神崎家シリーズSS集

松丹子

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初恋旅行に出かけます 関連

兄妹 2(第四部読了後にどうぞ)

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 その年の敬老の日は、一泊旅行に出かけることにした。
 次の春になるとうちの長男、翔太が小学生になる。生活スタイルがまた変わるので、その前にみんなでゆっくりしたい、と言ったのは神崎の両親だ。
 そんなわけで、義兄親子五人と我が家四人、そして神崎の両親を合わせた計十一人での旅行だ。あまり遠くに行って疲れてしまうのも何だからと、近場の箱根で済ませることにした。
 とはいえ、都内に住む義兄家族にとってはそこそこの遠出になるはず。疲れてしまっていないかと気になりながら、現地で合流した。
 
「あ、いたいたー」
 彩乃さんの声が聞こえて振り向くと、両側に手を繋いだ男の子二人がぶんぶん手を振る。その後ろを、荷物を持った政人さんが、ベビーカーを引きながらついてきた。二人の姿は絵になるので、遠くからでも目立つ。そのうえ、男性陣の背が高いこともあって、神崎家で駅に集まると人目を引く。周りからちらちらと視線を感じつつ、私は義姉に声をかけた。
「お疲れさまです。人込み、大丈夫でした?」
「大丈夫よー。私、電車で悠人たちと爆睡してた」
「あ、そうなんですか。子どもたち寝てくれたならよかったですね」
「いや、誰かしら起きてたから、俺は寝てない」
 からりと笑う彩乃さんと苦笑を浮かべる政人さんを見ながら、この二人らしいと思わず笑う。
 駅の近辺で昼食を食べ、少し観光をしてから宿へ向かった。
 
