言霊の手記

かざみはら まなか

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第3章 少女のSOSは、依頼となり、探偵を動かす。

65.自然現象が、萃を傷付けないのは?萃の人生が変わった日。

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自然現象は、萃を傷付けない。

そよ吹く風が台風になって外出をキャンセルしたり、にわか雨が豪雨になってずぶ濡れになったりすることはあっても。

自然現象は、人とは違って、萃に牙をむかない。

萃の家系は、手広く事業を手掛けており、一族の女性が本家の当主になる。

一族の女性限定なのは、萃の家系に特有のシャーマンの特性が、一族の女性にしかあらわれないから。

萃は、シャーマンの資質を開花させ、当主に認められて、次代の当主に内々定している。

風が萃の助けになっているのは、萃のシャーマンの特性が活かされているからだ。

萃のシャーマンとしての能力は、決して低くない。

稀有なほどの能力だ。

それにもかかわらず、萃の進路が内々定なのは、萃自身の事情によるものではない。

現当主は、萃の祖母の世代で、萃が生まれる前は、萃の母の世代に後継者とされた一族の女性がいた。

萃の母は一族の女性でありながら、シャーマンの特性を持ち合わせていなかったため、一族ではない有能な男を婿にし、萃を出産した。

有能な婿である萃の実父は、萃の一族の力との相乗効果で、有能さを発揮し、財を大きくし、一族内外で存在感を強めていった。

萃の母が、萃を出産してしばらくの間、萃がシャーマンの特性を発揮することはなかった。

事態が動いたのは、萃に自我が芽生え、意思を持つようになってから。

一族の女性が集まったとき。

現当主は、現れた萃を見て、後継者を萃に変更する、と告げた。

後継者の変更は、一族としては異例。

一族には、一世代を飛ばさなくても、という意見も出た。

しかし。

稀代のシャーマンである萃を次期当主にしないことは、一族を繁栄から遠ざけるという現当主の声の威力は大きかった。

一族は、就学前の子どもに過ぎなかった萃に内々定を与え、様子を見ることにした。

後継者が決まっていたところに萃がわりこんだのなら、萃の前に割り込む存在が今後生まれないとも限らない。

また、萃のシャーマンの特性がこのまま成長しても変わらない保証はないのではないか、と一族は保険をかけたのだ。

このときに人生が変わったのは、萃だけではなかった。

年端のゆかぬ子どもの萃以上に、人生を変える準備期間を必要としたのは、大人だった。

それまでの環境を変え、新しい環境へ飛び込み、新しい環境に適応して、今までとは異なる生活を始めなくてはいけない。

大人には、子どもの萃とは異なり、生活が軌道にのるまで面倒をみてくれる保護者がいない。

萃の一族のシャーマンの特性が現れた後継ぎは、現当主の養子に入り、本家を継ぐ。

本家に対する一族の影響力を削ぐため、次代となる娘の親は一族の要職を外れ、名誉職に就く。

現当主が、萃を後継に変更したことで、生き方を変えることになった人物は、萃を含めて六人いた。

萃の前に後継者と目されていた女性は、当主にならない生き方を模索しなくてはならなくなった。

当主は、代々未婚を貫くため、萃の前に後継者であった女性は、結婚を視野に入れて生きてこなかった。

元後継者の女性は、結婚するもしないも突然解禁となった代わりに、将来の保証もなくなったことになる。

萃の前に後継者だった女性の親は名誉職についていたが、女性が後継を外れるに伴い、名誉職からひくことになった。

しかし、他の仕事をしてきた期間よりも、名誉職に就いてからの期間の方がはるかに長かったため、新しい仕事は苦労の連続となり、早々にリタイアを決めた。

萃の前に後継だった女性とその親の行く末は、萃の人生には直接関係がない。

萃にとって衝撃は。

萃が後継者に内々定したことで、一人娘だった萃と実父の関係に亀裂が入ったこと、だった。

萃の母は、萃の前の後継者となっていた女性とは同世代の一族の娘。

萃にシャーマンの特性があると知らされた母は、最初は混乱したものの、萃という我が子の手を離して、当主の養子にすることを同意するまで、時間はかからなかった。

『萃のお母さんとは呼ばれなくなっても、萃を娘として思う心は、萃がどこにいても、萃が幾つになっても変わらないからね。』

萃の母は、萃が当主の養子に入る日に、萃に付き添い、萃を抱き上げながら、変わらぬ愛を萃に残した。

一月後。

『これからの萃をお導きくださるご当主様に、これまでの萃を育てた生みの母が、ご挨拶申し上げます。』

萃を手放した萃の母が、一族の当主に一人で挨拶に現れたとき。

萃は、当主の一番近くに座って挨拶する母を眺めていた。

お母さんとは呼ぶことはなくなっても、萃の心の中で呼びかける母は、一月前まで萃を生み育ててきた生母だ。

何の挨拶にきたのか、と萃は生母が口を開くのを大人しく待っていた。

『私は、萃を愛し、萃の実父となる夫のことも愛しております。

名誉職を承り、光栄にございますれば、これを機としまして、私は夫と孤島へ参ることにしました。』
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