58 / 121
第3章 少女のSOSは、依頼となり、探偵を動かす。
59.引越し作業をする一家と見送る隣家。『娘が中二になる前に。』
しおりを挟む
住宅地の中を歩いていると、引越し作業をしているお宅があった。
引越し作業はもう終盤に差し掛かっており、その家に住んでいたであろう一家四人が、家の外に出ている。
夫婦と子ども二人。
子ども二人は、姉妹で中学生と小学生。
子ども二人のうち、中学生の姉の顔に見覚えがある。
奈美は、気を引き締めた。
中学生の姉は、今年度の新入生として、牡丹の庭中学校の学校紹介のホームぺージに載っていた。
強張った顔で、放送室のマイクに向かって話す写真が使われていた少女だ。
姉妹は、引っ越し用トラックに張り付いている。
目立たないように、隠れようとしているのかもしれない。
荷物の搬出を一言も発しないで見守る姉妹とは対照的に。
両親は、引越し業者と大声で話しながら引越し作業を勤しんでいる。
隣家から、人が出てきた。
隣家から出てきたのは、四人。
夫婦と姉妹。
姉妹は、中学生と小学生。
姉妹の姉は、牡丹の庭中学校のホームぺージの今年度の学校紹介で、音楽室でリコーダーを吹く写真が載っていた。
萃が、手記をしたためたのではないか、と注目していた二人のうちの一人は、今日、牡丹の庭中学校の校区から引っ越していく。
引っ越し予定の夫婦が、隣家の夫婦に挨拶を始めた。
「早めにお宅もここから出るんだ。
出るなら、今しかない。」
引っ越し予定の夫婦のうち、夫の方が隣家の夫を急かしている。
「中一までは、まだまし。
中二になったら、手遅れになってしまう。」
引っ越し予定の夫婦の妻は、夫と一緒に、隣家の妻を急かす。
「出ていきたいのは、やまやまだが、うちにはそんな余裕がない。」
隣家の夫は悔しそうにしている。
「借金を背負ってでも、増やしてでもいいから、娘が中一のうちにここから逃げ出すんだ。」
引っ越し予定の夫婦の夫は、隣家の夫の肩に手を乗せて、繰り返した。
「だが、余裕がないんだ。どうやって金を工面すればいいんだ?」
隣家の夫は、余裕がないと繰り返す。
「うちは、親戚中に頭を下げた。
十万でも二十万でもいい、引っ越し費用じゃなくて、新しい学校の制服代としてでもいいから貸してくれと頼み込んだ。
親と祖母の介護をすることを条件に、うちは四人で俺の祖母の家に同居する。」
引っ越し予定の夫婦の夫の発言に、隣家の夫は驚いた。
「田舎すぎて仕事がないから、ご両親の代から田舎を捨てるつもりで都会に出たほどの田舎だったんだろう?」
「ライフラインを整えて、在宅勤務ができる職場に変えた。
金はいくらあっても足りず、収入は減る。」
「ローンの支払いが残っているのに、生活していけるのか?」
「貯金はすっからかんで、借金しか残らないところからの再スタートになっても、娘の人生には代えられない。」
「娘が引き戻せないくらいの奈落へ堕とされる前に。
傷が浅いうちなら、まだなんとかなる。
うちは、なんとしても逃げることにしたわ。」
引っ越し予定の夫婦の妻は、力説する。
「知ってしまったから?」
注意深く確認するのは、隣家の妻。
「知らなかったときは、そこまでするとは思っていなかったから、三年我慢すればと思ったけれど。
知ってしまったからには、逃げないわけにはいかない、と腹をくくったわ。」
引っ越し予定の夫婦の妻は、きっぱりと言う。
「家族四人で、田舎で祖母の介護をする負担は、軽くないわよ?」
心配するような隣家の妻に、引っ越し予定の夫婦の妻は揺るぎない覚悟を伝える。
「心配したり、不安になる段階はもう通り越している。
あとは、現実をどうにかやっていくしかないのよ。」
「せっかくの新居なのに。」
「夢と希望と財産は潰えて、借金と現実だけになったわ。」
「借金と現実だけになったけれど。
私達は、中二になっても、中三になっても、娘が無事でいる現実を確実にできた。」
スッキリした顔をしている引っ越し予定の夫婦の妻。
「中二になったときに、娘自身が娘の未来を諦めなくて済む手段が一つでもあるなら。
親の私達には、その一つを選ぶのに迷っている余裕はもうないところまできているわ。」
「それは、そうですけど。」
隣家の夫は、居心地悪そうに肩を揺らす。
「一日中介護があって、お金を稼げなくなるのは辛いと思う。」
「田舎に住む主人の祖母の介護だから。
これからが楽だとは思わないわ。」
「想像でしかないけれど、大変そう。」
隣家の妻は、気の毒そうに引っ越し予定の夫婦の妻を見ている。
「親が大変なら、その方がずっと健全よ。」
引っ越し予定の夫婦の妻の台詞に引っ越し予定の夫婦の夫は力強く頷いた。
「親の私達が苦労することになったとしても、娘の生まれてきた人生を台無しにするよりはずっといいですよ。」
奈美と萃は、二組の大人の会話を聞いてから、少しずつ、二組の姉妹へと距離を詰めていく。
