【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ

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後編

星降る楽園の守護者たち

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​ 頭上に戴いた黄金の王冠は、不思議なほどに軽かった。

 かつてあのお城の地下室で、目に見えない「不吉」という名の重石に押し潰されていた日々を思えば、この国の未来を背負う証は、羽毛のような優しささえ帯びている。

​「……終わったのか、本当に」

​ 背後から響く、低く、けれど慈しみに満ちた声。

 振り返ると、そこには正装を僅かに崩したゼノ様の姿があった。王族の礼装を纏った彼は、夕陽を浴びて燃えるような金髪を輝かせている。そして、私を見つめるその情熱的な赤い瞳には、もはや私を失うことへの焦燥も、独りよがりな執着も宿っていない。

 そこにあるのは、対等な愛を誓い合った一人の男としての、深い安堵と誇りであった。

​「はい、ゼノ様。……空気が、とても澄んでいます。私、こんなに遠くの草花の呼吸を感じ取れるなんて、思いもしませんでした」

​ 私が微笑むと、ゼノ様はゆっくりと歩み寄り、私の手をそっと取った。

​「温かい……ですね、ゼノ様」

​「……ああ。君の光が、僕の魂まで温め直してくれたからね。ミア……改めて言わせてほしい。僕の隣を選んでくれて、ありがとう。君がいたから、僕はただの『最強の竜騎士』ではなく、一人の『人間』になれたんだ」

​ ゼノ様は私の掌に深く顔を寄せ、祈るように目を閉じた。

 あの日、泥にまみれた私を救い出したのは彼だった。けれど、孤独な騎士であった彼を救ったのもまた、私の「光」であったのだ。

​ その時。

 テラスの柵に、音もなくひらりと舞い降りた影があった。

​「やれやれ。戴冠式の主役が、こんなところで油を売っているとはね。陛下が血眼になって君たちを探しているよ?」

​ 白銀の髪を夜風になびかせ、アポロ様が不敵な笑みを浮かべていた。彼の瞳は、浄化された世界を映し出し、いつになく穏やかな光を湛えている。

​「アポロ。……お前、空気を読むという言葉を知らないのか」

​「知っているさ。だからこそ、君が彼女をどこかへ連れ去って、また『一秒も離さない』なんて言い出す前に釘を刺しに来たんだよ。……ミアちゃん、本当におめでとう。君の光は、僕が今まで積み上げてきたどの魔導理論よりも美しかった」

​ アポロ様は杖をくるりと回し、私に向かって優雅に一礼した。

​「バルガ帝国は完全に武装を解除し、君が植物園に変えた要塞を『平和の象徴』として維持することを決めた。サンクチュアリの地下牢にいる連中も、君の戴冠の報せを聞いて、自分たちが何を失ったのかを……一生、闇の中で反芻することになるだろうね」

​ アポロ様の言葉は、私の過去という名の毒を、一滴残らず消し去ってくれる魔法のようだった。

 私はもう、影ではない。

 私は、私を愛し、信頼してくれる人たちと共に歩む、この世界の「光」そのものなのだ。

​「さて。お邪魔虫は退散するとしよう。……ゼノ。あまり彼女を疲れさせないようにね。明日の朝食も、君の美味しい手料理を期待しているよ」

​ アポロ様はそう言ってウィンクを投げると、風に溶けるように夜空へと消えていった。

 後に残されたのは、私たち二人と、庭の隅で静かに羽を休める黒龍の気配だけ。

​「ミア。……行こうか」

​ ゼノ様に促され、私たちは黒龍の元へと歩んだ。

 私が龍の鼻先に触れると、彼は愛おしそうに私の黒髪を鼻息で揺らし、低い喉鳴りを上げた。

​「黒龍さんも、喜んでいますね」

​「ああ。……僕も、こいつも、そしてこのエリュシオンのすべてが、君という奇跡を祝福している」

​ ゼノ様は私を軽々と抱きかかえ、龍の背へと乗せた。
 
 私たちは夜の空へと舞い上がった。

 眼下に広がるのは、もはや呪いも瘴気もない、どこまでも清らかな光の海。バルガ帝国が遺した鉄の要塞は、いまや私の光によって色とりどりの花々が咲き乱れる空中庭園へと姿を変え、平和の象徴として空に浮かんでいた。

 私が一歩ずつ取り戻してきた「感覚」が、夜風の冷たさを、ゼノ様の腕の強さを、そして未来への希望を、鮮やかに私に伝えてくる。

​「……ゼノ様、私、この景色をずっと忘れません」

​「これからも毎日、今日よりも美しい景色を君に見せ続けよう。それが、君の騎士になった僕の、生涯の誓いだ。……ミア。愛しているよ、世界中の誰よりも」

​ ゼノ様は私の首筋に顔を寄せ、深く、愛おしそうに囁いた。

​ 不吉な影と呼ばれた少女の物語は、いま本当の『楽園エリュシオン』に辿り着いた。

​ 隣には、私を命がけで守り、一人の女性として尊重し続けてくれる、最高の騎士様がいる。

 これから私たちがどのような道を進み、どのような奇跡を積み重ねていくのか。

 それはまだ、誰にも描かれていない白紙の物語。

​ けれど、繋がれた手の熱が。

 共に夜空を駆ける黒龍の咆哮が。

 私たちの愛が、永遠にこの世界を照らし続ける灯火になるのだと、静かに物語っていた。

​ 夜の帳が降り、満天の星々が二人を祝福するように瞬く。

 黄金の騎士と、夜の女神。

 二人の歩む楽園の道は、希望に満ちた夜明けへと向かって、どこまでも明るく続いていくのである。
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