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空っぽの温度
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翌朝、リュカは軽やかな足取りでリリアの寝室へと向かっていた。
その手には、昨夜の会食の合間を縫って手に入れた、最高級の髪飾りが握られている。
「おはよう、リリア。昨夜は遅くなって……」
言いかけて、リュカの言葉が止まった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、異様な光景を照らし出している。
ベッドの上、天蓋の下。
そこには、彼がこれまでに贈った何十本ものネックレス、数え切れないほどの宝石、そして昨夜渡したばかりの『星涙石』が、まるで葬列のように整然と並べられていた。
「……リリア?」
返事はない。
部屋の中は、不気味なほどに整頓されていた。
クローゼットを開ければ、彼が特注させた何百着ものドレスが、一度も袖を通されることなく静かに眠っている。
だが、部屋の隅。
そこにあったはずの、彼女が実家から持ってきたあの古臭い、彼が「早く捨てればいいのに」と思っていた安い鞄だけが、消えていた。
「……まさか」
リュカの脳裏に、エラー音が響く。
彼はこの国のあらゆる難事件を解決してきた「太陽の騎士」だ。そんな彼の合理的な思考が、目の前の状況を理解することを拒否していた。
「なぜだ? 不備があったのか? 贈り物が気に入らなかったのか……?」
彼は震える手で、ベッドの上に残された一通の手紙を拾い上げた。
『リュカ様へ。
これらは全てお返しします。
私には、これらを受け取る資格も、耐える心もありませんでした。
あなたの愛が、私にはどうしても分かりませんでした。』
「愛が、分からない……?」
リュカは呆然と呟いた。
理解できなかった。自分は彼女に、国で一番の富を与えた。国で一番の地位を与えた。自分の自由な時間を削ってまで、彼女に似合う「最高」を揃え続けてきたはずだ。
「これ以上、何を買い与えればよかったんだ……?」
彼が宝石を手に取ると、その石は朝日に反射して、冷たく、無機質に輝いた。
その瞬間、昨夜の彼女の震える声を思い出す。
『庭を一緒に散歩しませんか?』
「……そんな、価値のないことのために?」
リュカの碧眼が、激しく揺れる。
価値のない、生産性のない、ただ歩くだけの時間。
そんな「安いもの」が、この山のような宝石よりも欲しかったというのか?
「ありえない。そんなはずはない。……リリア、君は疲れているだけだ。どこだ、どこに隠れているんだ!」
彼は狂ったように屋敷中を捜索させた。
だが、門番の報告は残酷だった。
『夜明け前、一人の女性が、古ぼけた鞄を持って徒歩で出ていかれました』
徒歩で。
馬車すら使わず、彼が与えたすべての財産を捨てて。
「…………っ!」
リュカの喉から、獣のような掠れた声が漏れた。
自分は彼女を、世界で一番幸せな女にしている自負があった。
だが、彼女が最後に残した言葉は「逃亡」だった。
彼の中に、どす黒い執着が沸き上がる。
愛が何かなんて、分からない。
けれど、自分の人生から「リリア」が欠けたという事実は、彼の肺を潰しそうなほどの窒息感をもたらしていた。
「リリア……僕から、逃げられると思っているのか?」
床に落ちた『星涙石』を、彼は力任せに踏みつけた。パキリ、と高価な音がして、家一軒分の価値が砕け散る。
指先が震え、初めて「恐怖」という感情が彼の完璧な精神を侵食していく。
「連れ戻す。……連れ戻して、今度こそ、二度と逃げ出せないほどの黄金で塗りつぶしてやる」
彼は、初めて任務を放り出し、泥まみれになることも厭わずに屋敷を飛び出した。
太陽の騎士と呼ばれた男の瞳には、もう慈愛など欠片も残っていなかった。
その手には、昨夜の会食の合間を縫って手に入れた、最高級の髪飾りが握られている。
「おはよう、リリア。昨夜は遅くなって……」
言いかけて、リュカの言葉が止まった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、異様な光景を照らし出している。
ベッドの上、天蓋の下。
そこには、彼がこれまでに贈った何十本ものネックレス、数え切れないほどの宝石、そして昨夜渡したばかりの『星涙石』が、まるで葬列のように整然と並べられていた。
「……リリア?」
返事はない。
部屋の中は、不気味なほどに整頓されていた。
クローゼットを開ければ、彼が特注させた何百着ものドレスが、一度も袖を通されることなく静かに眠っている。
だが、部屋の隅。
そこにあったはずの、彼女が実家から持ってきたあの古臭い、彼が「早く捨てればいいのに」と思っていた安い鞄だけが、消えていた。
「……まさか」
リュカの脳裏に、エラー音が響く。
彼はこの国のあらゆる難事件を解決してきた「太陽の騎士」だ。そんな彼の合理的な思考が、目の前の状況を理解することを拒否していた。
「なぜだ? 不備があったのか? 贈り物が気に入らなかったのか……?」
彼は震える手で、ベッドの上に残された一通の手紙を拾い上げた。
『リュカ様へ。
これらは全てお返しします。
私には、これらを受け取る資格も、耐える心もありませんでした。
あなたの愛が、私にはどうしても分かりませんでした。』
「愛が、分からない……?」
リュカは呆然と呟いた。
理解できなかった。自分は彼女に、国で一番の富を与えた。国で一番の地位を与えた。自分の自由な時間を削ってまで、彼女に似合う「最高」を揃え続けてきたはずだ。
「これ以上、何を買い与えればよかったんだ……?」
彼が宝石を手に取ると、その石は朝日に反射して、冷たく、無機質に輝いた。
その瞬間、昨夜の彼女の震える声を思い出す。
『庭を一緒に散歩しませんか?』
「……そんな、価値のないことのために?」
リュカの碧眼が、激しく揺れる。
価値のない、生産性のない、ただ歩くだけの時間。
そんな「安いもの」が、この山のような宝石よりも欲しかったというのか?
「ありえない。そんなはずはない。……リリア、君は疲れているだけだ。どこだ、どこに隠れているんだ!」
彼は狂ったように屋敷中を捜索させた。
だが、門番の報告は残酷だった。
『夜明け前、一人の女性が、古ぼけた鞄を持って徒歩で出ていかれました』
徒歩で。
馬車すら使わず、彼が与えたすべての財産を捨てて。
「…………っ!」
リュカの喉から、獣のような掠れた声が漏れた。
自分は彼女を、世界で一番幸せな女にしている自負があった。
だが、彼女が最後に残した言葉は「逃亡」だった。
彼の中に、どす黒い執着が沸き上がる。
愛が何かなんて、分からない。
けれど、自分の人生から「リリア」が欠けたという事実は、彼の肺を潰しそうなほどの窒息感をもたらしていた。
「リリア……僕から、逃げられると思っているのか?」
床に落ちた『星涙石』を、彼は力任せに踏みつけた。パキリ、と高価な音がして、家一軒分の価値が砕け散る。
指先が震え、初めて「恐怖」という感情が彼の完璧な精神を侵食していく。
「連れ戻す。……連れ戻して、今度こそ、二度と逃げ出せないほどの黄金で塗りつぶしてやる」
彼は、初めて任務を放り出し、泥まみれになることも厭わずに屋敷を飛び出した。
太陽の騎士と呼ばれた男の瞳には、もう慈愛など欠片も残っていなかった。
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