勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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縁の決戦編

別れし戦場

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「な、なんだ一体……どうなってやがるんだ……!?」

 グラドは息を荒げ、周囲を睨め回した。
 結界は砕け、バニッシュは消え、リュシアとセレスティナの姿もない。

 ――理解が、追いつかない。
 だが、理解するより先に、現実が牙を剥いた。
 森の影から、ぞろり、ぞろりと――残された鬼人族たちが、飢えた獣のような目で姿を現す。

 歪んだ笑み。
 舌なめずり。
 殺意を隠そうともしない足取り。

「……チィッ」

 短く舌打ちし、グラドは腰に下げていた金槌に手をかけた。

 ――ブンッ。

 振り抜いた瞬間、ガシャン!と金属音が鳴り響く。
 柄が伸び、鎚頭が展開し、小ぶりな金槌は一瞬で巨大な巨鎚へと姿を変えた。

「……たく、飢えた獣どもめ」

 迫りくる鬼人族を睨みながらグラドは、巨槌を地面にどん、と一度突き立てる。
 振動が、地を伝った。

 その鬼人族の群れの中で、明らかに空気の違う二体が前に出る。

 一人は――
 小柄な体躯、金色の髪。
 片目を隠す前髪の隙間から、冷たい光を放つ片眼。
 黄色い角を持つ、細身の鬼人。

 もう一人は――
 青黒い肌に、青い角。
 筋骨隆々の巨体に似合わぬ、どこか怯えたような瞳。
 だがその奥に宿るのは、獣そのものの欲望。

 金髪の鬼人――黄苑が、気怠そうに口を開いた。

「めんどくせーけどさぁ……」

 肩をすくめ、淡々と告げる。

「ここの住人は皆殺しって命令だからな。一人残らず、きっちり殺してやるよ」

 その言葉に呼応するように、周囲の鬼人族たちが嗤う。
 青黒い鬼人――阿久羅は、喉を鳴らしながら一歩前に出た。

「じ……獣人……エルフ……」

 気弱そうな声だが、次の瞬間――その瞳が獣に変わる。

「……食べ放題、だ……」

 粘ついた欲望が、空気を汚す。

「……クソが」

 グラドは歯を剥き、巨鎚をしっかりと握り締めた。

 仲間は散り散り。
 守るべき拠点。
 そして、迫りくる殺戮者たち。

「バニッシュ……」

 一瞬だけ、遠くへ消えた男の名を胸で呟き――

拠点ここは、老いぼれに任せとけ!」

 グラドは巨鎚を振り上げ、鬼人族の群れへと一歩踏み出した。

「来るなら来やがれッ! お前ら全員――叩き潰してやる!!」

 グラドの咆哮が、砕けた結界の向こうまで響き渡る。

「ジジイ一人に、何ができるんだよッ!!」

 黄苑が叫び、地を蹴った。
 同時に、阿久羅もまた巨体を沈め、二人が挟み撃ちにする形で襲いかかる。
 グラドとの距離を一気に縮める。
 殺すことだけに最適化された、鬼人族の踏み込み。

「……っ!」

 グラドは巨鎚を構え、迎え撃つ覚悟を決めた――が、その瞬間だった。

 ゴッ!

「――がぁっ!?」

 黄苑の顔面が、横合いから何者かの手に掴まれ、そのまま地面をえぐるようにして――投げ飛ばされる。
 続けざまに、阿久羅の身体が、見えない糸に絡め取られたかのように動きを止める。

「な――!?」

 筋肉が悲鳴を上げ、関節が軋む。
 だが、いくら力を込めても、一歩も動けない。

「……ッ、何だ――」

 グラドがはっとして振り返る。

「よっ、じいさん!」

 そこに立っていたのは――獣の笑みを浮かべ、拳を鳴らす巨躯の獣人。

「……間に合ったようだな」

 ぼそりと呟く影の男――ドルガと、朧だった。

「じいさん! 危ねえところだったなァ!!」

 ドルガは豪快に笑い、投げ飛ばされた黄苑を見下ろす。

「……ありがたい」

 グラドは歯を見せて笑った。

「この者どもは、拙者らが引き受ける」

 朧は淡々と告げ、縛られた阿久羅へと一歩踏み出す。

「おお……! こいつぁ、心強ぇ……!」

 グラドが歓喜に声を上げた――その瞬間。

 ドドドドドッ!!

