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後編
鉄の鳥
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旅の二日目。黒龍の背から見下ろす世界は、一面の白い海に覆われていた。
エリュシオンの北方に広がる峻険な連峰。ここを越えるための空の路は、常に深い霧に包まれている。漆黒の鱗に赤く発光する魔力の脈動が走る。
黒龍の身体は、私の微かな生命を繋ぎ止めるように熱を帯びていたが、私の指先は、あの爆発以来、氷のように冷え切ったままであった。
「ミア、寒くないかい? もう少し高度を下げようか」
私の腰を背後から包み込んでいるゼノ様の声。耳元を掠める彼の吐息だけが、いまの私にとって唯一の「熱」であった。彼の情熱的な赤い瞳が、霧の向こう側を射抜く。
「……ゼノ、止まれ。嫌な風が吹いているよ」
私たちのすぐ横。アポロ様が、何もない空中に「透明な足場」を編み上げ、まるで散歩でもしているかのような優雅さで並走していた。彼は杖を軽く振ると、私たちの周囲の霧を追い払った。
「宮廷魔導師ともなると、空を歩くくらいは造作もないことなんだね」
「まあね。でも、この先はそんな冗談も言ってられない。……見てごらん。鉄の臭いが近づいてくるよ」
アポロ様が指差した先。純白の雲海を割って姿を現したのは、生物の美しさとは無縁の、鉄と油の塊――バルガ帝国の魔導飛行艦であった。それは、巨大な鉄の鳥が咆哮を上げているかのようで、見るだけで胸が締め付けられるような圧迫感を放っていた。
「……懲りない連中だ。アポロの結界を破るために、今度はあんな巨大な『鍵』を持ち出してきたのか」
ゼノ様が低く呻く。
帝国の船の先端には、巨大な水晶の槍のような装置が取り付けられていた。あれは魔法そのものを「砕く」ための道具なのだと、アポロ様が眉を寄せて説明してくれた。
「あれは厄介だ。僕の魔法を解析するんじゃなくて、力任せに『波形』をぶつけて壊そうとしている。……それに、外の黒龍を眠らせるための薬も、霧に混ぜて撒き始めたようだ」
その言葉通り、黒龍の動きが僅かに鈍くなり、鱗を走る赤い脈動が弱まっていく。
私の内側にある「冷たい種」が、あの鉄の船に呼応するように疼いた。
「……ゼノ様。私、分かります。あの船、私の力を無理やり奪おうとしている……。私の光を吸い込んで、自分たちの力に変えようとしているんです」
私が震える声で告げると、ゼノ様の瞳に炎が宿った。彼は私の肩を一度だけ強く抱き寄せると、そのまま私の前に立ち塞がった。
「ミア、心配しなくていい。……アポロ、お前は龍が眠らないよう、浄化の風を回せ。……あの鉄の屑どもは、僕がこの魔槍で貫いてやる」
ゼノ様が右手を一閃させると、虚空から真紅の稲妻を纏った白銀の槍が姿を現した。
最強の騎士が、愛する人を守るために再びその「牙」を剥く。
「ミア、僕から離れないで。……君が感覚を失ったというなら、僕のこの槍の響きを、君の魂に刻んであげるから」
ゼノ様は不敵に微笑み、黒龍を加速させた。
エリュシオンの北方に広がる峻険な連峰。ここを越えるための空の路は、常に深い霧に包まれている。漆黒の鱗に赤く発光する魔力の脈動が走る。
黒龍の身体は、私の微かな生命を繋ぎ止めるように熱を帯びていたが、私の指先は、あの爆発以来、氷のように冷え切ったままであった。
「ミア、寒くないかい? もう少し高度を下げようか」
私の腰を背後から包み込んでいるゼノ様の声。耳元を掠める彼の吐息だけが、いまの私にとって唯一の「熱」であった。彼の情熱的な赤い瞳が、霧の向こう側を射抜く。
「……ゼノ、止まれ。嫌な風が吹いているよ」
私たちのすぐ横。アポロ様が、何もない空中に「透明な足場」を編み上げ、まるで散歩でもしているかのような優雅さで並走していた。彼は杖を軽く振ると、私たちの周囲の霧を追い払った。
「宮廷魔導師ともなると、空を歩くくらいは造作もないことなんだね」
「まあね。でも、この先はそんな冗談も言ってられない。……見てごらん。鉄の臭いが近づいてくるよ」
アポロ様が指差した先。純白の雲海を割って姿を現したのは、生物の美しさとは無縁の、鉄と油の塊――バルガ帝国の魔導飛行艦であった。それは、巨大な鉄の鳥が咆哮を上げているかのようで、見るだけで胸が締め付けられるような圧迫感を放っていた。
「……懲りない連中だ。アポロの結界を破るために、今度はあんな巨大な『鍵』を持ち出してきたのか」
ゼノ様が低く呻く。
帝国の船の先端には、巨大な水晶の槍のような装置が取り付けられていた。あれは魔法そのものを「砕く」ための道具なのだと、アポロ様が眉を寄せて説明してくれた。
「あれは厄介だ。僕の魔法を解析するんじゃなくて、力任せに『波形』をぶつけて壊そうとしている。……それに、外の黒龍を眠らせるための薬も、霧に混ぜて撒き始めたようだ」
その言葉通り、黒龍の動きが僅かに鈍くなり、鱗を走る赤い脈動が弱まっていく。
私の内側にある「冷たい種」が、あの鉄の船に呼応するように疼いた。
「……ゼノ様。私、分かります。あの船、私の力を無理やり奪おうとしている……。私の光を吸い込んで、自分たちの力に変えようとしているんです」
私が震える声で告げると、ゼノ様の瞳に炎が宿った。彼は私の肩を一度だけ強く抱き寄せると、そのまま私の前に立ち塞がった。
「ミア、心配しなくていい。……アポロ、お前は龍が眠らないよう、浄化の風を回せ。……あの鉄の屑どもは、僕がこの魔槍で貫いてやる」
ゼノ様が右手を一閃させると、虚空から真紅の稲妻を纏った白銀の槍が姿を現した。
最強の騎士が、愛する人を守るために再びその「牙」を剥く。
「ミア、僕から離れないで。……君が感覚を失ったというなら、僕のこの槍の響きを、君の魂に刻んであげるから」
ゼノ様は不敵に微笑み、黒龍を加速させた。
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