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第3章 少女のSOSは、依頼となり、探偵を動かす。
46.君下が甥姪に話していない君下自身の話その4。修羅場は、その始まりを予告しない。
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『はい。姉がいなくなる可能性を俺達は考えていませんでした。
結婚したがっているのは、お義兄さんよりも姉だったから。』
義兄は、ここにいない、君下の姉については、何も述べなかった。
『これからは、お金があれば、あるだけ使うという生活から脱却するといいよ。
大学生であることを理由にして、君下くんが本来の仕事をしないのなら、後期の学費を支払わないだけで済む。』
君下は、ぎょっとした。
『後期の学費を支払わないということですか?』
それは、困ると言いかけて、君下は口を噤む。
困る、けれど、困ると言ってもいいのかが分からない。
無邪気な発言は、義兄に歓迎されない。
よく考えて発言しなくては、と君下は気を引き締めた。
『考えていなかったのなら、今から考えてみるといい。
私は、妻の弟の君下くんではなく、我が子を優先することは、君下くんがご両親と支援の申し込みをする前に伝えている。
あと半年ほど君下くんが大学生でいて、大学を卒業すること。
子ども達が今すぐ安心できる保護者との生活を始められること。
私が何を優先するか、言うまでもない。』
血の気が引いた君下は、義兄に向かって、机につくくらいに頭を下げた。
『お願いします。まだ大学生をさせてください。
バイトを辞めて、甥姪の面倒をみる時間を作ります。
大学は卒業したいです。
卒業させてください。』
義兄は、特に感情も込めずに返してくる。
『君下くんの言い分は、全部、君下くんの都合だよ。』
君下は、必死に考えた。
君下の脳裏を大学受験までの日々と、大学で起きた出来事が走馬灯のように過ぎていく。
『四人とも、大学へ進学させるなら、保護者は大学生の方が安心じゃないですか?』
義兄は、子どもの側に置く人物に妥協はしないと考えている。
そこにアピールしようと君下は思った。
『君下くんが大卒でありたいなら、一つ、提案がある。』
『どんな提案ですか?』
君下は、ごくりと唾を飲む。
緊張する君下。
落ち着き払っている義兄。
『四人が君下くんの手を離れた後なら、君下くんが自身で貯めたお金があるよ。』
『私は君下くんに、無償労働させるつもりはない。
君下くんは、仕事に見合う給料から学費を貯めていくといい。』
君下には、自分のお金を使って大学を卒業するという発想がなかった。
『大学費用は、親がいれば親が出して、親が出せないなら、奨学金だと思っていました。』
君下は、項垂れた。
『君下くんのご両親は、大学費用を出せない。
君下くん自身で、大学費用を用立てることは出来ない。
奨学金は、今からは難しい。
君下くんの事情を勘案するに、働きながら学費を貯めて、再チャレンジして大学に通って卒業する計画に不足があるかい?』
義兄のお金でのうのうと大学生をしている君下は、ぐうの音も出ない。
『君下くんが大卒になるのは、今でなくてもいいんじゃないかと思わないかい?』
君下は、ばっと顔をあげた。
大学を卒業出来ない未来なんて考えたことがなかった。
あと半年ともう少しで大学を卒業するというのに。
君下と君下の両親の見通しの甘さもあるけれど、姉が突然全部投げ出したせいでもある、と考えていた君下の頭の中は、ぐちゃぐちゃになっていた。
大学での三年半近くをなかったことにしたくない。
後半年ちょっと通い切って、大学は卒業したい。
楽しかった四年間の大学生活と言って、次の道へ進みたい。
『四人が大学に進学する前に、俺に大学を卒業させてください。』
君下は、頭を下げて頼んだ。
『俺が大学を卒業することは、俺が四人の保護者として向き合うときの自信になります。
これからもずっと四人の頼れる大人でいるために。
大学卒業までの俺の学費を払ってください。
卒業後は、俺が四人のために働きます。
お願いします。』
義兄は、君下のお願いに、うんともすんとも言わない。
『大学生のうちは、働く気がないというのはどうなった?』
『すみません、取り消しさせてください。
在学中は、大学生として経験を積んで大学を卒業することは優先します。
卒業後は、ずっと四人の保護者でいますが、在学中から四人の保護者でいるようにします。』
君下の前言撤回を聞いて、義兄は別の提案をしてきた。
『そこまで言い切るなら、君下くん自身でスケジュールを組んで時間のやり繰りを提出しておいで。
実現可能で、誰にも無理がない計画が立てられるなら、後期の学費を心配する必要はない。
期限は、後期の学費の振り込み前日まで。
明朝からの研修は、見合わせよう。
今日は、もう帰りなさい。』
義兄に促された君下は、暇を告げて席を立った。
首の皮一枚繋がっていることにホッとした君下は、急いで両親に相談しようと決めた。
姉が自分探しに出かけて、帰ってきていないことは、両親にも既に伝えてある。
両親は、伝手を使い、姉を探していることだろう。
君下が家に帰ったら、姉が家にいるということはないだろうか?