引っ越しトラックの側に張り付く姉妹の元には、隣家の姉妹がいた。
引越し作業はもう終盤に差し掛かっており、その家に住んでいたであろう一家四人が、家の外に出ている。
夫婦と子ども二人。
子ども二人は、姉妹で中学生と小学生。
子ども二人のうち、中学生の姉の顔に見覚えがある。
奈美は、気を引き締めた。
中学生の姉は、今年度の新入生として、牡丹の庭中学校の学校紹介のホームぺージに載っていた。
強張った顔で、放送室のマイクに向かって話す写真が使われていた少女だ。
姉妹は、引っ越し用トラックに張り付いている。
目立たないように、隠れようとしているのかもしれない。
荷物の搬出を一言も発しないで見守る姉妹とは対照的に。
両親は、引越し業者と大声で話しながら引越し作業を勤しんでいる。
隣家から、人が出てきた。
隣家から出てきたのは、四人。
夫婦と姉妹。
姉妹は、中学生と小学生。
姉妹の姉は、牡丹の庭中学校のホームぺージの今年度の学校紹介で、音楽室でリコーダーを吹く写真が載っていた。
萃が、手記をしたためたのではないか、と注目していた二人のうちの一人は、今日、牡丹の庭中学校の校区から引っ越していく。
引っ越し予定の夫婦が、隣家の夫婦に挨拶を始めた。
「早めにお宅もここから出るんだ。
出るなら、今しかない。」
引っ越し予定の夫婦のうち、夫の方が隣家の夫を急かしている。
「中一までは、まだまし。
中二になったら、手遅れになってしまう。」
引っ越し予定の夫婦の妻は、夫と一緒に、隣家の妻を急かす。
「出ていきたいのは、やまやまだが、うちにはそんな余裕がない。」
隣家の夫は悔しそうにしている。
「借金を背負ってでも、増やしてでもいいから、娘が中一のうちにここから逃げ出すんだ。」
引っ越し予定の夫婦の夫は、隣家の夫の肩に手を乗せて、繰り返した。
「だが、余裕がないんだ。どうやって金を工面すればいいんだ?」
隣家の夫は、余裕がないと繰り返す。
「うちは、親戚中に頭を下げた。
十万でも二十万でもいい、引っ越し費用じゃなくて、新しい学校の制服代としてでもいいから貸してくれと頼み込んだ。
親と祖母の介護をすることを条件に、うちは四人で俺の祖母の家に同居する。」
引っ越し予定の夫婦の夫の発言に、隣家の夫は驚いた。
「田舎すぎて仕事がないから、ご両親の代から田舎を捨てるつもりで都会に出たほどの田舎だったんだろう?」
「ライフラインを整えて、在宅勤務ができる職場に変えた。
金はいくらあっても足りず、収入は減る。」
「ローンの支払いが残っているのに、生活していけるのか?」
「貯金はすっからかんで、借金しか残らないところからの再スタートになっても、娘の人生には代えられない。」
「娘が引き戻せないくらいの奈落へ堕とされる前に。
傷が浅いうちなら、まだなんとかなる。
うちは、なんとしても逃げることにしたわ。」
引っ越し予定の夫婦の妻は、力説する。
「知ってしまったから?」
注意深く確認するのは、隣家の妻。
「知らなかったときは、そこまでするとは思っていなかったから、三年我慢すればと思ったけれど。
知ってしまったからには、逃げないわけにはいかない、と腹をくくったわ。」
引っ越し予定の夫婦の妻は、きっぱりと言う。
「家族四人で、田舎で祖母の介護をする負担は、軽くないわよ?」
心配するような隣家の妻に、引っ越し予定の夫婦の妻は揺るぎない覚悟を伝える。
「心配したり、不安になる段階はもう通り越している。
あとは、現実をどうにかやっていくしかないのよ。」
「せっかくの新居なのに。」
「夢と希望と財産は潰えて、借金と現実だけになったわ。」
「借金と現実だけになったけれど。
私達は、中二になっても、中三になっても、娘が無事でいる現実を確実にできた。」
スッキリした顔をしている引っ越し予定の夫婦の妻。
「中二になったときに、娘自身が娘の未来を諦めなくて済む手段が一つでもあるなら。
親の私達には、その一つを選ぶのに迷っている余裕はもうないところまできているわ。」
「それは、そうですけど。」
隣家の夫は、居心地悪そうに肩を揺らす。
「一日中介護があって、お金を稼げなくなるのは辛いと思う。」
「田舎に住む主人の祖母の介護だから。
これからが楽だとは思わないわ。」
「想像でしかないけれど、大変そう。」
隣家の妻は、気の毒そうに引っ越し予定の夫婦の妻を見ている。
「親が大変なら、その方がずっと健全よ。」
引っ越し予定の夫婦の妻の台詞に引っ越し予定の夫婦の夫は力強く頷いた。
「親の私達が苦労することになったとしても、娘の生まれてきた人生を台無しにするよりはずっといいですよ。」
奈美と萃は、二組の大人の会話を聞いてから、少しずつ、二組の姉妹へと距離を詰めていく。
引っ越しトラックの側に張り付く姉妹の元には、隣家の姉妹がいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる