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さくやこの 関連
本社に揃った支社トリオ
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「よぉ、江原。お疲れ」
まだ始業前だけれども始業している私の元に、長身の男が現れた。
「お疲れさまです」
目もやらずにパソコンに向き合う。
「お前な」
タカタカタカと小気味よく響くキーボードの音に、阿久津さんは呆れたような顔をした。
「おいこら。先輩が会いに来てやったんだから手を止めろ。こっちを見ろ。だいたいまだ始業前だぞ」
「そんなん知りません私の始業は私が仕事しようと思ったときからです」
あっさり返しつつ、キーボードを叩く手は止めない。
深々と嘆息する気配がした。
と思うや、ぐしゃりと髪の毛を掻き回される。
「う、ぎゃ!」
ぐっしゃぐしゃにされた髪を両手で押さえて、私は涙目で振り返った。
「な、にするんですか!この悪ガキ!」
「悪ガキなぁ」
阿久津さんはさも楽しげに笑う。
「もう一人の悪ガキも、今夜空いてるらしいぞ」
言いながら、飲み物を煽る仕種をした。
「俺が開拓した店、教えてやるよ。どうせお前、こっち来ても同じ店ばっかり行ってんだろ」
阿久津さんの飲み屋開拓は習慣だか趣味だかだ。確かに地元民すら知らないいい店を知ってたりするので侮れないんだけど。
「いや、いいっすよ私は」
「薄情者」
言いながらも阿久津さんの口の端は上がっている。
それを見ていると、阿久津さんはまた軽く私の頭を小突いた。
「俺の本社転勤祝いだ、つき合え」
どうせ最初から拒否権なんてないのだ。
私は唇を尖らせ、仕方ないなーと返事をした。
阿久津さんより一足先に、私は本社へ転勤になった。年数的にちょうど異動の時期だったこともあったのだけど、ラッキーなことに神崎さんたちが結婚したこともあって、アヤさんの後任で配属された。
忙しいから嫌煙されがちな財務部だけれど、私にしてみたらありがたい。だってエリートコースだもんね。バリバリ仕事してできることなら昇進だってしていきたい私としては大歓迎だ。
で、まあその半年後、九州支部での事業をぜーんぶ、きれーいに片してから、阿久津さんが本社勤務になった。
阿久津さんってばどこ勤務になったのかと思ったら、営業部の顧客サービス課だって。正直、大丈夫か?って思うよね。だってほら、あの人無駄に偉そうじゃん。顧客サービス課って、クレーム対応とかメインでしょ。大丈夫なのかな。超心配。って私が心配しても仕方ないんだけどさ。
昼休みにスマホに届いたメッセージは阿久津さんからで、神崎さんにも同時送信されていた。
【今日18時半ロビー集合】
端的すぎる!偉そうすぎる!マジ大丈夫この人?
私は思わず頭を抱えた。
「遅ぇぞ江原」
仕事を切り上げて出ようとしたところに内線が入り、会計課の人とアレコレやりとりをしたがために十分の遅刻である。既に神崎さんは来ていて、阿久津さんと並んで立っている。
ただでさえ上背のある二人だし、まあていうか神崎さんいるし、他の社員はちらっちらこっちを見ながら通りすぎてく。ときどき、マーシーお疲れーとか声がかかって、神崎さんは軽く手を挙げて返している。ーーってどっかの貴公子か、あんたは。
「仕事してたんです。遊んでたわけじゃありません」
私は唇を尖らせて答えた。阿久津さんは不服げにふんと鼻を鳴らす。
「そんな偉そうで大丈夫なんですか」
つい本音がぽろりと漏れて、阿久津さんはちょっと驚いた顔をした。
「何が」
「だって、顧客サービス課でしょう」
「ま、大丈夫だろ」
言ったのは意外にも神崎さんだ。
「阿久津だって馬鹿じゃないんだ」
「ひでぇ言いよう」
阿久津さんは笑う。
二人を最初見たとき、同期の割に険悪な雰囲気だなと思ったんだけど、ある時から突然仲良さげになった。理由はよく分からない。けど、神崎さんって意外と、ホントのところ人に心を許さないところがあるのに、阿久津さんには砕けてる、と思う。
ま、あんまり興味ないし、どうでもいいっちゃどうでもいいけど。
「じゃあ今日は俺の本社復帰祝いに、二人に奢ってもらおうかなぁ」
「げえぇ。後輩にたかるつもりですか」
私が即座に返すと、神崎さんが笑う。
「仕方ねぇな。ま、江原の本社転勤祝いもしなかったしな」
ーーおっ?
