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第3章 少女のSOSは、依頼となり、探偵を動かす。
66.萃の実父母と就学前の萃。
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萃の生母が萃の実父と孤島に引きこもる挨拶に来たことに対して、当主は、聞き返さなかった。
『そうか。』
当主は、萃の生母が挨拶に来た事情も理由も理解していた。
『私の夫は、私と結婚してから、一族のさらなる飛躍へと意欲的に取り組んでまいりました。
これからの夫の生き方が、幸先良いものになるよう、孤島で二人で人生を見つめて参ります。』
この日、萃の母は、萃の実父を連れて、孤島に引きこもることを宣言するために、当主への挨拶をしに訪れたのだ。
萃は、母の挨拶を聞いて淋しく思いながらも、とうとうきたか、と冷静に見ていた。
一族の後押しを有効活用し、萃の実父は、結婚してから成功を積み重ねていた。
『娘の萃が、シャーマンとしての資質を開花させる特性を秘めていたから、萃の実父は成功したのではないか。』
そんな意見は、萃が後継者に指名された瞬間に、一族からあがった。
『萃が生まれる前から、萃の実父には成功の兆しがあった。』
そう告げた当主は、萃が生まれた後については、言及しなかった。
一族としての答えは、当主が言及しなかった部分にある。
萃の実父の成功は、シャーマンの娘の成果を横取りした成功だと一族に認識されることとなった。
萃の実父がどれだけ否定しても、誰の耳にも、萃の実父の言葉は届かない現状に苦しむ父の姿は、萃の胸を締め付けた。
それでも、萃は、父を慰めることも庇うこともしなかった。
父が、現状を受け入れるより他にないと萃も思っていたから。
萃の実父が、一族の決定に反発したことを知った萃は。
萃が生まれた後の成功も生まれる前の成功も、自身の成したものだからと手放すことを実父が拒否していると聞いていた。
シャーマンの萃のお陰だから、成功は一族に還るもの、全ての成功を手放せと言われて怒髪天を衝く実父の姿は、萃が見たことがないくらいに恐ろしかった。
こみ上げる怒りをぶちまけたいのに、誰にも相手にされない状況が、実父を苦しめた。
荒れ狂う夫を懐柔しながら、萃を守ろうとする実母の姿を萃は見ていた。
萃が、実父母の元から当主の元へと出発する日。
萃の実父は、自慢の可愛い一人娘だった萃を視界に入れようとはしなかった。
生母の手を握った萃は、生母によって当主の暮らす家に送り届けられた。
実父の元に帰る母の姿が見えなくなるまで、萃は手を振って見送った。
一族の娘が、生母と別れて後継ぎになるために当主の養子になることは、一族の娘にとってはおかしなことではない。
萃は、一族の娘として、シャーマンとして己の身をどこにおくのが良いかを理解していた。
一族の生まれである萃の母は。
萃が後継者になると同時に名誉職に就いた。
一族の外から婿に入った萃の実父は。
娘の萃がシャーマンとして次代に指名されたときに。
一族に利をもたらすような仕事で成果をあげて、一族に認められ、ひいては、一族の要職に就いて重用される、という未来が立ち消えた。
一族の娘である生母のように、人生の変化を受け入れることを。
周りが思う以上に、萃の実父は抵抗した。
『これまで、ご苦労でした。
これからは、代わりの者が引き継ぎます。』
後継者となった萃の実父が、一族の要職に就くことはないという説明は、実父の怒りに油を注ぐことになった。
『俺が今までしてきたことを賞賛して、共にやってきたじゃないか!
俺は、まだ途中だと思っている。
俺の計画では、まだ上がある。
ここで終わらせたら、俺もあんたも、何のためにやってきたんだ!』
萃の実父は、説得を試みたが、一族の者は事実を説明するのみで、説明に応じない。
『これからは、一族の采配に入れます。
萃様のお力の影響は既に及んでいたということですから。』
『俺の成功が俺の力ではなく、俺が成したものではないから、俺が成果を握っていることはおかしいと言いたいのか?』
萃の実父は、一日にしてひっくり返された評価への憤りと奪われる恐怖を燃料に戦おうとしていた。
『萃さまの影響と一族の力があって、活かされた才能もありましょう。』
萃の実父の怒りは、暖簾に腕押しに終わる。
『一族の力に寄っかかってきた成果だから、全部寄越せ、だと?
