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第2章 憶測で語らない。可能性は否定しない。
6.奈美の事件ファイルに、手記事件ファイルが出来た。奈美に奈美という名前をつけたのは?
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一夜明けて。
五人がリビングに揃う。
「情報が欲しいと発信することは、情報を隠したい人達に、自分の情報を出すことになる。
何を相手にしているか分からないときは、相手に拾わせる情報の取捨選択を怠ってはいけない。」
と君下。
「「「「はい。」」」」
と元気に声を揃える四人。
「奈美、昨日の今日で、することは決めた?」
と君下。
「まずは、塾探しと自習だけど、塾はまだ決めない。
手記事件を片付けてから。」
と奈美。
「現実的でいいよ。中学生と勉強は切っても切れない。」
と君下。
「手記から始まったから手記事件?」
と玲。
「分かりやすくていいと思う。」
と総。
「奈美の事件ファイルのうち、今回の分は、手記事件でファイル名を統一するね。」
と磨白。
「手記事件を振り返りたいときや、新しい情報を追加するときは、手記事件のファイルを開く。」
と奈美。
「その通り、よく出来ました。」
と磨白。
奈美にニコリと笑いかけた磨白は、ノートパソコンを開いて文字を打ち込んでいる。
大学生の磨白は、君下が所長を務める君下法律事務所でバイトをしている。
大蔵一族と関係のない場所でのバイトだと、家族のために時間の融通がきかない、という理由で、磨白は君下の事務所でのバイトを選んだ。
母が家を出ていって帰ってこなかったとき中学生だった磨白は、母が家を出ていくまでの間に起きたことを忘れていない。
磨白や総を育て始めたときの母は、必死に子育てをしていたと振り返って思う。
母に明らかに変化が生じたのは、次女の奈美が生まれてからだ。
母がそれまで隠そうとしてきたものが、磨白の目につくようになったのは。
磨白が成長して、母の機微に敏感になったからかもしれない。
もしくは。
母が、磨白から隠そうとすることを止めたからかもしれない。
『三番目のお子さんだったら、もう慣れたものでしょう?』
奈美を妊娠中に、三人目だから余裕よね、言われることを母は快く思っていなかった。
子育て経験者扱いされては、毎回、えぐみを我慢するかのような顔をしていた母の全身を、磨白は今も鮮明に思い出せる。
母の変化の片鱗は、奈美を妊娠したときから隠れなくなっていたのかもしれない。
『子どもによって違うから。』
とどんな人にも答えていた母は、生まれた女の子に奈美ではなく、並と名付けようとしていた。
並というのが、人の名前として優れたものかどうかを判断することは、奈美が生まれた当時の磨白には難しかった。
生まれた奈美に並という漢字を書いて、生まれた子には並の字が似合うと話す母。
並という名前の由来を聞いても、この子には、並という字以上に似合う字はない、としか説明してくれない母。
磨白は、母が並という字について何も説明しないことに引っかかりを覚えた。
何をしていたかを母が説明しないのは、誰かに問い詰められて叱られたくないからでは?
磨白が会いにいったとき。
母の腹から生まれた赤ん坊は、この何年間かで一、二を争う美赤ちゃんだと言われていた。
腹から出した美赤ちゃんに、並と名付けようとしている母の様子。
並と発言するときの母の声の出し方。
どちらからも、これまでの母から感じたことがない怖さを感じ取った磨白は。
名付けについて父に連絡を取るよりも先に、叔父の君下に聞きにいったのだ。
奈美が生まれた日。
磨白の母である姉に対しても、磨白に対しても何も含むところがない君下が、磨白が突撃できる距離にいて良かった。
奈美が生まれたとき。
父はいつものように遠方にいたので、すぐに連絡がつかなかった。
好きなときに好きなだけ、父と連絡が取れるわけではない。
磨白は、そういうものだと納得していた。
磨白の知っている、父への連絡方法は、母を介して連絡することだけ。
お父さんに連絡してほしい、と、今のお母さんには、頼んじゃいけない。
当時の磨白は、母を見て即座にそう思った。
磨白が知る限り、家にいるときの母はいつも、父からの連絡を待っていた。
母が自分探しのために家を出ていくまでの毎日を一番覚えているのは。
家に不在がちな父でもなければ、母の唯一の弟である叔父の君下でもない。
当時小学生だった総でも奈美でもなければ、幼稚園児だった玲でもない。
中学生だった長女の磨白だ。
磨白は、柔らかな心で家族を見ながら大きくなった。
母が帰ってこなかった日。
幼稚園児の玲が帰れなくて大変だったのは言うまでもないが、家にお母さんがいるものだと思って帰ってきた小学生の総や奈美が受けた衝撃も大きかった。
中学生になった磨白は、奈美、総、磨白の帰宅時間に母の帰宅が間に合わないことがあるかもしれない、と総に家の鍵を持たせ、自身も家の鍵を持ち歩くようにしていた。
母が自分探しに出かけた日。
総に鍵を持たせていて、良かったと磨白は安堵したものだ。
小学生の総と奈美は、磨白が帰宅するまで家に入れずに、待ちぼうけという事態を回避できた。
玲を幼稚園に行かせて、誰にも何も告げず、置き手紙だけを残していった母は。
事情が分からないまま、家に入れずに扉の前で佇むしかない奈美や総のことを考えただろうか?
当時、中学生にすぎなかった磨白が、小学生と幼稚園児の弟妹の世話を一人で見なくてはいけない時間のことも。
母は、想定していただろうか?
五人がリビングに揃う。
「情報が欲しいと発信することは、情報を隠したい人達に、自分の情報を出すことになる。
何を相手にしているか分からないときは、相手に拾わせる情報の取捨選択を怠ってはいけない。」
と君下。
「「「「はい。」」」」
と元気に声を揃える四人。
「奈美、昨日の今日で、することは決めた?」
と君下。
「まずは、塾探しと自習だけど、塾はまだ決めない。
手記事件を片付けてから。」
と奈美。
「現実的でいいよ。中学生と勉強は切っても切れない。」
と君下。
「手記から始まったから手記事件?」
と玲。
「分かりやすくていいと思う。」
と総。
「奈美の事件ファイルのうち、今回の分は、手記事件でファイル名を統一するね。」
と磨白。
「手記事件を振り返りたいときや、新しい情報を追加するときは、手記事件のファイルを開く。」
と奈美。
「その通り、よく出来ました。」
と磨白。
奈美にニコリと笑いかけた磨白は、ノートパソコンを開いて文字を打ち込んでいる。
大学生の磨白は、君下が所長を務める君下法律事務所でバイトをしている。
大蔵一族と関係のない場所でのバイトだと、家族のために時間の融通がきかない、という理由で、磨白は君下の事務所でのバイトを選んだ。
母が家を出ていって帰ってこなかったとき中学生だった磨白は、母が家を出ていくまでの間に起きたことを忘れていない。
磨白や総を育て始めたときの母は、必死に子育てをしていたと振り返って思う。
母に明らかに変化が生じたのは、次女の奈美が生まれてからだ。
母がそれまで隠そうとしてきたものが、磨白の目につくようになったのは。
磨白が成長して、母の機微に敏感になったからかもしれない。
もしくは。
母が、磨白から隠そうとすることを止めたからかもしれない。
『三番目のお子さんだったら、もう慣れたものでしょう?』
奈美を妊娠中に、三人目だから余裕よね、言われることを母は快く思っていなかった。
子育て経験者扱いされては、毎回、えぐみを我慢するかのような顔をしていた母の全身を、磨白は今も鮮明に思い出せる。
母の変化の片鱗は、奈美を妊娠したときから隠れなくなっていたのかもしれない。
『子どもによって違うから。』
とどんな人にも答えていた母は、生まれた女の子に奈美ではなく、並と名付けようとしていた。
並というのが、人の名前として優れたものかどうかを判断することは、奈美が生まれた当時の磨白には難しかった。
生まれた奈美に並という漢字を書いて、生まれた子には並の字が似合うと話す母。
並という名前の由来を聞いても、この子には、並という字以上に似合う字はない、としか説明してくれない母。
磨白は、母が並という字について何も説明しないことに引っかかりを覚えた。
何をしていたかを母が説明しないのは、誰かに問い詰められて叱られたくないからでは?
磨白が会いにいったとき。
母の腹から生まれた赤ん坊は、この何年間かで一、二を争う美赤ちゃんだと言われていた。
腹から出した美赤ちゃんに、並と名付けようとしている母の様子。
並と発言するときの母の声の出し方。
どちらからも、これまでの母から感じたことがない怖さを感じ取った磨白は。
名付けについて父に連絡を取るよりも先に、叔父の君下に聞きにいったのだ。
奈美が生まれた日。
磨白の母である姉に対しても、磨白に対しても何も含むところがない君下が、磨白が突撃できる距離にいて良かった。
奈美が生まれたとき。
父はいつものように遠方にいたので、すぐに連絡がつかなかった。
好きなときに好きなだけ、父と連絡が取れるわけではない。
磨白は、そういうものだと納得していた。
磨白の知っている、父への連絡方法は、母を介して連絡することだけ。
お父さんに連絡してほしい、と、今のお母さんには、頼んじゃいけない。
当時の磨白は、母を見て即座にそう思った。
磨白が知る限り、家にいるときの母はいつも、父からの連絡を待っていた。
母が自分探しのために家を出ていくまでの毎日を一番覚えているのは。
家に不在がちな父でもなければ、母の唯一の弟である叔父の君下でもない。
当時小学生だった総でも奈美でもなければ、幼稚園児だった玲でもない。
中学生だった長女の磨白だ。
磨白は、柔らかな心で家族を見ながら大きくなった。
母が帰ってこなかった日。
幼稚園児の玲が帰れなくて大変だったのは言うまでもないが、家にお母さんがいるものだと思って帰ってきた小学生の総や奈美が受けた衝撃も大きかった。
中学生になった磨白は、奈美、総、磨白の帰宅時間に母の帰宅が間に合わないことがあるかもしれない、と総に家の鍵を持たせ、自身も家の鍵を持ち歩くようにしていた。
母が自分探しに出かけた日。
総に鍵を持たせていて、良かったと磨白は安堵したものだ。
小学生の総と奈美は、磨白が帰宅するまで家に入れずに、待ちぼうけという事態を回避できた。
玲を幼稚園に行かせて、誰にも何も告げず、置き手紙だけを残していった母は。
事情が分からないまま、家に入れずに扉の前で佇むしかない奈美や総のことを考えただろうか?
当時、中学生にすぎなかった磨白が、小学生と幼稚園児の弟妹の世話を一人で見なくてはいけない時間のことも。
母は、想定していただろうか?
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