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第五章 押せ押せ織姫と腰の引けた彦星(ヒメ視点)
01 織姫、生殺しの刑。
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私はすやすやと眠る阿久津さんの隣に横たわり、まんじりともしない夜を明かした。
……いや、本当に。
ほんっとうに、なんにもなく、私はただひたすら、ときどき目を開けては、デジタル時計が数分進んでいるのを眺め、ああまだ朝にならないと目を閉じることを繰り返した。
阿久津さんはあれから、指一本も私に触れることはない。宣言通り、とっとと風呂に入って歯を磨いて髪を乾かしてじゃあおやすみってベッドに入ってしまった。
生殺しー!!
最初は私に背を向けて眠っていた阿久津さんだったけど、平穏に寝返りをうって私の方を向いたりなんかしちゃって、ちゅぅしちゃうぞ! しちゃってもいいのか! なんて思いながらうじうじして、私は結局眠ったとはとてもじゃないけど言えない状態だ。
阿久津さんが目を覚まし、ああ良く寝た、と伸びをして上体を起こすと、そこでようやく私を思い出したように見下ろした。
「帰んなかったのか、お前」
「帰んなかったのか、じゃないですよぉ!」
私はがばり、と起き上がる。ガウンが胸の前で少しはだけた。
夜寝るときにはブラジャーはつけたくないのでパンツとガウンしかまとっていない。はだけた胸元に、阿久津さんが慌てて目を反らそうとするが、その頬に手を添え、私の方を向かせた。
少しくらい動揺させなきゃ。私が寝不足になったお返しに!
「何で、そんなすやすや眠っちゃうんですか!」
「いや眠かったし。疲れてたし」
阿久津さんはふて腐れたように私を見下ろす。
この見下ろされる感じ、たまらない。またきゅんきゅんする胸を押し止め、精一杯不機嫌な顔を作った。
「私の胸、触りたいなってちょっとは思ってるくせに」
阿久津さんは一瞬、言葉を失う。
「お前さ。……もしかして」
はぁ、と深いため息をついて、私を半眼で見やった。
「身体張れば、俺のこと落とせるかも、って思ってた?」
私はう、と唸って目を反らす。気まずい私の思いを読み取って、阿久津さんは意地悪く続ける。
「もしかして、それくらいしか自分にはチャンスがないとか、そういうこと思ってた?」
しっかり読まれて、私は何も言えなくなる。
阿久津さんは声をあげて笑った。
「お前さ。他人に自分売り込もうってのに、そんなじゃ……」
言いかけて、止まる。ふと遠い目をした。
「ま、俺も人のこと言えないか」
阿久津さんは苦笑して、やれやれ、と嘆息した。自嘲気味に笑う表情は、今まで感じた壁が感じられない。
リラックスした空気に、私は逆に、どぎまぎする。
「で、どうする気なの。これから」
「こ、これからって?」
私は阿久津さんの穏やかな表情を直視できず、かと言ってお話するのにそっぽを向く訳にもいかず、とはいえどもガウンから覗く首もとを見れば私が襲い掛かりかねない。もうどこに目をやっていればいいのか分からず、あっちを向いたりこっちを向いたりと気ぜわしい。
そんな様子を見ていた阿久津さんはまた噴き出し、私の頭に手を伸ばした。
がし、と、まるでボールを掴むかのように、私の頭をつかむ。
「キョロキョロすんな」
「だ、だって……」
「こんな至近距離で俺の顔見られる機会、もうないかも知れねぇぞ」
阿久津さんは意地悪にニヤリとした。
阿久津さんの言葉に、それもそうだ、と思う自分が半分。ガン見する私を正当化してくれようという優しさにキュンとする自分が、また半分。
私は阿久津さんをじっと見る。その視線を受け止められないというように、阿久津さんは目を反らした。
自分が見ろって言った癖に。
私は笑いそうになる。阿久津さんがまた口を開いた。
「改札横の座敷童、続けるつもりか?」
「ざ、座敷童……」
いくら私が童顔だからって、座敷童はどうなの。オカッパでもなければ着物だって着てない。幸せだって届けられない(多分)。
「どうせだったら、阿久津さん専属になりたいです」
「はぁ?」
「え? 座敷童になるなら、って話ですよ」
「……はぁあ?」
阿久津さんは完全にあきれ顔だ。私は目をぱちぱちする。変なこと言ったっけ。