実家なのだから、姉がひょっこりと顔を出しにきてもおかしくはない。
姉が結婚して以来実家に帰ってきていないという情報は、君下の頭からスッポ抜けていた。
思いつきから芽生えた希望を考えているうちに、すっかり沈んだ君下の気持ちは持ち直していた。
もし、姉が見つかっていたら?
家に帰って子どもの側にいなさい、と両親が姉を説得しているはず。
姉が家に帰ったら、君下は大学卒業まで、大学生でいられる。
今日の義兄との話し合いは、全部杞憂に終わるのが、誰にとっても一番いいと君下は思った。
姉が見つかっていないときのことも考えて、義兄の提案の答えは作っておく方がいい。
学費の件で、冷や汗をかいた二の舞を演じるのは避けたい。
後期の学費の支払期限の前日までが提出期限なら、提出期限は、一週間後。
両親に助けてもらう前提でスケジュールを組んでみる君下は、全て杞憂に終わる可能性も無きにしもあらず、という希望を持ちながら、両親の待つ家に向かった。
途中、両親に、姉が帰ってきたかどうかを尋ねるメッセージを送って返信を待ったが、一向に返信がこない。
両親は、君下のメッセージを無視することはなかった。
君下の知る両親が、君下に返信できないほど多忙を極めているとも考えづらかった。
君下の両親は、先祖代々の名前を使い、家族が生活していける分を稼いでいる。
かつての芙蓉家は、隆盛をほこったようだけど、今は、隆盛とはほど遠い暮らしぶり。
帰ってきた姉と話し合い中かもしれない、と考えるくらいに君下は、これからのことを楽天的にとらえていた。
君下が楽天的になれる要素は、君下の頭の中にしかなかったことに気付かないまま、足取り軽く急ぐ家路。
気持ちが持ち直していた君下は、会わないと話せない話題だから返信がないくらい、と両親から返信がないことを悩まなかった。
最寄り駅に着いてから、姉が家を出た件で、お義兄さんに言われたことがあるから、相談したいとメッセージを送り直してみると。
『早く帰っておいで。話をしよう。』
とすぐに返信がきた。
君下は、すっかり安心しきっていた。
しかし。
一人暮らしのアパートから久方ぶりに実家に戻った君下が、これから実家で見聞きする情報に、君下の予想していたものは一つもなかった。
ただいま、と帰ってきた君下は、来客の靴を見ながらも、たいして気にはしていなかった。
人が来るには遅い時間だ、と思った君下は、家の中が修羅場になる日がくるとは思わずに。
直行したダイニングの扉を無意識に開けていた。
上座に座って渋面を作っている、君下の知らない人。
下座に座って、揃って頭を下げている両親。
君下は、開けた扉から中に入るかどうか決めかねて、立ち尽くした。
結婚したがっているのは、お義兄さんよりも姉だったから。』
義兄は、ここにいない、君下の姉については、何も述べなかった。
『これからは、お金があれば、あるだけ使うという生活から脱却するといいよ。
大学生であることを理由にして、君下くんが本来の仕事をしないのなら、後期の学費を支払わないだけで済む。』
君下は、ぎょっとした。
『後期の学費を支払わないということですか?』
それは、困ると言いかけて、君下は口を噤む。
困る、けれど、困ると言ってもいいのかが分からない。
無邪気な発言は、義兄に歓迎されない。
よく考えて発言しなくては、と君下は気を引き締めた。
『考えていなかったのなら、今から考えてみるといい。
私は、妻の弟の君下くんではなく、我が子を優先することは、君下くんがご両親と支援の申し込みをする前に伝えている。
あと半年ほど君下くんが大学生でいて、大学を卒業すること。
子ども達が今すぐ安心できる保護者との生活を始められること。
私が何を優先するか、言うまでもない。』
血の気が引いた君下は、義兄に向かって、机につくくらいに頭を下げた。
『お願いします。まだ大学生をさせてください。
バイトを辞めて、甥姪の面倒をみる時間を作ります。
大学は卒業したいです。
卒業させてください。』
義兄は、特に感情も込めずに返してくる。
『君下くんの言い分は、全部、君下くんの都合だよ。』
君下は、必死に考えた。
君下の脳裏を大学受験までの日々と、大学で起きた出来事が走馬灯のように過ぎていく。
『四人とも、大学へ進学させるなら、保護者は大学生の方が安心じゃないですか?』
義兄は、子どもの側に置く人物に妥協はしないと考えている。
そこにアピールしようと君下は思った。
『君下くんが大卒でありたいなら、一つ、提案がある。』
『どんな提案ですか?』
君下は、ごくりと唾を飲む。
緊張する君下。
落ち着き払っている義兄。
『四人が君下くんの手を離れた後なら、君下くんが自身で貯めたお金があるよ。』
『私は君下くんに、無償労働させるつもりはない。
君下くんは、仕事に見合う給料から学費を貯めていくといい。』
君下には、自分のお金を使って大学を卒業するという発想がなかった。
『大学費用は、親がいれば親が出して、親が出せないなら、奨学金だと思っていました。』
君下は、項垂れた。
