29 / 37
4章 霊峰編
28 「殺す気で来い」
しおりを挟む
「どうも、ご一向。遠いところよくいらっしゃいましたな。ワシは三岳坊。この山と中岳山神社を任されておる」
と恭しく頭を下げた。
「先ほどはワシの弟子たちが客人に対して無礼を働いてすまなかった。さあ、中へ入ってくれ」
「わあ!凄いですわ!」
神社の境内の光景を見て思わず柚は声を上げる。そこには、100を優に超えるであろう天狗たちが各々武術の修行に励んでいた。ある者は個人で形の稽古を、ある者は二人一組の組手を、中にはひたすら坐禅に励んでいる者もいる。
「素手から剣、槍まで多種多様だな」
と賀茂が感心したように言う。すると、琥太郎の姿に気づいた天狗たちが稽古をやめ、一斉に整列した。
「琥太郎様、お疲れ様です!」
と全員が声を張り上げて挨拶する。
「おいおい、やめてくれよ、照れるじゃないか。皆気にせず稽古に戻ってくれ」
と琥太郎は頭をかきながら言う。
「はい!」
と全員が小気味よく挨拶すると、また各々稽古に戻っていった。
「琥太郎、お前凄いんだな」
と賀茂が目を丸くする。
「それはもちろんですよ!なんせ琥太郎様は武神の異名を取る三岳坊様の一番弟子なのですから!」
と何故かついてきている黒羽が自慢そうに言う。
「そうそう!琥太郎様が帰ってきたのでみなもよろこんでいるのです!」
と白羽が続けた。
「そうじゃの、皆のために説明しよう。ワシら天狗は魔道に身を堕とした存在で、かなり長い寿命を得ておる。長い寿命というのは、とにかく退屈との戦いじゃ。そのまま何もやらないでいると心が腐って生きていても死んだも同然になるからな。そこでじゃ、ワシがハマったのが武道じゃ。武はいくら極めても、終わりというものがない」
「そうそう、師匠は長い年月をかけて様々な武術を達人の域まで高めることに成功した」
と琥太郎が補足する。
「そんなワシのもとに、いつしか日本中の山々からワシに武の教えを乞いたいと天狗たちが弟子入りに集まるようになった。そんな天狗たちの中でワシが引き取って育てあげたのがこの子、琥太郎じゃよ。いつしか琥太郎はワシの弟子の中でいちばんの実力者になっておった。この青空道場は実力主義じゃからな。自ずと琥太郎が一番弟子と呼ばれるようになったわけじゃよ」
とニコニコと三岳坊は語った。
「では、黒羽と白羽は客人に周りを案内してあげなさい。武に興味がある者は稽古に参加させてもよいじゃろう。ワシは琥太郎と積もる話があるのでの」
「わかりました、師匠!」
と黒羽と白羽が元気に返事をし、琥太郎以外の皆を案内することとなった。
「琥太郎、主は少しこちらへ来い」
と三岳坊は琥太郎を連れてさらに神社の奥へと進んでいった。
「奥の院か」
と琥太郎は呟く。昼間のはずなのに日光は鬱蒼とした木々に遮断され、石畳の周りには石塔がいくつも祀られている。周囲はしめ縄で張り巡らされ、独特の雰囲気だ。
「ここは神域じゃ。嘘をつくことは許されぬ」
と三岳坊は先ほどまでの優しい声から打って変わって、背を向けたまま琥太郎にドスの効いた低い声で問いかけた。
「ワシに黙って勝手に東京の学園へ入学したお前がここに再び何をしにきた」
「おいおい、なんだよ師匠。急に怒って。この間電話した時はむしろ俺の都内暮らしをサポートしてくれる感じだったじゃないか」
と苦笑する琥太郎を、三岳坊は鬼気迫る形相で振り返り睨みつけた。
「ここに何をしにきたかと聞いておる!」
静寂が広がる奥の院に三岳坊の声がこだまする。
