言霊の手記

かざみはら まなか

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第3章 少女のSOSは、依頼となり、探偵を動かす。

47.君下が甥姪に話していない君下自身の話その5。君下の実家のダイニングで上座に座る来客の正体?

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頭を下げている両親に、上座に座っていた客人が、君下を中に入れるようにと告げると、両親は渋った。

宇佐見兎うさみと様。申し訳ありません。

息子はまだ学生の身分でございます。

ご容赦ください。』

事情は全く分からないものの、父が必死に、君下の同席を阻止しようとしていることだけは、君下にも理解できた。

『お客様の話の腰を折ってすみません。

別の部屋にいますので。』

君下は、部屋に入らずに扉を閉めようとした。

『芙蓉家は、息子が無関係だと主張されるのか?』

上座に座る客人の声は、ビリビリと君下の腹に響いた。

君下は、扉を閉められなかった。

ダイニングの扉が閉まる前にドアノブを握りしめていた。

上座の客人は、芙蓉家と言った。

芙蓉の名前でしている仕事で、問題が起きたのかもしれない。

君下の両親が頭を下げ続けるだけの問題があったのだろうか。

両親は、いつから頭を下げているのだろうか。

首が回らないほどの負債を抱えてしまったのだろうか。

損失を与えてしまったのだろうか。

姉が自分探しに出かけて、君下自身の将来設計を見直さなくてはならないこのタイミングで。

なんというタイミングの悪さ。

君下は、あれもこれも考えなくてはならないことを頭の中で並べているうちに、どうしたらいいか分からなくなった。

君下は、部屋に入らないようにと願う両親の思いを無視できないながらも、上座の客人の醸し出す不穏さから目を逸らせない。

もし、両親の言う通りにリビングの扉を閉めて、両親とはそれっきり、になったら?

君下は、今、両親の姿が見えないところへ行きたくないと思った。

もし、両親が芙蓉の名前でしている仕事がうまくいかなくなったことで責められているのなら、大学入学前に義兄に仕事先を決められている君下が、義兄のところで仕事をすると言えば、何とかなるのではないか、と君下は頭の中で計算した。

君下は、義兄の会社で働くのではなく、甥姪の住む家で甥姪の子守りをする仕事に従事する。

君下が勘違いしたように、君下が義兄の会社で働くものと勘違いさせてしまえば。

上座の客人は、両親に無理難題を言わないんじゃないだろうか。

意を決した君下は、扉をもう一度開けて、体を中に滑り込ませた。

君下の両親は、君下が部屋の中に入ってきたことを喜んではいなかった。

両親が何も言わないから、言葉では何も聞こえない。

君下を遠ざけたかったのに、遠ざけられなかったという無念の気持ちだけが、空気を振動して伝わってくる。

君下のことを憂う両親と、両親の憂いを取り除きたい君下の心臓は、互いを向いてはいても同じ早さでは打たない。

君下のもどかしいような気持ちは、両親も想像していないだろう。

『芙蓉の息子は、自身が無関係ではないと理解したようで、何より。』

上座に座る客人が、君下の両親へ話しているのを聞きながら、君下は両親の隣に座った。

上座の客人と下座の両親は、ソファに座っている。

君下は、両親が座るソファの横のオットマンに腰をおろした。

両親が困っているなら、両親の力になりたい。

君下の気持ちは、それだけだった。

両親が、君下に話しかけるより先に、上座の客人が、話しかけてきた。

『私は、宇佐見兎うさみと。大蔵家と芙蓉家の仲人を務めた。

仲人を務めた私が、芙蓉家に来ている理由は、学生と言えど十分に理解できるだろう。』

君下は、宇佐見兎うさみとさんは、義兄と同じタイプだと思った。

知らないことや分からないことは、そうはっきりと告げていかないと、説明してもらえないと思った君下は、一気に口に出した。

『すみません。

学業に専念していたので、家業のことは知りません。

うちの両親とお義兄さんが一緒に仕事をすることになっていたんですか?』

君下の頭の中には、上座に座る人は両親の仕事の関係で来た人という思い込みがあった。

見合い結婚をした姉がいても、姉のした見合い結婚がどういうものか知りたいとも思わなかった君下は、仲人と聞いて、すぐに姉の話題だと頭が回らなかった。

『申し訳ありません。申し訳ありません。』

君下の母は、君下の隣でひたすら謝罪の言葉を繰り返す。

『高校生の娘の結婚当時、息子はまだ小学生で、何も伝えておりません。』

君下の父は、深く腰を折って謝罪の姿勢を示しながら、上座の客人に説明している。

姉と義兄の結婚の仲人をした人が家にいて、上座に座っているということだ。

君下は、ようやく合点がいった。

それにしても、姉と義兄の仲人が花嫁の両親の家に来て上座に座り、花嫁の両親が仲人へ謝罪するのは、よくあるものなのだろうか。

大学生の君下の友達に、まだ結婚した人はいない。

結婚の話は、まだ出てこない。

バイト先には、結婚している人もいるが、バイト先の結婚した人から聞いた結婚に関係する話は、新婚旅行の思い出のみ。

君下にとって、仲人は現実味がない言葉だ。

姉の結婚は、親戚が押しかけたから結婚式を中止した、という印象で止まっている。

姉と義兄の結婚に仲人がいたことを、仲人に問われて初めて知った様子の君下を見て。

姉と義兄の結婚で仲人を務めた宇佐見兎うさみと氏は、若者が知らないのは仕方がない、と笑って済ませてはくれなかった。

『芙蓉さん。娘さんのみならず、息子さんもとは。』

宇佐見兎うさみと氏は、言葉にはしなかったが、言葉にしなかった余韻が宇佐見兎うさみと氏の本音を伝えてくる。

芙蓉はここまで落ちぶれたのか、と。

『私達が至りませんでした。申し訳ありません。』

宇佐見兎うさみと様のお手を煩わせてしまいましたことをお詫び申し上げます。』

平身低頭して、謝罪し続ける両親の隣で、オットマンに腰を掛けている君下も、両親のために一緒に頭を下げようした。

君下が頭を下げる前に、宇佐見兎うさみと氏が止めた。

息子さんは、そのままで、と君下に告げた宇佐見兎うさみと氏は、返す刀で君下の両親を斬りつけた。

『芙蓉さん。

またとなく、いい機会だ。

大蔵さんに嫁がせられる娘でないことは、結婚する前から分かっていただろうに。

私の顔を潰してまで大蔵さんへ嫁に出した言い分を存分に私に話してくれるのだろうね。』
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