勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま

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縁の決戦編

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「――何故だ……?」

 バニッシュは俯いたまま、低く、しかしはっきりとした声で問いを投げた。
 それは今になって思いついた疑問ではない。
 ずっと胸の奥に沈み、澱のように残り続けていた違和感だった。

「……何故、カイルを選んだ……」

 闇に濡れた地面を踏みしめ、バニッシュはゆっくりと顔を上げる。

「……勇者だからか……?」

 その問いに、ヴェイルは一瞬だけ動きを止めた。

「……何を……?」

 意味が分からない、というように聞き返すヴェイルに、バニッシュは構わず続ける。

「勇者だから……世界に影響を与える存在だから……だから、闇に堕としたのか……?」

 胸が、わずかに軋んだ。
 勇者を闇へ堕とす。
 それは確かに、世界を壊すには効果的な選択だ。

(……それだけじゃない……)

 バニッシュは心の中で、ずっと考えていた。
 勇者でなくとも、弱さを抱え、絶望を抱え、容易く闇に縋る人間など、いくらでもいたはずだ。
 それこそ――追放され、否定され、居場所を失った自分自身ですら。

 なのに闇は、自分ではなく――カイルを選んだ。
 その理由を、今ここで、元凶であるこの男に問う。
 静寂の中で、ヴェイルが小さく息を漏らした。

「ああ――そのことですか」

 フードの奥から、ニヤリと、歪んだ気配が滲み出る。

「確かに――勇者である、という点は重要でした。だが、それ以上に……彼には素質があった」

 ヴェイルは、ゆっくりと語る。

「……素質……?」

 バニッシュの指が、わずかに震える。
 その言葉に、嫌な予感が胸を刺した。
 ヴェイルは、楽しむように続きを告げた。

「ええ……闇に堕ちる素質が」

 ヴェイルはフードの奥でニヤリと口を三日月のように吊り上げる。
 森の闇が、ざわりと揺れる。
 バニッシュの胸の奥で、今まで信じたくなかった可能性が――静かに、形を持ち始めていた。

「そんなはずない……!」

 バニッシュは、ヴェイルの言葉を否定するように思わず声を荒げていた。

「アイツは……カイルは……! 誰よりも正義感が強くて……まっすぐな心を――」

 必死に掴み取ろうとした言葉は、最後まで形になることはなかった。

「――だからこそ、です」

 静かで、しかし逃げ場のない声が、重なる。
 バニッシュの言葉を遮るように、ヴェイルが告げた。

「才能に溢れ、強く……そして、誰よりもまっすぐだった」

 闇を押さえるその手に、力が籠もる。

「だからこそ――世界に裏切られた時、信じていたものが崩れ落ちた時……最も深い絶望へと堕ちやすい」

 一歩、ヴェイルが踏み出すと瘴気が、波紋のように広がった。

 バニッシュの喉が、ひくりと鳴る。

「光が強いほど、影は濃くなる。希望が純粋であるほど、絶望は甘美になる」

 それはまるで、真理を語るような声音だった。

「……彼はそれほど闇に堕ちやすく、脆く弱い存在だったのですよ」

 言葉が、胸に突き刺さる。
 バニッシュは何も返せなかった。
 カイルは言っていた。
 バニッシュと出会ったことで嫉妬し、絶望したと。
 何故カイルは、そこまで自分に嫉妬するのかが、わからない――だが、カイルは確かに苦しみ、絶望したのだろう。

「……どうですか?」

 ヴェイルは、愉悦を滲ませるように首を傾げる。

「憎いですか……? ならば――怒りなさい」

 闇の奥から、嗤う気配がする。
 ヴェイルは、両腕を広げた。
 その声は、甘く、誘うようだった。

「貴方の仲間を闇に堕としたのは――間違いなく、この私です」

 瘴気が、バニッシュを包み込むように濃くなる。

「ならば、私を憎みなさい。私を恨み、怒りを――この私に、その心に、ぶつけなさい」

 今度は明確に、バニッシュの心の距離を詰めてくる。

(そして今度は、貴方を闇に堕とし、次は確実に――)

 ヴェイルは、バニッシュを誘おうと画策する。

「俺は……お前を、恨みなどしない」

 その言葉は、怒鳴り声でも、激情でもなかった。
 けれど、森の闇を切り裂くほど、はっきりとした声音だった。

「……何……?」

 思わず、ヴェイルの声が低く漏れる。
 バニッシュは一歩、前に出る。
 その瞳には、怒りではなく――静かな覚悟が宿っていた。

「確かに……お前は、カイルたちを闇に堕とした」

 言葉を噛みしめるように、ゆっくりと言う。

「だが……アイツが闇へ向かっていったのは、最終的にアイツ自身の意思だ」

 ヴェイルの気配が重く鋭くなる。

「……彼が闇に堕ちたのは当然の結果だと?」

「違う」

 バニッシュは、首を横に振った。

「アイツが悩み、苦しんでいたのは確かだ。それで、闇に向かっていくのは間違っている。だが、そのすべてを否定してしまったら、アイツの思いを、心を否定することになる」

 カイルの苦悩はバニッシュにはわからない。
 その苦悩もバニッシュは救いたかったと思っていた。
 だからこそ否定したくない、例えそれが道を外れることだとしても、そのすべてを受け止めてやりたかったのだ。