「鈴香学園理事長に聞いたよ。師匠、俺にまだ教えていない技があるんだろ?俺は全ての技を教わったと聞いていた。師匠こそ嘘をつくなよ」
と琥太郎は強気に言い返す。
「そうか、秘伝を知りたいか。ならば良い、教えてやろう。」
と三岳坊は言うと、深くため息をついた。
「じゃが、どうしても知りたいと言うならワシを倒してからじゃな。殺す気でかかってこい」
「じゃあ、遠慮なく」
ニヤリと笑うと琥太郎は妖刀安綱の柄に手をかけ、体を深く沈み込ませる。それに対し、三岳坊はゆったりと自然体に立ったままだ。シン、と静寂の時がジリジリと過ぎる。お互いにただ立っているようで、すでに間合いの測り合いは始まっていた。気づけば琥太郎の額には汗が滲んでいる。そこに、気づくか気づかないか程度の一陣の風が吹いた。
ザン!と琥太郎は勢いよく刀を抜く。鞘を滑らせるように抜かれた居合は、そのまま三岳坊の首を掻き切った、かのように思えた。
「消えた⁈」
刀がビュン!と虚空を斬ったと気づいたのも束の間、いつの間にか体の側面に三岳坊が入り込んでいる。その刹那、首筋を手刀でポンと押された琥太郎の体は、勢いよく宙を回転していた。
「ガハッ!」
背中から勢いよく石畳に叩きつけられた琥太郎は空気を吸うことが出来ずに大きく咳き込んだ。
「殺す気と言ったじゃろうが。」
と言った三岳坊の手にはいつのまにか琥太郎が握っていたはずの安綱が握られている。そのまま仰向けに倒れた琥太郎の胸元目掛けて思い切り刀を突き立てようとした。ゴヅン!と鈍い音がして石畳に刀が突きささる。
琥太郎は地面をやっとの思いで転がって回避する。
「合気に太刀捕り……実戦でこんな技を出すなんて、相変わらず化け物だな」
「舐めた口を聞くな、次は殺すぞ」
と三岳坊は首を軽く鳴らした。
と恭しく頭を下げた。
「先ほどはワシの弟子たちが客人に対して無礼を働いてすまなかった。さあ、中へ入ってくれ」
「わあ!凄いですわ!」
神社の境内の光景を見て思わず柚は声を上げる。そこには、100を優に超えるであろう天狗たちが各々武術の修行に励んでいた。ある者は個人で形の稽古を、ある者は二人一組の組手を、中にはひたすら坐禅に励んでいる者もいる。
「素手から剣、槍まで多種多様だな」
と賀茂が感心したように言う。すると、琥太郎の姿に気づいた天狗たちが稽古をやめ、一斉に整列した。
「琥太郎様、お疲れ様です!」
と全員が声を張り上げて挨拶する。
「おいおい、やめてくれよ、照れるじゃないか。皆気にせず稽古に戻ってくれ」
と琥太郎は頭をかきながら言う。
「はい!」
と全員が小気味よく挨拶すると、また各々稽古に戻っていった。
「琥太郎、お前凄いんだな」
と賀茂が目を丸くする。
「それはもちろんですよ!なんせ琥太郎様は武神の異名を取る三岳坊様の一番弟子なのですから!」
と何故かついてきている黒羽が自慢そうに言う。
「そうそう!琥太郎様が帰ってきたのでみなもよろこんでいるのです!」
と白羽が続けた。
「そうじゃの、皆のために説明しよう。ワシら天狗は魔道に身を堕とした存在で、かなり長い寿命を得ておる。長い寿命というのは、とにかく退屈との戦いじゃ。そのまま何もやらないでいると心が腐って生きていても死んだも同然になるからな。そこでじゃ、ワシがハマったのが武道じゃ。武はいくら極めても、終わりというものがない」
「そうそう、師匠は長い年月をかけて様々な武術を達人の域まで高めることに成功した」
と琥太郎が補足する。
