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妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編
クラウゼリアの新たな課題
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「さて……そろそろ、俺も飯にするかな」
バニッシュは軽く背伸びをしながら、椅子から立ち上がった。
執務室の扉を開け、外へと出た瞬間、聞き覚えのある声に呼び止められ、バニッシュは足を止めて振り向く。
「あ、バニッシュ!」
そこに立っていたのは、リュシアとライラの二人だった。
「丁度良かったわ」
リュシアがそう言って、ライラと並んで近づいてくる。
「今、アンタの所に行くところだったのよ」
「俺に?」
バニッシュは眉を上げる。
「どうしたんだ?」
「それがね……」
リュシアは言葉を切り、ちらりと隣のライラへ視線を送る。
促され、ライラが一歩前に出た。
「あの……医薬品について、お願いというか……相談があるんですけど……」
いつもより少しだけ硬い表情。
その視線と声色から、軽い雑談では終わらない話だと、バニッシュはすぐに察した。
「……なるほどな」
その場で立ち話を続ける雰囲気ではない。
「それなら、ちょうどいい。立ち話もなんだし、飯でも食いに行くか。腹が減ってちゃ、話も進まないだろ?」
バニッシュは穏やかに言い、二人へと手招きする。
日常の延長のような誘いだったが――それが、この拠点では一番話しやすい場所へと繋がる合図でもあった。
クラウゼリア――かつては拠点と呼ぶのが精一杯だった場所に、今ではいくつもの建物が並び、飲食店も珍しくなくなっていた。
そのうちの一軒、木の温もりを感じさせる店内に、バニッシュたちは足を踏み入れる。
簡素だが清潔な造り、生活の場として、この街が根付き始めていることを実感させる空間だった。
席に着くと、ライラとリュシアが並んで腰掛け、向かい合う形でバニッシュが座る。
軽く注文を済ませ、店内が落ち着いたのを見計らって――バニッシュが口を開いた。
「それで……相談ってのは?」
一呼吸置いて、穏やかな切り出しだった。
「うん……」
ライラは小さく頷き、言葉を探すように視線を落とす。
「最初の頃より、人も増えて……街も大きくなってきたじゃない。それで……皆の役に立ちたくて、今の仕事をしてるんだけど……」
一度、言葉を切り、テーブルの上で指を組む。
「医学の勉強もしてるし、バニッシュに教えてもらって、薬草の調合もしているんだけど、でも……人が多くなったからこそ……やっぱり……」
ライラは俯いたまま、続けた。
その先を言わずとも、バニッシュには分かった。
「医薬品が、足りないのか」
察したようにそう言うと、ライラは小さく、けれどはっきりと頷いた。
「……うん」
たった一音の肯定に、責任感と焦りが滲んでいた。
クラウゼリアは、確かに成長している。
だからこそ――新たな課題も、確実に増え始めていた。
「……うーん」
バニッシュは小さく唸り、指先で顎をなぞった。
ライラに教えている調合は、本当に初歩も初歩だ。
擦り傷や軽い打撲に使う軟膏、解熱効果のある簡単な薬――いずれもその場しのぎに近いものに過ぎない。
そもそも、獣人族であるライラは魔法が使えない。
回復魔法という選択肢は最初からなく、純粋に医学と調合だけで向き合っている。
(……だからって、俺が全部やるわけにもいかない)
バニッシュ自身も、執務や研究、各種調整に追われる身だ。
回復魔法や調合で常駐できるほど、時間に余裕はない。
交易面でも事情は同じだった。
ミスティリアとの取引で医薬品は確かに仕入れているが、クラウゼリアはまだ発展途上だ。
建材、農具、防具、衣料、食料――必要な物資は山ほどある。
医薬品だけを優先的に増やす余裕はなく、何より予算が足りない。
そんなバニッシュの思考をなぞるように、リュシアが口を開いた。
「人が増えて、子供も増えたじゃない。だから、ライラの所に来る患者も増えてるの。ケガだけじゃなくて……風邪とか、体調を崩した人も」
