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第二十五話 塔の中の悪事

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 蒼穹の塔は、今日も人が多いようです。ですが、それも六階まで。七階へ上る階段の周囲には、人影はありません。

「まあ、この上に行こうって連中はさすがに数が少ないからな」

 とはいえ、一番上にいる組以外にも、いくつかの組や団が探索を続けているのだとか。

 ですが、九階では誰にも行き会いませんでしたね。

「多分、この上に行く連中ならどこかに拠点を築いているから、そことの行き来に出くわさなかっただけだろうな」

 蒼穹の塔は大きな迷宮ですから、それだけ多くの人が探索者として入っているのでしょう。



 無事九階を超えて、ニカ様と私にとっては初の十階です。

「ここまでほとんどお嬢達だけで魔物を倒したな……」
「実際倒しているのは、ベーサだけよ」
「お任せください!」

 特に七階からここまでは幽霊ばかりが出ますからね。この先、物理攻撃が効く魔物が出て来たら、きっとカルさんが活躍するのでしょう。

 十階で出るのも、幽霊です。地図によれば、九階よりもさらに広い空間に、様々な種類の幽霊が出てくるようですね。

 この幽霊階層は、十二階まで続くそうです。

「この階とその上、さらに上までですね。あ、火炎槍!」

 目前に現れたのは、衣装からして下級貴族の令嬢のようです。ドレス姿ですが、ちょっと質素なものなのでそう判断してます。

 こういのって、国によっても違うんでしょうか。

 そして、令嬢らしき幽霊が落としたのは、初めての宝石です。緑色のころんとした石。これは……

「お、ヒスイが出たか。ついてるな」
「そうなんですか?」
「こいつは宝石としての価値は低いんだが、一部で幸運を運ぶ石と言われてるんだ。おかげで人気が高い。当然、買い取り金額もな」

 まあ。私の手の中にあるヒスイと呼ばれる石は小指の先の半分程度の大きさですが、これ一つで中銀貨五枚の値段がつくそうです。

 星の和み亭、一泊二食付きの料金を払って、おつりがきますね。

 どうやら、令嬢令息の幽霊はそれなりの宝石を落とすようで、その後も黒曜石や瑠璃石が出ました。

「なかなかダイヤは出ないわね」
「出たら面白いですよね」
「お嬢達……面白いって……」

 だって、迷宮で幽霊を倒したらダイヤが出るなんて、面白いでしょう? 幽霊が人の姿に見えるので、ちょっと追い剥ぎのような気分になりますけど。

 十階、十一階は九階に雰囲気が似ています。暗くて明かりがなければ進めないお屋敷の廊下や部屋という印象です。

 それが十二階に上がった途端、変わりました。

「まあ」
「これは……夜ですね」

 階段を上った先にあったのは、広いホールです。しかも、ガラスをふんだんに使った窓からは、外が見えました。

 ですが、その景色は塔の外のものではありません。庭園のようです。

 その庭園は夜で、空には大きな月が昇っています。

「これは……庭園には出られないのかしら?」
「出られるぜ。ただ、ちょっと行くとすぐに壁があって、その壁は乗り越えられない」
「そうなのね……」

 ニカ様が残念そうに外をご覧になっています。確かに、綺麗な庭園ですから、ちょっと歩いてみたくなりますね。

 この窓、空けられないのかしら?

「お嬢、庭園に出るならそこからは無理だ。もうちょっと進んだところにテラスがあって、そこから出るんだよ」
「そうなんですね」

 折角なので、上に行く前に庭園に出てみようという事になりました。テラスに到着するまでに、下の階よりもいい衣装を着た幽霊に二十体近く出会いましたが、残念ながら皆さんダイヤは落としてくれません。

 一番良さそうな宝石で、ルビーでした。でもこのルビー、ちょっと色が悪くないですか?

「あまりいい品質のものではないわね」
「ですよね」
「お嬢様ってのは、宝石の目利きまで出来るのか?」

 カルさんが唸ってますけど、宝石は割と身近にあるアクセサリーですから、毎日見ていればいい物が悪い物かくらいは見分けられるようになります。

「毎日宝石見てるって時点で、もう別世界だっての」

 そういうものでしょうか?



