言霊の手記

かざみはら まなか

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第3章 少女のSOSは、依頼となり、探偵を動かす。

59.引越し作業をする一家と見送る隣家。『娘が中二になる前に。』

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住宅地の中を歩いていると、引越し作業をしているお宅があった。

引越し作業はもう終盤に差し掛かっており、その家に住んでいたであろう一家四人が、家の外に出ている。

夫婦と子ども二人。

子ども二人は、姉妹で中学生と小学生。

子ども二人のうち、中学生の姉の顔に見覚えがある。

奈美は、気を引き締めた。

中学生の姉は、今年度の新入生として、牡丹の庭中学校の学校紹介のホームぺージに載っていた。

強張った顔で、放送室のマイクに向かって話す写真が使われていた少女だ。

姉妹は、引っ越し用トラックに張り付いている。

目立たないように、隠れようとしているのかもしれない。

荷物の搬出を一言も発しないで見守る姉妹とは対照的に。

両親は、引越し業者と大声で話しながら引越し作業を勤しんでいる。

隣家から、人が出てきた。

隣家から出てきたのは、四人。

夫婦と姉妹。

姉妹は、中学生と小学生。

姉妹の姉は、牡丹の庭中学校のホームぺージの今年度の学校紹介で、音楽室でリコーダーを吹く写真が載っていた。

萃が、手記をしたためたのではないか、と注目していた二人のうちの一人は、今日、牡丹の庭中学校の校区から引っ越していく。

引っ越し予定の夫婦が、隣家の夫婦に挨拶を始めた。

「早めにお宅もここから出るんだ。

出るなら、今しかない。」

引っ越し予定の夫婦のうち、夫の方が隣家の夫を急かしている。

「中一までは、まだまし。

中二になったら、手遅れになってしまう。」

引っ越し予定の夫婦の妻は、夫と一緒に、隣家の妻を急かす。

「出ていきたいのは、やまやまだが、うちにはそんな余裕がない。」

隣家の夫は悔しそうにしている。

「借金を背負ってでも、増やしてでもいいから、娘が中一のうちにここから逃げ出すんだ。」

引っ越し予定の夫婦の夫は、隣家の夫の肩に手を乗せて、繰り返した。

「だが、余裕がないんだ。どうやって金を工面すればいいんだ?」

隣家の夫は、余裕がないと繰り返す。

「うちは、親戚中に頭を下げた。

十万でも二十万でもいい、引っ越し費用じゃなくて、新しい学校の制服代としてでもいいから貸してくれと頼み込んだ。

親と祖母の介護をすることを条件に、うちは四人で俺の祖母の家に同居する。」

引っ越し予定の夫婦の夫の発言に、隣家の夫は驚いた。

「田舎すぎて仕事がないから、ご両親の代から田舎を捨てるつもりで都会に出たほどの田舎だったんだろう?」

「ライフラインを整えて、在宅勤務ができる職場に変えた。

金はいくらあっても足りず、収入は減る。」

「ローンの支払いが残っているのに、生活していけるのか?」

「貯金はすっからかんで、借金しか残らないところからの再スタートになっても、娘の人生には代えられない。」

「娘が引き戻せないくらいの奈落へ堕とされる前に。

傷が浅いうちなら、まだなんとかなる。

うちは、なんとしても逃げることにしたわ。」

引っ越し予定の夫婦の妻は、力説する。

「知ってしまったから?」

注意深く確認するのは、隣家の妻。

「知らなかったときは、そこまでするとは思っていなかったから、三年我慢すればと思ったけれど。

知ってしまったからには、逃げないわけにはいかない、と腹をくくったわ。」

引っ越し予定の夫婦の妻は、きっぱりと言う。

「家族四人で、田舎で祖母の介護をする負担は、軽くないわよ?」

心配するような隣家の妻に、引っ越し予定の夫婦の妻は揺るぎない覚悟を伝える。

「心配したり、不安になる段階はもう通り越している。

あとは、現実をどうにかやっていくしかないのよ。」

「せっかくの新居なのに。」

「夢と希望と財産は潰えて、借金と現実だけになったわ。」

「借金と現実だけになったけれど。

私達は、中二になっても、中三になっても、娘が無事でいる現実を確実にできた。」

スッキリした顔をしている引っ越し予定の夫婦の妻。

「中二になったときに、娘自身が娘の未来を諦めなくて済む手段が一つでもあるなら。

親の私達には、その一つを選ぶのに迷っている余裕はもうないところまできているわ。」

「それは、そうですけど。」

隣家の夫は、居心地悪そうに肩を揺らす。

「一日中介護があって、お金を稼げなくなるのは辛いと思う。」

「田舎に住む主人の祖母の介護だから。

これからが楽だとは思わないわ。」

「想像でしかないけれど、大変そう。」

隣家の妻は、気の毒そうに引っ越し予定の夫婦の妻を見ている。

「親が大変なら、その方がずっと健全よ。」

引っ越し予定の夫婦の妻の台詞に引っ越し予定の夫婦の夫は力強く頷いた。

「親の私達が苦労することになったとしても、娘の生まれてきた人生を台無しにするよりはずっといいですよ。」

奈美と萃は、二組の大人の会話を聞いてから、少しずつ、二組の姉妹へと距離を詰めていく。

引っ越しトラックの側に張り付く姉妹の元には、隣家の姉妹がいた。
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