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第5章 神様の新しい棲み家は、俺のネットショップ

45.食うか食われるか。『痩せたひな鳥を焼き鳥にするほど、飢えていないよ。志春(しはる)くんは、お父さんとお父さんの会社を助けたいかい?』

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ここで、父さん?

俺は、思わず、息をのんだ。

父さんの新居を見る限り、栄華を極めているようにも、V字回復しているようにも、見えなかった。

小学生のとき、毎週、土日は、家族で遠出していた。

いつから、家族で遠出しなくなった?

受験や部活で、減ったんだと思っていたけれど。

それ以外の理由が、うちにあった?

父さんの仕事がうまくいかなくなっていたから?

それは、いつから?

見当もつかない。

父さんの仕事の状況なんて、俺は、何も気にしていなかった。

父さんが、俺に、自分で何とかするように、と言ったのは、仕事がうまくいっていなかったから?

そうだとしても、母さんに拒絶された俺は、父さんに頼ったと思う。

父さんの他に、俺が、お金を出してと頼める相手は、いなかったから。

この話の流れで、壮年の男性が、父さんのことを出したなら。

本題は、父さんのこと?

俺は、警戒した。

父さんが失速した、という話に繋げたい?

父さんに依頼した仕事の話をされる?

沈黙は金。

俺は、ボロが出ないように黙ることにした。

「警戒させたかな?

栄養不良のひな鳥を焼き鳥にするほど、飢えていないから、安心していいよ。

感謝祭の七面鳥は、食べがいが欲しいからね。」
と壮年の男性。

どちらにしろ、俺が食べられる側の話だ。

食うか食われるか、の関係の中。

壮年の男性は、食われる方じゃない、食う方なんだ。

絶対的な強者にとっては、俺は、食いどころがない痩せたひな鳥だから、見逃されている。

もっと肥えて大きく育ってからじゃないと、食ってもうまくない、と言われたんだ。

今の俺のネットショップ〈神棚〉は、買収する旨みがない、と言われた。

ほっとしたいけど、それはそれで腹ただしい。

俺は、口を閉じて、壮年の男性の話しが再開するのを待った。

「チェーザレ・ボルジアの人生は、チェーザレ・ボルジア自身が快進撃を続けている間は、敵なしだった。

負けがこんだときは、負けていないときより、狭い選択肢の中から、選ぶことになる。

負けた分を取り返したいと考えるときほど、人は失策を重ねる。

負けがこんでいるときは、勝負の潮目が変わってきている。

潮目が自分にきているときは、何をしても、おもしろいほどうまくいくんだけどね。

逆に、潮目が自分以外のところにあるときに、潮目を呼び戻そうとしても、うまく行かないことが多い。

自分の得意分野であったはずなのに、ヨミが当たらなくなる。

予想を外していくうちに、選択肢がどんどん狭まる。

今まで、うまくいっていたことがうまくいかなくなったと理解したら、今までとは別の方法を試そうとするものだけどね。

その状況に陥ったときには、今までとは別の方法をとりたくても、一番採用したい方法には手が出せなくなっている。

最高でも、上から三番目の選択肢。

最良の選択肢は、どう背伸びしても、もう選ぶことが出来ない。

選んでも、実行できないなら、その選択肢は、最初からない。

三番目の選択肢が失敗したときのことを考えて、実際は、六番目あたりの選択肢を採用しようとする。

最良の選択肢と、六番目の選択肢との差は、到底、埋められるものではない。

潮目がきているときは、負けることなど考えないで、その時の最良を選べていた。

潮目が遠ざかったときは、それができない。

打つ手、打つ手が、精彩を欠いていくようになると、手を打っても、成果が出にくくなっていく。

志春(しはる)くん。
潮目が遠ざかったときに、必要なことは、何だと思う?」
と壮年の男性。

説教でも、指導でもないはずなのに。
真剣に考えて答えないといけない気がする。

何かを試されている?

分かりません、と俺が言った途端に、俺に向けられている穏やかな仮面が、外れて、見限られる。

食う側が、食わないでおく理由があるとしたら?

太らせて、美味しくなるのを待っているから?

見限られたら、焼き鳥どころか、ひき肉にされるかもしれない。

「何をしても失敗するなら、何もしないのは、どうでしょうか?

何もしないままだと、もっと追い込まれますか?」

「追い込まれたときに何もしないでいることを自分自身と周りに認めさせないと、何もしないでいる選択はできないね?

何もしないでいることを認めさせるには?」
と壮年の男性。

「認めさせるんですか?」

壮年の男性は、俺に考えることを放棄させない。

俺の何かを見定めようとされている?

「追い込まれたとき、投げやりではなく、戦略として何もしないという姿勢を打ち出せるか、その戦略を理解して、人がついてくるか?

自分自身も、戦略として、その先を見通せているから、と、何もしないを貫き通せるか。

どういう状況なら可能だと思う?」
と壮年の男性。

「誰にも何も言われない状況を作る、ですか?」

「持ちこたえる体力があることだよ。自分に不利な潮目が変わるまで、ね。

志春(しはる)くん。
下手な鉄砲数撃ちゃ当たるというけれどね?

弾を揃える余裕がないときは、一発だって捨てる弾はない。」
壮年の男性の穏やかな仮面は、外れていない。

経営の話?

現金を用意しておきなさい、ということ?

今の話と父さんは、関係ない?

「志春(しはる)くんのお父さんは、潮目の判断を間違えた。

打つ手、打つ手が、どんどん未来を狭めていったんだよ。

志春(しはる)くんのお父さんの会社は、志春(しはる)くんのお父さんが、一代で興した会社なんだよ。

一時期は、優良企業と言っても過言ではなかったのにね。」

やっぱり、父さんの話だ!

俺は、緊張のあまり、膝の上に置いた手に汗をかいていた。

「志春(しはる)くんは、お父さんと、お父さんの会社を助けなくていいのかい?」

壮年の男性の口調も、にじみ出る穏やかさも、全く変化がない。

何の変化も見せずに、俺と会話している壮年の男性が空恐ろしく思えた。

俺は、慎重に言葉を選ぶ。

「父さんを助ける、ですか?俺は、考えたことがありません。」

「考えてみるといい。」
と壮年の男性。

俺が、困惑している様子に気づいていても、運転している壮年の男性は、穏やかに続けた。

「志春(しはる)くんには、今だけ、特別に時間をあげよう。

志春(しはる)くんの選択肢として、考えてごらん?

車から、駅のターミナルが見えたら、考える時間は終了にして、一回だけ、答えを聞くよ。

よく考えてみるといい。

一度きりだからね。」

父さんを助けたい、とか、父さんの会社を助けたい考えなんて、聞かれても。

それに、昨日一日で、俺は、父さんの近くにいたくなくなった。

考えるまでもなく、俺の中の結論は出ている。

壮年の男性は、俺に何を考えさせたいんだろう?
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