「そんなワシのもとに、いつしか日本中の山々からワシに武の教えを乞いたいと天狗たちが弟子入りに集まるようになった。そんな天狗たちの中でワシが引き取って育てあげたのがこの子、琥太郎じゃよ。いつしか琥太郎はワシの弟子の中でいちばんの実力者になっておった。この青空道場は実力主義じゃからな。自ずと琥太郎が一番弟子と呼ばれるようになったわけじゃよ」
とニコニコと三岳坊は語った。
「では、黒羽と白羽は客人に周りを案内してあげなさい。武に興味がある者は稽古に参加させてもよいじゃろう。ワシは琥太郎と積もる話があるのでの」
「わかりました、師匠!」
と黒羽と白羽が元気に返事をし、琥太郎以外の皆を案内することとなった。
「琥太郎、主は少しこちらへ来い」
と三岳坊は琥太郎を連れてさらに神社の奥へと進んでいった。
「奥の院か」
と琥太郎は呟く。昼間のはずなのに日光は鬱蒼とした木々に遮断され、石畳の周りには石塔がいくつも祀られている。周囲はしめ縄で張り巡らされ、独特の雰囲気だ。
「ここは神域じゃ。嘘をつくことは許されぬ」
と三岳坊は先ほどまでの優しい声から打って変わって、背を向けたまま琥太郎にドスの効いた低い声で問いかけた。
「ワシに黙って勝手に東京の学園へ入学したお前がここに再び何をしにきた」
「おいおい、なんだよ師匠。急に怒って。この間電話した時はむしろ俺の都内暮らしをサポートしてくれる感じだったじゃないか」
と苦笑する琥太郎を、三岳坊は鬼気迫る形相で振り返り睨みつけた。
「ここに何をしにきたかと聞いておる!」
静寂が広がる奥の院に三岳坊の声がこだまする。
「鈴香学園理事長に聞いたよ。師匠、俺にまだ教えていない技があるんだろ?俺は全ての技を教わったと聞いていた。師匠こそ嘘をつくなよ」
と琥太郎は強気に言い返す。
「そうか、秘伝を知りたいか。ならば良い、教えてやろう。」
と三岳坊は言うと、深くため息をついた。
「じゃが、どうしても知りたいと言うならワシを倒してからじゃな。殺す気でかかってこい」
「じゃあ、遠慮なく」
ニヤリと笑うと琥太郎は妖刀安綱の柄に手をかけ、体を深く沈み込ませる。それに対し、三岳坊はゆったりと自然体に立ったままだ。シン、と静寂の時がジリジリと過ぎる。お互いにただ立っているようで、すでに間合いの測り合いは始まっていた。気づけば琥太郎の額には汗が滲んでいる。そこに、気づくか気づかないか程度の一陣の風が吹いた。
ザン!と琥太郎は勢いよく刀を抜く。鞘を滑らせるように抜かれた居合は、そのまま三岳坊の首を掻き切った、かのように思えた。
「消えた⁈」
刀がビュン!と虚空を斬ったと気づいたのも束の間、いつの間にか体の側面に三岳坊が入り込んでいる。その刹那、首筋を手刀でポンと押された琥太郎の体は、勢いよく宙を回転していた。
「ガハッ!」
背中から勢いよく石畳に叩きつけられた琥太郎は空気を吸うことが出来ずに大きく咳き込んだ。
「殺す気と言ったじゃろうが。」
と言った三岳坊の手にはいつのまにか琥太郎が握っていたはずの安綱が握られている。そのまま仰向けに倒れた琥太郎の胸元目掛けて思い切り刀を突き立てようとした。ゴヅン!と鈍い音がして石畳に刀が突きささる。
琥太郎は地面をやっとの思いで転がって回避する。
「合気に太刀捕り……実戦でこんな技を出すなんて、相変わらず化け物だな」
「舐めた口を聞くな、次は殺すぞ」
と三岳坊は首を軽く鳴らした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
57
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる