言霊の手記

かざみはら まなか

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第3章 少女のSOSは、依頼となり、探偵を動かす。

60.少女達は、子どもだけでは地獄から抜け出せないことを知っている。牡丹の庭中学校の生徒が知っていて、生徒の親が知ろうとしなかったこと。

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「後ろの集団は、後ろに引っ込ませて。」

奈美が萃に話しかける。

「こちらの動きは察せても声は聞こえない距離まで近付こうとすると、突風で視界が塞がれて前に進めなくなる。」

萃の声を風に馴染んだ。

奈美と萃は、話し込んでいる二組の夫婦をよけて、引っ越しトラックの陰に隠れるようにして四人で身を固めてヒソヒソしている少女達に接近する。

少女達は、四人にしか聞こえないような小さな声で言葉を交わしていた。

「良かったね、地獄から出て行けて。」

「お先に、ごめんね。」

「私達も早く出ていきたい。」

「うちの親は、全然決断する気がないから、無理かも。」

「どうにもならない?」

「娘が三年我慢して、親が見なかったことにすれば、ここでやり過ごすことができると思っているんじゃないかな。」

「三年も我慢なんて無理。

引き返せるのは、中一の間だけなんだって。」

「私は何度もそう言っているんだけど。

一年間何とかやれてるなら、あと二年、どうにかやれるだろうとお父さんが。」

「何とかやれているように振舞わなくちゃいけないから、そうしてきただけなのにね。」

「本当にそう。」

「お父さんが全然分かっていないなら、お母さんはなんて言っている?」

「お母さんは、こんなところにいたくない、と言っているけれど、お父さんがいないと生活できないから、お父さんが動かないことにはどうしようもない、とさじを投げている。」

「親がさじを投げたら、駄目だよ。

お母さんと力を合わせて、お父さんを説得しないと。」

「お父さんに説得しようとすると、お父さんは凄く機嫌が悪くなる。」

「家の中の空気が悪くなるからとか言っている場合じゃないって。

何もしないでいたら、このまま中二になっちゃう!」

「うん。私は毎日でも話し合いをしたいのに、お父さんもお母さんも逃げ出す話は、私と話そうとしない。

お母さんは、お父さんが決めてくれないとどうにもならないからお父さんにまず話をしてきて、としか言わなくなってきた。」

「そんな!」

四人の少女に沈黙が訪れる。

「瑠璃ちゃんのお父さんとお母さんは、いいお父さんとお母さんだね。」

ぽつりと隣家の姉が言う。

「うちの親も、瑠璃ちゃんのお父さんとお母さんみたいだったら良かったのに。」

隣家の妹は、悔しがった。

「うん。引っ越しでうちの家族が失うものは多いよ。

失うものを数えたら、数え終わらないと思う。」

引っ越し予定の姉が言う。

「親戚にお金貸してもらっているから、お年玉はうちだけ貰えないことになった。」

引っ越し予定の妹は、おどけて言った。

「うちがお金の返済を終えるまでは、大きな買い物や旅行はできないって。」

ため息混じりに吐き出す、引っ越し予定の姉。

「これから、私達は家族四人、お金を使うことにびくびくしながら生きていくんだよ。」

引っ越し予定の妹は、ね、お姉ちゃんと姉に同意を求める。

「引っ越ししたら、楽しいことが何もなくなるね。」

隣家の妹がポソッと漏らした感想に、再び沈黙が訪れる。

「うん。それでも、中二になったときにここにいたくないから、出ていくことにしたの。」

引っ越し予定の姉が、沈黙を破った。

「もう戻らないよね?」

隣家の姉の念を押すような確認に、引っ越し予定の姉は未練なく頷く。

「うん。前に行ったときは、二度と行きたくないと思ったくらいにすることがなかったところで、楽しみにはしていないけれど、今は田舎に行きたくて仕方がない。」

「車がないとどこにも行けなくて、気が合う人は絶対に見つけられないような場所だよ。」

引っ越し予定の妹は、口を尖らせる。

「ええ。住むのをためらっちゃう。」

隣家の妹は、無邪気そうに田舎の感想を口にした。

「虫とおじさんおばさんと、お父さんのお祖母ちゃんしかいないんだよ。」

引っ越し予定の妹が話す引っ越し先についての話を盗み聞きしているだけの奈美と萃には、牡丹の庭中学校の校区と引っ越し先には大差がないように感じている。

「そんなところ、住みたくないよね。

そこに住まなくちゃいけないの?」

隣家の妹の発言は、引っ越し予定の妹を引き止めようという意図があるのかもしれない。

四人の少女の会話を聞いた奈美と萃は、隣家の妹には探偵の存在を勘付かせないと決めた。

「でも、そこしかないんだよ。

私達が住むところ。

他も探したけれど、他には行けないんだって。」

引っ越し予定の妹は、隣家の妹の発言に引きずられなかった。

空気が悪くなったのを察した、引っ越し予定の姉は、空気を軽くしようとした。

「引っ越しするなら、今よりもいいところに住めるんだと思っていたよ。」

隣家の姉は、引っ越し予定の姉に調子を合わせる。

「牡丹の庭は最悪だからね。」

「引っ越した先は、二番目に最悪な場所になるかもしれない。」

引っ越し予定の姉のおどけた言い方に、引っ越し予定の妹が乗っかる。

「なるよ。住みたくなるような楽しみが一つもないんだから。」

「だけど、牡丹の庭中学校で中二になりたくない私達が住める場所は、そんなところしかないんだよね。」

隣家の姉妹も、良くなった会話の空気を悪くしようとはしない。

「嫌だね。こんな人生。」

「うん、嫌だよね。」

「親には、こんなところに住まないでほしかった。」

引っ越し予定の妹が、無念そうにこぼして、少女達の会話は転がりだす。

「せめて、すぐに引っ越せるだけのお金待ちだったら良かったのに。」

「お金持ちでも、お金を使わないお金持ちもいるって話題になったよね?」

「うん。中二になってから、引っ越した人いたよね。」

「中二になったら手遅れだって。生徒は皆知っているのに。

あそこの親は、自分の娘だけは大丈夫だと思っていたんだって。」

「大丈夫だと考えていた親の根拠は何だったの?」

「こっそりお金を払っていたみたい。」

「誰に?」

「学校に来るおじさん達に。」
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