37 / 37
後編
星降る楽園の守護者たち
しおりを挟む
頭上に戴いた黄金の王冠は、不思議なほどに軽かった。
かつてあのお城の地下室で、目に見えない「不吉」という名の重石に押し潰されていた日々を思えば、この国の未来を背負う証は、羽毛のような優しささえ帯びている。
「……終わったのか、本当に」
背後から響く、低く、けれど慈しみに満ちた声。
振り返ると、そこには正装を僅かに崩したゼノ様の姿があった。王族の礼装を纏った彼は、夕陽を浴びて燃えるような金髪を輝かせている。そして、私を見つめるその情熱的な赤い瞳には、もはや私を失うことへの焦燥も、独りよがりな執着も宿っていない。
そこにあるのは、対等な愛を誓い合った一人の男としての、深い安堵と誇りであった。
「はい、ゼノ様。……空気が、とても澄んでいます。私、こんなに遠くの草花の呼吸を感じ取れるなんて、思いもしませんでした」
私が微笑むと、ゼノ様はゆっくりと歩み寄り、私の手をそっと取った。
「温かい……ですね、ゼノ様」
「……ああ。君の光が、僕の魂まで温め直してくれたからね。ミア……改めて言わせてほしい。僕の隣を選んでくれて、ありがとう。君がいたから、僕はただの『最強の竜騎士』ではなく、一人の『人間』になれたんだ」
ゼノ様は私の掌に深く顔を寄せ、祈るように目を閉じた。
あの日、泥にまみれた私を救い出したのは彼だった。けれど、孤独な騎士であった彼を救ったのもまた、私の「光」であったのだ。
その時。
テラスの柵に、音もなくひらりと舞い降りた影があった。
「やれやれ。戴冠式の主役が、こんなところで油を売っているとはね。陛下が血眼になって君たちを探しているよ?」
白銀の髪を夜風になびかせ、アポロ様が不敵な笑みを浮かべていた。彼の瞳は、浄化された世界を映し出し、いつになく穏やかな光を湛えている。
「アポロ。……お前、空気を読むという言葉を知らないのか」
「知っているさ。だからこそ、君が彼女をどこかへ連れ去って、また『一秒も離さない』なんて言い出す前に釘を刺しに来たんだよ。……ミアちゃん、本当におめでとう。君の光は、僕が今まで積み上げてきたどの魔導理論よりも美しかった」
アポロ様は杖をくるりと回し、私に向かって優雅に一礼した。
「バルガ帝国は完全に武装を解除し、君が植物園に変えた要塞を『平和の象徴』として維持することを決めた。サンクチュアリの地下牢にいる連中も、君の戴冠の報せを聞いて、自分たちが何を失ったのかを……一生、闇の中で反芻することになるだろうね」
アポロ様の言葉は、私の過去という名の毒を、一滴残らず消し去ってくれる魔法のようだった。
私はもう、影ではない。
私は、私を愛し、信頼してくれる人たちと共に歩む、この世界の「光」そのものなのだ。
「さて。お邪魔虫は退散するとしよう。……ゼノ。あまり彼女を疲れさせないようにね。明日の朝食も、君の美味しい手料理を期待しているよ」
アポロ様はそう言ってウィンクを投げると、風に溶けるように夜空へと消えていった。
後に残されたのは、私たち二人と、庭の隅で静かに羽を休める黒龍の気配だけ。
「ミア。……行こうか」
ゼノ様に促され、私たちは黒龍の元へと歩んだ。
私が龍の鼻先に触れると、彼は愛おしそうに私の黒髪を鼻息で揺らし、低い喉鳴りを上げた。
「黒龍さんも、喜んでいますね」
「ああ。……僕も、こいつも、そしてこのエリュシオンのすべてが、君という奇跡を祝福している」
ゼノ様は私を軽々と抱きかかえ、龍の背へと乗せた。
私たちは夜の空へと舞い上がった。
眼下に広がるのは、もはや呪いも瘴気もない、どこまでも清らかな光の海。バルガ帝国が遺した鉄の要塞は、いまや私の光によって色とりどりの花々が咲き乱れる空中庭園へと姿を変え、平和の象徴として空に浮かんでいた。
私が一歩ずつ取り戻してきた「感覚」が、夜風の冷たさを、ゼノ様の腕の強さを、そして未来への希望を、鮮やかに私に伝えてくる。
「……ゼノ様、私、この景色をずっと忘れません」
「これからも毎日、今日よりも美しい景色を君に見せ続けよう。それが、君の騎士になった僕の、生涯の誓いだ。……ミア。愛しているよ、世界中の誰よりも」
ゼノ様は私の首筋に顔を寄せ、深く、愛おしそうに囁いた。
不吉な影と呼ばれた少女の物語は、いま本当の『楽園』に辿り着いた。
隣には、私を命がけで守り、一人の女性として尊重し続けてくれる、最高の騎士様がいる。