「人は誰しもが弱さを持っている。分かっていても道を逸れてしまうことがあるんだ。そんな弱さにつけ込み、闇に誘う者がいる」

 バニッシュはまっすぐにヴェイルを射抜く。

「だからこそ――お前を、許すわけにはいかない」

 森の空気が、張り詰めた。

「お前がいる限り……この先も、同じように希望を折られ、同じように苦しむ者が、必ず出てくる」

 バニッシュは、折れた破邪の剣をギュッと握り直す。

 バニッシュの想いに反応し、姿を変えた魔剣、多くの闇を払い、共に戦ってきた剣は今や半ばから断ち切られ、刃こぼれし、見る影もない姿となっていた。
 それでもバニッシュは、その剣を両手でしっかりと構える。

「だから……俺が、お前をここで倒す」

「……倒す……?」

 ヴェイルは、思わず嗤った。

「貴方が……この私を……?」

 フードの奥から、嘲笑が滲み出る。

「……舐めるなよ! 確かに、私はダメージを受けています。だが……貴方も、既に限界なのでしょう?」

 闇が、ヴェイルの足元でうねる。
 視線が、バニッシュの剣へと落ちる。

「何より――そんな折れた剣で、何が出来る!!」

 その声に、冷たい侮蔑が混じる。

 闇が噴き上がり、瘴気が嵐のように巻き起こる。
 それは選ばれた者の覚悟と闇の嘲り。
 折れぬ信念と歪んだ策略が対峙する。

 ――咆哮が森をざわめかせる。

 喉が裂けるほどの叫びと共に、バニッシュは一直線に地を蹴った。
 あるのはただ、「倒す」という意志だけ。

 カイルとの死闘で、体力も魔力もほとんど尽きている。
 脚は重く、呼吸は荒く、視界の端が白く霞む。
 それでも、止まらなずヴェイルに向かって行く。

「――――ッ!!」

 対するヴェイルも、ふらつく身体を必死に支えながら、腕を振りかざした。

「……こんな者に……負ける、わけには……!」

 闇がうねる。
 地面から、空間から、蠢く黒いトゲが一斉に生え上がり、奔流となってバニッシュを迎え撃つ。

 だが――バニッシュは、減速しなかった。
 構わず、突っ込みトゲは肩を掠め、腕を裂き、脚に突き刺さりかける。

「……っ……!」

 肉を裂く痛みが走る。
 血が飛び、視界が揺れる。
 
「くっ……!?」

 ヴェイルの喉から、思わず声が漏れた。
 自分の攻撃で、止まらない、止めることができない。
 魔力が乱れているのか。
 ダメージのせいで制御が甘いのか。
 
 黒いトゲは、貫けないどころか、まるで避けているかのように、バニッシュの進む道を、切り開いているように見えた。

「……馬鹿な……!」

 闇の奔流を抜け、バニッシュは――ヴェイルの目前へと躍り出る。
 
 その距離で、バニッシュは心の中で叫んだ。

(頼む……!)

 折れた剣を、強く握りしめる。

(破邪の剣よ……もう一度だけ、俺に力を……!!)

 その想いに応えるように折れたはずの破邪の剣に、淡い光が集まり始める。

 ただ――清く、まっすぐな光。
 折れた刀身の先に、光そのものが再び刃として形を成す。

「……な……っ……」

 息を呑むヴェイル。
 互いに、視線が、交差する。
 ヴェイルは――知っていた。
 この男の目を、恐怖も、迷いも、憎悪もない。
 ただ、誰かを守るために前を見据える眼。
 かつて――魔王モンプチを追い詰め、世界に平和をもたらしたと謳われる《四英傑伝》の英雄譚に記された、英雄の目。

(……まさか……この男が……)

「――――――ッ!!」

 バニッシュの、最後の咆哮が森を裂き、木霊する。

 ――ザンッ!!

 二つの影が交錯し、光が走り闇が裂ける。

 ヴェイルの腹部を――バニッシュの破邪の剣が、確かに貫いていた。
 森に、重い沈黙が落ちる。

「……なるほど……」

 腹を貫かれたまま、ヴェイルは掠れる声で呟いた。
 痛みに叫ぶこともなく、ただ静かに――すべてを理解した者の声音で。

「最初に……貴方を見た時に……」

 フードの奥、闇の瞳が、わずかに細まる。

「……すぐに、殺しておくべきでしたね……」

 それは悔恨でも、恐怖でもない。
 見誤ったことを認める、悟りの言葉だった。
 
 ヴェイルの身体に、ヒビが入る。
 貫かれた腹部を起点に、陶器が割れるように、細かな亀裂が全身へと広がっていく。

「……」

 闇が、光に侵食される。
 破邪の剣から流れ込んだ清浄なる力が、ヴェイルの身体の内側を、根こそぎ浄化していく。
 ヒビの隙間から、眩い光が溢れ出し、瘴気は霧散し、闇はもはや形を保てない。

 やがて――パキン、と小さな音が響いた。
 ヴェイルの身体は、砕けるように分解され――無数の光の粒となって、静かに空へ溶けていく。
 憎しみも、策謀も、歪んだ野望も、すべてを残さぬ、完全な消滅だった。

 森に――静寂が訪れる。

 バニッシュの手に残された破邪の剣から、光が、ゆっくりと消えていった。

 次の瞬間――ビシィッ……!

 鋭い音と共に、刀身と柄にヒビが走る。

 そして――パリンと、剣は完全に砕け散った。
 まるで――その役目を、すべて終えたかのように。

「……ありがとう……」

 バニッシュは、小さく呟いた。
 最後の最後まで、自分に力を貸してくれた相棒へ。
 砕けた破片が地に落ちる音すら、もう聞こえない。
 そのまま、バニッシュの膝が崩れた。
 力が抜け、視界が滲んでいく。

(……終わった……)

 安堵と同時に、意識が、遠のいていく。
 静かな森の中で、バニッシュは――音もなく、地へ倒れ伏した。
 その先に待つものが、救済か、試練か、あるいは――それは、まだ誰にも分からない。
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