神崎家シリーズSS集

松丹子

文字の大きさ
26 / 29
初恋旅行に出かけます 関連

兄妹 1(第三部読了後にどうぞ)

しおりを挟む
 敬老の日は鎌倉の神崎家に集まる、とは、示し合わせた訳でもないのになんとなく定例化している。
 家族四人で足を運ぶと、駐車場に車が停められている。それを見て、もう義兄家族は到着しているらしいと分かった。
「あ、翔太くん来たー!」
 駆け寄って来るのは義兄の長男、悠人くん。共にリビングから顔を出す長身は義兄の政人さんだ。
「久しぶり。隼人、香子ちゃん」
「お久しぶりです」
 言いながら上がっていくと、義父は孫と遊び、義母は台所。
「ばあばの梅ジュースー」
「朝子もいるー」
 うちの子どもたちも台所へぱたぱたと向かって、義母が嬉しそうに微笑んだ。
「いらっしゃい、今入れてあげるね。待ってて」
 梅酒の要領で氷砂糖に漬けて作った梅ジュースは、神崎家の定番らしい。子どもが大きくなると梅酒になるらしいが、孫たちが産まれてまたノンアルコールに戻ったようだ。
「あれ? 彩乃さんは……」
「今部屋でオムツ変えてる」
 そんな話をしていたら、ドアがかちゃりと開いて義姉が入ってきた。
 腕にはむっちりした赤ん坊を抱えている。
「あ、久しぶりー」
「わー、礼奈ちゃん、大きくなったねー」
 三児の礼奈ちゃんは3月に産まれたばかりだ。うちの子どもはすっかり幼児になってしまったので、乳児の頃が懐かしい。
「大きめ?」
「今9キロ」
「6ヶ月ですよね」
「そう。上の子たちも大きかったから仕方ないね」
「ママのおっぱい美味しいんだねー」
 小さな手をちょいちょいとつつくと、横から政人さんが苦笑している。
「出が良すぎてむせて怒ってたな」
「そうそう。飲みにくいみたい」
「へえ、そんなこともあるんだ」
 三人でそんな会話をしていたら、義母がこちらへ向いた。
「香子ちゃんいらっしゃい。少しこっちで休んだら?」
「あ、ありがとうございまーす」
 示されたテーブルに向かうと、政人さんが台所へ入っていく。
「コーヒーいれようか」
「いいわね。お願い」
「わーい、嬉しい」
 義母との会話が聞こえて、私も軽く手を叩いた。
 政人さんのいれるコーヒーは美味しい。台所から立ち上る香りにほっと息をつきつつ、四人の子どもと遊ぶ義父の様子をちらちらと見る。
「おとーたん、これー」
「ああ、ありがとう。はい、どうぞ」
 おもちゃを渡して渡されて、を繰り返し、末っ子の朝子が隼人くんと遊んでいるのを見ていると、政人さんがコーヒーを持ってきてくれた。
「どうぞ。ホットでよかった?」
「あ、はい。ありがとうございます」
 義兄は大変よく気づく人で、いつも感心している。隼人くんもよく動く方だけど、あれはしつけで得たもので、政人さんの場合は気質だろう。
「おいしい。いいですよね、こんなコーヒー毎日飲めたら」
「うん、最近は授乳中だから控えてるけど」
「ああ、そっか」
 彩乃さんが抱っこして揺すっているうちに、礼奈ちゃんがうとうとし始めた。
「代わろうか?」
「ううん、大丈夫」
 彩乃さんは小柄だから、むっちりした赤ちゃんが大きく見える。それでも失われない明るさは、パワフルで素敵だ。
 そんな二人を見ていると、不意に政人さんが私を見た。
「……香子ちゃんてさ、お兄さんいたよね」
「え? ああ、いますけど」
「……もうご結婚されたんだっけ」
「しました、どうにか」
 私たちが結婚した一年弱後、兄は結婚した。女っ気の全くない人だったので心配していたのだが、両親ともどもほっとしたのを覚えている。
「どうかしました?」
 首を傾げると、いや……と言葉を濁しつつ席につく。
「考えてみたら、俺、妹いないんだなと思って」
 頬杖をつくその姿は絵になるが、言葉の意図が分からず困惑すると、私の隣で隼人くんが笑った。
「そうだねぇ。いないねぇ。俺、弟だもんねぇ」
「うん……」
 政人さんは頷いて、なんとなく気まずげに私を見た。
「あのぅ?」
 ちょっと萎縮しながら聞くと、