これから私たちがどのような道を進み、どのような奇跡を積み重ねていくのか。
それはまだ、誰にも描かれていない白紙の物語。
けれど、繋がれた手の熱が。
共に夜空を駆ける黒龍の咆哮が。
私たちの愛が、永遠にこの世界を照らし続ける灯火になるのだと、静かに物語っていた。
夜の帳が降り、満天の星々が二人を祝福するように瞬く。
黄金の騎士と、夜の女神。
二人の歩む楽園の道は、希望に満ちた夜明けへと向かって、どこまでも明るく続いていくのである。
かつてあのお城の地下室で、目に見えない「不吉」という名の重石に押し潰されていた日々を思えば、この国の未来を背負う証は、羽毛のような優しささえ帯びている。
「……終わったのか、本当に」
背後から響く、低く、けれど慈しみに満ちた声。
振り返ると、そこには正装を僅かに崩したゼノ様の姿があった。王族の礼装を纏った彼は、夕陽を浴びて燃えるような金髪を輝かせている。そして、私を見つめるその情熱的な赤い瞳には、もはや私を失うことへの焦燥も、独りよがりな執着も宿っていない。
そこにあるのは、対等な愛を誓い合った一人の男としての、深い安堵と誇りであった。
「はい、ゼノ様。……空気が、とても澄んでいます。私、こんなに遠くの草花の呼吸を感じ取れるなんて、思いもしませんでした」
私が微笑むと、ゼノ様はゆっくりと歩み寄り、私の手をそっと取った。
「温かい……ですね、ゼノ様」
「……ああ。君の光が、僕の魂まで温め直してくれたからね。ミア……改めて言わせてほしい。僕の隣を選んでくれて、ありがとう。君がいたから、僕はただの『最強の竜騎士』ではなく、一人の『人間』になれたんだ」
ゼノ様は私の掌に深く顔を寄せ、祈るように目を閉じた。
あの日、泥にまみれた私を救い出したのは彼だった。けれど、孤独な騎士であった彼を救ったのもまた、私の「光」であったのだ。
その時。
テラスの柵に、音もなくひらりと舞い降りた影があった。
「やれやれ。戴冠式の主役が、こんなところで油を売っているとはね。陛下が血眼になって君たちを探しているよ?」
白銀の髪を夜風になびかせ、アポロ様が不敵な笑みを浮かべていた。彼の瞳は、浄化された世界を映し出し、いつになく穏やかな光を湛えている。
「アポロ。……お前、空気を読むという言葉を知らないのか」
「知っているさ。だからこそ、君が彼女をどこかへ連れ去って、また『一秒も離さない』なんて言い出す前に釘を刺しに来たんだよ。……ミアちゃん、本当におめでとう。君の光は、僕が今まで積み上げてきたどの魔導理論よりも美しかった」
アポロ様は杖をくるりと回し、私に向かって優雅に一礼した。
「バルガ帝国は完全に武装を解除し、君が植物園に変えた要塞を『平和の象徴』として維持することを決めた。サンクチュアリの地下牢にいる連中も、君の戴冠の報せを聞いて、自分たちが何を失ったのかを……一生、闇の中で反芻することになるだろうね」
アポロ様の言葉は、私の過去という名の毒を、一滴残らず消し去ってくれる魔法のようだった。
私はもう、影ではない。
私は、私を愛し、信頼してくれる人たちと共に歩む、この世界の「光」そのものなのだ。
「さて。お邪魔虫は退散するとしよう。……ゼノ。あまり彼女を疲れさせないようにね。明日の朝食も、君の美味しい手料理を期待しているよ」
アポロ様はそう言ってウィンクを投げると、風に溶けるように夜空へと消えていった。
後に残されたのは、私たち二人と、庭の隅で静かに羽を休める黒龍の気配だけ。
「ミア。……行こうか」
ゼノ様に促され、私たちは黒龍の元へと歩んだ。
私が龍の鼻先に触れると、彼は愛おしそうに私の黒髪を鼻息で揺らし、低い喉鳴りを上げた。
「黒龍さんも、喜んでいますね」
「ああ。……僕も、こいつも、そしてこのエリュシオンのすべてが、君という奇跡を祝福している」
ゼノ様は私を軽々と抱きかかえ、龍の背へと乗せた。
私たちは夜の空へと舞い上がった。
眼下に広がるのは、もはや呪いも瘴気もない、どこまでも清らかな光の海。バルガ帝国が遺した鉄の要塞は、いまや私の光によって色とりどりの花々が咲き乱れる空中庭園へと姿を変え、平和の象徴として空に浮かんでいた。
私が一歩ずつ取り戻してきた「感覚」が、夜風の冷たさを、ゼノ様の腕の強さを、そして未来への希望を、鮮やかに私に伝えてくる。
「……ゼノ様、私、この景色をずっと忘れません」
