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第五章 押せ押せ織姫と腰の引けた彦星(ヒメ視点)
04 それでもやっぱり進むが勝ち!
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阿久津さんはスラックスのポケットに片手を突っ込んで、注文票が挟まった机上のバインダーを手に出入口へ向かった。
「あ、私が」
「黙っておごられとけ」
伸ばした手は空をつかみ、代わりに頭に軽くバインダーが当てられる。
視界をバインダーに遮られて、一瞬阿久津さんの姿を見失う。
また見えたときには、もう私に背を向けていた。
おごるって、言ったのに。
なんだか、甘えてばっかりだ。
私が、貰ってばっかり。
阿久津さんから。
温かい気持ちも。ご飯も。寝る場所も。
思って、ちょっとだけ笑う。まるでペットになったみたい。
阿久津さんが支払いを終えて、行くぞと言った。私は頷いて後を追う。
カランカラン、とカフェのドアについていた鐘が鳴った。私と阿久津さんは温度の上昇してきた外気に包まれる。
私は阿久津さんの半歩後ろをついて行きながら、息を吸った。
「阿久津さん」
「何だよ」
「私はペットになりたいのではありません」
「何だ急に」
言う阿久津さんは笑っていた。私も笑いながら、続ける。
「私、阿久津さんの彼女になりたい。側にいたい。もし、いずれ、叶うなら、座敷童じゃなくて、家族になりたい」
阿久津さんの笑顔がわずかに引っ込んだ。
女は度胸。と心中で唱える。
「好きです。何度でも言います。好き」
阿久津さんは言葉を失い、一瞬目をさ迷わせ、そっぽを向いた。
「、るせぇよ。そんな簡単に」
「簡単じゃないです。最初はそうかもしれないけど、違います。少なくとも、今は」
阿久津さんがいくら目を反らしても、私はまっすぐに見つめる。
「俺のことも知らないで、って思ってるんなら、どこが好きか言ってあげます」
私は気合いを入れて、少し多めに息を吸った。
「鋭い目つきが好きです。英語が堪能なところも素敵。背も高いし体格も好みだし、笑うと、ちょっとやんちゃ小僧みたいで愛嬌あるし、」
「待て。おい、やめろ」
阿久津さんは慌てて私を止めにかかる。その頬が赤いのが見て取れる。
「まだです。まだ、表面上のことしか言ってないじゃないですか」
「もういいから。黙ってろ。こんな駅前で何を」
「だって、ちゃんと阿久津さんのこと見てるって、見てるから好きなんだって、分かってもらわないといつまで経っても先に進ませてくれないじゃないですか!」
駅前を歩く人たちが、立ち止まって話す私たちをちらちらと見ている。
阿久津さんは脱力するように息を吐き出し、額を押さえた。
「何だってそんなに」
「だって好きだから」
「そうじゃなくて、どうして俺を」
「好きになっちゃったから!」
「ああもうお前黙ってろ! うるさい!」
阿久津さんは顔を上げて私を見た。私はその目を負けじと見返す。
「どんなに睨んだって、逆効果なんですからね!」
「逆……?」
「阿久津さんのその目、私にとっては威嚇にも何もならないんですから!」
「いや、効かないなとは思ってたけど、逆って」
「言葉通りですよ。逆効果です」
「言葉は分かるけど。意味が」
「こういうことですっ」
私は阿久津さんの首に抱き着いて、唇を重ねる。
阿久津さんが飲んだブラックコーヒーの香りが、一瞬香った気がした。
昨夜よりも軽く触れただけのそのキスにも、私の身体は喜びに沸く。
「おま、離れろ。朝っぱらから」
「朝だって昼だって夜だって関係ないです。だって阿久津さん、どうやってフェードアウトしようか考えてるんでしょ。待てるかとか、もっともらしいこと言って放置して、私が冷めるの待とうと思ってるんでしょ。その手には乗らないんだからー!!」
阿久津さんは私の肩に手を添えて引きはがそうとする。私は懸命にその首にすがりつく。道行く人が結構動揺しながら見ているけど、気にしてなどいられない。
「待て。落ち着け。ステイ」
「だからペットじゃないですってば!」
「分かったよ。えーとじゃあ……クッキーでも買ってやるから」
「子ども扱いもしないでください!」
「勘弁しろよ……」
さすがに懇願するような声で言われて、私の良心が疼いた。確かにこんな駅前で、朝っぱらから。しかも昨日と同じ洋服のままで。(それは通行人には分からないかもしれないけど)
