「何気ない日々にちょっとしたスパイスがあると、人生楽しくなると思うけど」

藍月

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 「どうしたのっ」

 「どうしたんだっ?」

 凛花と清水が驚いたように言った。足音がする。どうやら誰かが、彼女の近くに寄ったようだ。

 「いいの。大丈夫」

 僕はぎょっとした。彼女の声を聞く限り、泣いているように聞こえたからだ。

 「大丈夫じゃないだろ。一体どうしたんだよ?」

 清水は心配したように彼女に訊いた。

 「本当はこんな事思っちゃいけないって分かってるんだけど・・・どうしても、思ってしまうの」

 間違いない。彼女は泣いている。僕も心配になり、ドアを開けようとした。しかし、次の瞬間に僕の名前が出たので、ドアノブにかけようとしていた手を思わず引っ込めた。

 「滝沢の事?」

 清水だ。

 「・・・私、いけないって思ってる。でも、でも、やっぱり思っちゃうんだ。私は涼と葵くんと友達だと思ってた。・・・・・・だって、涼、私たちといる時、すごく楽しそうに笑ったり、話したりしてたんだもの。最初は無視ばっかりしてきて、すごく素っ気なかった。でも、最近は涼も楽しそうで、私もすごく楽しいし、私たち、本当の友達になれたんだって嬉しかった。でも、今日涼の本音聞いちゃった。今までのあの笑顔は、心からの笑顔じゃなかったのかな?楽しそうにしていたのも私の勘違いで、本当は私たちのことうざいとか思ってたのかな?」

 「・・・・・・」

 部屋の中は、しんと静まり返った。僕は頭の中で必死に考えていた。
 僕は彼女の言うとおり、二人のことを煙たがっていた?僕はあの二人と一緒にいる時、楽しいと感じたことはなかった?このまま仲良くしていたいって思っていなかった?否。違う。
 
 「違う・・・・・・そうじゃない・・・・・・」

 つい、口に出してしまった。だが、声に出した事で、再確認ができた。そうだ。僕は、この二人を友達じゃないなんて思っていない。僕の数少ない、大切な友達だ。

 「僕が素直に認めていなかっただけだ。本当は・・・」

 そこで僕は言葉を止めた。突然目の前のドアが開いたからだ。ドアの向こうには、彼女が立っていた。逆光で顔がよく見えない。次の瞬間、僕はなぜか彼女に抱き締められていた。苦しいと思うくらい、強く。ぎゅっと。
 当然、僕が手に持っていたお盆は、床に落ちた。幸いなことに、コップがプラスチック製の物だったので、割れはしなかった。しかし、僕と彼女は冷たいジュースをぐっしょり被ってしまった。それでも彼女は、黙って僕を抱き締めたままだった。

 「あの・・・」

 僕は困惑して、凛花と清水を交互に見た。しかし二人は、黙って僕たちを見ていた。まるで微笑ましいものを見ているかのように。
 凛花が身振りで、手を彼女の背中にまわすよう示した。僕は躊躇った。そんな事しても良いのだろうか。彼女を見ると、彼女は泣きながら僕の胸に顔を埋めていた。

 「良かった・・・嬉しい・・・・・・」

 ぽろりと彼女が漏らした言葉。この言葉を聞いて、僕は彼女を傷つけたんだ、と実感が湧いてきた。今さらだが。謝罪の意も込めて、僕は彼女の背中に手を添えた。彼女は驚いたように一度僕の顔を見たが、すぐにまた下を向いてしまった。気のせいかもしれないが、この時、一瞬彼女が僕を抱き締める手の力を強くしたような気がした。
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