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2章
106:次元の狭間
しおりを挟む今から俺がやろうとしていることは、唯の八つ当たり。意味はあれども、そこには正義なんかなくて。それが分かっていても止まれない
あの女を許せなかった
それに良い機会でも有るのだろう。普段使えない技を敵に試すことが出来る。ソウマには何が起こるか怖くて使えないものも、あのクズなら躊躇うことなく使うことが出来る
それに、あの女を転移させた場所はかなり特殊だ。俺の全力を出せる
さあ、始めようか
俺にとっては八つ当たり
女にとっては
悪夢の時間を……
~~~~~~
「ようもんなら……」
視界に映るものが一瞬にして変わった
ガキどもを脅すために放った言葉の続きが自分の耳に虚しく聞こえる
魔力は感じたし、魔法の発動も気づいた。けどそれは景色が変わった後。全てが手遅れになってから
人質を取り、1人は戦意を喪失し、1人は考え無しに突っ込んでくるほど感情を昂らせ、確実に形勢は私に傾いていた
なのに、なのに、なのに
なんなの!? この背筋も凍るような悪寒は!
それに、此処は何処なのよ……
見渡す限り、黒
けれど、視界が悪くなっているわけではない。自身の手や体に視線を向ければしっかりと目で確認することが出来る。夜だとか、洞窟なんかの中ということではない様子
歩いても歩いても
変わることのない景色
すぐに転移のスクロールを試してみたが、発動は出来たのだが、転移出来ずにスクロールが燃えてしまった
脱出は不可能だと理解させられた
そして、この状況を作り出した元凶が私の前に現れた
転移の時特有の何もない場所にパッと現れたのは、銀の長髪、3本の角を持った竜人のガキ
このガキが時空属性持ちで転移まで使えるのは誤算だった
部下どもに調べさせた時には確認できていなかった
使えないカスどもや現状を作り出した目の前の存在に苛立ちを募らせた
目が合う
その瞬間、先程から感じていた悪寒よりも遥かに悍ましいものを感じ体が震え出し、右足が一歩後ろに下がってしまった
怖い、恐い、コワイ
そして、目の前の存在は作ったような笑顔を貼り付け話し出す
「此処は次元の狭間に作った秘密の空間。俺が、俺達がただ全力を出して戦うためだけに作り出した場所。まあ、貴方みたいのを捕まえたりした時の為の場所でも有るから逃走や侵入の対策は万全なんだけどね」
話が頭に入ってこない
この場から逃げ出したい
唯それだけが頭の中を埋め尽くしている
目だ
あいつの目から視線を外せない
それに、あいつの目から見える感情。あいつは私を見ていない。いや、私を視界に捉えてはいるが、人として、生き物として見られていない
あれは、私がよく知っているものだ
それは、剣であったり、魔道具であったり、部下であったり、奴隷であるもの達に私や魔王様達が向けるもの
物を見る目だ
「だから諦めて、俺の八つ当たりと実験に付き合ってね。抵抗しても良いけど、貴方じゃ俺には手も足も出ないと思うから、最後まで頑張ってね」
ああ、私は此処で死ぬ
そう理解した
こいつがこんなに情報をベラベラと喋るのはもう私にはどうする事も出来ないと確信してるから
私では自分を殺せないと確信してるから
けれど、その確信は過信に変わり得る
私はまだ死にたくないのよ!
体の震えは止め、悪寒を無視して距離を取り、私が放てる最強の魔法の詠唱を開始する
魔法士として目の前の敵から詠唱中に攻撃が来るだろうと当たり前のように思っていた
だが
敵はあろうことかその場を動かずに此方を見ているだけ
プライドに傷を付けられた、私の顔に泥をかけられたのと同じだ!
怒りの沸点が限界を突破した
私はガルダナタス魔王軍、幹部フィルネッセだぞ!
餓鬼が調子乗ってんじゃねぇ!
詠唱が完了し、魔法名を言い放つ
「奈落の流星焔!!」
魔法名が唱えられれば、フィルネッセの頭上に総数2千を超える、1つあたり直径5mの黒い炎の塊が現れ、一斉にクウガへと降り注いだ
フィルネッセはこれで殺す事は出来ずとも痛手を負わせるだけの自信があった。この隙に逃げる方法に思考をやろうと思っていたのだ
だが、フィルネッセはそれを見た
降り注ぐ流星焔がクウガに直撃する直前、溶けるようにして消滅していくのを
「な!……」
開いた口が塞がらなかった
本来ならば直撃し、爆発を起こし、消えない黒の焔が敵を燃やし尽くす。己の魔力の半分を持っていく、自信が使える最強の攻撃魔法
それが何も為さず消えていく
幹部としてのプライド、魔法士としての自信。それらが自分の中で跡形もなく、崩れていく。もう、立っていられなかった
そして、魔法が終わる
強大な魔法の後にも関わらず敵に怪我はなく、その場から移動してすらいない
放った自分は心を折られた
というよりも何が起こったのか理解が及んでいない。ただ自分ではこの1人のガキに何もすることが出来ないということ
そして、奴はいずれ死ぬ私に向かって先程の種を語り出す
「魔力を、魔法を食べるんですよ。俺の魔眼は」
意味は理解したくなくても、嫌でも理解してしまい、奴の目を見る
右目に変化は無い。空色の瞳に黒い縦に伸びた瞳孔。対して左目には変化が見て取れた。紋様が入っているのだ
ははっ。それにしても魔力、魔法を食べる魔眼だと? それなら魔法士である私には何も出来ないじゃないか
死にたくねぇよ、まだやりてぇことが。私の命がこんなガキなんかに。それに死んだら……
「し、死にたく、ねぇんだ。み、見逃してくれよ……」
絶望を感じ、生き残りたいが為に懇願する。涙が出てしっかりと喋れない。だが、所詮はガキだろ。泣いて頼みさえすれば、チャンスはあるかもしれない。体を好きにさせて済むならば
「みっともないな」
「え?」
何を言われたのか分からなかった。いや、言葉は分かるのだが、なぜそう言われたのか分からなかった
「奪われる側に回った気分はどうだ。マルドロさんを含め、貴方はどれだけの、助けを求めた人を好きなようにして来たんですか。自分がやっていたんだ、やられる覚悟はあったんでしょう?」
とにかく、何かを言わなければ死ぬだけだと思い、深くも考えずに地雷となる言葉を立て続けにはなってしまう
「知らなかっんだよ! こんなに辛いなんて! 怖いなんて! もうしないから! たがら見逃してくれよ!」
「知らなかった? 知ろうとしなかっただけだろう。考えようとしなかっただけだろう!」
声を荒げるのと同時に視界に映る奴の腕が霞む
ボトッ
その音が聞こえたのは私のすぐ横
目を向ければ、そこには切り落とされた私の腕と綺麗すぎる断面の私の肩口があった
「あ、あぁ、あ、ぎゃああああああ!」
切られた事を体がようやく理解し、痛みが駆け巡る。絶叫が響き渡った
魔法士といえど、フィルネッセとて戦いを知るもの。痛みは知っていたし、慣れてもいた
だが、この腕を切り落とされた痛みは明らかに普通ではなかった。そして、彼女にはこの現象に覚えがあった
闇属性の魔法だ。闇は精神や脳に作用させることが出来る魔法があるのだ。その1つに感じる痛みを増加させるものがある
だが、今の痛みはそれの比ではなかった。かつて味渡ったことがない、言葉では言い表せないほどの痛み
「五月蝿い」
そんな苛立ちを含んだ敵の言葉と同時、視界が揺れた。いや、落ちた
首を刎ねられたのか
あーあ、死にたくなかったのに
死んだら元に戻るのに1ヶ月は掛かるっていうのになぁ
フィルネッセの落ちた顔が邪悪な笑みを浮かべ、死体が黒い風に呑まれる
「やっちまったねぇ、ガキンチョ。あんたの死は此処で決定したよ」
黒い風の中から先程の焦りや絶望を孕んだ懇願など嘘のように自信と余裕が感じられる言葉が
そして、黒い風が飛散する
現れたのは体長が4m程の腰から下が蛇になり、背から翼を生やしたフィルネッセの姿
しかし、それに対してクウガは
「知っているさ。幹部以上に与えられる悪魔化は兵士などに与えられるものとはわけが違うなんてね」
「何を言って……いや、まさか!」
フィルネッセはそれを聞き訝しげな表情をするも、直ぐに表情を強張らせる
「多分想像した通りだよ。たとえ悪魔化をしたとしても俺が貴方に負ける事はない」
そのクウガの言葉を聞き、フィルネッセの余裕が消えていく
さらにクウガが続ける
「此処でなら力を隠す必要なんてないからね」
そう言うとクウガが光に包まれ
その白い白い光がこの黒の空間を照らす
あまりの眩しさにフィルネッセは目を瞑り視界を閉ざす
光が収まり、目を開けたフィルネッセが視認したのは1人の少年ではなく
この黒い空間で圧倒的な存在感を放つ
銀の龍だった
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