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第2章 神様と思い出を作ろう

10.神様の思い出作り、その四。水族館は、人と人の距離が近くなる。俺の父さんと母さんは、いつまで、俺と水族館に来てくれたかな。

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外より小さな声で、神様に話しかける。
「エイは、鑑賞している人に、顔を見せてくれる。
ガラスが好きなのか、人が好きなのか。
動きが楽しいから、エイは、見ていて飽きないんだ。
俺、小さいときから、エイが好き。」

「海の中で、見たいものを見ながら散歩か。よくできている。」
と神様。

水族館の中は、とても暖かい。

待ち時間に凍える心配もない。

陽の光とは違う、人工の明かり。
水槽の中を泳ぐ魚。

水族館の中は、人と人との距離を近くする。

美術館とは違って、ワイワイ騒いで鑑賞してもいい。

家族連れも恋人同士も、友達も。

見て回る人同士だって、水族館の中じゃなきゃ、互いの位置を意識して、譲りあったりしない。

水族館の中の時間が、穏やかなのは、水族館には、仲が悪い人同士で来ることがないから?

俺は、いくつまで、家族で水族館に来ていたっけ?

思い出せないほど昔じゃなかったと思う。

父さんと母さん。
ずっと一緒にいるのが当たり前だと思っていた。

いつから、二人は、別々の方向を向いていたんだろう?

いつから、俺にナイショで俺の手を離す計画を立てていたんだろう?

全然気づかなかった。

俺は、うちの家族は、仲良し三人家族だと疑わなかった。

父さんも母さんも、演技がうますぎるよ。

俺の大学受験が終わった後、父さんと母さんは、俺におめでとう、と祝福しながら、別離を告げた。

俺は、全然理解できなくて、家族がバラバラになるのは嫌だ、と抵抗した。

でも。
父さんも母さんも、
『考え直してほしい』と言う俺に。

『決まったことだから。』
『これが一番イイ方法だから。』
と繰り返すだけ。

父さんと母さんは、二人で話し合って決めた、と俺に話すんだけど、話し合うときに、どうして俺を加えてくれなかったんだろう?

俺と話し合いするのは無駄だと思った?

父さん、母さんだけで、家族を作っているわけじゃない。

父さん、母さん、俺の三人で、俺達は家族だったんじゃないの?

俺は、ハナから、家族の数にカウントされていなかったの?

父さんと母さんの結論は、俺が何を言っても変わらなかった。

二人は、俺が大学を卒業するまでは、二人で半分ずつ面倒をみると決めていたんだ。

俺にかかる学費も生活費も、全部、折半。

『志春(しはる)が大人になるまでは、親としての責任を果たす。』

もっと早く気づくようにあからさまに不仲な二人だったら、俺だって、呑気に大人になっていなかったのに。

お金に苦労しなくて、良かったことには、父さんにも母さんにも、感謝しているよ。

でも。
俺に対する愛情はないの?

親としての責任感でしか、俺と向きあいたくないの?

子どもっぽいことを言うけれど、俺は、二人の子どもなんだから、俺の言葉を無条件に聞いてくれるのは、二人しかいなかったのに。

二人とも、俺が大学生になったら、一人暮らしをする、と決めつけて、三人で住んでいた家を処分して、別々の場所に行ってしまった。

住むところがあるから、大丈夫、じゃない。

住むところはあるけれど。

俺の還る場所は、どこにもない。

父さんと母さんは、父さんも母さんもいなくて、思い出も何にもない、まっさらな空間を俺に用意して、去っていった。

俺は、自立なんかしたくないのに。

まだまだ、父さんと母さんといたかった。

父さんと母さんは、別の家族を作ったけど、俺の家族は、父さんと母さんと俺、の三人だから。

神棚に神様がいなかったら、俺は、山のふもとの家を即決しなかった。

神様は、何も聞かないで、俺に優しくしてくれた。

神様は、俺の家族じゃないけれど、神様がいたから、毎日が楽しかった。

神様、今日で、いなくなるんだなあ。
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