勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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縁の決戦編

導かれし邂逅

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 爆煙と氷霧が重なり合い、渦を巻きながらゆっくりと晴れていく。
 焦げた大地の中心に――ボロボロになり、無様に膝と手を突いたヴェイルの姿があった。
 その身体からは瘴気が滲み出るように漏れ、黒い闇が血の代わりのように地へと滴り落ちている。

「……これで終わりよ」

 リュシアは、膝をつくヴェイルの前に立ち、手を翳す。
 その手には、トドメを刺すための紅蓮の魔力が込められている。

「……ぐふ……ふ、ふふ……」

 ヴェイルは、かすれた声で笑った。
 その笑みはもはや愉悦でも余裕でもなく、敗者の自嘲だった。

「そうですね……確かに……最早、私に勝ち目は……ありません……」

 溢れ出る闇が、まるで意志を持つかのように、ヴェイルの身体を包み込みはじめる。

「ですから……ここは――撤退させて頂きます……」

 よろめきながらも、ヴェイルは顔を上げる。

「次……会った時は……必ずや……」

 その言葉を最後まで聞くことなく、ヴェイルの姿は、闇に飲み込まれるように――消えた。

「――逃げた!」

 リュシアが思わず叫ぶ。

「どこに!?追わないと――!」

 しかし、その後を追おうとするリュシアの声を制したのは、
 静かで澄んだ声だった。

「大丈夫です」

 白銀の翼を持つルミナが、穏やかに告げる。

「ど、どういうことですか……?」

 セレスティナが戸惑いを隠せずに尋ねる。

「あの者はすでに、力の大半を失っています。そう遠くへ逃れることは出来ません」

 ルミナはそう言って、ゆっくりと視線をある方向へと向けた。

「それに――あの者が向かった先には、彼がいます」

「……彼? 誰のこと?」

 リュシアは首を傾げる。

 ルミナは静かに目を伏せ、そして、リュシアたちに視線を向けて告げた。

「――貴方たちのよく知る人物、バニッシュ=クラウゼン」

 その名を告げると、空気が微かに震えた。

 バニッシュの名前が出てきて、リュシアとセレスティナの胸の奥で、何かが――強く鳴った。

「何でアイツが……?」

 リュシアは、思わずそう零していた。
 その名を思い浮かべるだけで、脳裏に浮かぶのは――不器用で、無茶をして、でも誰かのために立ち上がる男の背中。

「どういうことなのですか?」

 フィリアもまた、鋭い視線をルミナへ向ける。

「それは――」

 ルミナが答えようとした、その瞬間だった。

「うんとね~」

 場の緊張をまるで理解していない、のんびりとした声が響く。

「バニッシュは選ばれたからだよ!」

 無邪気そのものの笑顔で、セラが言い切った。

「どういうことよ?」

「どういうことや?」

 リュシアとツヅラが、ほぼ同時に声を上げる。
 ルミナは一瞬だけ目を伏せ、そして諭すように、静かに口を開いた。

「英雄として――世界が、彼を認めはじめたのです」

「英雄……?」

 リュシアは、その言葉を反芻する。

「それは……勇者とは、違うのですか?」

 セレスティナの問いは、慎重で、それでいて本質を突いていた。

「とても近く、しかしながら大きく異なります」

 ルミナは頷く。

「勇者とは、導きによって選ばれ、大いなる使命と大義を背負い――私たち女神の加護と共に与えられる称号です。ゆえに、勇者には高い素質と力、そして最初から与えられた役割が求められます」

 一方で、とルミナは言葉を継ぐ。

「英雄とは……それとは違います」

 空を渡る風が、静かに一同の間を抜けていく。

「英雄は、誰しもがなり得る存在。必要なのは血筋でも、神の選別でもありません」

 ルミナの視線が、遠くを見据えた。

「必要なのは――世界に生きる皆に選ばれるだけの、強い信念」

 沈黙する中、誰もすぐには言葉を発せなかった。
 勇者は、選ばれる存在。
 だが――英雄は、積み上げた行動によって、認められる存在。
 守るために立ち、捨て身で抗い、声なき者のために戦った結果――世界そのものが「この者を」と選ぶ。
 リュシアの胸が、わずかに熱を帯びる。

