37 / 114
第六章 夏の終わりの夜の夢(阿久津視点)
03 一途と不器用
しおりを挟む
意外とお節介な奴だなぁ。
俺がマーシーに抱いていたそんな印象は、ほとんどそのまま、あいつが俺に抱いていた印象だったのかもしれない。
気づかずにいた自分の気持ちに気づいてしまったことで、その日は仕事にもいまいち集中できなかった。
午前中の仕事を終え、コンビニで買った弁当をつついていたとき、スマホがメッセージの受信を告げた。
【今日のご飯は何ですか?】
澤田からだ。一日一度、何かしら連絡が来る。面倒で答えないときもあれば、気が向いて答えてやることもある。
それでもいいのだ、と澤田は笑っていた。
『阿久津さんのことを思い出したときに、黙ってると爆発しそうになるから。メッセージ送ると少し落ち着くんです』
そう言って笑った。
そういえば、あいつはいつも、俺を見るとき笑っている。俺はいつも、仏頂面なのに。
【コンビニ弁当】
簡単な返事をすると、澤田からまた返って来る。
【私は近所のパン屋さんの惣菜パンです。あんまり変わりませんね】
うさぎが笑った絵と共に返ってきた。
あいつにはうさぎよりも、リスの方が似合う気がする。
思っていたら違うメッセージが入った。
【今日の夜予定ある?】
俺と同等に簡素なメッセージは橘女史からだ。
何のこっちゃ、と思って返信をためらっていると、次のメッセージが来た。
【今日、飲みに行く予定だったワーママが、子ども体調不良でキャンセルで。せっかく行く気満々だったから誰かいないかと思って】
俺は呆れてそのメッセージを見た。
【ヨーコさんは?】
【今日、ジョーと映画行くんだって】
【じゃあ諦めろ】
【なにぃー!?】
むくれた熊の絵が送られてきた。
【久々に飲みに行けると思ったのにー】
次いで、涙を浮かべるうさぎの絵。
あー、そうな。こいつはうさぎが似合うな。
【男と二人だとマーシーが嫌がるだろ】
【阿久津だったらいいんじゃないって言ってたよ】
何だよあいつ。今朝と言ってたこと違うじゃねぇかよ。
【ってことは予定ないのね?】
……しまった。
【無いけど】
【よーし。じゃ、19時にいつもんとこで】
いつも、ねぇ。
俺と橘女史がいつも飲んでいたのは、会社近くの創作居酒屋だ。近隣の店は頻繁に変わる訳でもないが、長くやっているところも少ない。その中ではよく残っている店だと言える。
橘とサシ飲みなんていつぶりだろう。あいつらがつき合う前は年に1度は行っていた。結婚する前後、三人で飲みに行ったことも数度ある。
結婚後にも一度だけ、二人で行った、かもしれない。子どもができたからなかなか飲みに行けない、と唇を尖らせたあいつに、マーシーに頼んでみれば、と提案し、阿久津ならドタキャンも気軽にできるから、とか何とか言われて……行った、気がする。
あれは、何年前だ?