バニッシュは無言で頷く。
街が生活の場になり始めた証拠だ。
「でもね」
リュシアは少し言葉を選びながら続けた。
「医学を学び始めたばかりのライラじゃ、簡単な処置しか出来ないし……薬も、間に合わなくなってきてるんだって、それで、私の所に相談に来たのよ」
今のリュシアは、バニッシュの代わりに街の相談事を受けている立場だ。
人々の声を集め、問題を把握し、必要ならバニッシュへと繋ぐ――いつの間にか、そんな役割が自然とリュシアに集まっていた。
バニッシュは、二人の顔を順に見てから、ゆっくりと息を吐く。
(……街が生き始めたってことか)
それは喜ぶべき成長であり、同時に避けられない試練でもあった。
「なるほどな……」
バニッシュは顎に手を当て、静かに考え込んだ。
話を聞き終えたことで、状況ははっきりした。
「事情は分かった。けど……これは、今すぐにどうこう出来る問題でもないな」
軽々しく答えを出す類の話ではない。
「とりあえず、ツヅラやフィリアたちの意見も聞いてみよう。医療だけの問題じゃないからな」
バニッシュは顔を上げ、二人を見る。
「……うん」
ライラは少しだけ表情を和らげ、安堵したように頷いた。
その様子を見ていたリュシアが、ふと思い出したように尋ねる。
「ミュレアは、どうするの?」
「ああ、今、王都からの要請があってな。ミスティリアに戻るらしい」
「そうなんだ」
リュシアは納得したように小さく頷いた。
「だから、とりあえず、今ここにいるメンバーで会議を開こう。リュシア、皆に連絡してくれるか?」
バニッシュは話を続ける。
「分かったわ」
「俺は――ライラと一緒に、医薬品の在庫と患者の人数を調べておく。現状を把握しないと、話にもならないからな」
バニッシュは視線をライラに向ける。
「……うん」
ライラは真っ直ぐに頷いた。
そうしてやるべきことが定まった。
「お待たせしました」
店員の声とともに、注文していた食事がテーブルへと運ばれてくる。
湯気の立つ皿から漂う香りが、先ほどまでの重たい空気を、ほんの少しだけ和らげた。
問題は山積みだ。
だが――腹が減っては、知恵も出ない。
バニッシュは皿を手に取り、軽く息を整えた。
バニッシュは軽く背伸びをしながら、椅子から立ち上がった。
執務室の扉を開け、外へと出た瞬間、聞き覚えのある声に呼び止められ、バニッシュは足を止めて振り向く。
「あ、バニッシュ!」
そこに立っていたのは、リュシアとライラの二人だった。
「丁度良かったわ」
リュシアがそう言って、ライラと並んで近づいてくる。
「今、アンタの所に行くところだったのよ」
「俺に?」
バニッシュは眉を上げる。
「どうしたんだ?」
「それがね……」
リュシアは言葉を切り、ちらりと隣のライラへ視線を送る。
促され、ライラが一歩前に出た。
「あの……医薬品について、お願いというか……相談があるんですけど……」
いつもより少しだけ硬い表情。
その視線と声色から、軽い雑談では終わらない話だと、バニッシュはすぐに察した。
「……なるほどな」
その場で立ち話を続ける雰囲気ではない。
「それなら、ちょうどいい。立ち話もなんだし、飯でも食いに行くか。腹が減ってちゃ、話も進まないだろ?」
バニッシュは穏やかに言い、二人へと手招きする。
日常の延長のような誘いだったが――それが、この拠点では一番話しやすい場所へと繋がる合図でもあった。
クラウゼリア――かつては拠点と呼ぶのが精一杯だった場所に、今ではいくつもの建物が並び、飲食店も珍しくなくなっていた。
そのうちの一軒、木の温もりを感じさせる店内に、バニッシュたちは足を踏み入れる。
簡素だが清潔な造り、生活の場として、この街が根付き始めていることを実感させる空間だった。
席に着くと、ライラとリュシアが並んで腰掛け、向かい合う形でバニッシュが座る。
軽く注文を済ませ、店内が落ち着いたのを見計らって――バニッシュが口を開いた。
「それで……相談ってのは?」
一呼吸置いて、穏やかな切り出しだった。
「うん……」
ライラは小さく頷き、言葉を探すように視線を落とす。
「最初の頃より、人も増えて……街も大きくなってきたじゃない。それで……皆の役に立ちたくて、今の仕事をしてるんだけど……」
一度、言葉を切り、テーブルの上で指を組む。
「医学の勉強もしてるし、バニッシュに教えてもらって、薬草の調合もしているんだけど、でも……人が多くなったからこそ……やっぱり……」
ライラは俯いたまま、続けた。
その先を言わずとも、バニッシュには分かった。
「医薬品が、足りないのか」
察したようにそう言うと、ライラは小さく、けれどはっきりと頷いた。
「……うん」
たった一音の肯定に、責任感と焦りが滲んでいた。
クラウゼリアは、確かに成長している。
だからこそ――新たな課題も、確実に増え始めていた。
「……うーん」
バニッシュは小さく唸り、指先で顎をなぞった。
ライラに教えている調合は、本当に初歩も初歩だ。
擦り傷や軽い打撲に使う軟膏、解熱効果のある簡単な薬――いずれもその場しのぎに近いものに過ぎない。
そもそも、獣人族であるライラは魔法が使えない。
回復魔法という選択肢は最初からなく、純粋に医学と調合だけで向き合っている。
(……だからって、俺が全部やるわけにもいかない)
バニッシュ自身も、執務や研究、各種調整に追われる身だ。
回復魔法や調合で常駐できるほど、時間に余裕はない。
交易面でも事情は同じだった。
ミスティリアとの取引で医薬品は確かに仕入れているが、クラウゼリアはまだ発展途上だ。
建材、農具、防具、衣料、食料――必要な物資は山ほどある。
医薬品だけを優先的に増やす余裕はなく、何より予算が足りない。
そんなバニッシュの思考をなぞるように、リュシアが口を開いた。
「人が増えて、子供も増えたじゃない。だから、ライラの所に来る患者も増えてるの。ケガだけじゃなくて……風邪とか、体調を崩した人も」
バニッシュは無言で頷く。
街が生活の場になり始めた証拠だ。
「でもね」
リュシアは少し言葉を選びながら続けた。
「医学を学び始めたばかりのライラじゃ、簡単な処置しか出来ないし……薬も、間に合わなくなってきてるんだって、それで、私の所に相談に来たのよ」
今のリュシアは、バニッシュの代わりに街の相談事を受けている立場だ。
人々の声を集め、問題を把握し、必要ならバニッシュへと繋ぐ――いつの間にか、そんな役割が自然とリュシアに集まっていた。
バニッシュは、二人の顔を順に見てから、ゆっくりと息を吐く。
(……街が生き始めたってことか)
それは喜ぶべき成長であり、同時に避けられない試練でもあった。
「なるほどな……」
バニッシュは顎に手を当て、静かに考え込んだ。
話を聞き終えたことで、状況ははっきりした。
「事情は分かった。けど……これは、今すぐにどうこう出来る問題でもないな」
軽々しく答えを出す類の話ではない。
「とりあえず、ツヅラやフィリアたちの意見も聞いてみよう。医療だけの問題じゃないからな」
バニッシュは顔を上げ、二人を見る。
「……うん」
ライラは少しだけ表情を和らげ、安堵したように頷いた。
その様子を見ていたリュシアが、ふと思い出したように尋ねる。
「ミュレアは、どうするの?」
「ああ、今、王都からの要請があってな。ミスティリアに戻るらしい」
「そうなんだ」
リュシアは納得したように小さく頷いた。
「だから、とりあえず、今ここにいるメンバーで会議を開こう。リュシア、皆に連絡してくれるか?」
バニッシュは話を続ける。
「分かったわ」
「俺は――ライラと一緒に、医薬品の在庫と患者の人数を調べておく。現状を把握しないと、話にもならないからな」
バニッシュは視線をライラに向ける。
「……うん」
ライラは真っ直ぐに頷いた。
そうしてやるべきことが定まった。
「お待たせしました」
店員の声とともに、注文していた食事がテーブルへと運ばれてくる。
湯気の立つ皿から漂う香りが、先ほどまでの重たい空気を、ほんの少しだけ和らげた。
問題は山積みだ。
だが――腹が減っては、知恵も出ない。
バニッシュは皿を手に取り、軽く息を整えた。
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