爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!

松田丹子(まつだにこ)

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第六章 夏の終わりの夜の夢(阿久津視点)

02 お節介な男

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「おい、彩乃。大丈夫か?」
「だ、大丈夫……体力落ちてる……」
「そうみたいだな。今度みんなで走りにでも行くか」
「……」
 階段を昇りながら息を荒げる橘女史を、マーシーが気にかけている。橘は恨めしげな目をちらりと夫に向け、嘆息した。
「何であんたは涼しそうな顔してるのよ」
「別に涼しくないけど。運動嫌いなお前に言われてもなぁ。俺、一応体育会系だし」
 マーシーの言葉に、橘はむくれた。
 俺はその様子を眺めながら、リズミカルに階段をたたく三人の靴の音を聞いている。
「はぁ、ついた……」
「お疲れ。じゃあな」
「はぁい」
 橘はへろりと力無い笑顔を俺たちに向けて手を上げ、ドアを開けてオフィスへと向かった。俺は四階だからもうワンフロア上だ。マーシーは六階。
「六階までって辛くね?」
「まー大丈夫だろ。最近運動不足だからちょうどいい」
 全く意に介していないらしい声を聞きながら、俺は隣を歩いていく。
「で、さっきの件だけどさ」
 いきなり言われて、俺はちらりとマーシーを見た。
「昨夜、あの子と過ごしたりしたの?」
 俺は足を止めそうになり、どうにかこらえた。何食わぬ顔で足を進める。
「そんなこと、あるわけねぇだろ」
 少なくとも昨日ではない。
「ふぅん」
 つまらなそうにマーシーは言って、俺の背中をぽんと叩いた。
「阿久津」
「何だよ」
「お前、意外と人のいい奴だからさ」
「ああ?」
「面倒ごと、放っておけないとこあんだろ。兄貴肌っつーか」
 マーシーがニヤリとしながら俺を見ている。俺は小さく舌打ちして前を向いた。
 少しだけ階段を上がるスピードを早め、マーシーを追い抜く。
 マーシーはそんな俺を気にもせず、ゆっくりと階段を登っている。
「一度、クールダウンしてみるか?」
 俺が踊り場に出たところで意味深な言葉が聞こえた。
 俺は立ち止まって振り向いた。まだ階段を昇っている途中のマーシーが、穏やかな目で俺を見上げている。
「分からなくなっちまってんじゃねぇかなと思ってさ」
「……何が」
「なんつぅか、阿久津自身が」
 その先の言葉を直感的に察して、みしり、と胸が軋んだ。
 澤田の笑顔を見たときの比じゃないほどの軋み。
「麻痺してんだろ、ずっと近くにいたから。お前も、……彩乃も」
 待ってくれ。
 言葉が喉をつきかけて、気づく。
 俺はまだ、橘の側にいたかったのかと。側にいるつもりだったのかと。
 これからも、その関係を続けるつもりだったのかと。
 同時に悔しさに似たものも感じた。
 俺自身すら気づいていなかったことに、こいつは気づいていたのか。
 気づいていて、今まで黙って見ていたのか。
「そんな顔すんな」
 苦笑混じりの声にはっと我に返ると、マーシーは俺の前へと進んでいた。
「別にお前を苦しめたい訳じゃない。何だかんだ言って世話になったし、世話してもらってるし。でも、今のままじゃ、あれだろ。進めないだろ」
 進めない。
 止まってしまったまま。
 でもそれは、進みたくないから?
 気づかなかったその想い。俺の本心はマーシーの言葉とあながち外れていない。そう気づかざるを得ない。
 だからこそ、俺の胸を突き刺す。
「今までは、あえてどうこうする必要もないかと思って様子見てたんだけどさ。止まってんの、キツくなって来たんじゃねぇかなぁ、と思っただけ」
 マーシーは言いながら、俺を抜いて上の階へ歩いていく。
 俺は立ち止まったまま、階段を上がっていく男の背を見上げている。
 四階の踊り場で、マーシーは振り返った。
「なあ。阿久津んとこ、祖父さん何歳くらいまで生きてたの」
 いきなりの問いに、俺は戸惑った。
「……85くらい、かな」
 答えると、マーシーは笑う。
「じゃ、まだ折り返し地点だな」
 言って、ひらりと手を振り、六階へ向けてまた階段を昇りはじめた。
 折り返し地点。
 それが何を意味するのか、自分の年齢を思い出してようやく理解した。
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