てことは?
「おい。目輝かせんな。酒は制限かけるぞ、お前ら放っておくとひどい飲み方するんだから」
「えええええ。じゃあ、乾杯にビール一杯ずつと、焼酎二本」
「もうお前そういうカウントがな……」
「カクテル十杯の方がいいですか」
「飲まないくせに何言ってんだ」
「飲みますよ、セックスオンザビーチとかカミカゼとか」
「もうおま……ちょっと黙ってろ」
「どっちもウォッカベースじゃねぇか。呑み助」
「失礼な。ジンも行けます。そのまま飲むならラム派ですけど」
「訳わかんねえそれ」
そんな感じのくだらない会話を、久々に交わしながら歩いて行く。
すっごい、くだらない会話。
でも結局、こういうの、嫌いじゃないんだよね。この先輩たちも、私も。
三人で歩いていると、身長差を反映した歩幅なのに、不思議と歩調が合う。
それが二人の思いやりのおかげとは、気づいていないことにしている。
「よーし、飲むぞぉ」
「気合入れんな。嗜む程度で充分だ」
「俺日本酒がいいなぁ」
「じゃあ一升瓶と焼酎一本」
「それぞれ抱えて飲む気か?」
つつがなく流れていく会話を楽しみながら、酒は進みーー
結局、例によって例のごとく、私と阿久津さんは神崎さんにタクシーへ押し込まれたのだった。
まだ始業前だけれども始業している私の元に、長身の男が現れた。
「お疲れさまです」
目もやらずにパソコンに向き合う。
「お前な」
タカタカタカと小気味よく響くキーボードの音に、阿久津さんは呆れたような顔をした。
「おいこら。先輩が会いに来てやったんだから手を止めろ。こっちを見ろ。だいたいまだ始業前だぞ」
「そんなん知りません私の始業は私が仕事しようと思ったときからです」
あっさり返しつつ、キーボードを叩く手は止めない。
深々と嘆息する気配がした。
と思うや、ぐしゃりと髪の毛を掻き回される。
「う、ぎゃ!」
ぐっしゃぐしゃにされた髪を両手で押さえて、私は涙目で振り返った。
「な、にするんですか!この悪ガキ!」
「悪ガキなぁ」
阿久津さんはさも楽しげに笑う。
「もう一人の悪ガキも、今夜空いてるらしいぞ」
言いながら、飲み物を煽る仕種をした。
「俺が開拓した店、教えてやるよ。どうせお前、こっち来ても同じ店ばっかり行ってんだろ」
阿久津さんの飲み屋開拓は習慣だか趣味だかだ。確かに地元民すら知らないいい店を知ってたりするので侮れないんだけど。
「いや、いいっすよ私は」
「薄情者」
言いながらも阿久津さんの口の端は上がっている。
それを見ていると、阿久津さんはまた軽く私の頭を小突いた。
「俺の本社転勤祝いだ、つき合え」
どうせ最初から拒否権なんてないのだ。
私は唇を尖らせ、仕方ないなーと返事をした。
阿久津さんより一足先に、私は本社へ転勤になった。年数的にちょうど異動の時期だったこともあったのだけど、ラッキーなことに神崎さんたちが結婚したこともあって、アヤさんの後任で配属された。
忙しいから嫌煙されがちな財務部だけれど、私にしてみたらありがたい。だってエリートコースだもんね。バリバリ仕事してできることなら昇進だってしていきたい私としては大歓迎だ。
で、まあその半年後、九州支部での事業をぜーんぶ、きれーいに片してから、阿久津さんが本社勤務になった。
阿久津さんってばどこ勤務になったのかと思ったら、営業部の顧客サービス課だって。正直、大丈夫か?って思うよね。だってほら、あの人無駄に偉そうじゃん。顧客サービス課って、クレーム対応とかメインでしょ。大丈夫なのかな。超心配。って私が心配しても仕方ないんだけどさ。
昼休みにスマホに届いたメッセージは阿久津さんからで、神崎さんにも同時送信されていた。
【今日18時半ロビー集合】
端的すぎる!偉そうすぎる!マジ大丈夫この人?