破廉恥過ぎたかもしれないと反省して、ゆっくりと腕を解く。背伸びしてようやく頭一つ上にある顔を上目遣いで見上げた。
「好きです」
阿久津さんは何も言わずに目を反らす。
「……大好きです」
反応がないのをいいことに、私はシャツの裾を掴み、額を押し付ける。阿久津さんの匂いがした。
「汗臭いだろ」
「ううん。大丈夫。このシャツそのまま持ち帰りたいくらい」
阿久津さんが絶句している。私は笑った。
「朝乗る電車、教えてください。改札でずっと待ってるのは大変だから、ホームで少し顔見て、出勤したいです。いいでしょ?」
見上げて首を傾げると、阿久津さんは半眼で嘆息した。
「……拒否権なさそうだけど」
「してもいいですよ。そしたらまた、改札横に立ってるだけの話です」
「それ、ないって言うよな。普通」
阿久津さんはやれやれと頭をかいた。
「分かったよ。連絡する。一言挨拶するだけだぞ。それでとっとと離れろよ」
「はぁい」
私が笑って手を上げると、阿久津さんはまた嘆息し、ゆっくりと歩き出す。
その手が歩みに合わせて揺れるのを見て、私は思わず、自分の手を滑り込ませた。
阿久津さんはギクリと振り返る。
その隙に、しっかり恋人繋ぎした手に、もう片方の手を添えた。
「阿久津さんって、もしかして押しに弱いですか?」
「そもそもお前くらいしか押して来る奴いないから知らねぇよ」
「えええ。じゃあやっぱり引いたら駄目じゃないですか。どこの馬の骨とも分からない女が阿久津さんの魅力に気づいちゃったらキケン!」
「いねぇだろーそんな奴。むしろ会いたいわ」
「駄目ー!」
ちゃっかり繋いだ手をそのままに、私たちは駅へと歩いていく。
「駄目って何だよ。お前みたいのがタイプなロリコン趣味の男なんていくらでもいるだろうが」
「私は阿久津さんがいいのー!」
「それもうやめろって」
「嫌です、やめません。私の気持ちをちゃぁんと、確信してもらうまで、やめません!」
阿久津さんはまた、大仰にため息をついた。
繋いだ手から、温もりが伝わって来る。
阿久津さんの心にいるのが誰だとしても、ここまで近づくことを許してくれている。
それが嬉しい。
今は、まだ、これ以上には近づけないけど。
それでも、いつか。
そして私たちは、毎朝駅のホームで挨拶を交わすようになったのだった。
(第五章完 次章阿久津視点です)
「あ、私が」
「黙っておごられとけ」
伸ばした手は空をつかみ、代わりに頭に軽くバインダーが当てられる。
視界をバインダーに遮られて、一瞬阿久津さんの姿を見失う。
また見えたときには、もう私に背を向けていた。
おごるって、言ったのに。
なんだか、甘えてばっかりだ。
私が、貰ってばっかり。
阿久津さんから。
温かい気持ちも。ご飯も。寝る場所も。
思って、ちょっとだけ笑う。まるでペットになったみたい。
阿久津さんが支払いを終えて、行くぞと言った。私は頷いて後を追う。
カランカラン、とカフェのドアについていた鐘が鳴った。私と阿久津さんは温度の上昇してきた外気に包まれる。
私は阿久津さんの半歩後ろをついて行きながら、息を吸った。
「阿久津さん」
「何だよ」
「私はペットになりたいのではありません」
「何だ急に」
言う阿久津さんは笑っていた。私も笑いながら、続ける。
「私、阿久津さんの彼女になりたい。側にいたい。もし、いずれ、叶うなら、座敷童じゃなくて、家族になりたい」
阿久津さんの笑顔がわずかに引っ込んだ。
女は度胸。と心中で唱える。
「好きです。何度でも言います。好き」
阿久津さんは言葉を失い、一瞬目をさ迷わせ、そっぽを向いた。
「、るせぇよ。そんな簡単に」
「簡単じゃないです。最初はそうかもしれないけど、違います。少なくとも、今は」
阿久津さんがいくら目を反らしても、私はまっすぐに見つめる。
「俺のことも知らないで、って思ってるんなら、どこが好きか言ってあげます」
私は気合いを入れて、少し多めに息を吸った。
「鋭い目つきが好きです。英語が堪能なところも素敵。背も高いし体格も好みだし、笑うと、ちょっとやんちゃ小僧みたいで愛嬌あるし、」
「待て。おい、やめろ」
阿久津さんは慌てて私を止めにかかる。その頬が赤いのが見て取れる。
「まだです。まだ、表面上のことしか言ってないじゃないですか」
「もういいから。黙ってろ。こんな駅前で何を」