俺は嘆息した。橘はいつ会っても、十八年前から印象が変わらない。仕事中には徹底して押し隠されている表情が、飲みに行くと解放される。本人にはその自覚はないのだろうが。
笑ったり怒ったりふてくされたり、ごくまれに照れたり。そんな表情の印象だけが強く残っているのに、それが五年前だったか、十八年前だったか、いまいちハッキリしない。
麻痺している。
確かにそうかもしれない。
橘の側に、長く居すぎた。
長く……想いすぎた。
思って、嫌な顔になる。まるで一途な男みたいだ。俺の顔に似合わない。今までの女遍歴にも、似合わない。
俺はほとんど味を感じなくなった弁当を乱暴に口に運び、咀嚼することを機械的に繰り返した。
俺がマーシーに抱いていたそんな印象は、ほとんどそのまま、あいつが俺に抱いていた印象だったのかもしれない。
気づかずにいた自分の気持ちに気づいてしまったことで、その日は仕事にもいまいち集中できなかった。
午前中の仕事を終え、コンビニで買った弁当をつついていたとき、スマホがメッセージの受信を告げた。
【今日のご飯は何ですか?】
澤田からだ。一日一度、何かしら連絡が来る。面倒で答えないときもあれば、気が向いて答えてやることもある。
それでもいいのだ、と澤田は笑っていた。
『阿久津さんのことを思い出したときに、黙ってると爆発しそうになるから。メッセージ送ると少し落ち着くんです』
そう言って笑った。
そういえば、あいつはいつも、俺を見るとき笑っている。俺はいつも、仏頂面なのに。
【コンビニ弁当】
簡単な返事をすると、澤田からまた返って来る。
【私は近所のパン屋さんの惣菜パンです。あんまり変わりませんね】
うさぎが笑った絵と共に返ってきた。
あいつにはうさぎよりも、リスの方が似合う気がする。
思っていたら違うメッセージが入った。
【今日の夜予定ある?】
俺と同等に簡素なメッセージは橘女史からだ。
何のこっちゃ、と思って返信をためらっていると、次のメッセージが来た。
【今日、飲みに行く予定だったワーママが、子ども体調不良でキャンセルで。せっかく行く気満々だったから誰かいないかと思って】
俺は呆れてそのメッセージを見た。
【ヨーコさんは?】
【今日、ジョーと映画行くんだって】
【じゃあ諦めろ】
【なにぃー!?】
むくれた熊の絵が送られてきた。
【久々に飲みに行けると思ったのにー】
次いで、涙を浮かべるうさぎの絵。
あー、そうな。こいつはうさぎが似合うな。
【男と二人だとマーシーが嫌がるだろ】
【阿久津だったらいいんじゃないって言ってたよ】
何だよあいつ。今朝と言ってたこと違うじゃねぇかよ。
【ってことは予定ないのね?】
……しまった。
【無いけど】
【よーし。じゃ、19時にいつもんとこで】
いつも、ねぇ。
俺と橘女史がいつも飲んでいたのは、会社近くの創作居酒屋だ。近隣の店は頻繁に変わる訳でもないが、長くやっているところも少ない。その中ではよく残っている店だと言える。
橘とサシ飲みなんていつぶりだろう。あいつらがつき合う前は年に1度は行っていた。結婚する前後、三人で飲みに行ったことも数度ある。
結婚後にも一度だけ、二人で行った、かもしれない。子どもができたからなかなか飲みに行けない、と唇を尖らせたあいつに、マーシーに頼んでみれば、と提案し、阿久津ならドタキャンも気軽にできるから、とか何とか言われて……行った、気がする。
あれは、何年前だ?
俺は嘆息した。橘はいつ会っても、十八年前から印象が変わらない。仕事中には徹底して押し隠されている表情が、飲みに行くと解放される。本人にはその自覚はないのだろうが。
笑ったり怒ったりふてくされたり、ごくまれに照れたり。そんな表情の印象だけが強く残っているのに、それが五年前だったか、十八年前だったか、いまいちハッキリしない。
麻痺している。
確かにそうかもしれない。
橘の側に、長く居すぎた。
長く……想いすぎた。
思って、嫌な顔になる。まるで一途な男みたいだ。俺の顔に似合わない。今までの女遍歴にも、似合わない。
俺はほとんど味を感じなくなった弁当を乱暴に口に運び、咀嚼することを機械的に繰り返した。
0
あなたにおすすめの小説
叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する
花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家
結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。
愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。
ズボラ上司の甘い罠
松田丹子(まつだにこ)
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)
松田丹子(まつだにこ)
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。
平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり……
恋愛、家族愛、友情、部活に進路……
緩やかでほんのり甘い青春模様。
*関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…)
★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。
*関連作品
『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点)
『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)
上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。
(以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる