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後編
銀の案内人
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王都の活気が遠ざかり、眼下に広がる景色が深い緑の海へと変わっていく。
私は、ゼノ様の逞しい腕の中に包まれながら、黒龍の背に揺られていた。
鱗を走る魔力の脈動は、まるでこの巨大な生き物が私の心臓と共鳴しているかのように力強く、そしてどこまでも温かかった。感覚を失いつつある私にとって、その微かな「生命の揺らぎ」だけが、自分が生きている証であった。
「ミア、寒くないかい? 高度の夜風は君の身体には毒だ。僕の外套をもっと深く被るといい」
「大丈夫です、ゼノ様。……空から見る星が、あんなに近くに見えるなんて。おばあちゃんのお話は、本当だったのですね」
私の言葉に、ゼノ様は何も言わず、ただ私の腰を抱く腕の力を僅かに強めた。彼の情熱的な赤い瞳は、暗闇の中でも星の光を反射して、私という存在だけを熱心に守り抜こうとしている。
やがて、黒龍は湖畔のほとりにある開かれた草原へと静かに降り立った。
日が完全に落ち、世界が深い藍色に染まる頃。アポロ様が杖を一振りすると、何もない空間に、王宮の私室と見紛うばかりの優雅な天幕と、温かな魔力の灯火が立ち現れた。
「さて。聖地までの長旅だ。初夜くらいは贅沢に過ごそうじゃないか。……ゼノ、君は薪でも拾ってきなよ。ミアちゃんには僕の淹れた特製の薬湯で、魔力の流出を抑えてもらうからさ」
「アポロ。……僕の許可なく彼女に触れるなよ」
ゼノ様はいつものようにアポロ様と軽い火花を散らしていたが、その表情にはどこか晴れやかな余裕があった。彼は私に「すぐ戻る」と言い残し、金髪を夜風になびかせて森の奥へと消えていった。
焚き火の爆ぜる音が、湖畔の静寂にリズムを刻む。
アポロ様は銀髪を揺らしながら、私に温かいカップを差し出した。
「ミアちゃん。……君をこの旅に連れ出すことに、ゼノは最後まで反対していたんだよ。君を安全な部屋に閉じ込めて、一生自分が守り抜くのが、あいつにとっての正解だったからね」
「……ゼノ様が?」
「でも、君が『行きたい』と言った瞬間、あいつは諦めた。……君の意志を尊重することが、本当の愛だと気づいたんだろうね。……だから、安心していい。あいつの執着は、いまや君への信頼に変わっている」
アポロ様の言葉が、胸の奥を熱く満たしていく。
そこへ、山盛りの薪を抱えたゼノ様が戻ってきた。彼は私たちが親しげに話しているのを見て、僅かに赤い瞳を細めたが、すぐに私に歩み寄り、当然のように私の隣に座った。
「ミア、身体は冷えていないか? ……アポロ、お前はそろそろ自分の天幕へ帰れ。ここからは二人だけの時間だ」
「やれやれ。……おやすみ、二人とも」
アポロ様が夜の静寂へと姿を消したあと。
焚き火の光に照らされたゼノ様は、私の手をそっと取り、その掌に自分の大きな手を重ねた。
「……ミア。僕は、あの日君と出会った自分を、生涯の幸運者だと思っている。……君が感覚を失ったというなら、僕が君に代わって世界に触れよう。君が冷たいというなら、僕が一生をかけて君を温め続けよう」
ゼノ様は私の指先に、祈るように自分の指を絡ませた。
不吉な影と呼ばれた少女の、本当の「幸せ」を探す旅。
最強の槍と、最高の知恵。そして漆黒の龍。
あまりにも贅沢な守護に囲まれながら、私は「明日が来るのが楽しみだ」と思いながら、深い安らぎの中で眠りについたのである。
私は、ゼノ様の逞しい腕の中に包まれながら、黒龍の背に揺られていた。
鱗を走る魔力の脈動は、まるでこの巨大な生き物が私の心臓と共鳴しているかのように力強く、そしてどこまでも温かかった。感覚を失いつつある私にとって、その微かな「生命の揺らぎ」だけが、自分が生きている証であった。
「ミア、寒くないかい? 高度の夜風は君の身体には毒だ。僕の外套をもっと深く被るといい」
「大丈夫です、ゼノ様。……空から見る星が、あんなに近くに見えるなんて。おばあちゃんのお話は、本当だったのですね」
私の言葉に、ゼノ様は何も言わず、ただ私の腰を抱く腕の力を僅かに強めた。彼の情熱的な赤い瞳は、暗闇の中でも星の光を反射して、私という存在だけを熱心に守り抜こうとしている。
やがて、黒龍は湖畔のほとりにある開かれた草原へと静かに降り立った。
日が完全に落ち、世界が深い藍色に染まる頃。アポロ様が杖を一振りすると、何もない空間に、王宮の私室と見紛うばかりの優雅な天幕と、温かな魔力の灯火が立ち現れた。
「さて。聖地までの長旅だ。初夜くらいは贅沢に過ごそうじゃないか。……ゼノ、君は薪でも拾ってきなよ。ミアちゃんには僕の淹れた特製の薬湯で、魔力の流出を抑えてもらうからさ」
「アポロ。……僕の許可なく彼女に触れるなよ」
ゼノ様はいつものようにアポロ様と軽い火花を散らしていたが、その表情にはどこか晴れやかな余裕があった。彼は私に「すぐ戻る」と言い残し、金髪を夜風になびかせて森の奥へと消えていった。
焚き火の爆ぜる音が、湖畔の静寂にリズムを刻む。
アポロ様は銀髪を揺らしながら、私に温かいカップを差し出した。
「ミアちゃん。……君をこの旅に連れ出すことに、ゼノは最後まで反対していたんだよ。君を安全な部屋に閉じ込めて、一生自分が守り抜くのが、あいつにとっての正解だったからね」
「……ゼノ様が?」
「でも、君が『行きたい』と言った瞬間、あいつは諦めた。……君の意志を尊重することが、本当の愛だと気づいたんだろうね。……だから、安心していい。あいつの執着は、いまや君への信頼に変わっている」
アポロ様の言葉が、胸の奥を熱く満たしていく。
そこへ、山盛りの薪を抱えたゼノ様が戻ってきた。彼は私たちが親しげに話しているのを見て、僅かに赤い瞳を細めたが、すぐに私に歩み寄り、当然のように私の隣に座った。
「ミア、身体は冷えていないか? ……アポロ、お前はそろそろ自分の天幕へ帰れ。ここからは二人だけの時間だ」
「やれやれ。……おやすみ、二人とも」
アポロ様が夜の静寂へと姿を消したあと。
焚き火の光に照らされたゼノ様は、私の手をそっと取り、その掌に自分の大きな手を重ねた。
「……ミア。僕は、あの日君と出会った自分を、生涯の幸運者だと思っている。……君が感覚を失ったというなら、僕が君に代わって世界に触れよう。君が冷たいというなら、僕が一生をかけて君を温め続けよう」
ゼノ様は私の指先に、祈るように自分の指を絡ませた。
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あまりにも贅沢な守護に囲まれながら、私は「明日が来るのが楽しみだ」と思いながら、深い安らぎの中で眠りについたのである。
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