しかしよく通る声で告げた。
「――こちらが、当ギルドのギルド長。そして、この海の都ミスティリアを統治される御方」
執事は深く頭を下げ、少女を示す。
「ミュレア=ティーレ様でございます」
その名が告げられた瞬間、バニッシュは思わず背筋を伸ばした。
リュシアは息を呑み、ポンとゴンタは反射的に背筋を正し、ザイロは一歩も動かぬまま、空気の変化を鋭く感じ取る。
ミュレアは、ただ静かにそこに座り――深海のような瞳で、バニッシュたちを一人ずつ見据えた。
ミュレアは、言葉を発することなく――ただ、すっと視線だけを動かした。
その微細な合図を、初老の執事は見逃さない。
彼は一度、静かに頭を下げると、背後の小テーブルへと歩み寄った。
そこには、白い布のかけられた銀縁のお盆が置かれている。
執事はそれを両手で取り上げ、足音ひとつ立てずにテーブルの中央へと置いた。
――場の空気が、さらに引き締まる。
初老の執事は、ゆっくりと白布を持ち上げる。
現れたのは、深紅に艶めくザキュロの実、黒紅色に澄んだ魔紅果の酒の瓶、そして、丁寧に袋詰めされたルガンディアの米。
「こちらは――貴方方より、当ギルドへ献上された品になります」
初老の執事が、淡々と、しかし重みのある声で告げる。
その視線は一度、お盆の上の品々をなぞり、そして、ゆっくりとバニッシュへと向けられた。
「どれも、希少かつ高品質。市場に出回ること自体が稀なものばかりです」
バニッシュは、思わず喉を鳴らした。
――献上した、とはいえあくまで商業上の形式であり、ここまで改めて並べられる理由が、まだ見えない。
困惑したままの表情でいるバニッシュを、初老の執事は一瞥だけして、続ける。
「しかしながら――これらはいずれも、通常の流通経路では入手が極めて困難な品です」
声が、わずかに低くなる。
ゴンタが、無意識に息を呑む。
ポンは表情を変えないが、その眼差しは静かに研ぎ澄まされていた。
「ゆえに、我々は確認せねばなりません」
初老の執事は、まっすぐにバニッシュを見据える。
「――これらの品の、入手経路を」
その言葉が、応接室に静かに落ちる。
無言のまま、ミュレア=ティーレはその様子を見つめている。
表情は変わらない。
だが、その深海のような瞳は、確かに――何かを見透かすかのようにバニッシュ達を見据えている。
受付にて借りていた仮設屋台一式を返却し、最後の精算に入る。
ポンは懐から水晶製の手形を取り出し、静かに職員の前へ差し出した。
「こちらで、ツケの精算をお願いいたします」
はい、と職員は慣れた手つきで水晶の手形を受け取り、別の帳簿へと照合を始める。
商会手形によるツケは、いったんギルド側が立て替え、後日まとめて精算される仕組みになっている。
複雑なようでいて、商人にとっては実に合理的な制度だった。
ほどなくして職員は頷き、問題ありません、と事務的に告げる。
手続きは滞りなく完了した。
「それでは――」
ポンは柔らかな笑みを浮かべ、バニッシュたちの方へ振り返る。
「買い出しに行きましょか」
その瞬間だった。
背後から、空気が変わる。
ギルドの奥、普段は関係者以外立ち入らない通路の方から、黒い執事服に身を包んだ者たちが静かに現れた。
人数は十数名。無駄のない動きで、瞬く間にバニッシュたちを半円状に囲む。
「……っ!」
突然の事態に、バニッシュ、リュシア、ザイロは即座に反応した。
ポンとゴンタを庇うように一歩前へ出て、身構える。
リュシアの表情が強張り、ザイロの体がわずかに前傾する。
「そう身構えなくても大丈夫ですよ」
穏やかな声が響いた。
一歩前に出てきたのは、初老の執事だった。
皺の刻まれた顔には余裕のある微笑が浮かび、背筋は驚くほど伸びている。
「なんだ、アンタたちは」
バニッシュは警戒を解かぬまま、低く問いかける。
初老の執事は一度、バニッシュたちを値踏みするように眺め、ゆっくりと口を開いた。
「当ギルドの――ギルド長が、貴方方にお話があるとのことです」
その言葉と同時に、執事はさりげなく周囲へ視線を走らせた。
気づけば、近くにいた商人たちがこちらを見てざわめいている。
好奇と警戒が入り混じった視線が、ひしひしと突き刺さる。
「ここでは、他の方々のご迷惑になりますので」
初老の執事は一歩横へと身を引き、奥へと続く通路を示した。
「どうぞ、奥へ」
言葉遣いは丁寧。
だが、その声には有無を言わせぬ圧が確かに含まれていた。
バニッシュは一瞬だけ歯を噛みしめる。
「……行こう」
短くそう告げ、バニッシュは身構えを解いた。
リュシアとザイロもそれに倣い、ポンとゴンタを挟む形で歩き出す。
黒衣の執事たちに囲まれながら、彼らはミスト・コネクションの奥へと足を踏み入れていった。