「これからも毎日、今日よりも美しい景色を君に見せ続けよう。それが、君の騎士になった僕の、生涯の誓いだ。……ミア。愛しているよ、世界中の誰よりも」
ゼノ様は私の首筋に顔を寄せ、深く、愛おしそうに囁いた。
不吉な影と呼ばれた少女の物語は、いま本当の『楽園』に辿り着いた。
隣には、私を命がけで守り、一人の女性として尊重し続けてくれる、最高の騎士様がいる。
これから私たちがどのような道を進み、どのような奇跡を積み重ねていくのか。
それはまだ、誰にも描かれていない白紙の物語。
けれど、繋がれた手の熱が。
共に夜空を駆ける黒龍の咆哮が。
私たちの愛が、永遠にこの世界を照らし続ける灯火になるのだと、静かに物語っていた。
夜の帳が降り、満天の星々が二人を祝福するように瞬く。
黄金の騎士と、夜の女神。
二人の歩む楽園の道は、希望に満ちた夜明けへと向かって、どこまでも明るく続いていくのである。
48
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
殿下から「華のない女」と婚約破棄されましたが、王国の食糧庫を支えていたのは、実は私です
水上
恋愛
【全11話完結】
見た目重視の王太子に婚約破棄された公爵令嬢ルシア。
だが彼女は、高度な保存食技術で王国の兵站を支える人物だった。
そんな彼女を拾ったのは、強面の辺境伯グレン。
「俺は装飾品より、屋台骨を愛する」と実力を認められたルシアは、泥臭い川魚を売れる商品に変え、害獣を絶品ソーセージへと変えていく!
一方、ルシアを失った王宮は食糧難と火災で破滅の道へ……。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。
猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。
ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。
しかし、一年前。同じ場所での結婚式では――
見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。
「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」
確かに愛のない政略結婚だったけれど。
――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。
「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」
仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。
シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕!
――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。
※「小説家になろう」にも掲載。
※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
完結 女性に興味が無い侯爵様、私は自由に生きます
ヴァンドール
恋愛
私は絵を描いて暮らせるならそれだけで幸せ!
そんな私に好都合な相手が。
女性に興味が無く仕事一筋で冷徹と噂の侯爵様との縁談が。 ただ面倒くさい従妹という令嬢がもれなく付いてきました。
逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。
みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。
ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。
失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。
ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。
こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。
二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる