勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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縁の決戦編

ギルドの裁定――②

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 ――ようやく、状況を理解した。
 バニッシュは、胸の奥で小さく息を呑む。

(……しまった)

 商売として「売れるか」「需要があるか」
 そのことばかりに意識が向き、希少性そのものへの配慮が抜け落ちていたのだ。

 魔紅果の酒。
 ――魔族の間で秘蔵とされていた秘匿酒。

 ザキュロの実。
 ――フィリアが、出し惜しみするほど大切にしていた、エルフの知恵の果実。

 そして、ルガンディアの米。
 ――かつては流通していたが、今や国そのものが壊滅し、市場から完全に姿を消した作物。

 どれも、「普通に手に入る品」ではない。
 バニッシュは、唇を引き結び、視線を伏せる。

 どう説明すべきか。
 どこまで話すべきか。
 拠点のこと、結界のこと、多種族が集うこの場所の存在――

 そのどれもが、軽々しく口にしていい話ではなかった。
 思考を巡らせるバニッシュをよそに、沈黙を破ったのは、隣の一人掛けソファに座る少女だった。

「何よ!」

 鋭く、感情を帯びた声。
 リュシアが、勢いよく立ち上がる。

「私たちの商品に――ケチつけるつもり!?」

 リュシアの瞳が、まっすぐ初老の執事を射抜く。

「美味しいものを美味しいって言ってもらって、必要な人に届けただけじゃない!」

 小さな拳を、ぎゅっと握りしめる。

「それの何が悪いのよ!」

 応接室の空気が、一瞬、張り詰めた。
 執事服の男たちが、わずかに身構える気配を見せる。
 だが、初老の執事は動じることなく、静かにリュシアを見返した。

「――誤解なさらぬよう」

 穏やかで、しかし芯の通った声。

「我々は、貴方方の商品を非難しているわけではありません」

 初老の執事は、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「むしろ逆です。価値が高すぎるがゆえに、確認が必要なのです」

 その言葉に、リュシアは言い返そうとして――ふと、言葉を失う。
 初老の執事は、背筋を正したまま一歩も退かず、毅然とした声で応じた。

「我々は、決してケチをつけるつもりなど毛頭ございません」

 その言葉には、感情の揺らぎはない。
 ただ、積み上げられた責務と経験だけが滲んでいた。

「しかしながら――」

 初老の執事は、ゆっくりと視線を巡らせる。

「我々は商業ギルドの者であり、同時に、商業都市として栄えるミスティリアを預かる者です」

 その声は静かだが、重い。

「この都市では、信用こそが通貨。どれほど優れた品であろうとも、その出所が曖昧であれば、都市全体の信頼を揺るがしかねません」

 リュシアが、思わず前のめりになる。

「だからって――!」

 その声が荒くなりかけた瞬間。

「……わかりました」

 バニッシュが低く、落ち着いた声が割って入った。
 その一言に、リュシアは驚いたように目を見開き、初老の執事も、わずかに眉を動かす。

「バニッシュ……?」

 リュシアが振り向くと、バニッシュは小さく息を吐き、彼女に一度だけ視線を向ける。

「大丈夫だ」

 それは短い言葉だったが、不思議と強かった。
 バニッシュは一歩前に出て、初老の執事を真正面から見据える。

「要するに――入手経路について説明すればいい、ということですね」

 曖昧に濁すつもりはない。
 だが、すべてを晒すつもりもない。
 その覚悟が、声の端々ににじんでいた。
 初老の執事は、じっとバニッシュを見返す。

「ええ、我々が納得できる説明をいただけるのであれば」

 応接室に、再び沈黙が落ちる。
 ミュレア=ティーレは、相変わらず無表情のまま、
 ただ静かにバニッシュを見つめていた。

 バニッシュは、ゆっくりと息を吸い、言葉を選ぶように口を開いた。

「まず――俺たちが持ってきた商品についてだが」

 応接室にいる全員の視線が、自然と彼に集まる。

「それらはすべて、俺たちの拠点で採れたものだ」

 その一言に、空気がわずかに軋んだ。
 初老の執事の眉が、ぴくりと動く。

「……ほう」

 静かな声だったが、その奥には明確な疑念が含まれている。

「つまり貴方は、こちらにある品――すべてを、自分たちの手で生産していると?」

 試すような問いかけ。

「ああ。間違いない」

 バニッシュは即答した。
 言い淀みも、誤魔化しもない。
 その様子を見て、初老の執事は一度、深く息を吐く。

「……申し訳ありませんが」

 わずかに首を振り、今度ははっきりとした呆れを含んだ声音で続ける。

「誠に、信じがたい話です」

 テーブルの上に並ぶ品々へ、視線を落とす。

「ザキュロの実は、エルフの里。魔紅果の酒は、魔族領。そして米は、かつて獣人国――ルガンディアの主要生産物」

 一つ一つ、丁寧に指摘する。

「それぞれ、地理的にも文化的にも、まったく異なる土地で作られるもの」

 視線が再びバニッシュへ戻る。

「それらが、一つの拠点で作られているなどと……」

 冷ややかな目だった。
 商人として、都市を預かる者として、到底受け入れがたい話だと言外に告げている。

 応接室の空気が、張り詰める。

 リュシアは唇を噛みしめ、今にも反論しそうな表情を浮かべていた。
 ポンは穏やかなままだが、その瞳は静かに状況を見極めている。
 ゴンタは背中に冷や汗をかき、ザイロは一言も発さず、ただ主を守るように立っていた。
 バニッシュは、そんな仲間たちの気配を背に感じながら、ゆっくりと息を吸う。

(……当然の反応だな)

「……確かに、普通ならありえない」

 バニッシュは、あえて執事の言葉を肯定するように言った。
 初老の執事の視線が、わずかに鋭くなる。

 バニッシュは、初老の執事の冷たい視線を受け止めたまま、静かに言葉を続けた。

「俺たちの拠点では、多種族が協力し合い、共存している」

 その声には、誇張も虚勢もない。

「人間、魔族、エルフ、ドワーフ、獣人――それぞれの種族が、自分たちの得意分野や文化を持ち寄っている」

 そう言って、バニッシュはテーブル中央、盆の上に並ぶ品々を指差した。

「商品になりそうなものを持ち寄った結果が、そこにある品だ」

 ザキュロの実。
 魔紅果の酒。
 そして、ルガンディアの米。

 初老の執事は、バニッシュの言葉をすぐに否定することなく、値踏みするように目を細めた。
 そのまま視線を滑らせ、今度はポンとゴンタへ向ける。

「……なるほど」

 執事はゆっくり記憶を辿るように人差し指を額へ添えた。

「そちらのお二人は、存じております」

 その一言に、ゴンタの肩がびくりと跳ねる。

「ルガンディアの商人として、何度かミスティリアに来ておられましたな」

 執事の視線が、二人を交互に捉える。

「名前は確か……ポンさん、そしてゴンタさんでしたか」

「はい」

 ポンは背筋を伸ばし、穏やかな口調で即座に答えた。

「間違いありません」

「へ、へい……! そ、そうでやんす……!」

 対照的に、ゴンタは額に汗を滲ませながら、しどろもどろに頭を下げる。
 その様子を見て、初老の執事はふむ、と短く息を漏らした。

 完全に信じたわけではない。
 だが、完全な虚言とも切り捨てきれない。

 空気が、わずかに変わった。

 ミュレア=ティーレは相変わらず無表情のまま、
 静かにその光景を見つめている。
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