爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!

松田丹子(まつだにこ)

文字の大きさ
32 / 114
第五章 押せ押せ織姫と腰の引けた彦星(ヒメ視点)

02 ステイ

しおりを挟む
 ホテルの支払いは当然のように阿久津さんがしてくれた。私も財布を出そうとしたが、無言の視線で止められた。
 私はもはや、その呆れたような睨みつけるような視線が癖になりつつある。
 私を見てくれる。それだけで嬉しいのだ。
 歩幅は大きいけれど、私に合わせてゆっくり進んでくれる阿久津さんを、ぽてぽてと追いかける。私は少し早歩きで、阿久津さんは少しゆっくり歩く。そういうペースで合う歩調が嬉しくて、照れ臭くて、なんだかスキップしたくなる。
 浮き立つ気持ちに任せて黙ってついて行っていたら、向かう先に駅が見えてはっとした。
「あ、阿久津さん」
「あ?」
 面倒くさそうに、阿久津さんが私を見下ろす。その視線が嬉しくて、思わずデレそうになる顔を引き締め、私は両拳を小さく握りしめた。
 歩みを緩める様子のない阿久津さんについて行きながら、私は口を開く。
「き、今日は、お休みですよ!」
「あ、そ」
 つ、つれないー! しかしそこがまた良い!
「私も、お休みなんです!」
「だから?」
 その目! 睨みつけてるつもりかもしれないけれど、多少時間を共にした私には分かります。完全に拒否している目ではないことが!
 行くのよヒメ! 女を見せるのよ!
 私の中で澤田ヒメ応援団がボンボンを振る。
「お出かけ、しましょう!」
 阿久津さんは立ち止まった。私も慌てて、急ブレーキ。
 黙って私を見つめる三白眼。私は真ん丸い目をさらに丸くして、じぃっと見つめ返す。負けるわけにはいかないの!
「クールダウンした方がいいだろ」
 阿久津さんは静かに言った。
「お互い。その方がいい」
 ふいと、顔を反らし、また歩き出す。
「……どういう、意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ」
 嘆息混じりに、阿久津さんはまた横目で私を見やった。
「お前、ほとんど眠ってなくてナチュラルハイだろ。家帰って寝ろ。夏の終わりに体調崩すなよ」
「わ、私、身体は丈夫なんです!」
 向きになって言うと、阿久津さんは苦笑した。
 何か言うかと思ったら、何も言わずに歩いていく。
「あの、阿久津さん」
 耐え兼ねて声をかけると、
「待てるか?」
 静かに声が返って来た。
 低い声音の言葉の意味を解釈できず、私は目をまたたかせる。
 阿久津さんは少し間を置いて、また口を開いた。
「突き進んでいる間は、人間、熱心でいられるもんだ」
 阿久津さんが、心持ち、歩く速度を上げた。無意識かもしれない。私はどうにか、ついていく。
「立ち止まったとき、空白になったとき、その熱心さを保っていられるか……」
「で、でも!」
 私は追いすがりながら、口を挟んだ。
「鉄は熱いうちに打て、って言うじゃないですか!」
 阿久津さんはそこでようやく、自分の歩みが速くなっていたことに気づいたらしい。あ、という顔をしてペースを緩めた。
「まあ、それは若い奴の台詞だな」
 阿久津さんは笑った。苦笑ではなかったけれど、それはどこか切ない笑顔だった。
 私は言い返そうとして、言葉が見つからず黙った。
「……阿久津さんは、空白になったとき、誰を思い出すんですか?」
 聞きながら、聞きたくない、と思った。
 さらりとした黒いボブショート。年相応でありながら若々しく光る瞳。爽やかで愛嬌のある笑顔。
 アヤノさん、ですか?
 決定的な問いは、口にできず飲み込んだ。
 阿久津さんは前を向いたまま笑っている。
「どうだろうなぁ」
 癖、みたいなものだ。
 私が阿久津さんを思い出すのは。この二ヶ月で、癖みたいになってしまった。
 阿久津さんが、いつから惹かれたか分からないけれど、もしかしたらそれも、癖みたいなものかもしれない。
 楽しいとき、辛いとき、綺麗なものを見たとき、美味しいものを食べたとき、想う人。
 でもその癖は、私よりも長く続けられて、習慣みたいになっているだろう。習慣は彼の一部になってしまって、彼自身からすぐに切り離せないだろう。
「待てますよ」
 私は俯いて言った。本当はちゃんと、彼の目を見て言いたかったのに、そうできない自分が悔しかった。
「阿久津さんが、ふっ切れるまで、待ちます」
 顔を上げられない代わりに、声を大きくした。阿久津さんは軽く声を出して笑った。私の方を見ずにいるのは、気遣いかもしれない。
「どうだろうな」
 さっきと同じ言葉を、阿久津さんは口にした。
 期待していない口ぶりに文句を言おうとしたけど、その横顔を見て、やめた。

 待てますよ。
 待ちます。
 きっと。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

ズボラ上司の甘い罠

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。 平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり…… 恋愛、家族愛、友情、部活に進路…… 緩やかでほんのり甘い青春模様。 *関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…) ★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。 *関連作品 『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)  上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。 (以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

貴方の子を産み育ててますが、ホッといて下さい

鳴宮鶉子
恋愛
貴方の子を産み育ててますが、ホッといて下さい

処理中です...