 テラスから下りた庭園は、月光の下幻想的な姿を見せています。

「綺麗ですねえ」
「そうね」
「二人とも、気を付けろよ? ここも迷宮の中なんだからな?」
「防御用の結界は張ってあるから、大丈夫よ」
「いつでも攻撃用の術式が打てるよう、準備はしてあります」
「あ、そうっすか……」

 カルさんが、ちょっとしょんぼりしています。おかしいですね。備えは大事と、カルさん自身が言っていたのに。

 あら? 違いましたね。気を付けろと言っていたんでしたか。……まあ、どちらでも、似たような意味ですよ、きっと。

 庭園では、襲いかかってくるつるバラに出くわしました。あれも、魔物だそうです。

 これは剣が有効ですから、カルさんが率先して刈って……いえ、倒してくれました。

 つるバラが落とすのは、ガラス玉のようです。

「植物もガラス玉を落とすんですね」
「つるバラのガラスは、幽霊が落とすのとはまた違うぞ。買い取りの値段はこちらの方が少しだけ高い」

 つるバラが落としたガラス玉を拾い上げて、見てみます。確かに、下の幽霊が落とすガラス玉よりは大きいですが……あ。

「これ、少しですが魔力を帯びています」
「本当に?」
「ええ。何かの術式が付与されている訳ではないようですが……」
「その通り。つるバラが落とすガラスには、魔力が封じられている。だから買い取り金額が高いんだ」

 カルさん曰く、封じられた魔力を魔道具の動力源にするそうです。でも、凄く少ないですよ?

「そのまんま使うんじゃねえんだと。中の魔力を使い切って、外側を魔力の入れ物として使うって聞いたぜ?」

 ああ、なるほど。確かにガラス玉の中の魔力は少ないですが、容量はそこそこあるようです。

 中身を使い切った後の、入れ物だけを利用するって訳ですね。それでも、ただのガラス玉よりは大分お高く買い取ってもらえるようですけど。

「このガラス玉と同じ働きをする道具を作れる人間、いないんだとよ」
「まあ」

 それで高額になるんですね。つるバラが落とすガラス玉は、割と入手が簡単らしく、それを狙ってここに来る人も多いのだとか。

 その割には、周囲に人がいませんが。

「つるバラは、外の時間が夜になった方が多くガラス玉を落とすんだよ。だから、それ狙いの奴は今頃拠点地で休んでるか、他の魔物を狩ってるんじゃないか?」

 効率良くガラス玉を手に入れる為の行動なんですね。納得です。今は外の時間が昼なので、庭園には人の気配はありません。

 ただ、つるバラは容赦なく襲ってきますが。

「夜の方が多く落とすとの話ですが、十分落としていませんか?」

 既に拾ったガラス玉は五十を越えてます。夜の時間帯になったら、これ以上に落とすのでしょうか。

 私の問いに、カルさんが首を傾げました。

「いや、いつもならもっと少ないんだよ。何で今日に限ってこんなに落とすんだ? こいつら」

 あら、いつもよりも多いんですね。理由はわかりませんが、たくさん手に入るのなら、それに越したことはありません。

 何せ、学費を作らなくてはならないのですから!

 ……あら? 私、すっかり学校に行く気になってますねえ? その前にやらなくてはならない事は、山程ありますのに。



 庭園から中に戻り、上の階を目指します。

「十二階は庭園以外、めぼしいものを手に入れられる場所はないからな」

 ついでに、拠点地もないそうです。九階の次の拠点地は、十八階だとか。大分上ですね。

「十三階から上は、また雰囲気が変わるぞ」
「今度はどんな階層でしょう」
「楽しみね」

 私とニカ様の会話を聞いていたカルさんが、何となく引いてる気がするのですけど、気のせいですよね?

 階段を上がった先は、石造りの壁と床です。これは……

「聖堂……でしょうか?」

 高い天井を見上げつつ、呟いた言葉にカルさんが答えます。

「神殿とは違う作りなんだよなあ。どこの様式かは知らねえが。十八階まで、こんな感じだよ」

 オーギアンはエント、ホアガンと同じ宗教の国だそうで、たくさんの神様がいるそうです。神様ごとに神殿があるので、自分が特に信仰している神殿に寄進するのだとか。

「カルさんも寄進するんですか?」
「俺は戦いの神を信仰してるからな。御利益にあやかりたいんで、毎年一定額を寄進するようにしてるよ」

 意外です。でもカルさん曰く、探索者は信心深い人が多いんですって。やはり、人知を超えたものに触れているからでしょうか。

「この階層では、鳥や植物、コウモリ、蜘蛛なんかが出るそうよ」
「蜘蛛……ですか?」

 苦手なのですが。目の前に出たら、慌てて大規模魔法を使ってしまいそうです。

 私の顔が曇ったのを見て、カルさんが胸を叩きます。

「この階層は任せておけ。物理攻撃が効かない魔物は出ないからな」
「ベーサ、カルの申し出をありがたく受けておきましょう。結界は張っておくのだから、いきなり出て来ても触れずに済むし」
「ありがとうございます、ニカ様、カルさん……」

 本当に、虫とか蜘蛛とかだけは苦手でして。カエルやトカゲ、ヘビは割と平気なのですが。

 げんなりする私とは対照的に、カルさんが凄く元気なのですが。

「いやあ、やっと役に立てる階層に来たからな!」

 そういえば、下の階では出てくるのがほぼ幽霊だったので、私の魔法だけで対処していました。

 でもつるバラ刈りでは、頑張ってくれたではありませんか。ほぼ全てのつるバラを一人で刈ってくれたのですから。

 カルさんを先頭に、私、ニカ様と続きます。十三階は、静かな空間です。いえ、今までの階層も、賑やかだった訳ではありませんが。

 石の床に響くには、私達の足音だけのように感じられます。

「あ」

 ですが、前方に何やら人の気配です。しかも、戦っている?

「どうした? お嬢」
「その角の先で、戦っている人達がいます。これは……」

 魔物との戦闘ではないですね。人同士の争いです。

「ニカ様……」
「カル、迷宮内で探索者同士の戦闘を見た場合、どうするべきなの?」

 思わずニカ様に聞いてしまいましたが、確かにこの場合はカルさんに聞くべきでしたね……

「場合によりけりだな。理不尽に襲われてる場合は手助けする場合もあるし、ただの仲間割れだったら放っておく事もある」

 迷宮の中で起こる事は全て自己責任。探索者は魔物からも同業者からも自分の身を守れなくてはならない。それがカルさんの持論です。

「では、この場合は……」
「まずは状況を確かめてみようぜ」

 足早に進むと、騒動が聞こえてきます。

「うるせえ! お前らが悪いんだろうが!」
「ふざけるな! こんな事まで契約に含まれていないぞ!」
「へ! 甘い考えだったのが運の尽きだな」

 ……何となくですけど、一方が悪者ではないでしょうか。そっとカルさんを窺うと、凄く渋い顔をしています。

 角を曲がり、向こうの様子がわかると、先程聞こえていた声の主達が見えました。

 女性二人を、男性四人が取り囲んでいます。女性二人は、かなり劣勢です。

「おいおい、こんなところで何やってんだあ?」

 カルさんが軽い調子で声を掛けました。えええ? 何でそんなのんびりしてるんですか!? 急がないと、女性達が危険ですよ!

 思わずカルさんに駆け寄ろうとしましたが、後ろから肩を掴まれました。

「ニカ様」
「し! ここはカルの動きに合わせましょう」

 ニカ様に止められては、動く訳にも参りません。黙ってカルさんの行動を見る事になりました。

 いきなり声をかけられた男性陣は、警戒しているようです。

「何だ? おめえ」
「おいおい、迷宮の中にいるんだから、探索者に決まってんだろうがよ」
「そういう事じゃねえよ! おい、おめえ。俺らが紅蓮組だって知ってて邪魔してんのか?」

 ぐれん? どこかで聞いた事があるような……ああ、今一番最上階にいる組ですね。確か、人数が多いと聞ききました。

 え……あの人達、その組にいるんですか? 何だか、凄く残念な感じです。

 カルさんは、相手の言葉に大げさに驚いた様子を見せました。

「ああ? 紅蓮組ってなあ、迷宮の事を知らない素人を欺して身ぐるみ剥ぐのが得意の組なのかよ?」
「何だと!?」
「てめえ!」
「そうじゃなきゃ、そっちのお嬢さん二人がよっぽどひでえ事でもしたってのかよ? ああ?」

 カルさんが凄むと、向こうの四人は少し腰が引けているようです。

「ち! ……よく見りゃあ、そっちの女二人も結構な上玉じゃねえか。へっへっへ、俺らで可愛がって――」

 下卑た笑みを浮かべてこちらに手を伸ばした男は、話している途中で昏倒しました。

 ニカ様に対して、何て事を。絶対に許しません。

「あなた方は悪者と認定しました」

 私の言葉に、怪訝な表情をした残り三人も、魔法で眠らせます。カルさんが恨めしげな顔でこちらを見ていますが、無視しますね。

「ベーサ……やり過ぎではなくて?」
「いいえ! ニカ様に対して失礼な振る舞いがあったのですから、許しません!」

 さすがにニカ様を無視する訳には参りません。しかも、使った術式に心当たりがおありのようで。

 ニカ様、魔法のお勉強はしっかりなさっていたんですね。

「おーいお嬢。こいつら、死んでんのか?」
「生きてますよ? まだ」
「まだ?」
「ええ、まだ」

 先程使った術式は、眠りの呪いとも言われるものです。専用の覚醒の術式を使わない限り、何をしても起きない事からこの名が付けられたといいます。

「大丈夫じゃないですか? 彼等の仲間に魔法士がいて、覚醒の術式を知っていれば、無事に起きられますよ」
「その前に、魔物にやられそうだけどな」
「その時はその時です」

 女性に対し、あのような言動をするような輩など、絶対に許しません!
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