「だって、ちゃんと阿久津さんのこと見てるって、見てるから好きなんだって、分かってもらわないといつまで経っても先に進ませてくれないじゃないですか!」
駅前を歩く人たちが、立ち止まって話す私たちをちらちらと見ている。
阿久津さんは脱力するように息を吐き出し、額を押さえた。
「何だってそんなに」
「だって好きだから」
「そうじゃなくて、どうして俺を」
「好きになっちゃったから!」
「ああもうお前黙ってろ! うるさい!」
阿久津さんは顔を上げて私を見た。私はその目を負けじと見返す。
「どんなに睨んだって、逆効果なんですからね!」
「逆……?」
「阿久津さんのその目、私にとっては威嚇にも何もならないんですから!」
「いや、効かないなとは思ってたけど、逆って」
「言葉通りですよ。逆効果です」
「言葉は分かるけど。意味が」
「こういうことですっ」
私は阿久津さんの首に抱き着いて、唇を重ねる。
阿久津さんが飲んだブラックコーヒーの香りが、一瞬香った気がした。
昨夜よりも軽く触れただけのそのキスにも、私の身体は喜びに沸く。
「おま、離れろ。朝っぱらから」
「朝だって昼だって夜だって関係ないです。だって阿久津さん、どうやってフェードアウトしようか考えてるんでしょ。待てるかとか、もっともらしいこと言って放置して、私が冷めるの待とうと思ってるんでしょ。その手には乗らないんだからー!!」
阿久津さんは私の肩に手を添えて引きはがそうとする。私は懸命にその首にすがりつく。道行く人が結構動揺しながら見ているけど、気にしてなどいられない。
「待て。落ち着け。ステイ」
「だからペットじゃないですってば!」
「分かったよ。えーとじゃあ……クッキーでも買ってやるから」
「子ども扱いもしないでください!」
「勘弁しろよ……」
さすがに懇願するような声で言われて、私の良心が疼いた。確かにこんな駅前で、朝っぱらから。しかも昨日と同じ洋服のままで。(それは通行人には分からないかもしれないけど)
破廉恥過ぎたかもしれないと反省して、ゆっくりと腕を解く。背伸びしてようやく頭一つ上にある顔を上目遣いで見上げた。
「好きです」
阿久津さんは何も言わずに目を反らす。
「……大好きです」
反応がないのをいいことに、私はシャツの裾を掴み、額を押し付ける。阿久津さんの匂いがした。
「汗臭いだろ」
「ううん。大丈夫。このシャツそのまま持ち帰りたいくらい」
阿久津さんが絶句している。私は笑った。
「朝乗る電車、教えてください。改札でずっと待ってるのは大変だから、ホームで少し顔見て、出勤したいです。いいでしょ?」
見上げて首を傾げると、阿久津さんは半眼で嘆息した。
「……拒否権なさそうだけど」
「してもいいですよ。そしたらまた、改札横に立ってるだけの話です」
「それ、ないって言うよな。普通」
阿久津さんはやれやれと頭をかいた。
「分かったよ。連絡する。一言挨拶するだけだぞ。それでとっとと離れろよ」
「はぁい」
私が笑って手を上げると、阿久津さんはまた嘆息し、ゆっくりと歩き出す。
その手が歩みに合わせて揺れるのを見て、私は思わず、自分の手を滑り込ませた。
阿久津さんはギクリと振り返る。
その隙に、しっかり恋人繋ぎした手に、もう片方の手を添えた。
「阿久津さんって、もしかして押しに弱いですか?」
「そもそもお前くらいしか押して来る奴いないから知らねぇよ」
「えええ。じゃあやっぱり引いたら駄目じゃないですか。どこの馬の骨とも分からない女が阿久津さんの魅力に気づいちゃったらキケン!」
「いねぇだろーそんな奴。むしろ会いたいわ」
「駄目ー!」
ちゃっかり繋いだ手をそのままに、私たちは駅へと歩いていく。
「駄目って何だよ。お前みたいのがタイプなロリコン趣味の男なんていくらでもいるだろうが」
「私は阿久津さんがいいのー!」
「それもうやめろって」
「嫌です、やめません。私の気持ちをちゃぁんと、確信してもらうまで、やめません!」
阿久津さんはまた、大仰にため息をついた。
繋いだ手から、温もりが伝わって来る。
阿久津さんの心にいるのが誰だとしても、ここまで近づくことを許してくれている。
それが嬉しい。
今は、まだ、これ以上には近づけないけど。
それでも、いつか。
そして私たちは、毎朝駅のホームで挨拶を交わすようになったのだった。
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