『君下くんのご両親は、大学費用を出せない。
君下くん自身で、大学費用を用立てることは出来ない。
奨学金は、今からは難しい。
君下くんの事情を勘案するに、働きながら学費を貯めて、再チャレンジして大学に通って卒業する計画に不足があるかい?』
義兄のお金でのうのうと大学生をしている君下は、ぐうの音も出ない。
『君下くんが大卒になるのは、今でなくてもいいんじゃないかと思わないかい?』
君下は、ばっと顔をあげた。
大学を卒業出来ない未来なんて考えたことがなかった。
あと半年ともう少しで大学を卒業するというのに。
君下と君下の両親の見通しの甘さもあるけれど、姉が突然全部投げ出したせいでもある、と考えていた君下の頭の中は、ぐちゃぐちゃになっていた。
大学での三年半近くをなかったことにしたくない。
後半年ちょっと通い切って、大学は卒業したい。
楽しかった四年間の大学生活と言って、次の道へ進みたい。
『四人が大学に進学する前に、俺に大学を卒業させてください。』
君下は、頭を下げて頼んだ。
『俺が大学を卒業することは、俺が四人の保護者として向き合うときの自信になります。
これからもずっと四人の頼れる大人でいるために。
大学卒業までの俺の学費を払ってください。
卒業後は、俺が四人のために働きます。
お願いします。』
義兄は、君下のお願いに、うんともすんとも言わない。
『大学生のうちは、働く気がないというのはどうなった?』
『すみません、取り消しさせてください。
在学中は、大学生として経験を積んで大学を卒業することは優先します。
卒業後は、ずっと四人の保護者でいますが、在学中から四人の保護者でいるようにします。』
君下の前言撤回を聞いて、義兄は別の提案をしてきた。
『そこまで言い切るなら、君下くん自身でスケジュールを組んで時間のやり繰りを提出しておいで。
実現可能で、誰にも無理がない計画が立てられるなら、後期の学費を心配する必要はない。
期限は、後期の学費の振り込み前日まで。
明朝からの研修は、見合わせよう。
今日は、もう帰りなさい。』
義兄に促された君下は、暇を告げて席を立った。
首の皮一枚繋がっていることにホッとした君下は、急いで両親に相談しようと決めた。
姉が自分探しに出かけて、帰ってきていないことは、両親にも既に伝えてある。
両親は、伝手を使い、姉を探していることだろう。
君下が家に帰ったら、姉が家にいるということはないだろうか?
実家なのだから、姉がひょっこりと顔を出しにきてもおかしくはない。
姉が結婚して以来実家に帰ってきていないという情報は、君下の頭からスッポ抜けていた。
思いつきから芽生えた希望を考えているうちに、すっかり沈んだ君下の気持ちは持ち直していた。
もし、姉が見つかっていたら?
家に帰って子どもの側にいなさい、と両親が姉を説得しているはず。
姉が家に帰ったら、君下は大学卒業まで、大学生でいられる。
今日の義兄との話し合いは、全部杞憂に終わるのが、誰にとっても一番いいと君下は思った。
姉が見つかっていないときのことも考えて、義兄の提案の答えは作っておく方がいい。
学費の件で、冷や汗をかいた二の舞を演じるのは避けたい。
後期の学費の支払期限の前日までが提出期限なら、提出期限は、一週間後。
両親に助けてもらう前提でスケジュールを組んでみる君下は、全て杞憂に終わる可能性も無きにしもあらず、という希望を持ちながら、両親の待つ家に向かった。
途中、両親に、姉が帰ってきたかどうかを尋ねるメッセージを送って返信を待ったが、一向に返信がこない。
両親は、君下のメッセージを無視することはなかった。
君下の知る両親が、君下に返信できないほど多忙を極めているとも考えづらかった。
君下の両親は、先祖代々の名前を使い、家族が生活していける分を稼いでいる。
かつての芙蓉家は、隆盛をほこったようだけど、今は、隆盛とはほど遠い暮らしぶり。
帰ってきた姉と話し合い中かもしれない、と考えるくらいに君下は、これからのことを楽天的にとらえていた。
君下が楽天的になれる要素は、君下の頭の中にしかなかったことに気付かないまま、足取り軽く急ぐ家路。
気持ちが持ち直していた君下は、会わないと話せない話題だから返信がないくらい、と両親から返信がないことを悩まなかった。
最寄り駅に着いてから、姉が家を出た件で、お義兄さんに言われたことがあるから、相談したいとメッセージを送り直してみると。
『早く帰っておいで。話をしよう。』
とすぐに返信がきた。
君下は、すっかり安心しきっていた。
しかし。
一人暮らしのアパートから久方ぶりに実家に戻った君下が、これから実家で見聞きする情報に、君下の予想していたものは一つもなかった。
ただいま、と帰ってきた君下は、来客の靴を見ながらも、たいして気にはしていなかった。
人が来るには遅い時間だ、と思った君下は、家の中が修羅場になる日がくるとは思わずに。
直行したダイニングの扉を無意識に開けていた。
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