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妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編
王都招集
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クラウゼリアを発ってから、すでに数日が立った。
一度、ミスティリアに戻り、準備を終えてから海路で王都へと向かったミュレア、タナトス、黒牙の3人。
王都の港から石畳を踏みしめる馬車の音が、乾いた音を立てて王都の大通りに吸い込まれていく。
三人は無言のまま、王都の中心部へ馬車に揺られ向かって
いた。
かつてこの都は、昼夜を問わず賑わいに満ちていた。
商人の威勢のいい声、子どもたちの笑い声、吟遊詩人の歌が奏でられていた。
だが、今は違う。
視線を動かせば、要所ごとに配置された衛兵の姿がある。
剣を携え、槍を構え、鋭い眼差しで通行人を監視している。
通行証の確認、荷物の検査、道を横切るだけで、じろりと値踏みするような視線が向けられる。
活気は消え失せ、あるのは――重苦しい緊張だけとなっていた。
まるで国全体が、何かに怯えているかのようだった。
ミュレアは何も言わず、馬車に揺られていた。
その隣で、タナトスがほんの僅かに視線だけを動かす。
街角ごとの兵の配置、屋根の上の影、遠巻きにこちらを観察する文官らしき男。
全てを一瞬で把握し、頭の中で情報として整理していく。
黒牙は喉をひくりと鳴らした。
街の緊迫した空気に黒牙も緊張から身体が強張り、身震いしている。
三人は、王城正門へと辿り着くと、衛兵たちはすでに通達を受けていたらしく、形式的な確認のみで門が開く。
重厚な城門が軋む音を立て、ゆっくりと開かれ、王城内部は、外よりもさらに静まり返っていた。
侍従や侍女たちも、普段のような余裕ある足取りではない。
どこか急ぎ、どこか怯え、視線を合わせないように歩いている。
やがて三人は、エントランスホールへと通される。
高い天井。巨大なシャンデリア。赤い絨毯が正面階段へと続く。
その中央に、一人の男が立っていた。
深緑の官服に身を包み、年季を感じさせる落ち着いた佇まい。
だがその額には、薄く汗が滲んでいる。
執政長官は三人が近づくと、一歩前へ進み、深々と頭を下げた。
「ミュレア=ティーレ様。此度は我々の要請にご足労頂き、誠に感謝いたします」
丁寧な物腰だが、その声の奥底には――明確な焦りがあった。
ミュレアは静かに執政長官を見下ろす。
その瞳は、氷のように澄んでいる。
「随分と物々しいようですが……これは、やはり――」
タナトスは穏やかな声音のまま、わずかに顎を引いた。
その視線は柔らかい。だが、観察する眼は鋭い刃そのものだ。
執政長官の瞳の揺らぎ、呼吸の浅さ、汗の量――全てを拾い上げるように見据える。
執政長官は一瞬だけ言葉を選ぶように沈黙し、額の汗を拭う。
「……はい。魔王の侵攻による被害。更には……黒の勇者の影響で暴動を起こす者もおり、その鎮圧の為でございます」
低く、押し殺した声には、微かに疲労が滲んでいた。
王都を覆う緊張の正体、それは魔王だけではない。
黒の勇者によって混乱し、暴徒と化した国民もまた平和を揺るがす存在となっていたのだ。
「ふむ。確かに、魔王の侵攻に関しては我々も把握しております。いくつか陥落した国があることも……」
タナトスは顎に手をあてたまま、その視線を執政長官に向ける。
「……しかし、黒の勇者は、数ヶ月前に既に討たれたはずですが」
確認するような声色だが、その視線は相手の心の内側を見透かすかのようだった。
執政長官は目を伏せる。
「おっしゃる通りでございます。黒の勇者が討たれたという情報は、私共も把握しております。しかしながら――その事実を確認する術がなく、何より、勇者という存在の影響力は計り知れませぬ。未だに彼を崇拝する者たちが存在しております」
その拳が、僅かに震えていた。
方々手を尽くしたのだろう、それでも、黒の勇者カイルのカリスマ性は、衰えることはなかった。
討たれたという噂が立ったとしても、その姿が見えなくなっても、未だに黒の勇者の名の下に暴徒化した国民が、荒くれ者達が集い、勢力を増している。
――黒の勇者だったカイルは、数ヶ月前に確かに討たれた。
境界都市クラウゼリア――いや、当時はまだ名もなき拠点だったその地に攻め込み、そして、バニッシュ=クラウゼンによって斃された。
だが、それは拠点内部で起きた戦い、結界の内側で起きた事実、外部へと流れた情報は限られている。
ゆえに――噂だけが、歪みながら広がった。
「勇者はまだ生きている」
「封印されただけだ」
「王家が真実を隠している」
混乱は火種となり、やがて暴動は激しさを増していく。
王都は今、二つの不安に挟まれていた。
「それで……あのあり様ですか」
タナトスは静かにそう呟いた。
声音には皮肉も嘲りもない。
「……はい」
執政長官は短く答え、再び額の汗を拭った。
王都の現状を説明するには、この場はあまりに開け過ぎている。
それを悟ったのか、彼は一歩身を引き、恭しく手を差し出した。
「詳しい話は後ほど致します。まずは控え室の方へ」
ミュレアは無言で頷き、黒牙がその後ろをついて行く。
タナトスは顎に手を当てたまま、思索の色を浮かべつつ後に続いた。
案内された先は、王城内部でも格式の高い応接区画だった。
重厚な扉が開かれる。
広い部屋に豪奢な長く立派な一枚板のテーブルが中央に鎮座し、その両側には上質な装飾椅子が整然と並んでいる。
背もたれには王家の紋章が金糸で刺繍され、足元には厚手の絨毯が敷かれていた。
壁際には侍従と侍女が静かに控えている。
微動だにせず、視線も落とさず、命令を待つ人形のように。
タナトスはぐるりと室内を見渡す。
すでに何名か、各種族の代表らしき者たちが到着していた。
真っ先に目に入ったのは、小人族。
椅子にふんぞり返るように座っているが――足が床に届いておらず、ぷらぷらと揺れている。
テーブルの縁からちょこんと出ている頭だけが、こちらを値踏みするように見ている。
少し離れた場所では、背筋をぴんと伸ばし、腕を組んで静かに座る竜人族。
彫像のような威厳と僅かに揺れる尾、規則正しい呼吸が場に流されぬ絶対の自制かのようだ。
さらに視線を滑らせると壁際に異質な空気が漂う。
どうやって持ち込んだのか、明らかにこの部屋の調度と系統の違う豪奢なソファ。
そこに優雅に横たわるダークエルフ族。
片肘をつき、気怠げに笑い、隣の女の顎を指先で持ち上げて戯れている。
緊張感はないが、その瞳の奥には冷たい知性が潜んでいる。
遊んでいるようで、全てを観察している目だ。
タナトスは僅かに目を細める。
そして――視線を落とした先には、テーブルの一角に、数人で固まる影。
獣人族のようだが、質素どころか、ややみすぼらしい衣装。
警戒と不安が入り混じった眼差しで、周囲を窺っている。
さらに、少し離れた位置にも同じように不安な表情を浮かべるエルフ族。
整った容貌、整然とした衣装だが、どこか浮いている。
竜人族のような威圧感も、ダークエルフのような余裕もない。
「あの方たちは?」
タナトスは穏やかに問いかけた。
だが、その視線は明確に――獣人族とエルフ族の一団へ向けられている。
執政長官は一瞬だけ逡巡し、視線を同じ方向へと向けた。
「……あの者たちは、ルガンディアとエルフェインの生き残りの者たちです」
陥落した国と魔王侵攻の被害を受けた地。
「現在は我が王都で保護しております。……今回の会議にも、参加して頂こうかと」
言葉は丁寧だが、保護という響きの裏に、どこか距離がある。
「なるほど」
タナトスは短く答え、改めて彼らを観察した。
衣服は最低限の清潔さを保っている。怪我も目立たない。食事は与えられているだろう。
保護はされているが、尊重はされていない。
それは、扱いを見れば一目瞭然だった。
獣人族の若者が、警戒するようにこちらを見る。
エルフ族の女性が、不安を隠すように手を握りしめている。
王都は彼らを匿っている。
だが――王都は、彼らの味方ではない。
「それでは、私はこれで」
執政長官は一礼すると、どこか逃げるように控室を後にした。
重い扉が閉まる。
タナトスはその後ろ姿を一瞥し、小さく息を吐いた。
「どうぞ、ミュレア様」
タナトスは静かに椅子を一つ引いた。
ミュレアは一言も発さず、すっとその椅子へ腰を下ろした。
背後に、タナトスが立ち、さらにその隣に、黒牙が並び立つ。
しばらくの間、控室には、各種族の思惑と沈黙が重く沈殿していた。
その時、廊下の向こうから、騒がしい声が響く。
「――だから! 違うって言ってるでしょッ!」
甲高く、よく通る女の声。
続いて、慌てたような別の声。
「で、ですから……お静かに……さい……!」
執政長官の声だ。
控室の面々が一斉に扉へと視線を向ける。
声は次第に近づき――勢いよく扉が開かれた。
「それではこちらになりますので! しばらくお待ちください!」
半ば押し切るような執政長官の声と同時に、小さな影がぽん、と室内へ押し出される。
ぱたぱた、と軽い羽音と共に現れたのは――妖精族。
緑の髪、紫の瞳、人形のように整った愛らしい顔立ち。
背には、女神のような荘厳な翼ではない。
虫を思わせる、薄く小さな四枚の羽。
だがその周囲には、淡い光の粒が舞っている。
掌に収まるほどの小さな身体。
それでも、そこに立つ姿は妙に堂々としていた。
――ぱたん。
執政長官は妖精を中へ入れると、間髪入れず扉を閉める。
逃げるように足音はすぐに遠ざかっていった。
「ちょっと!」
妖精は声を上げ、慌てて扉へ飛ぶ。
小さな両手で取っ手を掴もうとするが――届かず、引っ張ってみるが、びくともしない。
「もうっ!」
ぷく、と頬を膨らませる。
羽音を立てながら、ふわりと空中へ舞い上がり、近くの椅子の背もたれへ移動し、ちょこんと腰を下ろす。
椅子の装飾の彫り込みが、まるで巨大な城壁のように見える。
小さな足をぶらぶらと揺らし、口を尖らせるその姿は、怒っているというより拗ねているようだ。
静寂の中、妖精族の不満げな羽音も次第に収まり、各種族はそれぞれの思惑を胸に沈黙していた。
そして――控室の扉が静かに叩かれ、ゆっくりと開く。
姿を現したのは、腰の曲がった老臣だった。
「……それでは皆様方、此方のほうへ」
老臣は踵を返し、歩き出す。
各種族の代表たちは無言で立ち上がった。
重厚な廊下を進む、高い天井、長く続く赤絨毯、壁に並ぶ歴代王の肖像。
やがて辿り着いたのは――王都・政庁評議の間。
大扉がゆっくりと開かれる。
広大な円形の空間。
中央には巨大な会議卓。
卓を囲むように、種族ごとの席が設けられている。
椅子の意匠、旗の色、彫刻の意匠。
それぞれが自らの誇りを主張するように異なっていた。
小人族の席は背もたれに精緻な装飾が刻まれ、竜人族の席は重厚な黒鉄で縁取られている。
獣人族とエルフ族の席は質素ながらも整えられているが、明らかに他より簡素だ。
ダークエルフ族の席だけは、艶やかな黒木で造られ、座面には濃紫の絨毯が敷かれている。
代表たちが順に席へ着く。
タナトスと黒牙も、ミュレアの後ろに並び立った。
竜人族は背筋を伸ばし、微動だにしない。
小人族は椅子によじ登るようにして座る。
獣人族はやや緊張した面持ちで、エルフ族は周囲を慎重に観察する。
そして――ダークエルフ族だけは、悠然と椅子に腰掛け、その膝には先ほどから連れている女を乗せている。
耳元で何かを囁き、女がくすりと笑う。
緊迫した評議の場に似つかわしくない光景。
最後に老臣が定位置に立つとやや遅れて、執政長官が壇上へ進み出た。
室内が静まり返る。
重厚な扉が閉じられる音が、やけに大きく響いた。
執政長官はゆっくりと周囲を見渡す。
集結した種族の代表たち。
疑念、誇り、不安、野心、それらが複雑に絡み合う視線が交差する。
「――これより種族連合臨時評議を、はじめる」
その宣言が、評議の間に重く落ちた。
この円卓の上で――世界の針路が問われようとしていた。
一度、ミスティリアに戻り、準備を終えてから海路で王都へと向かったミュレア、タナトス、黒牙の3人。
王都の港から石畳を踏みしめる馬車の音が、乾いた音を立てて王都の大通りに吸い込まれていく。
三人は無言のまま、王都の中心部へ馬車に揺られ向かって
いた。
かつてこの都は、昼夜を問わず賑わいに満ちていた。
商人の威勢のいい声、子どもたちの笑い声、吟遊詩人の歌が奏でられていた。
だが、今は違う。
視線を動かせば、要所ごとに配置された衛兵の姿がある。
剣を携え、槍を構え、鋭い眼差しで通行人を監視している。
通行証の確認、荷物の検査、道を横切るだけで、じろりと値踏みするような視線が向けられる。
活気は消え失せ、あるのは――重苦しい緊張だけとなっていた。
まるで国全体が、何かに怯えているかのようだった。
ミュレアは何も言わず、馬車に揺られていた。
その隣で、タナトスがほんの僅かに視線だけを動かす。
街角ごとの兵の配置、屋根の上の影、遠巻きにこちらを観察する文官らしき男。
全てを一瞬で把握し、頭の中で情報として整理していく。
黒牙は喉をひくりと鳴らした。
街の緊迫した空気に黒牙も緊張から身体が強張り、身震いしている。
三人は、王城正門へと辿り着くと、衛兵たちはすでに通達を受けていたらしく、形式的な確認のみで門が開く。
重厚な城門が軋む音を立て、ゆっくりと開かれ、王城内部は、外よりもさらに静まり返っていた。
侍従や侍女たちも、普段のような余裕ある足取りではない。
どこか急ぎ、どこか怯え、視線を合わせないように歩いている。
やがて三人は、エントランスホールへと通される。
高い天井。巨大なシャンデリア。赤い絨毯が正面階段へと続く。
その中央に、一人の男が立っていた。
深緑の官服に身を包み、年季を感じさせる落ち着いた佇まい。
だがその額には、薄く汗が滲んでいる。
執政長官は三人が近づくと、一歩前へ進み、深々と頭を下げた。
「ミュレア=ティーレ様。此度は我々の要請にご足労頂き、誠に感謝いたします」
丁寧な物腰だが、その声の奥底には――明確な焦りがあった。
ミュレアは静かに執政長官を見下ろす。
その瞳は、氷のように澄んでいる。
「随分と物々しいようですが……これは、やはり――」
タナトスは穏やかな声音のまま、わずかに顎を引いた。
その視線は柔らかい。だが、観察する眼は鋭い刃そのものだ。
執政長官の瞳の揺らぎ、呼吸の浅さ、汗の量――全てを拾い上げるように見据える。
執政長官は一瞬だけ言葉を選ぶように沈黙し、額の汗を拭う。
「……はい。魔王の侵攻による被害。更には……黒の勇者の影響で暴動を起こす者もおり、その鎮圧の為でございます」
低く、押し殺した声には、微かに疲労が滲んでいた。
王都を覆う緊張の正体、それは魔王だけではない。
黒の勇者によって混乱し、暴徒と化した国民もまた平和を揺るがす存在となっていたのだ。
「ふむ。確かに、魔王の侵攻に関しては我々も把握しております。いくつか陥落した国があることも……」
タナトスは顎に手をあてたまま、その視線を執政長官に向ける。
「……しかし、黒の勇者は、数ヶ月前に既に討たれたはずですが」
確認するような声色だが、その視線は相手の心の内側を見透かすかのようだった。
執政長官は目を伏せる。
「おっしゃる通りでございます。黒の勇者が討たれたという情報は、私共も把握しております。しかしながら――その事実を確認する術がなく、何より、勇者という存在の影響力は計り知れませぬ。未だに彼を崇拝する者たちが存在しております」
その拳が、僅かに震えていた。
方々手を尽くしたのだろう、それでも、黒の勇者カイルのカリスマ性は、衰えることはなかった。
討たれたという噂が立ったとしても、その姿が見えなくなっても、未だに黒の勇者の名の下に暴徒化した国民が、荒くれ者達が集い、勢力を増している。
――黒の勇者だったカイルは、数ヶ月前に確かに討たれた。
境界都市クラウゼリア――いや、当時はまだ名もなき拠点だったその地に攻め込み、そして、バニッシュ=クラウゼンによって斃された。
だが、それは拠点内部で起きた戦い、結界の内側で起きた事実、外部へと流れた情報は限られている。
ゆえに――噂だけが、歪みながら広がった。
「勇者はまだ生きている」
「封印されただけだ」
「王家が真実を隠している」
混乱は火種となり、やがて暴動は激しさを増していく。
王都は今、二つの不安に挟まれていた。
「それで……あのあり様ですか」
タナトスは静かにそう呟いた。
声音には皮肉も嘲りもない。
「……はい」
執政長官は短く答え、再び額の汗を拭った。
王都の現状を説明するには、この場はあまりに開け過ぎている。
それを悟ったのか、彼は一歩身を引き、恭しく手を差し出した。
「詳しい話は後ほど致します。まずは控え室の方へ」
ミュレアは無言で頷き、黒牙がその後ろをついて行く。
タナトスは顎に手を当てたまま、思索の色を浮かべつつ後に続いた。
案内された先は、王城内部でも格式の高い応接区画だった。
重厚な扉が開かれる。
広い部屋に豪奢な長く立派な一枚板のテーブルが中央に鎮座し、その両側には上質な装飾椅子が整然と並んでいる。
背もたれには王家の紋章が金糸で刺繍され、足元には厚手の絨毯が敷かれていた。
壁際には侍従と侍女が静かに控えている。
微動だにせず、視線も落とさず、命令を待つ人形のように。
タナトスはぐるりと室内を見渡す。
すでに何名か、各種族の代表らしき者たちが到着していた。
真っ先に目に入ったのは、小人族。
椅子にふんぞり返るように座っているが――足が床に届いておらず、ぷらぷらと揺れている。
テーブルの縁からちょこんと出ている頭だけが、こちらを値踏みするように見ている。
少し離れた場所では、背筋をぴんと伸ばし、腕を組んで静かに座る竜人族。
彫像のような威厳と僅かに揺れる尾、規則正しい呼吸が場に流されぬ絶対の自制かのようだ。
さらに視線を滑らせると壁際に異質な空気が漂う。
どうやって持ち込んだのか、明らかにこの部屋の調度と系統の違う豪奢なソファ。
そこに優雅に横たわるダークエルフ族。
片肘をつき、気怠げに笑い、隣の女の顎を指先で持ち上げて戯れている。
緊張感はないが、その瞳の奥には冷たい知性が潜んでいる。
遊んでいるようで、全てを観察している目だ。
タナトスは僅かに目を細める。
そして――視線を落とした先には、テーブルの一角に、数人で固まる影。
獣人族のようだが、質素どころか、ややみすぼらしい衣装。
警戒と不安が入り混じった眼差しで、周囲を窺っている。
さらに、少し離れた位置にも同じように不安な表情を浮かべるエルフ族。
整った容貌、整然とした衣装だが、どこか浮いている。
竜人族のような威圧感も、ダークエルフのような余裕もない。
「あの方たちは?」
タナトスは穏やかに問いかけた。
だが、その視線は明確に――獣人族とエルフ族の一団へ向けられている。
執政長官は一瞬だけ逡巡し、視線を同じ方向へと向けた。
「……あの者たちは、ルガンディアとエルフェインの生き残りの者たちです」
陥落した国と魔王侵攻の被害を受けた地。
「現在は我が王都で保護しております。……今回の会議にも、参加して頂こうかと」
言葉は丁寧だが、保護という響きの裏に、どこか距離がある。
「なるほど」
タナトスは短く答え、改めて彼らを観察した。
衣服は最低限の清潔さを保っている。怪我も目立たない。食事は与えられているだろう。
保護はされているが、尊重はされていない。
それは、扱いを見れば一目瞭然だった。
獣人族の若者が、警戒するようにこちらを見る。
エルフ族の女性が、不安を隠すように手を握りしめている。
王都は彼らを匿っている。
だが――王都は、彼らの味方ではない。
「それでは、私はこれで」
執政長官は一礼すると、どこか逃げるように控室を後にした。
重い扉が閉まる。
タナトスはその後ろ姿を一瞥し、小さく息を吐いた。
「どうぞ、ミュレア様」
タナトスは静かに椅子を一つ引いた。
ミュレアは一言も発さず、すっとその椅子へ腰を下ろした。
背後に、タナトスが立ち、さらにその隣に、黒牙が並び立つ。
しばらくの間、控室には、各種族の思惑と沈黙が重く沈殿していた。
その時、廊下の向こうから、騒がしい声が響く。
「――だから! 違うって言ってるでしょッ!」
甲高く、よく通る女の声。
続いて、慌てたような別の声。
「で、ですから……お静かに……さい……!」
執政長官の声だ。
控室の面々が一斉に扉へと視線を向ける。
声は次第に近づき――勢いよく扉が開かれた。
「それではこちらになりますので! しばらくお待ちください!」
半ば押し切るような執政長官の声と同時に、小さな影がぽん、と室内へ押し出される。
ぱたぱた、と軽い羽音と共に現れたのは――妖精族。
緑の髪、紫の瞳、人形のように整った愛らしい顔立ち。
背には、女神のような荘厳な翼ではない。
虫を思わせる、薄く小さな四枚の羽。
だがその周囲には、淡い光の粒が舞っている。
掌に収まるほどの小さな身体。
それでも、そこに立つ姿は妙に堂々としていた。
――ぱたん。
執政長官は妖精を中へ入れると、間髪入れず扉を閉める。
逃げるように足音はすぐに遠ざかっていった。
「ちょっと!」
妖精は声を上げ、慌てて扉へ飛ぶ。
小さな両手で取っ手を掴もうとするが――届かず、引っ張ってみるが、びくともしない。
「もうっ!」
ぷく、と頬を膨らませる。
羽音を立てながら、ふわりと空中へ舞い上がり、近くの椅子の背もたれへ移動し、ちょこんと腰を下ろす。
椅子の装飾の彫り込みが、まるで巨大な城壁のように見える。
小さな足をぶらぶらと揺らし、口を尖らせるその姿は、怒っているというより拗ねているようだ。
静寂の中、妖精族の不満げな羽音も次第に収まり、各種族はそれぞれの思惑を胸に沈黙していた。
そして――控室の扉が静かに叩かれ、ゆっくりと開く。
姿を現したのは、腰の曲がった老臣だった。
「……それでは皆様方、此方のほうへ」
老臣は踵を返し、歩き出す。
各種族の代表たちは無言で立ち上がった。
重厚な廊下を進む、高い天井、長く続く赤絨毯、壁に並ぶ歴代王の肖像。
やがて辿り着いたのは――王都・政庁評議の間。
大扉がゆっくりと開かれる。
広大な円形の空間。
中央には巨大な会議卓。
卓を囲むように、種族ごとの席が設けられている。
椅子の意匠、旗の色、彫刻の意匠。
それぞれが自らの誇りを主張するように異なっていた。
小人族の席は背もたれに精緻な装飾が刻まれ、竜人族の席は重厚な黒鉄で縁取られている。
獣人族とエルフ族の席は質素ながらも整えられているが、明らかに他より簡素だ。
ダークエルフ族の席だけは、艶やかな黒木で造られ、座面には濃紫の絨毯が敷かれている。
代表たちが順に席へ着く。
タナトスと黒牙も、ミュレアの後ろに並び立った。
竜人族は背筋を伸ばし、微動だにしない。
小人族は椅子によじ登るようにして座る。
獣人族はやや緊張した面持ちで、エルフ族は周囲を慎重に観察する。
そして――ダークエルフ族だけは、悠然と椅子に腰掛け、その膝には先ほどから連れている女を乗せている。
耳元で何かを囁き、女がくすりと笑う。
緊迫した評議の場に似つかわしくない光景。
最後に老臣が定位置に立つとやや遅れて、執政長官が壇上へ進み出た。
室内が静まり返る。
重厚な扉が閉じられる音が、やけに大きく響いた。
執政長官はゆっくりと周囲を見渡す。
集結した種族の代表たち。
疑念、誇り、不安、野心、それらが複雑に絡み合う視線が交差する。
「――これより種族連合臨時評議を、はじめる」
その宣言が、評議の間に重く落ちた。
この円卓の上で――世界の針路が問われようとしていた。
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※表紙のイラストはAIによるイメージです
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
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異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
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ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
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