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前編
朝陽の祝福と騎士の動揺
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窓の外から聞こえる小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝日。
エリュシオンの朝はいつも驚くほど穏やかで、私はその心地よさに身を委ねながら、ゆっくりと意識を浮上させた。ふかふかの枕の感触を楽しみながら、ふと、昨夜の出来事を思い出す。
(あ、そうだ……昨夜はゼノ様が……)
寝ぼけ眼でベッドの脇に視線を向けると、そこにはまだ、シーツを肩にかけたままカウチに身体を預けているゼノ様の姿があった。
最強の竜騎士と称えられる彼も、眠っている間はどこか幼さが残り、昨夜の張り詰めた気配はどこへやら、今はただ一人の「愛する人を守りたい青年」の顔をしている。
私がその無防備な寝顔をそっと見守り、心臓がトクンと跳ねた、まさにその時だった。
「――おやおや。扉の外で待つのも限界かと思って中に入ってみれば……想像以上に『騎士様』が職務に忠実だったようだね」
凛とした、けれどどこか楽しげな声。
扉が静かに、滑るような音を立てて開いた。そこに立っていたのは、白銀の髪を朝陽に輝かせたアポロ様だった。
「おはよう、ミア。……そして、相変わらず無用心な王子様」
アポロ様のターコイズブルーの瞳が、カウチで眠るゼノ様に向けられる。
その言葉に弾かれたように、ゼノ様が目を開けた。
「……アポロ? ……何をしている、お前は。ノックくらいしろと言ったはずだ」
ゼノ様は寝癖を直す間もなく立ち上がり、鋭い視線を幼なじみへ飛ばす。けれど、アポロ様は動じることなく、優雅な手つきでトレイをテーブルに置いた。
「ノックは三回したよ。君が気づかなかっただけさ。……しかし驚いたな。エリュシオンの第一皇子が、お披露目の翌朝に女性の寝室で、それもそんな端っこのカウチで丸まって寝ているなんて。噂好きの侍女たちが聞いたら、君の『高潔な騎士』という看板が泣いてしまうよ?」
アポロ様の言葉には、品格のある優雅さが宿っている。けれど、その瞳の奥には隠しきれない「面白がり」の光が宿っていた。
「……誤解を招くような言い方をするな。昨日の不穏な気配を受けて、僕はただの護衛としてここに留まっただけだ。扉を隔てていては、万が一の時に間に合わないだろう」
「ああ、そうだね。扉一枚の距離さえ耐えられないほど、君の愛は『重厚』だってことはよく分かったよ。……ミア、大丈夫だったかい? この堅物が夜中に『君を守るためだ』なんて言い訳をしながら、無理やり手を握って離さなかったりしなかった?」
「あ……」
昨夜、ゼノ様が私の手を握ってくれていたことを思い出し、私は顔を真っ赤にして俯いた。それを見たアポロ様は、満足そうに口角を上げる。
「はは! 図星か。まったく……ゼノ、君の過保護もここまで来ると芸術的だ。昨日のデートで当てられたと思ったら、夜までそんなに熱心に『勤務』に励んでいたとはね」
「アポロ……! き、貴様、なぜ昨日のことを……。それに、デ、デートだなんて、そんな浮ついたものでは……っ!」
ゼノ様が「デート」という単語に過剰に反応して、顔を真っ赤に染めて絶句した。
「おいおい、自覚がなかったのかい? 僕はエリュシオンの宮廷魔導師団長だよ。王都全域に張った僕の『探査網』に、昨日あんな不気味な魔力の揺らぎが引っかかったんだ。……まあ、ついでに君たちが仲睦まじくタルトを食べさせ合っている甘い光景も、魔力の波形からバッチリ伝わってきたけれどね。あれをデートと言わずになんと言うんだい?」
「タ、タルト……っ。お前、そこまで見て……!? 覗き見趣味も大概にしろ!」
「心外だな。僕は君を心配して探査の感度を上げていただけだよ。……おかげで、君がミアちゃんに現を抜かしている間に、僕はその魔力の残滓を追いかけることができたんだ。……からかうのはこれくらいにしよう。本題だ」
アポロ様の表情が、ふっと冷徹な魔導師のそれへと変わった。
「昨日の『視線』の主だけど……あれはサンクチュアリの刺客だった。鼠たちは、君を連れ戻す隙を虎視眈々と狙っている。……僕の探査を弾くほどの隠密魔術を使っているあたり、本気だろうね」
「私を……連れ戻す……」
ゼノ様の瞳が再び鋭さを取り戻し、私の肩を抱き寄せた。まだ顔には赤みが残っているけれど、その手は力強く、私を逃さないという意志に満ちている。
「……刺客か。ミア、心配しなくていい。彼らが何を企んでいようと、僕の目が届く範囲で、君に指一本触れさせるつもりはないよ」
「……その『目が届く範囲』が、寝室の数歩の距離ってわけだね。……まあ、いいさ。ミア、この男の独占欲を今は許してあげてくれ。君を守ることは、今や彼の生存本能みたいなものだからね」
アポロ様は少しだけ可笑しそうに肩をすくめると、淹れたての紅茶を私に差し出してくれた。
「しばらくは騒がしくなるだろう。だが安心して、ミア。君の騎士は、君が思うよりもずっと執念深くて強い。そして、僕の魔法も、君を追い詰める古い呪いには屈しないよ」
朝の光の中で、二人の男性が私を見守るように立っている。
一人は、情熱的な赤い瞳で私を愛し、守り抜こうとする騎士。もう一人は、風のように自由で、けれど確かな知恵で私たちの道を照らしてくれる魔導師。
「……アポロ。礼を言う。お前の言葉はいつも、少しだけ鼻につくが……助かるよ。だが、後でその『探査記録』はすべて消去しておけ」
「はは。検討しておこう」
それは、賑やかで、けれど凛とした空気が流れる朝のひとときだった。
エリュシオンの朝はいつも驚くほど穏やかで、私はその心地よさに身を委ねながら、ゆっくりと意識を浮上させた。ふかふかの枕の感触を楽しみながら、ふと、昨夜の出来事を思い出す。
(あ、そうだ……昨夜はゼノ様が……)
寝ぼけ眼でベッドの脇に視線を向けると、そこにはまだ、シーツを肩にかけたままカウチに身体を預けているゼノ様の姿があった。
最強の竜騎士と称えられる彼も、眠っている間はどこか幼さが残り、昨夜の張り詰めた気配はどこへやら、今はただ一人の「愛する人を守りたい青年」の顔をしている。
私がその無防備な寝顔をそっと見守り、心臓がトクンと跳ねた、まさにその時だった。
「――おやおや。扉の外で待つのも限界かと思って中に入ってみれば……想像以上に『騎士様』が職務に忠実だったようだね」
凛とした、けれどどこか楽しげな声。
扉が静かに、滑るような音を立てて開いた。そこに立っていたのは、白銀の髪を朝陽に輝かせたアポロ様だった。
「おはよう、ミア。……そして、相変わらず無用心な王子様」
アポロ様のターコイズブルーの瞳が、カウチで眠るゼノ様に向けられる。
その言葉に弾かれたように、ゼノ様が目を開けた。
「……アポロ? ……何をしている、お前は。ノックくらいしろと言ったはずだ」
ゼノ様は寝癖を直す間もなく立ち上がり、鋭い視線を幼なじみへ飛ばす。けれど、アポロ様は動じることなく、優雅な手つきでトレイをテーブルに置いた。
「ノックは三回したよ。君が気づかなかっただけさ。……しかし驚いたな。エリュシオンの第一皇子が、お披露目の翌朝に女性の寝室で、それもそんな端っこのカウチで丸まって寝ているなんて。噂好きの侍女たちが聞いたら、君の『高潔な騎士』という看板が泣いてしまうよ?」
