高価な宝石より、一輪の野花を笑って手渡してくれる誰かを、私は探しに行きます

ムラサメ

文字の大きさ
2 / 2

空っぽの温度

しおりを挟む
翌朝、リュカは軽やかな足取りでリリアの寝室へと向かっていた。

その手には、昨夜の会食の合間を縫って手に入れた、最高級の髪飾りが握られている。

​「おはよう、リリア。昨夜は遅くなって……」

​言いかけて、リュカの言葉が止まった。
​カーテンの隙間から差し込む朝日が、異様な光景を照らし出している。

ベッドの上、天蓋の下。

そこには、彼がこれまでに贈った何十本ものネックレス、数え切れないほどの宝石、そして昨夜渡したばかりの『星涙石』が、まるで葬列のように整然と並べられていた。

​「……リリア?」

​返事はない。
部屋の中は、不気味なほどに整頓されていた。
クローゼットを開ければ、彼が特注させた何百着ものドレスが、一度も袖を通されることなく静かに眠っている。

​だが、部屋の隅。

そこにあったはずの、彼女が実家から持ってきたあの古臭い、彼が「早く捨てればいいのに」と思っていた安い鞄だけが、消えていた。

​「……まさか」

​リュカの脳裏に、エラー音が響く。
彼はこの国のあらゆる難事件を解決してきた「太陽の騎士」だ。そんな彼の合理的な思考が、目の前の状況を理解することを拒否していた。

​「なぜだ? 不備があったのか? 贈り物が気に入らなかったのか……?」

​彼は震える手で、ベッドの上に残された一通の手紙を拾い上げた。

​『リュカ様へ。
これらは全てお返しします。
私には、これらを受け取る資格も、耐える心もありませんでした。
あなたの愛が、私にはどうしても分かりませんでした。』

​「愛が、分からない……?」

​リュカは呆然と呟いた。
理解できなかった。自分は彼女に、国で一番の富を与えた。国で一番の地位を与えた。自分の自由な時間を削ってまで、彼女に似合う「最高」を揃え続けてきたはずだ。

​「これ以上、何を買い与えればよかったんだ……?」

​彼が宝石を手に取ると、その石は朝日に反射して、冷たく、無機質に輝いた。
その瞬間、昨夜の彼女の震える声を思い出す。

『庭を一緒に散歩しませんか?』

​「……そんな、価値のないことのために?」

​リュカの碧眼が、激しく揺れる。
価値のない、生産性のない、ただ歩くだけの時間。
そんな「安いもの」が、この山のような宝石よりも欲しかったというのか?

​「ありえない。そんなはずはない。……リリア、君は疲れているだけだ。どこだ、どこに隠れているんだ!」

​彼は狂ったように屋敷中を捜索させた。
だが、門番の報告は残酷だった。

『夜明け前、一人の女性が、古ぼけた鞄を持って徒歩で出ていかれました』

​徒歩で。
馬車すら使わず、彼が与えたすべての財産を捨てて。

​「…………っ!」

​リュカの喉から、獣のような掠れた声が漏れた。
自分は彼女を、世界で一番幸せな女にしている自負があった。

だが、彼女が最後に残した言葉は「逃亡」だった。

​彼の中に、どす黒い執着が沸き上がる。
愛が何かなんて、分からない。
けれど、自分の人生から「リリア」が欠けたという事実は、彼の肺を潰しそうなほどの窒息感をもたらしていた。

​「リリア……僕から、逃げられると思っているのか?」

​床に落ちた『星涙石』を、彼は力任せに踏みつけた。パキリ、と高価な音がして、家一軒分の価値が砕け散る。

指先が震え、初めて「恐怖」という感情が彼の完璧な精神を侵食していく。

​「連れ戻す。……連れ戻して、今度こそ、二度と逃げ出せないほどの黄金で塗りつぶしてやる」

​彼は、初めて任務を放り出し、泥まみれになることも厭わずに屋敷を飛び出した。
太陽の騎士と呼ばれた男の瞳には、もう慈愛など欠片も残っていなかった。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

短編 跡継ぎを産めない原因は私だと決めつけられていましたが、子ができないのは夫の方でした

朝陽千早
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。 子を授からないのは私のせいだと、夫や周囲から責められてきた。 だがある日、夫は使用人が子を身籠ったと告げ、「その子を跡継ぎとして育てろ」と言い出す。 ――私は静かに調べた。 夫が知らないまま目を背けてきた“事実”を、ひとつずつ確かめて。 嘘も責任も押しつけられる人生に別れを告げて、私は自分の足で、新たな道を歩き出す。

初恋のひとに告白を言いふらされて学園中の笑い者にされましたが、大人のつまはじきの方が遥かに恐ろしいことを彼が教えてくれました

3333(トリささみ)
恋愛
「あなたのことが、あの時からずっと好きでした。よろしければわたくしと、お付き合いしていただけませんか?」 男爵令嬢だが何不自由なく平和に暮らしていたアリサの日常は、その告白により崩れ去った。 初恋の相手であるレオナルドは、彼女の告白を陰湿になじるだけでなく、通っていた貴族学園に言いふらした。 その結果、全校生徒の笑い者にされたアリサは悲嘆し、絶望の底に突き落とされた。 しかしそれからすぐ『本物のつまはじき』を知ることになる。 社会的な孤立をメインに書いているので読む人によっては抵抗があるかもしれません。 一人称視点と三人称視点が交じっていて読みにくいところがあります。

おさななじみの次期公爵に「あなたを愛するつもりはない」と言われるままにしたら挙動不審です

ワイちゃん
恋愛
伯爵令嬢セリアは、侯爵に嫁いだ姉にマウントをとられる日々。会えなくなった幼馴染とのあたたかい日々を心に過ごしていた。ある日、婚活のための夜会に参加し、得意のピアノを披露すると、幼馴染と再会し、次の日には公爵の幼馴染に求婚されることに。しかし、幼馴染には「あなたを愛するつもりはない」と言われ、相手の提示するルーティーンをただただこなす日々が始まり……?

処理中です...