私は思わず頭を抱えた。
「遅ぇぞ江原」
仕事を切り上げて出ようとしたところに内線が入り、会計課の人とアレコレやりとりをしたがために十分の遅刻である。既に神崎さんは来ていて、阿久津さんと並んで立っている。
ただでさえ上背のある二人だし、まあていうか神崎さんいるし、他の社員はちらっちらこっちを見ながら通りすぎてく。ときどき、マーシーお疲れーとか声がかかって、神崎さんは軽く手を挙げて返している。ーーってどっかの貴公子か、あんたは。
「仕事してたんです。遊んでたわけじゃありません」
私は唇を尖らせて答えた。阿久津さんは不服げにふんと鼻を鳴らす。
「そんな偉そうで大丈夫なんですか」
つい本音がぽろりと漏れて、阿久津さんはちょっと驚いた顔をした。
「何が」
「だって、顧客サービス課でしょう」
「ま、大丈夫だろ」
言ったのは意外にも神崎さんだ。
「阿久津だって馬鹿じゃないんだ」
「ひでぇ言いよう」
阿久津さんは笑う。
二人を最初見たとき、同期の割に険悪な雰囲気だなと思ったんだけど、ある時から突然仲良さげになった。理由はよく分からない。けど、神崎さんって意外と、ホントのところ人に心を許さないところがあるのに、阿久津さんには砕けてる、と思う。
ま、あんまり興味ないし、どうでもいいっちゃどうでもいいけど。
「じゃあ今日は俺の本社復帰祝いに、二人に奢ってもらおうかなぁ」
「げえぇ。後輩にたかるつもりですか」
私が即座に返すと、神崎さんが笑う。
「仕方ねぇな。ま、江原の本社転勤祝いもしなかったしな」
ーーおっ?
てことは?
「おい。目輝かせんな。酒は制限かけるぞ、お前ら放っておくとひどい飲み方するんだから」
「えええええ。じゃあ、乾杯にビール一杯ずつと、焼酎二本」
「もうお前そういうカウントがな……」
「カクテル十杯の方がいいですか」
「飲まないくせに何言ってんだ」
「飲みますよ、セックスオンザビーチとかカミカゼとか」
「もうおま……ちょっと黙ってろ」
「どっちもウォッカベースじゃねぇか。呑み助」
「失礼な。ジンも行けます。そのまま飲むならラム派ですけど」
「訳わかんねえそれ」
そんな感じのくだらない会話を、久々に交わしながら歩いて行く。
すっごい、くだらない会話。
でも結局、こういうの、嫌いじゃないんだよね。この先輩たちも、私も。
三人で歩いていると、身長差を反映した歩幅なのに、不思議と歩調が合う。
それが二人の思いやりのおかげとは、気づいていないことにしている。
「よーし、飲むぞぉ」
「気合入れんな。嗜む程度で充分だ」
「俺日本酒がいいなぁ」
「じゃあ一升瓶と焼酎一本」
「それぞれ抱えて飲む気か?」
つつがなく流れていく会話を楽しみながら、酒は進みーー
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