「……じゃあ、アイツは」

 視線を伏せたまま、リュシアが呟く。

「勇者じゃないのに……世界に、認められたってこと……?」

 ルミナは、静かに微笑んだ。

「ええ、バニッシュ=クラウゼンは、今まさに英雄として歩み始めているのです」

 それは、今まで報われることのなかったバニッシュの行動が、確かに実を結ばれていることの証明であった。
 リュシアは胸の前でギュッと手を握り、ルミナが視線を向けた方向の空を見る。



 深い、深い森の奥――光すら枝葉に遮られた闇の中から、ヴェイルは這い出るようにズルリ、と現れた。

 地面を闇が濡らした。
 まるで粘度を持った影が、身体から剥がれ落ちるかのように、ヴェイルの足元へと滴り、そこから瘴気がじわりと立ちのぼる。

「……グッ……」

 フードの奥で、ヴェイルは低くうめき声を出す。
 肩口から脇腹にかけて、裂かれた闇がまだ塞がりきっていない。
 リュシアたちの一撃一撃が、想定以上に深く――そして、重かった。

「流石に……ダメージを受けすぎましたか」

 自嘲気味に呟きながら、ヴェイルは滴る闇を手で押さえる。
 指の隙間から、黒い靄が漏れ出し、森の冷たい空気に溶けていく。

「……それでも」

 視線を伏せたまま、独り言のように続ける。

「直ぐには追って来れないでしょう……あの連中も、消耗していたはずです」

 呼吸を整えながら、一歩、また一歩、足取りは重く、闇の身体は思うように応えてくれない。

「……とにかく今は……一刻も早く戻り、傷を癒し……次こそは、必ず――」

 その言葉が、途中で途切れた。

 ――違和感のような気配を感じたヴェイル。
 視界の端、森の奥、さらに深い影の向こうから――何かが、こちらへ向かってきている。

「……?」

 ヴェイルはゆっくりと視線を向けた。
 魔獣か、それとも獣か、その視線の先から向かってくるものを見据える。

 闇を掻き分け、よろめくように姿を現した影を見て――ヴェイルの動きが、完全に止まる。

「……な……」

 森の奥から現れたのは、鎧も外套も裂け、身体のあちこちに傷を負った――ボロボロの姿の、バニッシュだった。
 
 息は荒く、足取りは覚束ない。
 それでも、倒れぬよう必死に身体を支えながら、まっすぐ――ヴェイルのいる方へと歩いてくる。

 森の静寂の中で、二人の視線が、確かに交錯した。

「な……なぜ……! 貴方が、ここにいるのですか……!?」

 ヴェイルの声は、驚愕と困惑に引き裂かれるように荒れた。
 押さえていた闇の傷口から、瘴気が一層強く滲み出る。

 対するバニッシュも、思わず目を見開いていた。

「……っ……」

 リュシアとセレスティナを連れて消えてしまった男。
 その後、バニッシュもカイルによってあの空間に飛ばされてしまって、どうなったのかは分からない。
 だが、目の前にはそいつが傷を負い、よろめく姿で立っていた。

 バニッシュの周囲に、淡い光が揺れていた。

 それは蛍のように小さく、儚く、けれど確かに、意志を持つかのように、ふわり、ふわりと宙を舞い――まるで導くかのように、彼の行く先を示していた。

 バニッシュは、その光を追ってきた。
 深い森を越え、血と焦げ跡の残る地を抜け、疑問も、恐れも抱えたまま――ただ、黙って。

「……」

 言葉にならない。
 胸の奥が、冷たく軋む。

 目の前に立つこの男こそが――カイルたち勇者一行を闇へと堕とし、黒の勇者へと変えた、すべての元凶。
 その存在を認識した瞬間、いつの間にか、バニッシュの周囲を漂っていた光は――消えていた。
 役目を終えたかのように最初から、ここまで連れてくるだけが目的だったかのように。

「……なるほど」

 バニッシュは、静かに――ほんの小さく息を漏らす。
 どういう理屈かはわからない。
 だが、バニッシュの胸の奥にスッと入り込むように悟ってしまう。

「……そういうことか」

 なぜ、この森に辿り着いたのか。
 なぜ、今このタイミングで、この男と相対したのか。
 すべてが、一つに繋がる。

 ――導かれたのだ。

 誰かの意思か、世界の選択か、それとも、己自身が無意識に求めていた答えか。
 バニッシュは、ヴェイルを真っ直ぐに見据えた。

 ここで――この男と向き合い、この男が生んだ闇と対峙し、すべての決着ケリをつけるために。

 森の奥深く、運命に選ばれた二人は、確かに向かい合っていた。
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