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第六十一話 それぞれの思い

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「オリサシアンの動機については、何か聞いていて?」
「いいえ、何も……」

 黒の君も、あえて話さなかったのかもしれません。オリサシアン様の動機、それは、多分親兄弟に対する劣等感だと思うのです。

 黒の君は言うに及ばず、陛下も大変有能な方ですし、二の君であらせられる第二王子殿下も、剣の腕では並ぶ者がないと言われる剣豪です。

 オリサシアン様も、努力なさっていたのだと思いますが、何せ周囲が優秀過ぎました。

 でも、だからと言って……

「私ね、思うのよ」
「え?」
「オリサシアンが本当に願った事。それは、父上や兄上に、認めてもらう事ではなかったのかって」

 意外な言葉でした。

「あの子が父上や兄上に劣等感を抱いているのは知っていたわ。私も、形は違うけれど兄上やオリサシアンに抱いた事があるから」

 これも、意外な言葉です。ニカ様は、いつも凜としてらして、嫉妬や劣等感などとは無縁な方だとばかり思っていました。

「意外って顔をしているわね」
「はい……あ、いえ……」

 いけない。つい、言葉が口を突いて出てしまう癖がついてます。ニカ様は、笑って許してくださいました。

「いいのよ。多分、私も誰かに言いたかったんだわ。悪いけど、聞いてちょうだい」
「悪いだなんて……そんな……」
「ただの愚痴だもの。私ね、王宮に居場所がないって、ずっと思っていたわ」

 それは、本当に意外な話でした。



 物心ついた頃には、もう周囲の視線に気付いていたと思う。彼等は、言葉にはしないの。でも、目で、態度で表す。

 お前は、ここにいていい存在じゃない……って。

 母がまだ生きていた頃は良かった。奥宮は、出入り出来る使用人の数を絞っているから。

 それに、父上の目も届きやすい。だから、彼等は本心を気付かれないような仮面を被る。

 でもね、私の前でだけは、それを外すの。母の前ですら被るのにね。

 当然かもしれないわ。母は父の寵愛深い寵姫。私はその娘というだけの存在。どちらに尻尾を振るかって言われたら、そりゃあ寵姫の方よね。

 たとえ、その寵姫が平民出身だったとしても。

 母は、最初とても苦労したそうよ。そりゃそうよね。平民として普通に暮らしていたのに、いきなり王宮のさらに奥、奥宮に召し上げられたのだから。

 専属の教師が置かれて、行儀作法やその他をたたき込まれたそうだけど、本当に辛かったと言っていたわ。

 教師だって王宮で通用する作法を教えるのだから、当然貴族の夫人だったのよ。母を見る目は、きっと他の貴族夫人のように冷たかったのでしょうね。

 母を恥じるつもりはないわ。それでも、正妃の子として生まれた兄上やオリサシアンをうらやましいと思った事は、一度や二度じゃないの。

 せめて、他の寵姫のように母が貴族の出身であったなら。そう思った事だってあったわ。

 母が亡くなって、奥宮を出てからは周囲の反応はさらに酷くなった。遠慮がいらなくなったからかしら。

 父上も気にしてはくださったんだけど、何しろ忙しい方だから。王宮の使用人達の細かいところまでは目が届かないのよ。

 私も、意地もあって父上に本当の事が言えなくて。兄上は、気を遣ってくださったんだけど、そうすると後で余計に……ね。

 だから、オリサシアンの劣等感なんて、甘えだとしか思えなかった。あんなに恵まれた生まれのくせに、馬鹿馬鹿しいって。いっそ憎いくらいだったのよ。

 でも、間違ってたと思う。あの子はあの子で悩んでいたろうし、苦しかったんだわ。今なら、それがわかる。



「どうして、母は違えど姉弟だというのに、歩み寄れなかったのかしらね……」
「ニカ様……」

 何も言えません。私には、ニカ様の辛さも、オリサシアン様の苦しみも、理解出来るだけの土台がありません。

 両親に愛され、守られ、豊富な魔力に振り回される事なく、黒の会で成長する事が出来ました。恵まれていたんです。

 そんな私には、お二人の心情を想像する事は出来ても、理解するなどおこがましくて……

「ベーサ、あなたが気にする事はないわ」
「ですが!」
「かえって、私達の問題に巻き込んでしまって、申し訳ないくらいよ」
「いいえ……」

 歯がゆいのです。こうして、聞く事しか出来ない自分が。

 下を向いて目に入る手の甲に、滴がぽたりぽたりと落ちていきます。

「泣かないで、ベーサ」
「は……い……」

 抑えようとしても、止まらない。悲しいし、悔しいんです。いつの間にか隣にいらしたニカ様が、緩く抱きしめてあやすように背中を撫でてくださいます。

 それが嬉しくて、申し訳なくて、余計に涙が溢れてきました。

 そうしてどれだけ泣いたのでしょう。ようやく私の涙が収まる頃には、目の回りがヒリヒリしていました。

「そんなに泣きはらして……しばらく冷やしておいた方がいいかしら
「いえ、治癒魔法を使えば問題ありません」

 まだ幼かった頃、黒の会で遠征に出た時、夜に家が恋しくなって一晩中泣いた事がありました。

 翌朝張れた目元に、会員の一人であるパムロアさんが治癒魔法を使ってくれたのを覚えています。薬局にお勤めで、治癒魔法が大変得意な人なんです。

 目元もすっきりし、大泣きした事で何だか色々と洗い流されたような来もします。

 本当は、私ではなくニカ様にすっきりしていただきたいのに。

「ともかく、今日会えて良かったわ」
「私もです」

 部屋を出る際に見たニカ様の笑顔が、とても晴れやかで安心しました。何だか私ばかり泣いて、ご迷惑をおかけしてしまった気がするのですけれど。



 王宮に伺候した日より三日後、朝から緊急の来客がありました。

「ベ、ベーサ! 今、玄関に黒の君が!」
「ええ?」

 慌てたお父様に促されるまま、部屋着のままで玄関先へ行くと、遠征に行く格好の黒の君がいらっしゃいます。

「ど、どうかなさったんですか?」
「……ヴェルソニカが、国を出ると言ってきた。何か、聞いていないか?」
「ええ!?」

 初耳です。ニカ様が、国を出るだなんて……

 驚きのあまり呆けていたら、いきなり黒の君に腕を掴まれました。

「一緒に来てくれ」
「え?」

 そのまま、玄関から連れ出され、外に出た途端飛行魔法で王宮まで。黒の君……いきなりはおやめください……

 到着したのは、奥宮です。ニカ様のお住まいでは、ありませんよね?

「今、父上が説得中だ」

 嫌だ、いつの間にか、考えている事が口から出たのかしら。思わず口元を手で覆うと、黒の君がくすりと笑いました。

「ベーサの考えなどお見通しだ。……あれの考えは、昔からわからないが」

 ニカ様ですか。確かに、先日お会いした時には、国を出るなどとは一言も仰っていませんでしたけど。

 早足で進む黒の君の後を、小走りでついていきました。やはり、陛下の寝所なんですね……

 何だかすっかり慣れた場所のように感じますが、本来でしたら私のような者は足を踏み入れる事などないのに。

 扉の側にいた侍女の方が、扉越しに訪問者を伝えると、中から扉が開かれました。

「父上」
「レイヴロか……どうやら、ヴェルソニカの考えは変わらないようだ」

 陛下でも、説得は無理だったんですね。

「兄上、ベーサまで連れてきたのですか? 彼女を振り回すのは、どうかと思います」
「お前が思いとどまらないからだ」
「私のせいにしないでくださいませ」

 笑うニカ様に、黒の君は渋い顔です。ですが、陛下は薄く笑んでらっしゃいます。

 これは……私がここに連れてこられた意味、ないですよね?

 どうしたものかと思っていたら、ニカ様に手を引かれて寝所の奥にあるソファに腰を落ち着けました。

「ベーサ。兄上に聞いたと思うけれど、私は国を出てオーギアンに戻るわ」
「オーギアンに……ですか? まさか、迷宮に?」
「ええ。限界まで、挑戦してみたくなったの」

 まさか、再び迷宮に挑戦なさるつもりでいたとは。
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