【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ

文字の大きさ
29 / 37
後編

鉄の鳥

しおりを挟む
旅の二日目。黒龍の背から見下ろす世界は、一面の白い海に覆われていた。

 エリュシオンの北方に広がる峻険な連峰。ここを越えるための空の路は、常に深い霧に包まれている。漆黒の鱗に赤く発光する魔力の脈動が走る。
黒龍の身体は、私の微かな生命を繋ぎ止めるように熱を帯びていたが、私の指先は、あの爆発以来、氷のように冷え切ったままであった。

​「ミア、寒くないかい? もう少し高度を下げようか」

​ 私の腰を背後から包み込んでいるゼノ様の声。耳元を掠める彼の吐息だけが、いまの私にとって唯一の「熱」であった。彼の情熱的な赤い瞳が、霧の向こう側を射抜く。

​「……ゼノ、止まれ。嫌な風が吹いているよ」

​ 私たちのすぐ横。アポロ様が、何もない空中に「透明な足場」を編み上げ、まるで散歩でもしているかのような優雅さで並走していた。彼は杖を軽く振ると、私たちの周囲の霧を追い払った。

​「宮廷魔導師ともなると、空を歩くくらいは造作もないことなんだね」

​「まあね。でも、この先はそんな冗談も言ってられない。……見てごらん。鉄の臭いが近づいてくるよ」

​ アポロ様が指差した先。純白の雲海を割って姿を現したのは、生物の美しさとは無縁の、鉄と油の塊――バルガ帝国の魔導飛行艦であった。それは、巨大な鉄の鳥が咆哮を上げているかのようで、見るだけで胸が締め付けられるような圧迫感を放っていた。

​「……懲りない連中だ。アポロの結界を破るために、今度はあんな巨大な『鍵』を持ち出してきたのか」

​ ゼノ様が低く呻く。

 帝国の船の先端には、巨大な水晶の槍のような装置が取り付けられていた。あれは魔法そのものを「砕く」ための道具なのだと、アポロ様が眉を寄せて説明してくれた。

​「あれは厄介だ。僕の魔法を解析するんじゃなくて、力任せに『波形』をぶつけて壊そうとしている。……それに、外の黒龍を眠らせるための薬も、霧に混ぜて撒き始めたようだ」

​ その言葉通り、黒龍の動きが僅かに鈍くなり、鱗を走る赤い脈動が弱まっていく。

 私の内側にある「冷たい種」が、あの鉄の船に呼応するように疼いた。

​「……ゼノ様。私、分かります。あの船、私の力を無理やり奪おうとしている……。私の光を吸い込んで、自分たちの力に変えようとしているんです」

​ 私が震える声で告げると、ゼノ様の瞳に炎が宿った。彼は私の肩を一度だけ強く抱き寄せると、そのまま私の前に立ち塞がった。

​「ミア、心配しなくていい。……アポロ、お前は龍が眠らないよう、浄化の風を回せ。……あの鉄の屑どもは、僕がこの魔槍で貫いてやる」

​ ゼノ様が右手を一閃させると、虚空から真紅の稲妻を纏った白銀の槍が姿を現した。

 最強の騎士が、愛する人を守るために再びその「牙」を剥く。

​「ミア、僕から離れないで。……君が感覚を失ったというなら、僕のこの槍の響きを、君の魂に刻んであげるから」

​ ゼノ様は不敵に微笑み、黒龍を加速させた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殿下から「華のない女」と婚約破棄されましたが、王国の食糧庫を支えていたのは、実は私です

水上
恋愛
【全11話完結】 見た目重視の王太子に婚約破棄された公爵令嬢ルシア。 だが彼女は、高度な保存食技術で王国の兵站を支える人物だった。 そんな彼女を拾ったのは、強面の辺境伯グレン。 「俺は装飾品より、屋台骨を愛する」と実力を認められたルシアは、泥臭い川魚を売れる商品に変え、害獣を絶品ソーセージへと変えていく! 一方、ルシアを失った王宮は食糧難と火災で破滅の道へ……。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。

猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。 ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。 しかし、一年前。同じ場所での結婚式では―― 見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。 「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」 確かに愛のない政略結婚だったけれど。 ――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。 「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」 仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。 シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕! ――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。 ※「小説家になろう」にも掲載。 ※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。

【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。

朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。 ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――

完結 女性に興味が無い侯爵様、私は自由に生きます

ヴァンドール
恋愛
私は絵を描いて暮らせるならそれだけで幸せ! そんな私に好都合な相手が。 女性に興味が無く仕事一筋で冷徹と噂の侯爵様との縁談が。 ただ面倒くさい従妹という令嬢がもれなく付いてきました。

逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。

みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。 ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。 失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。 ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。 こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。 二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...