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第三章 天の川は暴れ川(ヒメ/阿久津交互)
05 恋する乙女と賢者タイム
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アヤノさんに「応援」された私は、また少し考えてみることにした。
お誂え向きに、その翌日はちょうどオフの日。
夜には職場の暑気払いが控えているけれど、それまでは特段予定もなかった。
阿久津さんの同性愛疑惑が嘘であったと分かって、ちょっとだけホッとしたのは確かだけれど、一方で分かったことが一つ。
阿久津さんにとっては、そんな嘘をついても、私に諦めさせたかったんだろう、ってこと。
確かにストーカーみたいだし、一方的なコミュニケーションしか取ってなかった。
どこかで、恋する乙女には許されるんじゃないの? 的なことを思っていたのも、きっと、確かだ。
そんな自分の幼さが、恥ずかしくて落ち込む。
オトナな男の人と出会いたい、と思ってた。
けどそもそも私は、オトナな男の人につり合うオンナになってるのかな?
阿久津さんの隣を歩く自分を、ちょっとだけ想像してみる。
身長だけ見ても、三十センチくらいの身長差。スーツ姿のピシッとした阿久津さんに、見た目も中身もふわふわな私。
首を傾げた。うーん。アリと言えばアリ、ナシと言えばナシ。
やっぱり自分のこととなると、冷静には考えられないや。
思って嘆息する。
でも、アヤノさんと阿久津さんは、他人から見てもお似合いに見えた。
まあ、その後でマサトさんとアヤノさんが並んでいるのを見てしまうと、当然そっちがしっくり来るのが分かるのだけれど。
ふと立ち上がり、自分のクローゼットを開く。
ピシッとした服があんまり似合わない私は、ふんわり系やナチュラル系の服が多い。サテンよりシフォン。綿より麻。そういう感じ。
元々色素の薄い髪と瞳には、暗い色は重すぎて顔色が悪くなる。
だから色も、パステルカラーばっかり。
アヤノさんの服装を思い出す。白い縦ストライプのシャツと紺色のガウチョ。肩にかけたレモンイエローのカーディガン。
それに近い服は全然私のクローゼットになくて、それでもどうにか選んでみたのは、クリームイエローのとろみシャツと濃紺のキュロットだった。
試しに着てみる。ウエスト部分は前だけボトムスに入れて、ダークブラウンのベルトを締めてみた。姿見の前に立つ。
うん、脚も長く見えるし、これでヒールの靴でも履けばちょっとはデキル女に見えるかな。
「よーしっ」
鏡の前で、横を向いてみたり、後ろを振り向いてみたり。
今日の飲み会はこれで行ってみよう。
まあ、男の人は若先生だけだし、四十過ぎの既婚者で子どもも三人いるからね。別に男性の評価を期待してのことじゃないんだけど。
小さく拳を握ってみる。これなら、阿久津さんの隣に並んでも、いいかも。
「あら、ヒメ。今日はずいぶんオトナな格好じゃない」
母に言われて胸を張る。
「だってもう25だもん」
「まあ、そうよねぇ」
母はおっとりと頬に手を添えた。
「でも、気をつけてね。変な人に連れていかれないように」
「子ども扱いしないでよー」
私は言いながら、普段は履かないヒール靴を出す。
この格好に合う靴なんて、これくらいしか持ってない。
会場は阿久津さんの会社の最寄駅だ。たまたまばったり会っちゃう、なんて可能性も、ゼロではない!
なんて、結局また恋する乙女モードな私なのだった。
私はオフの日だけど、勤め先の小児科はお休みではない。午前は普通の診察で、午後は予防接種の予約だけの日。
でも、他の日よりも早めに終わるので、飲み会は五時から八時だ。しかも二次会はない。清く正しくを地で行く暑気払いは、女性の多い職場ならではかもしれない。
小さい子供のいる人もいるし、そうでなくても主婦ばかりだから、あんまり遅くなるわけにもいかない。九時には帰宅したいと言うのがみんなの総意なのだ。
「あら、ヒメちゃん。今日はなんだか大人っぽいわね」
お姉さまたちに言われてちょっと照れる。お世辞と分かっているのでほどほどに返しつつ、適度に飲み適度に食べて、気持ち良く分かれたのは予定通り八時きっかり。
何となくほかほかする顔と身体のまま電車に乗るのも気が引けて、ちょっとだけ駅の周辺をぶらつくことにした。
「大丈夫?」
心配するのは弥生さんだ。
「大丈夫です、ちょっとぶらつくだけなんで」
私は笑顔で手を振った。
昼間は思い切りオフィス街なのに、日が落ちるとこんなにも表情が変わるのか、と新鮮だった。
飲み屋のお姉さんや、テラテラしたスーツのお兄さん。同じスーツなのに、そしてそこまで着崩しているようにも見えないのに、どうしてそういうお店の人だと一見して分かるんだろう。
そんなことが不思議で、ついついまじまじ見てしまう。
時々そういうお兄さんと目が合って、慌てて目をそらして過ぎ去った。そんなことを繰り返して、さあ帰ろうと目的地を駅に切り替えたとき、はたと気づいた。
駅、どこだろう。
歩く道は頭の中で無意識に碁盤の目のように単純化していたのだが、結構複雑な位置関係だったらしい。
