神崎家シリーズSS集

松丹子

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期待はずれな吉田さん~ 関連

サリーちゃんと自由人

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「遅い!」
「一分遅刻しただけじゃん」
「それ、電車が着いた時間で改札に来た時間じゃないでしょ!だいいちあんた社会人でしょ!5分前集合が基本って、学校で習わなかったの!?」
「社会人なのに学校で習うの?矛盾してない?」
「あああああ!まったく!ほんとに!ああ言えばこう言う!」
 互いに家族と過ごしたGWの最終日、前田と会う約束をしていた。
 改札口で顔を合わせるなり始まる言い合いは、ほとんど恒例行事のようなものだ。我ながら成長しないなと思わなくもないけど、それは前田の方も同じだと思う。よくもまあ私の機嫌を毎度毎度損ねてくれるものだ。
 私は、はー、と嘆息する。だって、家を出てくるときには、一応ウキウキしながら出てくるのよ。で、今日こそ喧嘩しないでニコニコ過ごすんだって、思ってるのよ。なのに毎度毎度それはあっさり裏切られる、って裏切ってるの自分か。それがまた切ないな。
「ーーごめん」
 トーンを落とした私にわずかに動揺した前田は、一応小さく謝った。私はいいよと手を振る。
「でも早く来てよね」
「吉田さんが早すぎるという説は」
「う、うるさいっ」
 大概十五分くらい早くついている私である。た、楽しみだからついつい、とかじゃないんだからねっ。家にいるとほら、あっちの服がいいかなーとか、こっちの服がいいかなーとか、色々悩みはじめちゃうじゃない。だから早めに出てきちゃうのっ。
「あ、会いたいなって思うんだったら、早く来れると思うんだけど?」
 反撃したつもりの言葉は、前田のまばたきで四散したように感じた。
「えーと。つまり、吉田さんは俺と早く会いたくてついつい早く来ちゃうってこと?」
 途端に顔が赤くなるのを感じる。
「か、勝手に意訳するなぁあ!」
「私の気持ちを思いやれっていつも言うのそっちじゃない」
「こういうときの話じゃなぁあい!」
「そうなの?ーーでもさ」
 前田はふ、と意地悪な笑顔を浮かべた。眼鏡の奥の目が細められ、思わずどきりと胸が高鳴る。
「顔、真っ赤だよ。図星なんでしょ?」
 私は口をぱくぱくさせた。自分でも言葉を吐きだそうとしているのか食べようとしているのかわからなくなってきたとき、できる限りの憤怒の表情を作る。
「もう!知らない!」
 勢いよく背中を向けて歩き出した私の背を、前田の軽い足音が追って来る。
「ごめんって。怒らないでよ」
 私は歩調を緩めない。
「ねえ、吉田さんーー里沙。ねえってーー」
 手首をつかまれ、振り返る。
 そこに前田の笑顔があった。
「俺は、嬉しいよ?」
 照れ臭そうな笑顔に、また目が吸い寄せられる。
 ずるい。その顔されると、私がもう言い返せないの、きっと知ってる癖に。
「俺も早く会いたいって思ってるけど。ーー今日はこれ、忘れて一度引き換えしたんだ」
 ごそごそとリュックから取り出したのは、小さな包み。
「お土産。パスケースなんだけど」
 甲州旅行と言っていたその手にあったのは、印伝のお店で買ったらしい品物。
 私はぱっと笑顔になり、受けとる。
「嬉しい。ありがとう」
 その笑顔を見て取って、前田は楽しげに笑った。
「吉田さんって、忙しいね。怒ったりすねたり笑ったり」
 私は唇を尖らせる。
「そんなことない。サリーはいっつも笑ってるね、って言われるもん」
 前田の前だけだ。ーーってこれ、ギャグじゃないよ。違うよ。
「笑ってる、ねぇ」
 前田はまた意地悪な目をした。その目。茶化すようなその表情を、私はもう嫌いとは到底思えないーーむしろ、ちょっと、色気を感じてドキドキする。
「俺に言わせると、怒ってるの六割、笑ってるの二割だけど」
 私は言葉を聞きながら頭の中に円グラフを描き、眉を寄せた。
「……残りの二割は?」
 前田は顔を近づけ、私の目を覗き込む。
「照れてる」
 低くかすれた声で言われて、私の顔が真っ赤になった。
「は、離れてよ。近い」
 私がぐいと肩を押すと、前田はくすくす笑いながら離れた。
 ーー敵わない。
 悔しさが込み上げて唇を噛む。真っ赤な顔では迫力も何もないと、わかってはいるがついつい睨みつけると、前田がふわりと微笑んだ。
「でも、それは彼氏の特権、かな」
 呟くように言って、前田は私の手を取る。
「行こっか」
 言うや否や、私の返事を待たずに歩き出す。
 私は何か文句を言いたくて、でも言い返せなくて、悔しさだけを胸にーーそれでも大人しく手を引かれて歩く内に、気持ちがウキウキしてくる。
 前田。前田。
 半歩前を行く彼に、心の中で呼びかける。
 今日は、何をしようか。どこに行こうか。
 浮き立つ気持ちに、自然と口の端が上がった。
 どこで何をするとしても、何回も喧嘩したとしても、きっと楽しい一日になるに違いない。
 だって、君が一緒だから。
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