アポロ様の言葉には、品格のある優雅さが宿っている。けれど、その瞳の奥には隠しきれない「面白がり」の光が宿っていた。
「……誤解を招くような言い方をするな。昨日の不穏な気配を受けて、僕はただの護衛としてここに留まっただけだ。扉を隔てていては、万が一の時に間に合わないだろう」
「ああ、そうだね。扉一枚の距離さえ耐えられないほど、君の愛は『重厚』だってことはよく分かったよ。……ミア、大丈夫だったかい? この堅物が夜中に『君を守るためだ』なんて言い訳をしながら、無理やり手を握って離さなかったりしなかった?」
「あ……」
昨夜、ゼノ様が私の手を握ってくれていたことを思い出し、私は顔を真っ赤にして俯いた。それを見たアポロ様は、満足そうに口角を上げる。
「はは! 図星か。まったく……ゼノ、君の過保護もここまで来ると芸術的だ。昨日のデートで当てられたと思ったら、夜までそんなに熱心に『勤務』に励んでいたとはね」
「アポロ……! き、貴様、なぜ昨日のことを……。それに、デ、デートだなんて、そんな浮ついたものでは……っ!」
ゼノ様が「デート」という単語に過剰に反応して、顔を真っ赤に染めて絶句した。
「おいおい、自覚がなかったのかい? 僕はエリュシオンの宮廷魔導師団長だよ。王都全域に張った僕の『探査網』に、昨日あんな不気味な魔力の揺らぎが引っかかったんだ。……まあ、ついでに君たちが仲睦まじくタルトを食べさせ合っている甘い光景も、魔力の波形からバッチリ伝わってきたけれどね。あれをデートと言わずになんと言うんだい?」
「タ、タルト……っ。お前、そこまで見て……!? 覗き見趣味も大概にしろ!」
「心外だな。僕は君を心配して探査の感度を上げていただけだよ。……おかげで、君がミアちゃんに現を抜かしている間に、僕はその魔力の残滓を追いかけることができたんだ。……からかうのはこれくらいにしよう。本題だ」
アポロ様の表情が、ふっと冷徹な魔導師のそれへと変わった。
「昨日の『視線』の主だけど……あれはサンクチュアリの刺客だった。鼠たちは、君を連れ戻す隙を虎視眈々と狙っている。……僕の探査を弾くほどの隠密魔術を使っているあたり、本気だろうね」
「私を……連れ戻す……」
ゼノ様の瞳が再び鋭さを取り戻し、私の肩を抱き寄せた。まだ顔には赤みが残っているけれど、その手は力強く、私を逃さないという意志に満ちている。
「……刺客か。ミア、心配しなくていい。彼らが何を企んでいようと、僕の目が届く範囲で、君に指一本触れさせるつもりはないよ」
「……その『目が届く範囲』が、寝室の数歩の距離ってわけだね。……まあ、いいさ。ミア、この男の独占欲を今は許してあげてくれ。君を守ることは、今や彼の生存本能みたいなものだからね」
アポロ様は少しだけ可笑しそうに肩をすくめると、淹れたての紅茶を私に差し出してくれた。
「しばらくは騒がしくなるだろう。だが安心して、ミア。君の騎士は、君が思うよりもずっと執念深くて強い。そして、僕の魔法も、君を追い詰める古い呪いには屈しないよ」
朝の光の中で、二人の男性が私を見守るように立っている。
一人は、情熱的な赤い瞳で私を愛し、守り抜こうとする騎士。もう一人は、風のように自由で、けれど確かな知恵で私たちの道を照らしてくれる魔導師。
「……アポロ。礼を言う。お前の言葉はいつも、少しだけ鼻につくが……助かるよ。だが、後でその『探査記録』はすべて消去しておけ」
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それは、賑やかで、けれど凛とした空気が流れる朝のひとときだった。
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