「だって、幸せにできるんなら、阿久津さんを幸せにしたいし」
私が言うと、阿久津さんは目を反らしてため息をついた。それを相槌と解釈して、私は続ける。
「でも阿久津さん専属ってことは、阿久津さんのお家にスタンバイするんですよね」
阿久津さんはまたため息をついた。何か言おうとしているが、言葉が見つからないらしい。
それをよいことに、私の妄想は炸裂する。
毎日阿久津さんの寝顔を見て、毎日阿久津さんの食事の様子を見て、毎日会社に見送って……ぐふ。
手を頬に添えて妄想にふける私を、阿久津さんは嫌そうな顔で見つつ、そろりそろりとベッドから下りようとした。
私はそれに気づき、前のめりになって阿久津さんをつかまえると、輝く目を向けた。
「幸せにします! ご主人様!」
「要、ら、ね、え!」
阿久津さんは横にあったタオルを私の顔に向けて放った。
「その前に慎みを持て!」
私の顔からタオルが落ちる頃には、そっぽを向いて着替えはじめていた。ガウンを着たままズボンを履き、ガウンを落としてワイシャツを手にする。しなやかな背中。
「あ」
ワイシャツに覆われる前にと、私は慌ててその背中に手を伸ばす。が、何かに足を取られ、ベッドからうまく足を下ろせずに、顔から床に落ちた。
「どぅあ!」
「何、やってんだよ」
阿久津さんは完全に困惑した顔で私を見下ろす。
腿から下に寝具が絡まっているらしい。どうにも身動きができなくなって懇願の視線を上げる。
「助けてください」
阿久津さんは深々と息を吐き出し、
「馬鹿。ほんっとお前、馬鹿。馬鹿すぎる」
ぶつぶつ言いながらしゃがみ込み、私の腕を肩にかける。
私が首にしがみつくと、阿久津さんは私の身体を寝具から引き抜いた。
最後の一息がなかなか抜けず、阿久津さんがさらに力をこめて引っ張る。
「うわっ」
「きゃ」
引っ掛かっていた部分が、勢いよく引っこ抜けた。
支えきれなかった阿久津さんが尻餅をつき、私はその上にのしかかるようになる。
裸の上半身に抱き着いたような状態で、息がかかるほどの距離に、互いの顔がある。
私は阿久津さんの首に腕を絡めたまま。
視線と視線が絡み合う。
ええと。うーんと。
状況を理解して、ぼわわわ、と顔が赤くなった。
ガウンの胸元を掻き寄せて、ぺたんと座る。
「す、すみません。ありがとうございます」
阿久津さんはまた嘆息した。
「ああ」
言って、ワイシャツを羽織る。
「あ」
「何だよ」
私の呟きを聞き取って、半眼を返す。
「……背中」
「は?」
「触りたかったんですけど」
阿久津さんは呆れた顔で、口を開き、閉じ、首を振った。
それで会話は仕舞いだと言うように、さっさと身繕いをしていく。
ほとんど身繕いを終えたところで、ぼんやりとその姿を見ている私を睨みつけた。
「俺は出るぞ。とっとと準備しろよ」
「え、あ、はい」
私は慌てて立ち上がる。ガウンの裾を踏ん付けて、転びそうになったところを阿久津さんが支えてくれた。
が、つま先に裾を引っ張られたガウンがはらりと床に落ちる。
「……あ」
阿久津さんは何もいわず、高速でそっぽを向いた。
……とりあえず、パンツ、履いててよかった。
「す、すみません」
「何なのお前。ほんと何なんだよ訳わかんねぇ。馬鹿すぎるにも程があるだろ」
私は落ちたガウンをそろりと引き上げる。阿久津さんが何やらブツブツ言いながら、私を見ずにソファにどっかと腰掛けた。
「5分で出るぞ」
「は、はいっ」
私は慌てて準備を始めたが、慌てすぎて阿久津さんから見えるところでガウンを脱ごうとしていたらしい。阿久津さんが舌打ちして顔を反らしたのを見て、私も慌てて場所を変えた。
私は急いで、身支度を整える。阿久津さんはソファで何も言わず黙っている。
元々素早く動くのは苦手な私だ。結局、身支度は十分以上かかったけど、阿久津さんは何も言わずに待っていてくれた。
……いや、本当に。
ほんっとうに、なんにもなく、私はただひたすら、ときどき目を開けては、デジタル時計が数分進んでいるのを眺め、ああまだ朝にならないと目を閉じることを繰り返した。
阿久津さんはあれから、指一本も私に触れることはない。宣言通り、とっとと風呂に入って歯を磨いて髪を乾かしてじゃあおやすみってベッドに入ってしまった。
生殺しー!!
最初は私に背を向けて眠っていた阿久津さんだったけど、平穏に寝返りをうって私の方を向いたりなんかしちゃって、ちゅぅしちゃうぞ! しちゃってもいいのか! なんて思いながらうじうじして、私は結局眠ったとはとてもじゃないけど言えない状態だ。
阿久津さんが目を覚まし、ああ良く寝た、と伸びをして上体を起こすと、そこでようやく私を思い出したように見下ろした。
「帰んなかったのか、お前」
「帰んなかったのか、じゃないですよぉ!」
私はがばり、と起き上がる。ガウンが胸の前で少しはだけた。
夜寝るときにはブラジャーはつけたくないのでパンツとガウンしかまとっていない。はだけた胸元に、阿久津さんが慌てて目を反らそうとするが、その頬に手を添え、私の方を向かせた。
少しくらい動揺させなきゃ。私が寝不足になったお返しに!
「何で、そんなすやすや眠っちゃうんですか!」
「いや眠かったし。疲れてたし」
阿久津さんはふて腐れたように私を見下ろす。
この見下ろされる感じ、たまらない。またきゅんきゅんする胸を押し止め、精一杯不機嫌な顔を作った。
「私の胸、触りたいなってちょっとは思ってるくせに」
阿久津さんは一瞬、言葉を失う。
「お前さ。……もしかして」
はぁ、と深いため息をついて、私を半眼で見やった。
「身体張れば、俺のこと落とせるかも、って思ってた?」
私はう、と唸って目を反らす。気まずい私の思いを読み取って、阿久津さんは意地悪く続ける。
「もしかして、それくらいしか自分にはチャンスがないとか、そういうこと思ってた?」
しっかり読まれて、私は何も言えなくなる。
阿久津さんは声をあげて笑った。
「お前さ。他人に自分売り込もうってのに、そんなじゃ……」
言いかけて、止まる。ふと遠い目をした。
「ま、俺も人のこと言えないか」
阿久津さんは苦笑して、やれやれ、と嘆息した。自嘲気味に笑う表情は、今まで感じた壁が感じられない。
リラックスした空気に、私は逆に、どぎまぎする。
「で、どうする気なの。これから」
「こ、これからって?」
私は阿久津さんの穏やかな表情を直視できず、かと言ってお話するのにそっぽを向く訳にもいかず、とはいえどもガウンから覗く首もとを見れば私が襲い掛かりかねない。もうどこに目をやっていればいいのか分からず、あっちを向いたりこっちを向いたりと気ぜわしい。
そんな様子を見ていた阿久津さんはまた噴き出し、私の頭に手を伸ばした。
がし、と、まるでボールを掴むかのように、私の頭をつかむ。
「キョロキョロすんな」
「だ、だって……」
「こんな至近距離で俺の顔見られる機会、もうないかも知れねぇぞ」
阿久津さんは意地悪にニヤリとした。
阿久津さんの言葉に、それもそうだ、と思う自分が半分。ガン見する私を正当化してくれようという優しさにキュンとする自分が、また半分。
私は阿久津さんをじっと見る。その視線を受け止められないというように、阿久津さんは目を反らした。
自分が見ろって言った癖に。
私は笑いそうになる。阿久津さんがまた口を開いた。
「改札横の座敷童、続けるつもりか?」
「ざ、座敷童……」
いくら私が童顔だからって、座敷童はどうなの。オカッパでもなければ着物だって着てない。幸せだって届けられない(多分)。
「どうせだったら、阿久津さん専属になりたいです」
「はぁ?」
「え? 座敷童になるなら、って話ですよ」
「……はぁあ?」
阿久津さんは完全にあきれ顔だ。私は目をぱちぱちする。変なこと言ったっけ。
「だって、幸せにできるんなら、阿久津さんを幸せにしたいし」
私が言うと、阿久津さんは目を反らしてため息をついた。それを相槌と解釈して、私は続ける。
「でも阿久津さん専属ってことは、阿久津さんのお家にスタンバイするんですよね」
阿久津さんはまたため息をついた。何か言おうとしているが、言葉が見つからないらしい。
それをよいことに、私の妄想は炸裂する。
毎日阿久津さんの寝顔を見て、毎日阿久津さんの食事の様子を見て、毎日会社に見送って……ぐふ。
手を頬に添えて妄想にふける私を、阿久津さんは嫌そうな顔で見つつ、そろりそろりとベッドから下りようとした。
私はそれに気づき、前のめりになって阿久津さんをつかまえると、輝く目を向けた。
「幸せにします! ご主人様!」
「要、ら、ね、え!」
阿久津さんは横にあったタオルを私の顔に向けて放った。
「その前に慎みを持て!」
私の顔からタオルが落ちる頃には、そっぽを向いて着替えはじめていた。ガウンを着たままズボンを履き、ガウンを落としてワイシャツを手にする。しなやかな背中。
「あ」
ワイシャツに覆われる前にと、私は慌ててその背中に手を伸ばす。が、何かに足を取られ、ベッドからうまく足を下ろせずに、顔から床に落ちた。
「どぅあ!」
「何、やってんだよ」
阿久津さんは完全に困惑した顔で私を見下ろす。
腿から下に寝具が絡まっているらしい。どうにも身動きができなくなって懇願の視線を上げる。
「助けてください」
阿久津さんは深々と息を吐き出し、
「馬鹿。ほんっとお前、馬鹿。馬鹿すぎる」
ぶつぶつ言いながらしゃがみ込み、私の腕を肩にかける。
私が首にしがみつくと、阿久津さんは私の身体を寝具から引き抜いた。
最後の一息がなかなか抜けず、阿久津さんがさらに力をこめて引っ張る。
「うわっ」
「きゃ」
引っ掛かっていた部分が、勢いよく引っこ抜けた。
支えきれなかった阿久津さんが尻餅をつき、私はその上にのしかかるようになる。
裸の上半身に抱き着いたような状態で、息がかかるほどの距離に、互いの顔がある。
私は阿久津さんの首に腕を絡めたまま。
視線と視線が絡み合う。
ええと。うーんと。
状況を理解して、ぼわわわ、と顔が赤くなった。
ガウンの胸元を掻き寄せて、ぺたんと座る。
「す、すみません。ありがとうございます」
阿久津さんはまた嘆息した。
「ああ」
言って、ワイシャツを羽織る。
「あ」
「何だよ」
私の呟きを聞き取って、半眼を返す。
「……背中」
「は?」
「触りたかったんですけど」
阿久津さんは呆れた顔で、口を開き、閉じ、首を振った。
それで会話は仕舞いだと言うように、さっさと身繕いをしていく。
ほとんど身繕いを終えたところで、ぼんやりとその姿を見ている私を睨みつけた。
「俺は出るぞ。とっとと準備しろよ」
「え、あ、はい」
私は慌てて立ち上がる。ガウンの裾を踏ん付けて、転びそうになったところを阿久津さんが支えてくれた。
が、つま先に裾を引っ張られたガウンがはらりと床に落ちる。
「……あ」
阿久津さんは何もいわず、高速でそっぽを向いた。
……とりあえず、パンツ、履いててよかった。
「す、すみません」
「何なのお前。ほんと何なんだよ訳わかんねぇ。馬鹿すぎるにも程があるだろ」
私は落ちたガウンをそろりと引き上げる。阿久津さんが何やらブツブツ言いながら、私を見ずにソファにどっかと腰掛けた。
「5分で出るぞ」
「は、はいっ」
私は慌てて準備を始めたが、慌てすぎて阿久津さんから見えるところでガウンを脱ごうとしていたらしい。阿久津さんが舌打ちして顔を反らしたのを見て、私も慌てて場所を変えた。
私は急いで、身支度を整える。阿久津さんはソファで何も言わず黙っている。
元々素早く動くのは苦手な私だ。結局、身支度は十分以上かかったけど、阿久津さんは何も言わずに待っていてくれた。
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