勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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縁の決戦編

黒の勇者――邂逅

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 バニッシュとミュレア――確かに、合意は交わされ、握手が成立したのを見届けて、タナトスは一歩前に出る。

「それでは、今後のことについて、より詳細な話を――」

 そこまで言いかけた、その瞬間だった。
 バニッシュの身体の奥、魂の芯を直接なぞられるような――ぞわり、とした感覚が走る。

(……なんだ!?)

 それは音でも、視覚でもない。
 結界と常時繋がっているがゆえに感じ取れる、侵触される感覚。
 ――まるでおぞましい何かが、結界を撫でているかのような感覚。

 次の刹那――ビシィッ……!

 ガラスにひび割れたような、嫌な感触が、脳内に直接響いた。

「――ッ!」

 バニッシュは反射的に振り向き、叫ぶ。

「ツヅラ! フィリア!! 全員を安全な場所に避難させてくれ!!」

 ただならぬ声色だった。
 一瞬で場の空気が凍りつく。

「ちょ、ちょっと!? 何があったのよ!?」

 リュシアが問いかけた、その――次の瞬間。

 バリィィィインッ!!

 空そのものが砕け散るような轟音。
 視界の端で、不可視のはずの結界が、光の亀裂となって走り、粉々に弾け飛ぶ。

「――結界が、破られた!?」

 バニッシュが息を呑む。

「急げ!!」

 バニッシュの怒号が広場を裂く。
 その声に、フィリアとツヅラは即座に反応した。
 二人は一切の迷いなく駆け出し、それぞれの居住区へと散っていく。
 住民たちも、ただならぬ事態を悟り、悲鳴と共に動き出す。

 瓦礫も、炎も、敵影すら見えない。
 ――だが、何か”が、確実に来ている。
 崩壊した結界の向こうから、この拠点そのものを嘲笑うかのような、不気味な気配だけが、ゆっくりと流れ込んできていた。
 バニッシュは歯を食いしばり、拳を握り締める。

「一体……何があったのですか!?」

 セレスティナの声は、震えながらも必死だった。

「……分からない」

 バニッシュは唇を強く噛み、視線を崩壊した結界の痕跡へと向ける。

「だが――確かなのは、結界が破られたということだ……!」

 結界が消えたのなら、維持者である自分の異常や、何らかの事故を疑えた。
 だが――破られた。
 つまり、この結界を認識し、解析し、そして破壊できる存在が現れたということ。

 バニッシュの理解は追いつかない。
 それでも、身体だけは否応なく動いていた。

(考えろ……最善を……今、できる最善を)

「セレスティナ!」

 張り上げた声で、即座に指示を飛ばす。

「転移魔法陣は描けるか!?」

「は、はい! すぐに!」

「なら、それでミュレアたちをミスティリアへ送れ! グラド! リュシア! 他の皆を安全な場所に――」

 そこまで言いかけた瞬間だった。

 ――ひやりと刺すような、薄気味悪い風が、森の奥から吹き抜けた。
 冷気でも、瘴気でもない。
 生き物の皮膚を撫でるような、悪意を孕んだ気配。
 自然と、全員の視線が風の吹いた方角――森の奥へと向けられる。

 ザッ……ザッ……ザザッ……

 こちらに近づいてくる足音。
 一つや二つではない。
 十、二十。――いや、それ以上の無数の足音が、規則的に、しかし確実にこちらへ迫ってくる。
 誰も、声を出せなかった。
 身体が、まるで金縛りにあったかのように動かない。

 そして、闇の帳のような森の奥から、最初に姿を現したのは――黒い影だった。
 次いで、その背後から、次々と現れる異形の軍勢――鬼人族。

 筋骨隆々の体躯、鋭い角、血に飢えたような眼光。
 ――百は、下らないその鬼人族たちを従え、悠然と歩み出てきたのは、黒の鎧に身を包んだ、一人の男。
 狂気と怨念を煮詰めたような双眸。
 歪んだ笑みを口元に刻み――

「……っ!」

 バニッシュは、息を呑む。
 その隣には、深くフードを被り、顔すら見せない男。
 だが、隠しきれない。
 その奥に潜む、愉悦と嘲笑。

「お……お前は……」

 声が、震えた。
 黒の勇者――カイル。

 カイルは一歩前に出ると、まるで旧友に声をかけるように、軽く手を広げる。

「よお、バニッシュ」

 そして、口角を吊り上げた。

「――お前との因縁を断ちに来たぜ」

 その瞳には、もはや人の理は宿っていない。
 狂気に彩られた笑みを浮かべながら、黒の勇者は、滅びを引き連れてそこに立っていた。

 カイルは、すぅっと一つ、深く息を吸った。

「――ずいぶん、いい場所じゃねぇか」

 森と結界の残骸、そして人と異種族が混在する拠点をゆっくりと見渡し、その口角を凶悪に吊り上げる。

「こんな所にコソコソ隠れてやがるとは……さすがだな、バニッシュ」

 嘲るような、不敵な笑み。
 その一言一言に、露骨な敵意と嗜虐が滲んでいた。

 それに呼応するかのように、リュシアは逆巻く紅蓮の魔力を纏い、セレスティナは弓を構えを取り、グラドは低く腰を落とし、拳を握り締める。
 タナトスは一瞬で状況を判断し、ミュレアの前へと立つ。

「――警護隊、陣形を!」

 その声に応じ、ミュレアの背後では警護隊が一斉に槍を構え、隊列を組む。

 ――しかし、黒牙だけは、立ち尽くしていた。

 目の前にいる存在。
 兄を殺し、仲間を虐殺し、従わぬ者をすべて切り捨てていった――黒の勇者、カイル。
 激昂と恐怖が入り混じり、黒牙の身体は小刻みに震えていた。

「……何なのよ、アイツ!」

 臨戦態勢のまま、リュシアが低く問いかける。

「あいつは……」

 バニッシュの声は、重く、低い。

「――カイルだ」

「……アイツが……!?」

 リュシアの瞳が見開かれ、練り上げられていた紅蓮の魔力がさらに荒れ狂う。

「リュシア、落ち着いてください!」

 今にも飛び出そうとする彼女を、セレスティナが必死に押し留める。
 その瞬間だった。

「――お、お前は……!!」

 黒牙の喉から、怒りに掠れた叫びが迸った。

「あん?」

 カイルは心底どうでもよさそうに、視線だけを黒牙へと向ける。

「なんだお前は?」

「お前は……! 兄ちゃんを……! みんなを……!!」

 理性は、もうなかった。
 黒牙は怒りのまま、背負っていた剣を引き抜く。

「よせ!!」

 バニッシュが叫ぶ。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 雄叫びと共に、黒牙は一直線に駆け出し、全身全霊を込めて剣を振り下ろした。
 しかし――カイルは、紙一重でそれを避けた。

 次の瞬間――ドンッ!!

 容赦のない蹴りが、黒牙の腹に叩き込まれる。

「ぐぁっ――!」

 黒牙の身体は宙を舞い、地面を転がるように吹き飛ばされた。
 カイルはゆっくりと近づきながら、倒れ込む黒牙の頭から突き出た黒い角に目を留める。
 そして、ニヤリ、と凶悪で、心底楽しげな笑みを浮かべた。

「……あぁ? その角……」

 思い出したように、口を歪める。

「兄ちゃんってのは――あの黒い角の鬼人か」

 次の瞬間、腹の底から響くような高笑い。

「ははははははは!! まだ生き残りがいたとはなぁ!!」

 その笑い声は、森に反響し、拠点全体を包み込むように広がっていった。

「どうやって生き延びたのかは知らねぇがよ――どうせ、そこの男みてぇに、みじめに隠れて生き延びてきたんだろうが!」

 カイルは凶悪な笑みを浮かべ、倒れ伏す黒牙の頭へと足を振り上げる。
 ――その瞬間。

 ガキィィン!!

 鈍く、しかし確かな衝撃音。

「あん?」

 カイルの足は、見えない壁に阻まれて止まっていた。
 咄嗟に張られた防御結界。
 黒牙の身体を、ぎりぎりのところで覆い込んでいる。
 カイルの視線が、ゆっくりと持ち上がる。

 そこに立っていたのは――バニッシュだった。
 片手を前に翳し、歯を食いしばりながら結界を維持している。

 それを見た瞬間、カイルは一瞬目を見開き、そして――嘲笑うように、口角を吊り上げた。

「……はっ、どうやら、そのクソみたいな偽善は、まだ健在らしいな」

 両手を広げ、わざとらしく肩を竦める。

「仲間だの守るだの……お前は昔から、そうやって自分が傷つかない場所から、他人を守ったつもりになってた」

「カイル……!」

 バニッシュは苦渋に歪んだ表情で、かつての友を見据える。

「どうして……!? どうして、こんなことを……!!」

 その問いに、カイルは一瞬だけ視線を伏せ――次の瞬間、地を蹴った。

「知りたいか?」

 ズンッ!

 大地が沈むほどの踏み込み。

「――なら、方法は一つだ」

 一気に距離を詰め、背中の大剣を引き抜く。

 躊躇はない、怒りも、迷いもない。
 ただ、破壊のみを追求した一撃。

 ゴォッ!

 空気を裂く重い音と共に、鋭い一閃が振り下ろされる。
 バニッシュは反射的に、腰の破邪の剣を抜き放った。

 ガァァァン!!

 剣と剣が激突し、衝撃波が地面を抉る。

「――ぐっ……!!」

 バニッシュの足元が、凹む。
 圧倒的な膂力と剣に込められた殺意と怨嗟。
 歯を食いしばり、全身で受け止めるバニッシュ。

「ほお……」

 カイルは感心したように、しかし愉悦を隠さずに笑う。

「変わったじゃねぇか、バニッシュ」

 剣を押し込みながら、至近距離で囁く。

「昔はよ、剣なんか持たずに、後ろでコソコソしてただろうが」

「……」

「俺が前に立って、光になってやってたからなぁ?」

 さらに力を込める。

 ギギギ……と剣が悲鳴を上げる。

「陰のお前は、前に出る必要もなかった!! だから――傷つくこともなく、血を浴びることもなく、のうのうと生きてこられたんだよなぁ!!」

 圧が、重くのしかかる。
 腕が震え、膝が軋む。

 それでも――バニッシュは、剣を離さなかった。

「……必要だったからだ……!!」

 唸るように、言葉を絞り出す。

「誰かの後ろに隠れてるだけじゃ……守れないものが、あったんだ……!!」

 カイルの瞳が、わずかに細まる。

「……ほう?」

 凶悪な笑みを浮かべたまま、なおも剣に力を籠める。

「バニッシュ――!!」

 叫びながら駆け寄ろうとしたリュシアの前に、影が滑り込む。

 まるで最初からそこに存在していたかのように――音もなく、気配もなく。
 フードを深く被った男が、静かに立ちはだかった。

「あなたは……こちらへ来ていただきますよ」

 フードの奥から滲み出る、湿った嘲笑。

「なによアンタ! 邪魔しないで!!」

 リュシアは反射的に魔力を逆巻かせ、掌に爆炎を生み出そうとする。
 ――だが、その瞬間、ぶわりと、男の身体から黒い霧が溢れ出した。

「な……っ!? 何よ……これ……!」

 濃く、冷たく、そして重い霧。
 魔力を絡め取るようにまとわりつき、リュシアの動きを奪う。

「くっ……!!」

 炎は形になる前に霧に呑まれ、霧はさらに濃さを増していく。

「リュシア!!」

 その光景に、セレスティナが叫び――迷いなく、霧の中へと飛び込んだ。

「離しなさい!!」

 黒い霧はまるで意思を持つ生き物のように渦を巻き、
 二人を包み込み――すう……と、跡形もなく消え去った。
 残されたのは、冷たい空気と、不気味な静寂だけ。

「……リュシア……!」

「セレスティナ……!!」

 バニッシュの叫びは、虚しく空に溶ける。

「他人の心配なんざ、してる場合か!!」

 怒号と共に、圧がさらに強まる。
 カイルの大剣が、容赦なく押し込まれる。

「ぐっ……!!」

 バニッシュは二人の消失に心を引き裂かれそうになりながらも、今はただ、この圧を耐えることしかできなかった。

「さあ、俺達も行こう」

 カイルは愉しげにしかし、囁くように嗤い。

「この因縁にケリをつけるのに相応しい場所へと」

 そう言って、懐から一つの黒いオーブを取り出す。
 それを見た瞬間、バニッシュの血の気が、一気に引いた。

「や……やめろ……!! それは……!!」

 だが、叫びは届かない。
 黒いオーブから、禍々しい瘴気が噴き出し、瞬く間に、二人を包み込む。
 空間が軋み、視界が歪む。

 ――その時。

「ま……待て……!」

 腹を押さえながら、黒牙がよろめきつつ前に出た。
 血を吐き、足を引きずり、それでも――兄を殺した仇を、目の前で逃すわけにはいかなかった。

「逃が……すか……!」

 必死に伸ばした手が、瘴気に触れ――黒牙の姿もまた、闇に呑まれる。
 バニッシュ、カイル、黒牙、三人の身体は、黒い瘴気の中へと消え去った。
 ――戦いは、もはや一つの場所では終わらない。
 それぞれが、引き裂かれた戦場へと投げ込まれたのだった。
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