元々オフィス街でビルばかり。目印らしいものもほとんどなく、昼とは違い飲み屋が開き、時々見えるネオンライトが目にどぎつい。
私はドキドキしながら歩いていて、目に付いたコンビニで道を聞こうと足を進めた。
コンビニの前には二人の男性がタバコを吸っていた。その煙を避けそこね、思い切り吸い込んでしまってむせる。
男性がギロリと私を睨みつけた。タバコと逆の手に缶ビールが見える。
男性はちっ、と舌打ちした。もう一人の男性も私を睨みつける。
「わざとらしく咳しやがって」
毒づくや、思い切り私にむけて煙を吐き出した。アルコールの臭いと共に届いた煙に、またむせる。
「ち、違、そういうつもりじゃ」
むせながら、煙たさで涙目になった。
これじゃ髪も服もタバコの臭いがついちゃう。
思ったが、男性二人は入口を塞ぐように立ったままだ。
「なんだ、ガキかと思ったら、結構いい身体してんじゃねぇか」
男性の不躾な視線が、私の身体を品定めするようになめ回した。
私は眉を寄せる。
「デケェ胸。お詫びにちょっとくらい触らせてもらえよ」
お詫び? お詫びって何よ。私はタバコにむせただけで、むしろ被害者じゃないの。
思うけれど口にはとてもできない。ただでさえ図体のでかい男性二人。他にコンビニは見かけなかったけど、諦めて逃げようかと思ったとき、男性の一人が私の手首を掴んだ。
「おい、何か言えよ。それとも俺らは口きく必要もないってか? オジョーチャン」
言いながらまたタバコの煙を吐きかけてくる。私はまたむせて、涙目のまま男性を見上げた。
「何、それ誘ってんの? しっかたねぇなぁ」
男性タバコを地面に捨てて踏み潰す。缶ビールを煽ってくしゃりと握った。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
近づいてくる距離に、それでもすくんだ身体は動かない。
どうしようどうしようどうしよう。いつも、夏には露出を避けていたのに。
太ももも胸元も出た服で来てしまった自分の甘さを悔やむ。
私は、自分の身も自分で守れない。
まるで子供みたいだ。
悔しさに涙が込み上げてきた。視界が歪む。
泣いてる場合じゃないのに。
それでも、私は男性を睨みつけることしかできずにいた。
お誂え向きに、その翌日はちょうどオフの日。
夜には職場の暑気払いが控えているけれど、それまでは特段予定もなかった。
阿久津さんの同性愛疑惑が嘘であったと分かって、ちょっとだけホッとしたのは確かだけれど、一方で分かったことが一つ。
阿久津さんにとっては、そんな嘘をついても、私に諦めさせたかったんだろう、ってこと。
確かにストーカーみたいだし、一方的なコミュニケーションしか取ってなかった。
どこかで、恋する乙女には許されるんじゃないの? 的なことを思っていたのも、きっと、確かだ。
そんな自分の幼さが、恥ずかしくて落ち込む。
オトナな男の人と出会いたい、と思ってた。
けどそもそも私は、オトナな男の人につり合うオンナになってるのかな?
阿久津さんの隣を歩く自分を、ちょっとだけ想像してみる。
身長だけ見ても、三十センチくらいの身長差。スーツ姿のピシッとした阿久津さんに、見た目も中身もふわふわな私。
首を傾げた。うーん。アリと言えばアリ、ナシと言えばナシ。
やっぱり自分のこととなると、冷静には考えられないや。
思って嘆息する。
でも、アヤノさんと阿久津さんは、他人から見てもお似合いに見えた。
まあ、その後でマサトさんとアヤノさんが並んでいるのを見てしまうと、当然そっちがしっくり来るのが分かるのだけれど。
ふと立ち上がり、自分のクローゼットを開く。
ピシッとした服があんまり似合わない私は、ふんわり系やナチュラル系の服が多い。サテンよりシフォン。綿より麻。そういう感じ。
元々色素の薄い髪と瞳には、暗い色は重すぎて顔色が悪くなる。
だから色も、パステルカラーばっかり。
アヤノさんの服装を思い出す。白い縦ストライプのシャツと紺色のガウチョ。肩にかけたレモンイエローのカーディガン。
それに近い服は全然私のクローゼットになくて、それでもどうにか選んでみたのは、クリームイエローのとろみシャツと濃紺のキュロットだった。
試しに着てみる。ウエスト部分は前だけボトムスに入れて、ダークブラウンのベルトを締めてみた。姿見の前に立つ。
うん、脚も長く見えるし、これでヒールの靴でも履けばちょっとはデキル女に見えるかな。
「よーしっ」
鏡の前で、横を向いてみたり、後ろを振り向いてみたり。
今日の飲み会はこれで行ってみよう。
まあ、男の人は若先生だけだし、四十過ぎの既婚者で子どもも三人いるからね。別に男性の評価を期待してのことじゃないんだけど。
小さく拳を握ってみる。これなら、阿久津さんの隣に並んでも、いいかも。
「あら、ヒメ。今日はずいぶんオトナな格好じゃない」
母に言われて胸を張る。
「だってもう25だもん」
「まあ、そうよねぇ」
母はおっとりと頬に手を添えた。
「でも、気をつけてね。変な人に連れていかれないように」
「子ども扱いしないでよー」
私は言いながら、普段は履かないヒール靴を出す。
この格好に合う靴なんて、これくらいしか持ってない。
会場は阿久津さんの会社の最寄駅だ。たまたまばったり会っちゃう、なんて可能性も、ゼロではない!
