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1章 入学編

04 復讐

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「よくわかったね、琥太郎」

 姿を現したのは、おかっぱ頭の少年だった。

「やっぱりか。最初に来るのはお前だと思っていたよ」

 琥太郎は少年に話しかける。柚は少年から放たれる尋常ではない妖力に恐れをなし、思わず琥太郎の背に隠れた。

「おやおや、伏見稲荷の御令嬢も一緒か。まあどうでも良いか、2人まとめて殺せばいいんだし」

「死ぬのはお前だ。10年ぶりだな、酒呑童子」

 柚は息を呑んだ。酒呑童子とは伝説上の鬼の王の名だ。伝説では何百年も前に討伐されているはずだ。

「不思議そうな顔をしているね、お嬢さん。僕は確かに大昔に一度討伐されている。ただし、僕ほどの大妖怪の息の根を確実に止めるなんて不可能だ。封印されていた僕を土御門翠流が再び解き放った」

「そう、こいつも俺の父さんと母さんを殺害した翠流の七匹の式神、七鬼衆の一人だ」

「その通り。僕を騙し討ちして封印しやがった坂田家の子孫をぶち殺してやったのさ。あの日は楽しかったなあ。でも一つ心残りがあったんだ。坂田家の人間は全員苦しませてから殺すって決めてるのに、琥太郎だけ天狗どもに邪魔されて殺せなかった」

「それは残念だったな」

「でも10年待った甲斐があったよ。天狗から離れてノコノコと琥太郎が東京に姿を現した。やっと坂田家の最後の生き残りの苦しむ顔を見れるよ。10年は長かったなあ。やることもないから毎日気に入った女の子を生きたまま喰ってたんだ。痛い、痛いって悲鳴は最高だったよ」

 ニコニコとした少年の口から恐ろしい言葉が発せられる違和感に、柚は恐怖で声が出ない。

「10年待ったのは俺の方だよ。やっとお前の首を斬れるんだからな」

「妖力ゼロのお前がか?笑わせてくれるなあ。さあ、あの日のように泣きながら命乞いでもしたらどうだい?」

「この刀を見てもその軽口が叩けるか?」

 琥太郎がスッと左手を前に出すと、いつのまにかその手には一振りの刀が握られていた。刀からはどす黒い妖気が強く流れ出ている。ニヤニヤと笑っていた酒呑童子の顔が、刀を見るなりみるみると青ざめていく。

「な、何故その刀をお前が……」

「懐かしいだろう?再びお前を斬るこの刀の名は、童子切安綱。安綱がまたお前の血を欲しがっているよ」

 スラリと鞘から抜かれた童子切安綱の刀身はギラギラと怪しく輝いている。闇を纏った美しさに、琥太郎の影に隠れていた柚も目を離せなくなった。

「おのれ坂田の血め。お前の父親のように心臓を貫いてやるわ」

 怒りのあまり震え始めた酒呑童子が
「まずはそこの伏見の小娘からだ!」
と叫ぶ。ダンッと地面を蹴ると、空中を稲妻のように駆けて一気に間合いを詰める。その腕は柚子の心臓に向いていた。柚はその場にかがみこみ、頭を抱える。しかし、何も起こらない。恐る恐る顔を上げると、目の前には酒呑童子の右腕が落ちていた。

「ぐうう、痛い、いたあああああい!!」
 かつて腕のあった部分から噴き出す血を必死で抑えながら、酒呑童子は倒れ込む。

「俺が10年間、妖力がゼロのままで何もしていなかったとでも思ったか?お前らのその慢心のおかげで、俺は復讐を始めることができる」

「確かに妖力はゼロだったはずだ。なぜ安綱を扱える!」

「俺は今日までお前らを全員殺すことだけを心に決めて生きてきた。天狗の修行を受け、妖の王としての能力を発現させた」

「これが妖の王の真の力か……!」

 琥太郎が安綱を一閃させると、逃げようとする酒呑童子の両脚が切断されて宙に舞う。ギャアアアという悲鳴に柚は耳を塞いだ。

「今まで身を隠していた俺が何の考えもなく東京の高校に入学すると思ったか?これはお前らに対する宣戦布告だ」

「や、やめろ!命だけは助けてくれ!お前の配下として働く!そうだ、他の妖と清流の居場所を教えてやろう。僕は役に立つぞ。さぁ、一緒に……」

 必死に言葉を継ごうとした酒呑童子の首が胴体から離れた。

「黙って死ね」

 胴体から噴き出す血の雨を、琥太郎は安綱に浴びせた。酒呑童子の死体から妖気を吸収し、安綱から黒い妖気が溢れ出す。妖気を吸われた酒呑童子の死体は灰になって消えていった。琥太郎は刀身に纏わりついた血を振り払うと、ゆっくりと鞘に収めた。

 いまだガタガタ震えてうずくまっている柚のもとへ琥太郎は歩み寄った。

「大丈夫か、柚。これから俺は翠流と七匹の妖を全員殺し、復讐する。あいつらを皆殺しにするのが先か、俺が死ぬのが先かの修羅の道だ。この戦いに君を巻き込むわけにはいかないんだ。今日見たことは忘れて、日常に帰ってくれ。さっきの戦いを見たらわかってくれるだろう?」

 優しく問いかけた琥太郎を、瞳に涙を浮かべた柚子がキッと睨み返した。その瞳に宿る意志の強さに琥太郎はたじろぐ。

「いいえ、お断りしますわ。琥太郎くんが修羅の道を行くなら、柚もついていきます。琥太郎くんが死ぬなら、柚も一緒に死ぬ覚悟はできていますわ。妖の王の正妻になると決めてから、その覚悟はできております。決して琥太郎くんを一人にはしませんわ」

 「一人にはしない」という柚の言葉に琥太郎の気持ちが揺らいだ。父と母が殺され、孤独の身になって泣きじゃくっていた子供時代から、復讐を心に決めて実行に移した今日まで、琥太郎の時間は止まっていた。そんな自分に差し伸べられた手をとっても良いのだろうか。

「うーん、ついてくると言うのなら断れないけど……」
と曖昧に誤魔化そうとする琥太郎に、
「絶対についていきますわ!琥太郎くんを一人にしません!」
と柚は強く宣言した。

 戦いを終えた琥太郎は神社を後にして、スマホで地図を見ながら上板橋の賃貸に到着した。

「ここが今日から俺の家か!はじめての東京暮らし、楽しみだなあ」

「はい!柚も楽しみです!」
と柚はニコニコ笑う。

「で、柚はいつまでついてくるんだ?」

「言ったじゃないですか、琥太郎くんを一人にはしないって。今日から琥太郎くんと柚は一つ屋根の下で暮らすのですわ♡」

「……え?」

 ポッと頬を染めた柚の言葉に、琥太郎は耳を疑った。


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