神崎家シリーズSS集

松丹子

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神崎さんちの3きょうだい

ファッションセンス編

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 中学一年の冬休み、政人は親戚からもらったお年玉を手に、ちょっと高価な買い物をした。
 買ったのはジーパンだ。好きなハリウッドスターご用達と聞いてから、ずっと欲しかったメーカーのもの。
 ハリウッドスターが着ているにしては手頃な値段だったが、お年玉をほとんど使い切る値段だ。
 初めて手にした高級品に、胸を高鳴らせる。
 購入した翌日は、中学の友達の家に遊びに行く予定があった。
 ジーパンを着て得意げに出かける政人を、姉の和歌子がちらりと見やる。
「……政人、そのジーパンどうしたの?」
 ぎくり、として立ち止まった。
 二歳年上のこの姉には、いつだって敵わない。同級生からは「美人なねーちゃんうらやましー」と言われるが、こんな姉ならいくらでものしをつけてあげたいところだ。
「……お年玉で買った」
 素直に答えると、ふぅん、と何か言いたげな目をしたが、
「ま、いいや。行ってらっしゃい」
 ひらりと手を振って寄越した。
(何だよ。……何言おうとしたんだよ)
 気になるが薮蛇になるのも怖い。あの姉は何をするか分からないのだ。今の自分にとっては宝物といえるこのジーパンに何かされたらしばらく立ち直れそうにないので、政人は気にしないことにして、友人宅に出かけて行った。
 
 しばらく友人宅でゲームをして遊んだ後、帰宅すると、和歌子が出迎えた。
「おかえりー」
「ただいま」
 答えてから、やはり気になっていた姉の様子を伺い見る。
「何?」
「いや……」
 政人はためらった後、決意したように和歌子の目を見た。
「何、言おうとしたの。俺が出かけるとき」
「ああ……」
 和歌子は思い出したように頷いて、挑発するような笑顔を浮かべた。
 きっと彼女のファンから見ればうち震えるような微笑だろうが、弟の政人からすると、何かを失うことを覚悟してかからなければならない表情だ。
「いいの? 言って」
(来た)
 動揺する心中を悟られてなるものかと身構えつつ頷くと、こっちにおいでと手招きされた。
 玄関前にある全身鏡の前だ。
「ここに立って」
 鏡の前を示されて、政人はためらいながら進み出る。和歌子はその後ろに立つや、ズボンの脇をつまんだ。
「あんたの体型だと、こういうダボッとしたのは似合わないのよ」
 言いながら、後ろからつまむ。ジーパンのラインが少しスマートになった。
「ほらね、この方が断然いい」
 言われて首を傾げる。そう言われればそんな気もするし、さして変わらないような気もする。
 しかし政人はそもそも、憧れの俳優のイメージがあったのだ。だぼっとしたパンツをルーズに着ている姿がかっこよかったから、真似をしたかった。
「あ、いまいち納得してないでしょ。じゃあ隼人に見てもらおうよ。隼人ー!」
 和歌子が呼ぶと、ダイニングから弟の隼人が顔を出した。
「なぁに?」
 隼人は政人より七つ下で、4月が来たらようやく小学生だ。
「お兄ちゃん、こっちとこっち、どっちが似合ってると思う?」
 歳の割にしっかりしている隼人は、数度まばたきをしてから、和歌子を見上げる。
「もう一回して」
 和歌子がズボンから手を離し、またつまむ。
「うん、こっちの方がかっこいい」
「ほーらね」
 満足げに頷く隼人を見て、和歌子は勝者の微笑みを浮かべる。政人は、ぐ、と唇を引き結んだ。
「で、でも……」
「お母さんとお父さんにも聞いてみる? きっとみんなこっちの方がいいっていうわよ」
 和歌子は控えめな胸を張って誇らしげだ。容姿端麗な和歌子だが、胸のボリュームだけは心許ない。そこが姉の弱点だと知りつつも、罵るのは心中だけに留める。
「政人もまだまだね。せっかく悪くない見た目なんだから、ちゃんと生かさないと意味ないわよ。まあ私のタイプじゃないけど」
(お前のタイプなんか聞いてねぇ!)
 思いながらむくれると、和歌子は誇らしげに笑った。
 そのとき、あっ、と幼い声が挙がる。
「じゃあ、お姉ちゃんが服を選んだら、お兄ちゃんもっとかっこよくなるんじゃない?」
 隼人が自分のアイデアに目を輝かせた。和歌子と政人は視線を交わす。
「お兄ちゃん、ただでさえかっこいいのに……これ以上かっこよくなったら、きっと僕追いつけないね」
 政人が照れて目を反らすのを見て、和歌子が噴き出した。
 この弟は極度の兄っ子なのだ。なぜだか分からないがーーいや、実をいえば、わからなくもない。というのも、姉の和歌子は隼人を可愛がってはいるものの、持ち前の短気さで遊びにつき合い切れず、結局元々乗り気でなかった政人の方が最後までつき合うことになるからだ。
 が、姉にそれを言ってもキレられるだけだと分かっているので政人も何も言わない。結果、隼人の兄好きっぷりに和歌子がふて腐れ、ますます政人いびりがひどくなる。という悪循環が続いているが、もはや変えようもないと諦めつつある。いずれ姉も弟離れするだろう。
「そうと決まれば、明日、三人で行こう! 和歌子プレゼンツ、政人のファッションショー」
「い、いいよ。明日部活だし」
「半日だけでしょ。半日空いてるじゃない」
「僕行きたーい!」
 きゃっきゃと二人が盛り上がるのを前にして、政人は察した。ここで断りでもすれば、姉にぼこぼこにされるのが目に見えている。最近、隼人に好かれようとお菓子で釣りはじめてすらいる姉である。隼人がこんなに喜ぶ企画をスルーさせてもらえるはずもない。
(くっそー……!)
 選択権の少なさに、政人は心中歯ぎしりした。
 
 そして翌日、部活が終わるや笑顔で身柄を拘束された政人は、数時間着せ替え人形にされることになった。
 帰路、スキップすらしながら手を繋ぎ帰る姉弟の後ろ姿を見ながら、ふらつく足取りで思った。
(文句言われないようになってやる……)
 二度とこんな事態を引き起こしてなるものかと、固く決意するのだった。
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