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縁の決戦編
動き出した歯車
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ミュレアとの対面を終えたバニッシュたちは、商業ギルドを後にする前に、担当となったタナトスと改めて打ち合わせを行っていた。
「――というわけで、拠点の視察についてですが」
タナトスは淡々とした口調で書類を整えながら言う。
「そちらの拠点に住む方々へ事前に話を通す時間も必要でしょう。視察は明日以降とし、一日ほど猶予を設けるということでよろしいでしょうか。こちらとしても、その方が都合がよろしいので」
その申し出に、バニッシュは深く頷いた。
「ああ、助かる。いきなり都市の要人が来るってなったら、皆も驚くからな」
交渉の場での緊張感とは打って変わり、タナトスの態度は終始理路整然としている。
ひとまず拠点へ戻る話がまとまったところで、タナトスはふと視線を上げる。
「……すぐにお戻りになるのですか?」
その問いに、バニッシュは首を横に振った。
「いや。そもそも、俺たちは拠点で使う道具を仕入れるためにミスティリアに来たんだ。建築用の道具や作業具が足りなくてな」
「なるほど……」
タナトスは窓の外へ視線をやる。
水平線の彼方に太陽は沈みかけ、都市全体が黄昏色に染まり始めていた。
「この時間からでは、市場はすでに店仕舞いに入っています。今からの買い出しは難しいでしょう」
そう告げられ、バニッシュは無意識に歯噛みする。
タナトスはそんなバニッシュを見て、提案するように言った。
「……いいでしょう。その程度であれば、こちらで用意させていただきます」
「――は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「必要な工具、建築資材、農具。詳細なリストを後ほど提出していただければ、こちらで手配します」
タナトスは一切表情を変えずに続けた。
「いわゆる――先行投資、というものです」
「……本当か!?」
バニッシュは思わず身を乗り出す。
「ええ。今回の件、我々が最優先で進めるべき事案と判断しましたので」
あくまで事務的な口調だが、その言葉の重みは大きい。
「まずは、拠点の実態を確認することが先決です。道具の手配は、そのための下準備に過ぎません」
そこまで言われてしまえば、断る理由などなく、バニッシュは深く頭を下げる。
「……本当に、ありがとう」
「いえ。礼は、視察が終わってからで構いません」
タナトスはそう返し、軽く会釈した。
こうして、思いがけない形で問題の一つは解消され、バニッシュたちはギルドを後にする。
ミスティリアを背にしながら、バニッシュは小さく息を吐いた。
(……事態は、思っていた以上に大きくなってきたな)
だが同時に、確かな手応えも感じていた。
――拠点の未来を賭けた視察。
その前に、準備すべきことは山ほどある。
夕刻の橙色に染まるミスティリアを背に、バニッシュたちはセレスティナから託されていた転移符を起動した。
淡い光が足元から立ち上り、視界が一瞬、白に塗りつぶされる。
次の瞬間――見慣れた空気と、大地の匂いが肌を撫でた。
「……戻ったな」
バニッシュが小さく呟く。
転移先――拠点の中央広場には、まるで帰還の時刻を見計らっていたかのように、人影が集まっていた。
真っ先に一歩踏み出したのは、柔らかな笑みを浮かべたセレスティナだった。
「お帰りなさい。みんな――」
その声を合図にしたかのように、周囲から安堵と喜びが溢れ出す。
「ああ、ただいま」
バニッシュは片手を軽く上げて応じる。
「ただいまー!」
リュシアは弾むような声を上げ、真っ直ぐにセレスティナのもとへ駆け寄った。
二人は自然な仕草で手を合わせ、無事を確かめ合うように微笑み合う。
「お疲れ様でした。何事もありませんでしたか?」
「うん、色々あったけど……それなりに楽しかったわ!」
その様子を見て、セレスティナもほっと胸を撫で下ろす。
一方で、メイラは静かにザイロの元へと歩み寄り、労わるように声をかけた。
「お疲れ様。長旅だったでしょう」
ザイロは多くを語らず、ただ一度、深く頷き――その口元に、家族に向ける柔らかな笑みを浮かべる。
「お帰りなさい!」
「お父さん!」
ライラとフォルも駆け寄り、ザイロの両側に並ぶ。
その様子に、メイラの表情も自然と緩んだ。
「ご苦労さんやったな」
低く落ち着いた声でツヅラが言い、視線をポンとゴンタへ向ける。
「無事に商売、まとめてきたんやろ?」
「へへ……まあ、なんとか」
ゴンタは照れたように頭をかき、ポンは一歩前に出て、深々と頭を下げた。
「ツヅラ様、今回は我らの我儘を聞いていただき、ありがとうございました。おかげで、こちらも無事に務めを果たせました」
「堅いなぁ、お前は」
ツヅラはくっと口の端を上げる。
その少し後ろでは、グラドが腕を組んで立ち、満足そうに鼻を鳴らしていた。
「……全員、無事って顔だな。そいつで十分だ」
フィリアは静かに一同を見渡し、わずかに目を細める。
「戻ってきた、というだけで……この場所は少し賑やかになるな」
拠点には、再び人の気配と温もりが満ちていた。
遠征を終え、戻るべき場所へ帰ってきた――その事実を噛みしめるように、バニッシュは仲間たちを見回し、胸の奥で小さく息を吐く。
「それでどうだった? 新しく仕入れた道具はどこだ?」
グラドが待ちきれないといった様子で、周囲を見回しながら問いかける。
鍛冶師としての魂が疼いているのか、その眼はきらきらと期待に満ちていた。
「あー……それなんだが」
バニッシュは後頭部をぽりぽりとかき、少し言い淀む。
「色々と話さなきゃならないことがある。だから一度、皆に集まってもらえないか?」
夕食を済ませた後、拠点は静かな夜の気配に包まれていた。
バニッシュの家――広めに作られた広間には、灯りがいくつも点され、いつもの顔ぶれが円卓を囲んで座っている。
バニッシュ、リュシア、セレスティナ、グラド、ザイロ、メイラ、ライラ、フォル、セラは肩に小さなパグを乗せたまま、ちょこんと背筋を伸ばして座り、ツヅラは相変わらず余裕の笑みを浮かべ、してフィリアは静かに、だが鋭い眼差しで場を見渡していた。
全員が揃ったのを確認し、バニッシュは椅子から立ち上がる。
「皆、集まってくれてありがとう」
広間に、自然と視線が集まる。
「今日、集まってもらったのは――ミスティリアでの成果と、それから、これからの話をしたいからだ」
少し間を置いて、言葉を選ぶように続ける。
「……正直に言う。俺たちが思っていたより、事は大きく動いた」
「ほぉ?」
ツヅラが愉しげに扇で口元を隠し、目を細める。
「なんや、えらい面白そうやないか」
「ええ、どうやら……そうみたいですね」
セレスティナも穏やかながら真剣な表情で頷く。
フィリアは一言も発さず、ただ静かにバニッシュを見つめていた。
続きを促すような、その深い眼差しでフィリアが口を開く。
「まずは、聞こうか。ミスティリアで、何があったのかを。順を追って話してもらえるか?」
「ああ」
バニッシュは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「話は――商業ギルドの長と、ミスティリアを治める存在と会ったところからだ」
その一言に、場の空気がわずかに引き締まる。
「――というわけで、拠点の視察についてですが」
タナトスは淡々とした口調で書類を整えながら言う。
「そちらの拠点に住む方々へ事前に話を通す時間も必要でしょう。視察は明日以降とし、一日ほど猶予を設けるということでよろしいでしょうか。こちらとしても、その方が都合がよろしいので」
その申し出に、バニッシュは深く頷いた。
「ああ、助かる。いきなり都市の要人が来るってなったら、皆も驚くからな」
交渉の場での緊張感とは打って変わり、タナトスの態度は終始理路整然としている。
ひとまず拠点へ戻る話がまとまったところで、タナトスはふと視線を上げる。
「……すぐにお戻りになるのですか?」
その問いに、バニッシュは首を横に振った。
「いや。そもそも、俺たちは拠点で使う道具を仕入れるためにミスティリアに来たんだ。建築用の道具や作業具が足りなくてな」
「なるほど……」
タナトスは窓の外へ視線をやる。
水平線の彼方に太陽は沈みかけ、都市全体が黄昏色に染まり始めていた。
「この時間からでは、市場はすでに店仕舞いに入っています。今からの買い出しは難しいでしょう」
そう告げられ、バニッシュは無意識に歯噛みする。
タナトスはそんなバニッシュを見て、提案するように言った。
「……いいでしょう。その程度であれば、こちらで用意させていただきます」
「――は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「必要な工具、建築資材、農具。詳細なリストを後ほど提出していただければ、こちらで手配します」
タナトスは一切表情を変えずに続けた。
「いわゆる――先行投資、というものです」
「……本当か!?」
バニッシュは思わず身を乗り出す。
「ええ。今回の件、我々が最優先で進めるべき事案と判断しましたので」
あくまで事務的な口調だが、その言葉の重みは大きい。
「まずは、拠点の実態を確認することが先決です。道具の手配は、そのための下準備に過ぎません」
そこまで言われてしまえば、断る理由などなく、バニッシュは深く頭を下げる。
「……本当に、ありがとう」
「いえ。礼は、視察が終わってからで構いません」
