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安田夫婦関連
アイロン談義3/3
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「何や、これ。アイロン台?」
「そうです!ほら、俺形から入るタイプだから」
新居が決まり、互いの荷物を解いていたとき、うちが目にしたのはうちの身長とさして変わらない板状のそれだった。マーシーにオススメ聞いて買ったんすよ、と言いながら誇らしげにジョーが手にする。
それは高さの調節できる脚がついているらしく、立ったままアイロンをかけられるということなのだろう。
……まあ、それでご機嫌に作業できるんなら、いいってことやろうな。
思いながら適当に頷く。
「でもこれ、どこ置きましょうか?」
我が家の間取りは2LDKだが、二つの部屋はそれぞれ寝室と書斎にしようと事前に決めている。
「書斎に置いとくか?」
「え、でも俺、本の匂い嗅ぐとお腹痛くなっちゃいそう」
またそれ何やの。訳わからんわ。
呆れて適当に相槌を打ったうちは、「好きに置きや」と投げやりに言った。ジョーは首を捻って考えた後、「じゃあ寝室に置きます」とにこやかに言う。
「一緒に住むとなれば、ヨーコさんのシャツも、俺が愛情込めて洗ってアイロンかけますから!毎日でも、遠慮なく着ていいですよ!」
胸を張るジョーに苦笑を返す。結婚前、彼からプレゼントしたいからと一枚だけシャツを買ってもらった。まだ結婚前だったので、当然冗談かと思いきや、本当に洗うのもアイロンも進んでやってくれ、うちが自分で洗ったときには逆に不機嫌になってしまってこれまた呆れたものだ。
「ってことでーー」
ジョーは言いながら、いそいそとクローゼットから自分のシャツを出す。
「だから、これ着て?一回だけ!ね、一回でいいから!」
「いや、だから……何やの?前も言うてたけど、それ」
「彼シャツ、ってやつですよ!男のロマンです!」
拳を握って力説するも、応じてやる気にはならない。
「意味がわからん」
「男のロマンですからヨーコさんにはわからなくてもいいんです!俺がわかるから!」
ぐいぐいとワイシャツを押し付けられ、うちは嘆息しながら目線を巡らせる。
「結婚前断られたけど、やっぱり諦められませんっ!」
覚えてはいたんか。その根気、もう少し仕事で発揮できへんもんやろか……
思いながらも、結局その粘り強さに負けて願いを叶えることになり、一回、どころか、折につけうちに“彼シャツ“を要望するようになったのだった。
特段予定のない日曜の朝は、正午になる少し前に目が覚める。
視界を閉じたまま、聞こえる音に耳を済ます。
しゅ、しゅ、と霧吹きの音。
しゅわ、と水気を帯びた布に走るアイロンの音。
途端に、鼻腔をくすぐる独特の香りが強くなる。
朝食の香りーーではない。アイロンをかける香りだ。
まだ起動しきらない頭のまま、それをぼんやりと堪能し、少しずつ目を開く。
朝の陽ーーにしてはもう落ち着いた光がカーテン越しに降り注ぐ中、ジョーがときどき鼻歌混じりにアイロンをかけている。
起きていると気付かれないよう、うっすらと目を開いてそれを見ている。
不器用かと思っていたジョーは、やる気になればだいたいのことはこなせるらしい。ただ、滅多にやる気にならないのだが。
ジョーはアイロンを走らせながら、楽しそうに目を細めている。手にしているのはうちのシャツだ。ということは、もう終わりに近いのだろう。
土曜に洗濯をすませたシャツに、日曜の朝、アイロンをかけるのが習慣だ。ジョーは、まず先に自分のシャツから順に手にする。なぜなら「ヨーコさんのシャツ先にすると、自分のシャツかける気がなくなる」からだそうだ。やる気をなくす理由は、きっと聞いても理解できないだろうと、あえて聞いてはいない。
手早く、しかし丁寧にーーまるでうちに愛撫するときのように、その手をシャツ上に走らせたジョーは、よし、と呟いてアイロンを置き、ふわりとシャツを広げた。
温かい風を感じた気がして、うちはまた目を閉じる。香ばしいような香りが、一瞬、強く漂った気がした。
「ヨーコさん、起きてるでしょう?」
ふわり、と、ジョーの声が降りて来る。なんや、気づいてたんか。ーーいつから?
目を開いて見上げると、歩み寄ったジョーがベッドの脇に腰掛けた。微笑みをたたえたままうちの髪を撫でる。
「おはようございます」
「……おはようさん」
寝起きのうちの声は、だいたいみっともなくかすれる。が、ジョーはそれが好きらしい。うちが答えるなり満面の笑みになり、顔を近づけてきて頬にキスをした。
「今日も可愛い」
そう呟いて離れるのも、いつものことだ。そしてうちはまだ、それに慣れない。
「嫌やわ、年増つかまえて可愛いやなんて」
ついつい冗談めかして答えると、ジョーはからりと笑う。
「だって可愛いもん」
ジョーはうちの背中に手を回し、ゆっくりと抱きしめた。
「おはよう」
ジョーの心音が聞こえて来る。
「二度目やで」
うちはまた冗談めかして答える。
ジョーがふふ、と笑う振動が、また心地好く響いてきた。
幸せやなぁ。
口をつきかけた言葉を飲み込む。それを口にするにはまだ早すぎるーー今日は始まったばかりだ。
「お腹空いた」
「うん、ご飯にしましょう。すぐ準備します」
ジョーは言って、うちから離れる。
「おおきに、ジョー」
ドアノブに手をかけたジョーに声をかけると、ジョーは振り返って微笑んだ。
「どういたしまして」
ジョーの後ろ姿を見送って、うちは両手を上げ、大きく伸びをする。
さて、着替えて顔洗わな。
ジョーの朝食の準備は手早い。うちと食べるために、うちの起床を待っていてくれているので、ジョーも空腹だろう。
すっかり見慣れたジョーのエプロン姿を思い出しつつ、うちは自然と笑みを浮かべた。
「そうです!ほら、俺形から入るタイプだから」
新居が決まり、互いの荷物を解いていたとき、うちが目にしたのはうちの身長とさして変わらない板状のそれだった。マーシーにオススメ聞いて買ったんすよ、と言いながら誇らしげにジョーが手にする。
それは高さの調節できる脚がついているらしく、立ったままアイロンをかけられるということなのだろう。
……まあ、それでご機嫌に作業できるんなら、いいってことやろうな。
思いながら適当に頷く。
「でもこれ、どこ置きましょうか?」
我が家の間取りは2LDKだが、二つの部屋はそれぞれ寝室と書斎にしようと事前に決めている。
「書斎に置いとくか?」
「え、でも俺、本の匂い嗅ぐとお腹痛くなっちゃいそう」
またそれ何やの。訳わからんわ。
呆れて適当に相槌を打ったうちは、「好きに置きや」と投げやりに言った。ジョーは首を捻って考えた後、「じゃあ寝室に置きます」とにこやかに言う。
「一緒に住むとなれば、ヨーコさんのシャツも、俺が愛情込めて洗ってアイロンかけますから!毎日でも、遠慮なく着ていいですよ!」
胸を張るジョーに苦笑を返す。結婚前、彼からプレゼントしたいからと一枚だけシャツを買ってもらった。まだ結婚前だったので、当然冗談かと思いきや、本当に洗うのもアイロンも進んでやってくれ、うちが自分で洗ったときには逆に不機嫌になってしまってこれまた呆れたものだ。
「ってことでーー」
ジョーは言いながら、いそいそとクローゼットから自分のシャツを出す。
「だから、これ着て?一回だけ!ね、一回でいいから!」
「いや、だから……何やの?前も言うてたけど、それ」
「彼シャツ、ってやつですよ!男のロマンです!」
拳を握って力説するも、応じてやる気にはならない。
「意味がわからん」
「男のロマンですからヨーコさんにはわからなくてもいいんです!俺がわかるから!」
ぐいぐいとワイシャツを押し付けられ、うちは嘆息しながら目線を巡らせる。
「結婚前断られたけど、やっぱり諦められませんっ!」
覚えてはいたんか。その根気、もう少し仕事で発揮できへんもんやろか……
思いながらも、結局その粘り強さに負けて願いを叶えることになり、一回、どころか、折につけうちに“彼シャツ“を要望するようになったのだった。
特段予定のない日曜の朝は、正午になる少し前に目が覚める。
視界を閉じたまま、聞こえる音に耳を済ます。
しゅ、しゅ、と霧吹きの音。
しゅわ、と水気を帯びた布に走るアイロンの音。
途端に、鼻腔をくすぐる独特の香りが強くなる。
朝食の香りーーではない。アイロンをかける香りだ。
まだ起動しきらない頭のまま、それをぼんやりと堪能し、少しずつ目を開く。
朝の陽ーーにしてはもう落ち着いた光がカーテン越しに降り注ぐ中、ジョーがときどき鼻歌混じりにアイロンをかけている。
起きていると気付かれないよう、うっすらと目を開いてそれを見ている。
不器用かと思っていたジョーは、やる気になればだいたいのことはこなせるらしい。ただ、滅多にやる気にならないのだが。
ジョーはアイロンを走らせながら、楽しそうに目を細めている。手にしているのはうちのシャツだ。ということは、もう終わりに近いのだろう。
土曜に洗濯をすませたシャツに、日曜の朝、アイロンをかけるのが習慣だ。ジョーは、まず先に自分のシャツから順に手にする。なぜなら「ヨーコさんのシャツ先にすると、自分のシャツかける気がなくなる」からだそうだ。やる気をなくす理由は、きっと聞いても理解できないだろうと、あえて聞いてはいない。
手早く、しかし丁寧にーーまるでうちに愛撫するときのように、その手をシャツ上に走らせたジョーは、よし、と呟いてアイロンを置き、ふわりとシャツを広げた。
温かい風を感じた気がして、うちはまた目を閉じる。香ばしいような香りが、一瞬、強く漂った気がした。
「ヨーコさん、起きてるでしょう?」
ふわり、と、ジョーの声が降りて来る。なんや、気づいてたんか。ーーいつから?
目を開いて見上げると、歩み寄ったジョーがベッドの脇に腰掛けた。微笑みをたたえたままうちの髪を撫でる。
「おはようございます」
「……おはようさん」
寝起きのうちの声は、だいたいみっともなくかすれる。が、ジョーはそれが好きらしい。うちが答えるなり満面の笑みになり、顔を近づけてきて頬にキスをした。
「今日も可愛い」
そう呟いて離れるのも、いつものことだ。そしてうちはまだ、それに慣れない。
「嫌やわ、年増つかまえて可愛いやなんて」
ついつい冗談めかして答えると、ジョーはからりと笑う。
「だって可愛いもん」
ジョーはうちの背中に手を回し、ゆっくりと抱きしめた。
「おはよう」
ジョーの心音が聞こえて来る。
「二度目やで」
うちはまた冗談めかして答える。
ジョーがふふ、と笑う振動が、また心地好く響いてきた。
幸せやなぁ。
口をつきかけた言葉を飲み込む。それを口にするにはまだ早すぎるーー今日は始まったばかりだ。
「お腹空いた」
「うん、ご飯にしましょう。すぐ準備します」
ジョーは言って、うちから離れる。
「おおきに、ジョー」
ドアノブに手をかけたジョーに声をかけると、ジョーは振り返って微笑んだ。
「どういたしまして」
ジョーの後ろ姿を見送って、うちは両手を上げ、大きく伸びをする。
さて、着替えて顔洗わな。
ジョーの朝食の準備は手早い。うちと食べるために、うちの起床を待っていてくれているので、ジョーも空腹だろう。
すっかり見慣れたジョーのエプロン姿を思い出しつつ、うちは自然と笑みを浮かべた。
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