 宿は家族ごとに部屋を取った。夕飯後、少ししてから私たちの部屋に集まり、軽く飲むことにした。義両親はもう一度温泉に入って来ているが、先に始めることになった。
「お疲れさまでーすっ」
「おっつかれー!」
 乾杯してそれぞれお酒を飲みはじめる。夕飯は軽く飲んだだけで済ませたので、これからが本番。とはいえ子どもが眠くなったらそこまでなのであんまりゆっくり飲めるわけではない。
 義姉の彩乃さんと私は、ときどき二人ないし義母も合わせた三人で女子会をするくらい仲がいい。二人とも姉妹が欲しかったから、ということもあるし、性格的に気が合うこともある。
 神崎家はみんなザルだ。その中でも多分、政人さんが一番お酒に強くて彩乃さんが一番弱い。子どもができるとそんなに飲むこともないけれど。
 宿に着く前に買った部屋飲み用のお酒には、政人さんの好きなウィスキーもあった。いつもならこういうときは小瓶で買うのに今日は大きい瓶だったので、おやっと思っていたのたけれど、どうも飲む気満々だったらしい。早々に三杯目を自分に注ぎつつ、私のグラスが空いたのに気づいた。
「香子ちゃんもハイボールいる?」
 聞かれて頷くと、政人さんは軽く微笑んでグラスにお酒を注いでくれた。私の前にそれを置くと、自分のグラスを上から手に持ち、私が手を添えたグラスに軽く合わせる。
「お疲れさま。乾杯」
 旅館によくある味気ないグラスなのに、政人さんがやるとひどく絵になる。温泉から上がってからの浴衣姿と少ししっとりした髪で色気が数割増し。まさに眼福と口にグラスを運びつつ遠慮ない視線を注いでいると、隼人くんが私を肘でつついた。
「香子ちゃん、兄さん見すぎ」
「え、ああ、ごめんごめん。思わず」
 私が言うと、隼人くんが少し唇を尖らせた。三十過ぎてもそういう顔が可愛いのは相変わらずだ。……なんて夫に思うのも変なのかな。
「サリーに写メ送ったら喜びそうだなと思って」
「そういえば、サリーちゃんのとこもそろそろ半年くらい? 子育てがんばってるかな」
「いっぱいいっぱいみたいですよ」
 そう、サリーも31で結婚して、一年半経つ頃妊娠して、最近出産した。
 ときどき連絡しても返事があったりなかったり。もともと連絡についてはあまりマメなタイプではないけれど、あんまり余裕がないらしい。
「そうよねぇ。一人目だし、大変だよね」
「そうですね。たからお二人の写真送ったら元気になるかも」
「あはは。むしろ遊びにおいでって……連絡しといて、政人」
「自分でしろよ……」
 二人らしいやり取りに、私はくつくつ笑いながらグラスを傾けた。
 グラスに口をつけると、ふと政人さんから視線を感じた。なんだか話したそうな顔をしていると見て微笑む。
「どうかしました?」
「いや……あの」
 政人さんはごにょごにょと口の中で言いながら、濃い目のハイボールを一気にあおる。
 彩乃さんは寄ってきた礼奈ちゃんの相手を始めた。
「……二人って、結婚前に旅行とか行ったの?」
「は?」
 私の声は隼人くんのそれと見事に重なった。思わず夫と顔を見合わせて、笑う。
「泊まりでってことですか? ないですよ」
「合宿くらいだよね、サークルの」
「ああ、そうかも。そうだね、懐かしい」
 政人さんはどこか神妙な顔をしている。私が首を傾げると、隼人くんが噴き出す。
「……兄さん。もしかして……」
 口中でくすくす笑いながら、隼人くんは言った。
「去年話してた、女の子のこと?」
「去年?」
 私は首を傾げてから思いだし、ああ、と言った。
「あの、妹がどうのって言ってた?」
「いやーー違ーーそうじゃ」
「そうなのよー」
 横から苦笑したのは彩乃さんだ。
「留学前に彼から旅行に誘われたんだけど、どう思うかって相談されたんだって。『お前ならどう答えた?』って、すごい神妙な顔しちゃって」
「あ、彩乃」
 たしなめるように妻を呼ぶ政人さんの頬が赤いのは、アルコールのせいではないだろう。
 政人さんは、飲み干したグラスにウィスキーを注ぎ、そのまま飲み始めた。酔ったことにするつもりかもしれないが、今まで酒を酌み交わしていてもほろ酔い止まりだった義兄だ。ウィスキー一本全部飲んだとしてもそこまで酔うとも思えない。
 私はくすくす笑いながら、ちらりと隼人くんの横顔を見た。隼人くんも微笑みながら政人さんに向き合う。
「で、兄さんはなんて言ったの?」
「……一年は学生にとっては長いだろうから、別れることになっても続くことになっても、後悔しないようにって」
「なるほど。適確じゃない」
 政人さんは少し物足りなそうな顔で隼人くんを見て、そういえばと机に片肘をついた。
「お前、留学中どうしてたの」
「えっ?」
「当時から好きだったんだろ、香子ちゃん」
 隼人くんがとたんに真っ赤になる。
「そうだけど……まだ付き合ってもいなかったし……香子ちゃん違う人好きだったし……」
 子どものいるところで何てことを!
 思わず一瞬我が子を見たが、気付かずに遊んでいるのが見えて声をひそめる。
「ちょ、ちょっと隼人くん……!」
「あれ、そうなの?」
 政人さんの目が私に向く。不意に、政人さんに感じた第一印象を思い出した。
 周りを明るくする。太陽のような。常に人に囲まれている。
 そこに長らく片想いの相手だった友人の面影を思い出しかけ、慌てて手を振った。
「い、いやでもしっかり失恋しててーー」
「俺もいろいろ苦労してるんだよ、兄さんと違って」
 隼人くんが唇を尖らせてグラスを口に運んだ。政人さんが苦笑する。
「俺だって俺なりに苦労してるんだけどな」
「まあ知ってるけどさ。知ってるけど」
 なんだか隼人くんがすねてしまったらしい。私は苦笑した。
「まあ、ともあれ……政人さんと会った後その子どうしたでしょうね」
「香子ちゃんならどうした?」
「えー、どうかなぁ。彩乃さんは?」
「答えが分かりきってるから聞く意味ない」
 政人さんが断言すると、彩乃さんが肩をすくめた。
 私はうーんと首を傾げる。
「……まあ、私なら別室とりますけど……」
 想定外の答えだったのか、政人さんが絶句している。
 隣で隼人くんが「香子ちゃんらしい」と笑った。
「……でも、どうかなぁ。大切な人であればあるほど、そこでどうこうなるのも……辛い気がしますね」
 私は言いながらグラスを傾けた。もう十年近く前になる、隼人くんの留学中のことを思い出す。
 まあ、私は受験勉強に勤しんでたから、さして思い出す余裕もなかったけどね。
「その子の彼が……受け止めてくれる人だといいですね。彼女がどんな気持ちになったとしても」
 政人さんは少し戸惑った表情のまま頷いた。グラスを口に運ぶが既に空だ。
 私は笑ってボトルに手を伸ばした。
「まあまあ、お義兄さん。飲んでください」
 政人さんが苦笑しながら酌を受け、口に運びつつ嘆息した。
「ほんと、どっちが年上だかわかんないな。香子ちゃんと話してると」
「あは。褒め言葉だと思っておきます」
「当然褒め言葉だよ」
 政人さんは笑った。アーモンド型の目が優しく細められる。
「話聞いてくれてありがと」
 おおう。これは。
 隼人くんとは全然違う感じの謝礼と穏やかな微笑み。私はつい、苦笑した。
「でも、なかなか鍛えられてますね、その子」
「え?」
「政人さんのその微笑みを普通に受け止めてる子なら、まあまず流されて後悔することはないですよ。安心してください」
 政人さんが首を傾げ、隼人くんが噴き出した。
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