「何気ない日々にちょっとしたスパイスがあると、人生楽しくなると思うけど」

藍月

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 しばらく僕たちは黙って立っていた。騒ぎを聞きつけたのか、本屋の従業員が本棚の影からちらっと顔を覗かせ、迷惑そうに顔をしかめた。

 「君たち、こんなところで何やっているの?」

 「本見ていただけです。興奮して騒いでしまいました。すみません」

 僕が半分嘘で半分本当の事を言うと、その従業員は「騒いでいたというより喧嘩しているような感じだったけど・・・」などと一人でぶつぶつ言って首を傾げながら歩いていった。従業員がいなくなると、思わず僕たちはため息をついてしまった。

 「こんなところで会うなんて・・・運悪すぎだろ」

 「悠、何かすごかった」

 「それ!でも、涼もかっこよかったよ!私の事庇ったりしてくれたし」

 「そう・・・?」

 僕が照れて頭に手をやると、彼女はニコッと微笑んだ。

 「うし!じゃあ、本探しの続きでもしますかぁー」

 清水の言葉で僕たちはまた本棚の間を歩き回った。ついにお目当ての本が見つかり、彼女と清水に一冊ずつ渡すと、二人は顔を見合わせて笑った。

 「楽しみー、早く読んで感想言うね!」

 「いや、ちゃんと読んでよ。奥が深いから」

 「そんなのは分かってるよ!」

 その後はいろいろなコーナーを回って本屋を満喫した。そろそろ帰るか、というような雰囲気になった途端、明らかに彼女の様子がおかしくなった。いつもは誰よりもたくさんしゃべり、動くような人なのに、彼女の周りにはいつもとは違う、固い雰囲気があった。

 「涼花、どうしたの?」

 僕が問いかけても彼女は曖昧な表情を浮かべるのみ。さすがに清水も不安に思ったのか、さっきからちらちらと彼女を見ている。
 本屋を出て三人で少し歩くと、誰かに袖を引っ張られた。驚いて振り返れば、清水も僕と同じような動きをしていることに気付いた。僕たちの袖を引っ張った本人、彼女を見れば、彼女は袖を持ったまま俯いていた。

 「・・・ちょっと、話したい事があるんだけど。いい?」

 僕と清水は虚を突かれたが、お互いに顔を見合わせ、同時に彼女の方を向いて頷いた。彼女は緊張したような表情を崩しはしなかったが、少しだけほっとしたのか、表情が少し緩んだ。

 「私、春休みにまた引っ越す。もともと住んでた場所に」

 「「・・・・・・・・・はっ?」」

 僕と清水の声は、それはそれは綺麗に重なった。驚きすぎて、思わず僕たちは足を止める。彼女は僕たちの数歩先で立ち止まり、振り返った。彼女は、笑っていた。寂しそうな顔で。

 「・・・なんで笑ってるんだよ」

 清水の声に、僕ははっと我に返って清水を見た。清水は唇を噛んでいた。拳を握り、つらそうな顔で。

 「嫌なんだろ?それなのになぜ笑う?」

 「何でって・・・」

 「隠し事とか、しないでほしいね。なんか裏切られた気分だよ」

 「私はただ、涼や葵くんの事を想って・・・!」

 「は?桜木はつらいじゃないかよ!」

 「そんな事はどうでもいいの!ただ楽しく過ごせるならそれで・・・」

 「それで何も言わずに行っちゃうつもりだったのか?俺、悲しいよ」

 僕はただただ黙って二人が言い合いをするのを眺める事しかできなかった。完全に無能になった気分でぼけっと突っ立っていると、清水と彼女は僕に目もくれないで言い合いを続けていた。

 「まだ冬休みにもなってないじゃない!そんなに近い事じゃないよ!」

 「いい加減にしろ!全然近いじゃないか!あと何回会える?あと何ヶ月ある?そう考えたら・・・!」

 「だから、私は君たちの事を想って!」

 「そんなの、俺たちを想ってるなんて言えない!むしろ逆だ!裏切りだよ!!」

 清水がそう言った途端、彼女の顔が凍りついたのが見えた。彼女の目の奥深くに、亀裂が走ったように見えた。彼女はしばらく僕たちを見つめた。そして涙を一粒零すと、くるりと踵を返して走っていってしまった。

 「おい・・・!」

 清水が咄嗟に追いかけようとしたが、その腕を僕が掴んだ。清水が顔を歪めながら叫ぶ。

 「放せよっ!」

 そういう清水の目にも、見えない傷がついているようだった。そう。今の事で、二人は傷を負った。お互いがお互いを気遣った結果がこれだ。やっぱり、人とは関わり合わない方がいい――一瞬頭をよぎった昔の考えを僕は振り払い、清水を真っ直ぐに見つめた。

 「今はそっとしておこう」

 清水はしばらく僕を睨むように見つめていたが、やがてため息と共に頷いた。
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