俺が無策でやってきたわけがないだろうが!』
共に成功へと突き進んできた仲間に、成すすべもなく、羽をもがれようとしていることが、萃の実父の態度と心をより頑なにした。
『一族の掟に従い、次代の当主に影響を及ぼさぬよう、これからは、お静かにお暮らしください。』
『全部手放して隠居していろ?
俺を馬鹿にするな!』
萃の実父は、一族に飼い殺しにされることを厭うた。
名誉職の萃の母の夫として生きよ、と生き方を決められることは、萃の父には耐えられなかった。
『別れてくれ。』
萃の父は、萃の母に離婚を要求してきた。
『俺は、俺を評価してくれる人のところへいく。』
萃の生母は、思いとどまるようにと、萃の実父を止めた。
『あなたは、一族の中に入って仕事をしてきました。
今さら、一族と無関係にはなれません。』
一族の娘である萃の母は、萃の実父が突き進むだろう現実を予想できない妻ではなかった。
『おかしな妄言に突き動かされる一族なんて、こりごりだ。』
『それでも、ここがあなたの生きていく場所です。
あなたと私が、萃の実父母として生きていく場所は、ここにしかありません。』
萃の生母は、愛やお金や勢いだけではもはや生きていけないことを伝えて、夫を思いとどまらせようとした。
『こんなところで、生きながら殺されてたまるか。
俺は出ていく。』
『萃もあなたも私も、一蓮托生です。
萃は、私達夫婦から生まれた娘です。』
『母親の自覚がないからこそ、他人に言われて、うちの娘を手放したんだろうが!』
萃の実父の激昂に、妻は、一族の娘として分かりきっている事実を伝えた。
『シャーマンの特性が開花した萃は、シャーマンの特性を伸ばす方が生きやすくなります。』
『シャーマンなどと意味のわからないことを言って。
萃は一人娘なんだ。
萃は、俺が連れて行く。
妄言で子どもを振り回すような親戚と母親のもとに、萃は置いておけない。
俺のこれまでの稼ぎについても、弁護士をたてて争うからな。』
萃の実父は、萃の親権についての話し合いと財産分与についての相談を妻に持ち出した。
この瞬間に。
萃の実父は、一族にとって生かしておくわけにはいかない人物へと、価値を一変させてしまった。
萃の母は、家から出て弁護士に相談しようとする行動力の高い夫が行動に移す前に、当主に相談して手を打ったのだ。
『そうか。』
当主は、萃の生母が挨拶に来た事情も理由も理解していた。
『私の夫は、私と結婚してから、一族のさらなる飛躍へと意欲的に取り組んでまいりました。
これからの夫の生き方が、幸先良いものになるよう、孤島で二人で人生を見つめて参ります。』
この日、萃の母は、萃の実父を連れて、孤島に引きこもることを宣言するために、当主への挨拶をしに訪れたのだ。
萃は、母の挨拶を聞いて淋しく思いながらも、とうとうきたか、と冷静に見ていた。
一族の後押しを有効活用し、萃の実父は、結婚してから成功を積み重ねていた。
『娘の萃が、シャーマンとしての資質を開花させる特性を秘めていたから、萃の実父は成功したのではないか。』
そんな意見は、萃が後継者に指名された瞬間に、一族からあがった。
『萃が生まれる前から、萃の実父には成功の兆しがあった。』
そう告げた当主は、萃が生まれた後については、言及しなかった。
一族としての答えは、当主が言及しなかった部分にある。
萃の実父の成功は、シャーマンの娘の成果を横取りした成功だと一族に認識されることとなった。
萃の実父がどれだけ否定しても、誰の耳にも、萃の実父の言葉は届かない現状に苦しむ父の姿は、萃の胸を締め付けた。
それでも、萃は、父を慰めることも庇うこともしなかった。
父が、現状を受け入れるより他にないと萃も思っていたから。
萃の実父が、一族の決定に反発したことを知った萃は。
萃が生まれた後の成功も生まれる前の成功も、自身の成したものだからと手放すことを実父が拒否していると聞いていた。
シャーマンの萃のお陰だから、成功は一族に還るもの、全ての成功を手放せと言われて怒髪天を衝く実父の姿は、萃が見たことがないくらいに恐ろしかった。
こみ上げる怒りをぶちまけたいのに、誰にも相手にされない状況が、実父を苦しめた。
荒れ狂う夫を懐柔しながら、萃を守ろうとする実母の姿を萃は見ていた。
萃が、実父母の元から当主の元へと出発する日。
萃の実父は、自慢の可愛い一人娘だった萃を視界に入れようとはしなかった。
生母の手を握った萃は、生母によって当主の暮らす家に送り届けられた。
実父の元に帰る母の姿が見えなくなるまで、萃は手を振って見送った。
一族の娘が、生母と別れて後継ぎになるために当主の養子になることは、一族の娘にとってはおかしなことではない。
萃は、一族の娘として、シャーマンとして己の身をどこにおくのが良いかを理解していた。
一族の生まれである萃の母は。
萃が後継者になると同時に名誉職に就いた。
一族の外から婿に入った萃の実父は。
娘の萃がシャーマンとして次代に指名されたときに。
一族に利をもたらすような仕事で成果をあげて、一族に認められ、ひいては、一族の要職に就いて重用される、という未来が立ち消えた。
一族の娘である生母のように、人生の変化を受け入れることを。
周りが思う以上に、萃の実父は抵抗した。
『これまで、ご苦労でした。
これからは、代わりの者が引き継ぎます。』
後継者となった萃の実父が、一族の要職に就くことはないという説明は、実父の怒りに油を注ぐことになった。
『俺が今までしてきたことを賞賛して、共にやってきたじゃないか!
俺は、まだ途中だと思っている。
俺の計画では、まだ上がある。
ここで終わらせたら、俺もあんたも、何のためにやってきたんだ!』
萃の実父は、説得を試みたが、一族の者は事実を説明するのみで、説明に応じない。
『これからは、一族の采配に入れます。
萃様のお力の影響は既に及んでいたということですから。』
『俺の成功が俺の力ではなく、俺が成したものではないから、俺が成果を握っていることはおかしいと言いたいのか?』
萃の実父は、一日にしてひっくり返された評価への憤りと奪われる恐怖を燃料に戦おうとしていた。
『萃さまの影響と一族の力があって、活かされた才能もありましょう。』
萃の実父の怒りは、暖簾に腕押しに終わる。
『一族の力に寄っかかってきた成果だから、全部寄越せ、だと?
俺が無策でやってきたわけがないだろうが!』
共に成功へと突き進んできた仲間に、成すすべもなく、羽をもがれようとしていることが、萃の実父の態度と心をより頑なにした。
『一族の掟に従い、次代の当主に影響を及ぼさぬよう、これからは、お静かにお暮らしください。』
『全部手放して隠居していろ?
俺を馬鹿にするな!』
萃の実父は、一族に飼い殺しにされることを厭うた。
名誉職の萃の母の夫として生きよ、と生き方を決められることは、萃の父には耐えられなかった。
『別れてくれ。』
萃の父は、萃の母に離婚を要求してきた。
『俺は、俺を評価してくれる人のところへいく。』
萃の生母は、思いとどまるようにと、萃の実父を止めた。
『あなたは、一族の中に入って仕事をしてきました。
今さら、一族と無関係にはなれません。』
一族の娘である萃の母は、萃の実父が突き進むだろう現実を予想できない妻ではなかった。
『おかしな妄言に突き動かされる一族なんて、こりごりだ。』
『それでも、ここがあなたの生きていく場所です。
あなたと私が、萃の実父母として生きていく場所は、ここにしかありません。』
萃の生母は、愛やお金や勢いだけではもはや生きていけないことを伝えて、夫を思いとどまらせようとした。
『こんなところで、生きながら殺されてたまるか。
俺は出ていく。』
『萃もあなたも私も、一蓮托生です。
萃は、私達夫婦から生まれた娘です。』
『母親の自覚がないからこそ、他人に言われて、うちの娘を手放したんだろうが!』
萃の実父の激昂に、妻は、一族の娘として分かりきっている事実を伝えた。
『シャーマンの特性が開花した萃は、シャーマンの特性を伸ばす方が生きやすくなります。』
『シャーマンなどと意味のわからないことを言って。
萃は一人娘なんだ。
萃は、俺が連れて行く。
妄言で子どもを振り回すような親戚と母親のもとに、萃は置いておけない。
俺のこれまでの稼ぎについても、弁護士をたてて争うからな。』
萃の実父は、萃の親権についての話し合いと財産分与についての相談を妻に持ち出した。
この瞬間に。
萃の実父は、一族にとって生かしておくわけにはいかない人物へと、価値を一変させてしまった。
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