「何気ない日々にちょっとしたスパイスがあると、人生楽しくなると思うけど」

藍月

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 三人は、黙って歩いた。僕たちの近くには、気まずい空気が流れていた。

 「あー、ありがとう、桜木さん」

 僕はとりあえずお礼を言った。清水も口を開いた。

 「すっげぇーかっこよかったぜ」

 なぜか清水の目がきらきらしている。さっきまでの怯えきった顔とは全然違う。正直に言って、清水はあの時、情けなかったと思う。桜木さんが食ってかかっている時に清水は、怯えた顔で、僕に助けを求めるように、ちらちらと視線を投げていた。僕は無視したけれど。

 「もう、察しちゃったよね」

 彼女が小さな声で言った。

 「「何を?」」

 僕と清水の声がかぶさった。彼女は下を向いて、唇をかんでいる。しばらくして、少し微笑みをもらした。それは、いつもの桜木さんの微笑みだった。

 「二人とも、優しいんだね。でも、なおさら、私みたいな人と関わっちゃいけない」

 「・・・何が言いたいの?」
 とは聞いたものの、なぜか僕には彼女の言いたいことがなんとなく分かった気がしていた。そして僕は自分自身に驚いた。『それ』に嫌がっている僕がいる。

 「ごめん。もう、一緒にいるのはやめよう」

 やっぱり。そう言うと思っていた。

 「なんで?」

 清水がさっきとは打って変わった口調で彼女に問う。

 「分かったでしょ。私、今までずっと猫かぶってたってことくらい。もうちょっと言えば、私は、ついさっきまで会っていた不良たちと変わらない存在だってこと」

 「・・・へ?」

 清水は、訳が分からないというように変な声を漏らした。どうやら彼は、鈍感な人らしい。でも、もし彼がこれを察したら、僕の思っていることと全く同じように思うだろう。

 「猫かぶってて、何が悪いの?変わろうとしてこっちに来たんでしょ。だったらそのくらい、当たり前じゃん。猫かぶってなかったら、さっきみたいのが君の普通になるんでしょ?それが嫌で変わろうとしたんでしょ?」

 「う、うん。でもっ・・・」

 「だったらそれでいいじゃん。さっきのは事故ってことで」

 さらりと言う僕に、彼女は呆気にとられたようだった。ぽかんとしている。でもそれよりも、清水がぽかんとして僕たちの会話を聞いていた。本当に鈍感だ。

 「清水。さっきのことは忘れよう」

 「さっきのこと・・・?あぁ、はぁ、忘れます・・・?」
 
 ぷっと彼女が吹き出した。それにつられて僕も笑った。不思議だ。僕はこの人たちと一緒にいると、自然と楽しくて、ただのおしゃべりすらとても楽しいものになっている。今までの僕は、こんなことは一切なかったのに。彼女が少しずつ変わっているのと一緒に、僕も少しずつ変わっているのかもしれない。
 彼女が笑いの残る顔で僕に話しかけた。

 「それにしても涼、変わったね。初めて会った時、すっごく素っ気ない人だったのに。結構笑うようになったし」

 ものすごく久しぶりに、家族以外の人から呼び捨てで名前を呼ばれた気がした。いや、多分実際にそうだろう。

 「確かになー!俺も、めっちゃ滝沢が変わったと思うぜ!前は話しかけても本当に返事が素っ気なくて、俺、毎回驚いてたもん」

 「余計なことを言って・・・」

 気まずかった空気が、一気に明るくて、楽しい空気になった。笑いながら歩いて思う、この人たちと会って良かった。心の底から、そう思えた。
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