神崎家シリーズSS集

松丹子

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期待はずれな吉田さん~ 関連

久々のデート

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 お互い仕事が忙しくて、ほとんど会えずに二週間が過ぎた後のデート。いつも通り早めに行動する私が待ち合わせ場所にいると、メッセージが来た。
【ごめん、今起きた。急いで行く】
 私はそのメッセージを見て唖然とする。って、実家でしょ。実家、平塚でしょ。待ち合わせ都内だよ。準備してこっち来てもざっくり1時間強でしょ。
 なんかぐったりする。馬鹿みたい。私なんか久々にゆっくり会えるって楽しみで、昨日深夜に帰ったのに日の出と共に目が覚めちゃって、でもどの服着ようかなーなんて一人ファッションショー状態になって気付けば時間がなくなってわたわたして家を出て来たのに。家の中服が散乱したままだわ。ついでに靴も散乱してるわ。だったら片付けてから来ればよかった!
 思い返していたらイライラしてきた。ほんと前田は私のことをいらつかせる名人だと思う。いちいちイライラさせてくる。で、本人は涼しい顔で言うのだ。
「吉田さん、カルシウム足りてないんじゃないの?」
 ときどきご丁寧に食べるにぼしとか持ってくるしな。どうしろっていうんだ! まあ嫌いじゃないけど! 食べるけど!
 そして親の敵みたいな顔で私がにぼしをぼりぼりしてると、前田は楽しそうに笑う。「おいしそうに食べるね」って手を伸ばして、一つくれてやると口に運んで、変な顔になる。
「結構魚臭い」
「魚だもん」
「吉田さん、雑食だね」
「放っとけ。人間は雑食だ」
「ああ、それもそうか」
 ーーそんな会話を思い出し、やれやれとため息をつく。
 隣にいた待ち合わせのカップルが、合流して嬉しそうに手を繋ぎ歩いていく。
 胸がぎゅっと切なくなった。
 なんか、馬鹿みたい。
 私ばっかり、会いたがって。
 前田は仕事で疲れてるんだ。そう思おうとしたけど、それは私だって同じこと。
 仕事で疲れてるからこそ、前田と会いたい。会って……抱きしめてもらって、ほっとしたい。そう思うのは私だけなのかなって、こういうときはいつもそう思う。
 あー、駄目だ。ほんと、結構疲れてる。
 ついマイナス思考になる自分に苦笑する。
 とりあえず美味しいものでも食べながら待ってよう。お代は後で請求しよう。よし、そうと決まればパフェかケーキか……
 私は小さく拳を固めて、駅近くのカフェへ足を運んだ。
 
 * * *
 
 もともと正午に待ち合わせの予定だったのに、前田が来たのは午後3時だった。
 今から行くと連絡があった時間から考えても、結構悠長にしてたよねと予想がつく。彼女を待たせてるから必死で走るとか、そういう感性はないらしい。実際、私の前に現れたときも、いつも通り平然として手を挙げただけだった。
 つきん、とまた胸が痛む。
「ごめんね」
 本当にそう思ってるのかどうか分からない声で言われて、私は思わずうつむいた。
 いつもなら噛み付くところなのに黙り込んだ私に、さすがの前田もおやと思ったのだろう。首を傾げて遠くに目をやる。
 沈黙が訪れた。
 ……おい。
 ……何か言えよ。
 向きになって、前田が何か言うのを待つ。
 どうしたの、とかさ。
 怒ってる? とかさ。
 言ってみろ、ほら。
 ……と思うけど、前田はただただ、じっとして……いや、ぼんやり遠くを見ている。
 そのまま、沈黙は続く。
 私はいらっとして顔を上げた。彼と比較にならないほどに自分が短気だったことを、いまさらながら思い出す。
 そう、サリーちゃんは短期集中短期決戦型なの!
 前田は顔を上げた私の目を見た。
 目が合って、私はうろたえる。
 同時に前田もうろたえて、目をそらした。
 私の目が潤んできたからだ。
「……」
「………」
 二人でうつむき、沈黙する。
 繋ぐことのない互いの手が見えた。
 前田は言葉を探しているのかいないのか、分からないけど黙っている。
 分からない。前田のことが分からない。
 なのに、こんなに想うのは、私の勝手なんだろうけど。
「……帰る」
「え?」
「なんか、疲れちゃった」
 私は改札へ歩き始めた。前田は追って来ない。
 そうだ、あいつは追って来ない。私の決めたことにいちいち反論なんかしない。私のことは私が決めるべきだと、あいつは思ってるからだ。
 だから追ってきて欲しいと思ってるのは、私のわがままだ。
 私は立ち止まって振り返った。
 前田はもとの場所に佇んだまま、私を見ている。
 眼鏡の奥の目は、戸惑いながらも、優しい。
 私は唇を引き結んだ。
 なんとなく、泣きそうだったから。
 こんなに好きなの、私だけ?
 悔しい。ーー悔しい。
 腰横に下ろした手で、拳をつくる。
 顔を上げる。前田を睨みつけてその前までつかつかと戻る。唖然としている前田の手首を掴み、また改札へ向かう。
「……帰るんじゃないの?」
「帰るよ」
「疲れちゃったんじゃないの?」
「うん、疲れたよ」
 前田は困惑しながらも、私に続いてICカードをタッチする。ホームへ向かいながら、私は手に握るところを手首からてのひらへと下げた。
「……だから、癒してよ」
 呟くように言って、さして背の変わらないその肩に額を寄せる。自分の顔が真っ赤なのが分かった。鼓動がどきどき高鳴る。一瞬呼吸を止めた前田が、ゆるゆると息を吐き出す。
「……吉田さんってさ」
 私は気恥ずかしさで顔を上げられないまま、前田の手を両手で包む。
「そういう……不意打ち、やめてほしい」
 私は前田の肩から額を浮かせた。ちらり、と見上げると、前田の頬がわずかに赤い。
「……照れてるの?」
「そっちこそ」
 二人で言い合い、ふいと顔をそらした。
 繋がった手を、前田がしっかり握り返してくれる。
 じわりと心に温もりが広がった。
 
 あー、
 我ながら、チョロい女だなぁ。
 
 不器用な彼のそんな動作だけで、
 数時間の待ちぼうけの切なさと苛立ちがとんでいく。
 
 ふふ、と笑う私を見て、前田が首を傾げた。
「……ご機嫌なおった?」
 私は頬を膨らませた。
「なおってない!」
 繋いだ前田の手をぶんぶん揺らす。
「アイス三つね!」
「三つ……?」
「3時間待ったから!」
 前田はぽかんとしてから、噴き出した。
「アイスが時給ね……」
 眼鏡の奥の笑んだ目が、私をとらえた。私は照れ臭くなって顔をそらす。
 前田はくすくす笑いながら、私の手を指で撫でた。
「じゃ、アイス買って、吉田さんちね」
 言って、私の耳元に口を寄せる。
「……今日、していいの?」
 私は真っ赤になって、力いっぱい前田の背中をたたいた。
 ばっちーん、と音がして、前田が小さな悲鳴をあげた。
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