バニッシュたちが案内されたのは、ミスト・コネクションの奥深くにある応接室だった。
商業ギルドの応接室だけあって、内装は一目で分かるほど格が違う。
床には深い藍色の絨毯が敷かれ、壁には波紋を思わせる精緻な装飾が施されている。
天井から吊るされた水晶灯は淡い光を放ち、室内を落ち着いた雰囲気で満たしていた。
「こちらでお待ちください」
初老の執事はそう言って、手のひらでソファを示す。
それに従い、バニッシュ、ポン、ゴンタの三人が横並びで三人掛けのソファに腰を下ろす。
一人掛けのソファにはリュシアが座り、背筋を伸ばして周囲を見渡していた。
ザイロは座らずにいつでも動けるように――いや、何かあれば即座に前に出られるように。
バニッシュの背後、ソファの後ろに立ち、腕を組んで静かに空気を張り詰めさせている。
応接室には数人の執事が残り、無言のまま壁際に控えた。
初老の執事は一礼すると、そのまま部屋を後にする。
「な、何があったでやんすかね……」
ゴンタが小さく声を震わせる。
先ほどまでの軽口や商人特有の愛嬌は影を潜め、肩をすくめて落ち着きなく視線を彷徨わせていた。
ポンも表情は穏やかなままだが、膝の上で組んだ指先がわずかに強張っている。
「わからないな……」
バニッシュは低くそう答えた。
少なくともただの呼び出しではないことだけは分かる。
「だがな、アンタたちのことは、俺たちが守る」
バニッシュは視線を前に向けたまま、はっきりと言葉を続ける。
ポンとゴンタは一瞬きょとんとし、それからゆっくりとバニッシュを見る。
「……へへ、心強いでやんすね」
ポンも静かに微笑み、深く頷く。
「ありがとうございます、バニッシュさん」
――しばらくの沈黙ののち。
重厚な扉が、静かに開かれた。
まず足を踏み入れたのは、先ほどの初老の執事だった。
彼は一歩中へ入ると扉を押さえ、胸に手を当てて恭しく一礼する。
続いて、一人の少女が現れた。
年の頃は、せいぜい十代半ばほど。
白磁のように整った顔立ちに、感情の起伏を感じさせない無表情。
淡く波打つような色合いの髪が肩口まで流れ、深海を思わせる瞳が静かに室内を見渡す。
その一歩後ろには、一人の少年。
少女は何も言わず、迷いもなくバニッシュたちの正面――対面するソファへと腰を下ろす。
少年はその右隣に立ち、扉を閉めた初老の執事は、少女の左隣へと静かに位置取った。
初老の執事が一歩前に出て、低く、しかしよく通る声で告げた。
「――こちらが、当ギルドのギルド長。そして、この海の都ミスティリアを統治される御方」
執事は深く頭を下げ、少女を示す。
「ミュレア=ティーレ様でございます」
その名が告げられた瞬間、バニッシュは思わず背筋を伸ばした。
リュシアは息を呑み、ポンとゴンタは反射的に背筋を正し、ザイロは一歩も動かぬまま、空気の変化を鋭く感じ取る。
ミュレアは、ただ静かにそこに座り――深海のような瞳で、バニッシュたちを一人ずつ見据えた。
ミュレアは、言葉を発することなく――ただ、すっと視線だけを動かした。
その微細な合図を、初老の執事は見逃さない。
彼は一度、静かに頭を下げると、背後の小テーブルへと歩み寄った。
そこには、白い布のかけられた銀縁のお盆が置かれている。
執事はそれを両手で取り上げ、足音ひとつ立てずにテーブルの中央へと置いた。
――場の空気が、さらに引き締まる。
初老の執事は、ゆっくりと白布を持ち上げる。
現れたのは、深紅に艶めくザキュロの実、黒紅色に澄んだ魔紅果の酒の瓶、そして、丁寧に袋詰めされたルガンディアの米。
「こちらは――貴方方より、当ギルドへ献上された品になります」
初老の執事が、淡々と、しかし重みのある声で告げる。
その視線は一度、お盆の上の品々をなぞり、そして、ゆっくりとバニッシュへと向けられた。
「どれも、希少かつ高品質。市場に出回ること自体が稀なものばかりです」
バニッシュは、思わず喉を鳴らした。
――献上した、とはいえあくまで商業上の形式であり、ここまで改めて並べられる理由が、まだ見えない。
困惑したままの表情でいるバニッシュを、初老の執事は一瞥だけして、続ける。
「しかしながら――これらはいずれも、通常の流通経路では入手が極めて困難な品です」
声が、わずかに低くなる。
ゴンタが、無意識に息を呑む。
ポンは表情を変えないが、その眼差しは静かに研ぎ澄まされていた。
「ゆえに、我々は確認せねばなりません」
初老の執事は、まっすぐにバニッシュを見据える。
「――これらの品の、入手経路を」
その言葉が、応接室に静かに落ちる。
無言のまま、ミュレア=ティーレはその様子を見つめている。
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