「いや……お兄さん、どんな気持ちだったのかなと思って」
「……何がですか?」
「妹が結婚するって聞いたとき。……彼氏がいるって聞いたときでもいいけど」
 私が戸惑って彩乃さんと政人さんを見比べている横で、隼人くんが噴き出した。
「な、何。一体どうしたの兄さん。もう礼奈ちゃんがお嫁に行くときのこと考えてるの?」
「違ぇよ。妹と娘は別だろ」
「ああ、そうか。でも、何? なんかあった?」
 隼人くんがウケているのを苦笑して見ていた彩乃さんの腕の中で、礼奈ちゃんは眠ったらしい。そろりと椅子に座ると、ゆっくり娘の背中をたたきながら口を開いた。
「なんかねぇ。九州行ったときに仲良くなった中学生が、関東の大学に進学したんだけどね。彼氏ができたらしいって知ってショック受けてるみたい」
「ち、違ぇよ。勘違いされるような言い方すんな」
「受けてるじゃない、ショック。何が違うの?」
「べ、別に彼氏ができたことにショックを受けてるんじゃなくて……」
 政人さんがこんなにうろたえているのは珍しい。私は笑いをこらえながら二人の様子を見ていた。
「なんつーかその……ガキだと思ってたのに、ちゃんと女になってくんだなーって……」
「寂しいの?」
 にやにやしながら隼人くんが言う。政人さんは反論しようと開きかけた唇を引き結んだ。
「……そうなのかも」
 ぽつりと呟いた声音が、結構真に迫っている。
 たまらなくなって噴き出した。
「こ、こら。笑うな、香子ちゃん」
「あはははは、いや、すみません。政人さんが可愛くて、つい」
「か、可愛いって何だよ。もうアラフォーの男に」
「だって、あはははは、すみません止まらない」
「くっそー……」
 赤くなって歯がみする政人さんの隣で、彩乃さんがやれやれとため息をついた。
「他人の女の子にこれじゃ、礼奈のときはどうなることやら……」
「泣きそうだよねー、結婚式とか。泣き崩れてバージンロードとか歩けなくなりそう」
「やだ隼人くん、それ有り得る」
「お前ら、他人のことおちょくるなっつーの!」
 政人さんは耐えかねたように椅子を立った。
 ひとしきり笑って落ち着いた私は、立ち上がった政人さんを見上げる。
「でも、幸せですね。その子」
「……え?」
「政人さんみたいな、優しいお兄さんに出会えて」
 政人さんは一瞬言葉を失い、目をさまよわせて、ぷいっと顔を背けた。
 あ。顔赤い。
「兄さん、照れてる」
「うるせぇ黙れ! 悠人! 健人! ボール持って外行くぞ!」
「翔太も行くー!」
「よし、じゃあ一緒に来い!」
 子ども三人を連れて玄関へ向かう姿に、私は隣でコーヒーをすする夫に目をやった。
「一人で三人見るの大変じゃない? 隼人くんも行って来たら?」
「えー、俺はいいよ。香子ちゃんといたいもん」
「朝子もお母さんといるー」
 娘が私の膝に乗って来る。それを受け止めつつ、私はあきれて半眼になった。彩乃さんがからりと笑う。
「大丈夫でしょ、翔太くんしっかりしてるし。だいたいあの人、嫌いじゃないし。人の世話するの」
 それは……知ってますけど。
 思いながら、まあ義姉がそう言うならと、離れていく賑やかな声を聞きつつコーヒーに口をつけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

色づく景色に君がいた

松丹子
現代文学
あの頃の僕は、ただただ真面目に日々を過ごしていた。 それをつまらないと思っていたつもりも、味気なく思ったこともない。 だけど、君が僕の前に現れたとき、僕の世界は急激に色づいていった。 そして「大人」になった今、僕は彼と再会する。 *タグ確認推奨 関連作品(本作単体でもお楽しみ頂けます) 「明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)」(妹・橘礼奈) 「キミがいてくれるなら(you are my hero)」(兄・橘悠人)

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

処理中です...