 残っていた鬼人族たちが、一斉に咆哮を上げて突撃してくる。
 殺意の奔流が渦巻き、血と肉に飢えた獣の本能。
 数で押し潰すつもりだ。

「――来たな、クソ野郎ども!」

 ドルガが拳を高く掲げる。

「オメーら!! 命に代えても、ここを守りやがれ!!」

 その号令に応えるように、

「「おおおおッ!!」」

 後方から、獣人とエルフの戦士たちが一斉に飛び出した。
 剣と槍、弓と魔法を携え、守るべき場所を背に、覚悟を宿した瞳。

 ――激突。

 鬼人族と多種族の戦士たちが、正面からぶつかり合う。
 鉄と肉がぶつかり、怒号と悲鳴が交錯する戦場。
 グラドは巨鎚を握り直し、低く笑った。

「……そうだ。拠点ここは俺達の大切な居場所だ! 必ず守ってやる!」

 ドワーフの老鍛冶師は、仲間と共に――拠点を守る戦いへと身を投じた。



「痛ってぇ……」

 気だるそうな声を漏らしながら、黄苑は顔を押さえたままゆっくりと起き上がる。
 だが、その動きに痛みはなく、呼吸も乱れていない。むしろ――余裕すら感じられる。

「……」

 指の隙間から覗くその表情は、明らかに愉悦を孕んでいた。

「ガハハハッ! 子供みてぇな姿して、なかなか頑丈じゃねーか!」

 ドルガが豪快に笑い、肩をすくめる。

「はぁ~~……たくっ」

 黄苑は面倒くさそうにため息をつき、立ち上がる。

「何? お前、獣人の兵士?」

 ドルガは胸を張り、腕を組む。

「へっ! 俺は元獣人国ルガンディア――砕牙のドルガだ!」

 誇りを叩きつけるような名乗り。

「あ~~……」

 黄苑は顔に手を当て、もう片方の手をひらひらと振る。

「暑苦しい系か。名乗るとかマジでめんどくせーから。興味ないし」

「戦士として名乗るのは礼儀の一つだ!」

 ドルガは一歩踏み出し、目を細める。

「それに――お前、気だるそうなフリしてる割に、ずいぶん楽しそうじゃねーか」

 その言葉通りだった。
 黄苑の口元は、手で隠しきれないほど歪んでいる。
 狂気を孕んだ、獲物を前にした獣の笑み。



 その頃――

「……動けない……」

 阿久羅は必死にもがいていた。
 全身を絡め取る、鋼を練り込んだ糸。

「無駄だ」

 背後から、影が立つ。
 音もなく、気配も薄く。
 いつの間にかそこにいたかのように――朧。

「拙者の鋼糸から、そう容易くは逃れられぬ」

「……ッ」

 阿久羅が力を込めた、その瞬間。
 スルリと糸が阿久羅の体をすり抜けるように――外れた。

「……?」

 縛っていた糸をすり抜けたことに違和感を感じながら、冷静な目で阿久羅を見る朧。
 そして次の瞬間には、距離を取るように大きく後方へ跳び退っていた。

「……お前……」

 阿久羅は、ぎらりと目を光らせる。

「とても……強いな……」

 へへ、と喉を鳴らすような笑い。
 朧は外された糸を指で弾き、シュッと一瞬で回収する。

「拙者は――影走りの朧」

 静かに、だが揺るぎなく名乗る。

「そなたの相手は、拙者が致す」

「へへ……」

 阿久羅の口元が裂けるように歪む。

「強者の肉は……格別……」

 獣のように、飢えた光を宿す瞳。

「さて――」

 タナトスは戦場から一瞬も目を離さぬまま、静かに口を開いた。

「黒牙が連れて行かれましたが、いかが致しますか?」

 その問いに、ミュレアは眉一つ動かさない。
 獣人と鬼人がぶつかり合う喧騒の中で、彼女の瞳だけが凪いでいた。

「黒牙は大丈夫」

 ミュレアは確信を持つように答える。
 そして、わずかに視線を横へ流し、タナトスを見る。

「それより――」

「……かしこまりました」

 タナトスは深く頷く。
 それだけで、互いの意思は完全に通じていた。

「ど、どどど、どうするでありますかー!?」

 ミュレアの背後で、ルルカが頭を抱えたまま跳ねる。

「いきなり結界が割れて! 黒い勇者が現れて! 鬼人族がいっぱいでありますよー!!」

「落ち着きなさい、ルルカ」

 タナトスは視線すら向けず、淡々と告げる。

「知れたことです」

 戦場を見渡しながら、冷静に状況を整理していく。

「現状、獣人とエルフの戦士は奮闘しておりますが――数が足りない」

 獣人の突撃、エルフの矢、鍛冶師グラドの巨鎚。
 どれも猛々しいが、押し返すにはまだ足りない。

「そして、この拠点はすでに――」

 タナトスは一瞬、ミュレアの方へ視線を向ける。

「ミュレア様と正式な合意の握手を結んでいる。それは最早、同盟を結んだも同義」

 ルルカが、はっと口を開く。

「え……? ど、どど、同盟でありますか……?」

「ええ」

 タナトスは唇の端をわずかに上げる。

「ならば――ミスティリアの威信にかけて、この拠点を見捨てる選択肢はありません」

 タナトスはくるりと振り返り、警護隊に向けて声を張り上げる。

「警護隊!」

 一斉に背筋が伸びる。

「三名を残し、残りは前線へ! 獣人、エルフの戦士たちに加勢しなさい!」

「「「はっ!!」」」

 即座に応じ、警護隊は隊列を崩して走り出す。
 整然とした動きで、戦場へと雪崩れ込んでいく。
 獣人たちがそれに気づき、士気のこもった咆哮を上げる。

「援軍だ!!」

「ミスティリアだぞ!」

 タナトスはその様子を見届けると、再びミュレアの隣に立つ。

「――あとは」

 戦況を測るように目を細め、静かに続けた。

「彼らが戻るまで、この地を落とさせないこと」

 ミュレアは小さく頷いた。

 戦況は渦巻いていく――それは、絡められた縁を別れた運命を決するように渦巻いていく。
 そして、分断されてしまったバニッシュと黒牙、リュシアとセレスティナ、それぞれがそれぞれの縁と宿命の戦いに飲み込まれていく。
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