タナトスはそう返し、軽く会釈した。
こうして、思いがけない形で問題の一つは解消され、バニッシュたちはギルドを後にする。
ミスティリアを背にしながら、バニッシュは小さく息を吐いた。
(……事態は、思っていた以上に大きくなってきたな)
だが同時に、確かな手応えも感じていた。
――拠点の未来を賭けた視察。
その前に、準備すべきことは山ほどある。
夕刻の橙色に染まるミスティリアを背に、バニッシュたちはセレスティナから託されていた転移符を起動した。
淡い光が足元から立ち上り、視界が一瞬、白に塗りつぶされる。
次の瞬間――見慣れた空気と、大地の匂いが肌を撫でた。
「……戻ったな」
バニッシュが小さく呟く。
転移先――拠点の中央広場には、まるで帰還の時刻を見計らっていたかのように、人影が集まっていた。
真っ先に一歩踏み出したのは、柔らかな笑みを浮かべたセレスティナだった。
「お帰りなさい。みんな――」
その声を合図にしたかのように、周囲から安堵と喜びが溢れ出す。
「ああ、ただいま」
バニッシュは片手を軽く上げて応じる。
「ただいまー!」
リュシアは弾むような声を上げ、真っ直ぐにセレスティナのもとへ駆け寄った。
二人は自然な仕草で手を合わせ、無事を確かめ合うように微笑み合う。
「お疲れ様でした。何事もありませんでしたか?」
「うん、色々あったけど……それなりに楽しかったわ!」
その様子を見て、セレスティナもほっと胸を撫で下ろす。
一方で、メイラは静かにザイロの元へと歩み寄り、労わるように声をかけた。
「お疲れ様。長旅だったでしょう」
ザイロは多くを語らず、ただ一度、深く頷き――その口元に、家族に向ける柔らかな笑みを浮かべる。
「お帰りなさい!」
「お父さん!」
ライラとフォルも駆け寄り、ザイロの両側に並ぶ。
その様子に、メイラの表情も自然と緩んだ。
「ご苦労さんやったな」
低く落ち着いた声でツヅラが言い、視線をポンとゴンタへ向ける。
「無事に商売、まとめてきたんやろ?」
「へへ……まあ、なんとか」
ゴンタは照れたように頭をかき、ポンは一歩前に出て、深々と頭を下げた。
「ツヅラ様、今回は我らの我儘を聞いていただき、ありがとうございました。おかげで、こちらも無事に務めを果たせました」
「堅いなぁ、お前は」
ツヅラはくっと口の端を上げる。
その少し後ろでは、グラドが腕を組んで立ち、満足そうに鼻を鳴らしていた。
「……全員、無事って顔だな。そいつで十分だ」
フィリアは静かに一同を見渡し、わずかに目を細める。
「戻ってきた、というだけで……この場所は少し賑やかになるな」
拠点には、再び人の気配と温もりが満ちていた。
遠征を終え、戻るべき場所へ帰ってきた――その事実を噛みしめるように、バニッシュは仲間たちを見回し、胸の奥で小さく息を吐く。
「それでどうだった? 新しく仕入れた道具はどこだ?」
グラドが待ちきれないといった様子で、周囲を見回しながら問いかける。
鍛冶師としての魂が疼いているのか、その眼はきらきらと期待に満ちていた。
「あー……それなんだが」
バニッシュは後頭部をぽりぽりとかき、少し言い淀む。
「色々と話さなきゃならないことがある。だから一度、皆に集まってもらえないか?」
夕食を済ませた後、拠点は静かな夜の気配に包まれていた。
バニッシュの家――広めに作られた広間には、灯りがいくつも点され、いつもの顔ぶれが円卓を囲んで座っている。
バニッシュ、リュシア、セレスティナ、グラド、ザイロ、メイラ、ライラ、フォル、セラは肩に小さなパグを乗せたまま、ちょこんと背筋を伸ばして座り、ツヅラは相変わらず余裕の笑みを浮かべ、してフィリアは静かに、だが鋭い眼差しで場を見渡していた。
全員が揃ったのを確認し、バニッシュは椅子から立ち上がる。
「皆、集まってくれてありがとう」
広間に、自然と視線が集まる。
「今日、集まってもらったのは――ミスティリアでの成果と、それから、これからの話をしたいからだ」
少し間を置いて、言葉を選ぶように続ける。
「……正直に言う。俺たちが思っていたより、事は大きく動いた」
「ほぉ?」
ツヅラが愉しげに扇で口元を隠し、目を細める。
「なんや、えらい面白そうやないか」
「ええ、どうやら……そうみたいですね」
セレスティナも穏やかながら真剣な表情で頷く。
フィリアは一言も発さず、ただ静かにバニッシュを見つめていた。
続きを促すような、その深い眼差しでフィリアが口を開く。
「まずは、聞こうか。ミスティリアで、何があったのかを。順を追って話してもらえるか?」
「ああ」
バニッシュは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
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