なんて、結局また恋する乙女モードな私なのだった。
私はオフの日だけど、勤め先の小児科はお休みではない。午前は普通の診察で、午後は予防接種の予約だけの日。
でも、他の日よりも早めに終わるので、飲み会は五時から八時だ。しかも二次会はない。清く正しくを地で行く暑気払いは、女性の多い職場ならではかもしれない。
小さい子供のいる人もいるし、そうでなくても主婦ばかりだから、あんまり遅くなるわけにもいかない。九時には帰宅したいと言うのがみんなの総意なのだ。
「あら、ヒメちゃん。今日はなんだか大人っぽいわね」
お姉さまたちに言われてちょっと照れる。お世辞と分かっているのでほどほどに返しつつ、適度に飲み適度に食べて、気持ち良く分かれたのは予定通り八時きっかり。
何となくほかほかする顔と身体のまま電車に乗るのも気が引けて、ちょっとだけ駅の周辺をぶらつくことにした。
「大丈夫?」
心配するのは弥生さんだ。
「大丈夫です、ちょっとぶらつくだけなんで」
私は笑顔で手を振った。
昼間は思い切りオフィス街なのに、日が落ちるとこんなにも表情が変わるのか、と新鮮だった。
飲み屋のお姉さんや、テラテラしたスーツのお兄さん。同じスーツなのに、そしてそこまで着崩しているようにも見えないのに、どうしてそういうお店の人だと一見して分かるんだろう。
そんなことが不思議で、ついついまじまじ見てしまう。
時々そういうお兄さんと目が合って、慌てて目をそらして過ぎ去った。そんなことを繰り返して、さあ帰ろうと目的地を駅に切り替えたとき、はたと気づいた。
駅、どこだろう。
歩く道は頭の中で無意識に碁盤の目のように単純化していたのだが、結構複雑な位置関係だったらしい。
元々オフィス街でビルばかり。目印らしいものもほとんどなく、昼とは違い飲み屋が開き、時々見えるネオンライトが目にどぎつい。
私はドキドキしながら歩いていて、目に付いたコンビニで道を聞こうと足を進めた。
コンビニの前には二人の男性がタバコを吸っていた。その煙を避けそこね、思い切り吸い込んでしまってむせる。
男性がギロリと私を睨みつけた。タバコと逆の手に缶ビールが見える。
男性はちっ、と舌打ちした。もう一人の男性も私を睨みつける。
「わざとらしく咳しやがって」
毒づくや、思い切り私にむけて煙を吐き出した。アルコールの臭いと共に届いた煙に、またむせる。
「ち、違、そういうつもりじゃ」
むせながら、煙たさで涙目になった。
これじゃ髪も服もタバコの臭いがついちゃう。
思ったが、男性二人は入口を塞ぐように立ったままだ。
「なんだ、ガキかと思ったら、結構いい身体してんじゃねぇか」
男性の不躾な視線が、私の身体を品定めするようになめ回した。
私は眉を寄せる。
「デケェ胸。お詫びにちょっとくらい触らせてもらえよ」
お詫び? お詫びって何よ。私はタバコにむせただけで、むしろ被害者じゃないの。
思うけれど口にはとてもできない。ただでさえ図体のでかい男性二人。他にコンビニは見かけなかったけど、諦めて逃げようかと思ったとき、男性の一人が私の手首を掴んだ。
「おい、何か言えよ。それとも俺らは口きく必要もないってか? オジョーチャン」
言いながらまたタバコの煙を吐きかけてくる。私はまたむせて、涙目のまま男性を見上げた。
「何、それ誘ってんの? しっかたねぇなぁ」
男性タバコを地面に捨てて踏み潰す。缶ビールを煽ってくしゃりと握った。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
近づいてくる距離に、それでもすくんだ身体は動かない。
どうしようどうしようどうしよう。いつも、夏には露出を避けていたのに。
太ももも胸元も出た服で来てしまった自分の甘さを悔やむ。
私は、自分の身も自分で守れない。
まるで子供みたいだ。
悔しさに涙が込み上げてきた。視界が歪む。
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